「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み・・・」大叩き男(イラストレーター渡辺隆司)のブログ
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カラオケ続き

 

ついでっちゃあなんだけど...

 

カラオケについて文句がある。

それはオレが歌いたい歌が、大部分無いってこと(「歌えるから」って訳じゃ「断じて無い」)。

...ただ「その曲が好きだから歌ってみたい」ってだけの話なんだけど。

 

以前からオレが好きになる曲ってのは「ヒットしない」って感じてる。

「これはいい歌だなあ」なんて思って録音して車の運転の時などに聞く歌の、殆どがヒットしなくてカラオケ店の曲に無い。

...どうも世間に好まれる曲とオレが好きになる曲は違うらしい。

 

例えば一番歌いたいのが、加藤紀喜子の「五エ衛門武節」...野坂昭如も歌っていたらしいが、どこのカラオケにも無い。

 

例えばフランキー堺の「セ・ラビ」,...いい歌だと思うし共感できるんだけど...どこにも無い。

フランキー・堺という「歌手名」さえ無い...まあ俳優・コメディアンなんだけど。

 

例えばキャッスルアンドゲイツの「鎮魂歌」...同名の違う歌はあるのに、この曲は無い。

 

例えば都はるみの「涙のバラ」...有名歌手なのに、この歌は無い。

明るくて面白い歌なのに。

 

例えば「おばあちゃんお元気ですか?」...ケメこと佐藤公彦の歌だと思うんだが、いい歌なのに...全く無い。

 

吉田拓郎の「放浪の歌」も。以前はあったのに消えてしまった。

 

例えばジュディ・オングの「夕陽の恋」...いい歌だと思うんだけどなあ...

 

例えば「ノアの円盤」...グループ名は忘れたが、どこにも無い。

 

例えば竜雷太の「あの娘と暮らしたい」...甘いなあ、と思うけど懐かしい。

 

例えばなぎら健一の「1973年の思い出」...1回どこかであったけど。

 

まだまだある...他に例えばグループ名「COLOR」という女の子のグループの歌が好きなんだけど(娘に教えられた)...同名の違うグループの曲はあるんだが、彼女たちのは全然見つからない(唯一アニメ「金田一耕助」のテーマってのが見つかったけど、当然歌えない・笑)。

オレがいくら「良い曲だなあ」「上手いなあ」と感じても、世間で生き残って行くのとは別って事なんだろ。

 

 

音楽の世界だけじゃなく、絵や漫画の世界でも「物凄く良い」とオレが感じた作品や作家や才能も、この世間で生き残って行くには足りないって事実をよく見て来た。

...長くイラストの世界でフリーでやって来て、「生き残っていくためには才能だけじゃ足りない」って事を心底感じている。

俺よりもっと才能があったのに、認められず・食えずに消えて行った人達を沢山見て来た。

一瞬売れはしても、それが続かずに消えていった人達も沢山見て来た。

その反対に大した才能が無いのに、口八丁とハッタリで調子良く生き延びて来た人もいろいろ見て来た。

 

...人生ってのは、いろいろ「予定」や「つもり」通りには行かなくて難しい...ただ才能や良い作品を作るだけで生き延びられる程甘くは無い。

 

 

てな訳で

...カラオケでオレが良いと感じてるのに残らなかった曲たちに、「良い曲なのに無念だろうな」とそれを歌った歌手と作詞家と作曲家・編曲家に深く哀悼の意を表明する。

 

 

上手く歌えるって訳じゃ決して無いけど...歌いたかったぞー!

 

 

 

 

カラオケ

 

奥さんが仲間との新年会でカラオケを歌わなくちゃいけないってんで、その練習に付き合わされてのカラオケへ。

 

カラオケ...オレは30過ぎまでカラオケで歌ったことなんて無かった。

それどころか他人の前で歌ったことさえ殆ど無かった。

 

別に音楽が嫌いな訳じゃ無い。

それどころか音楽や「歌う」事や「演奏する」なんて事にはものすごい憧れがあった。

普通にレコード(死語か?)や運転中にカセットなんかで歌を聞くことは大好きだった。

 

ただ、悲しい事にオレには音楽の才能が全く無い。

 

思い起こせば小学校の頃...音楽教師に思いっきり笑われた。

...その音楽教師ってのが、いきなりピアノを叩いて「この音はなあに?」なんて聞くんだが、ピアノを弾くどころか触ったこともない貧乏人のガキに、そんな事が分かる訳が無い!

「ピアノに合わせて歌え」ったって、歌う時に自分の声がどんな風になるかなんて全くわからなかったのに。

 

緊張して変な声が出た時、吹き出して笑われて...それ以来音楽の授業が大意嫌いになったし、人前で歌うなんてことが恐怖になって、それは自分のタブーになった。

 

で、ずっと「歌わなくちゃいけない」なんて機会を逃げまくって生きていた。

 

それが救われたのは...歩きながら口笛を吹いていた俺に近所のピアノの先生が「あなたは音痴じゃないわよ」「音程狂ってないわよ」なんてハッキリ言われたり、歌の非常に上手かった女性に「あなたは音は狂ってないわよ」「歌い慣れてないだけだから歌い慣れれば大丈夫よ」なんて言われてから...

...ちょっとだけ「俺、ひょっとして歌えるかも?」なんて甘い夢を持たされた。

 

でもその後カラオケをやり始めてみると、自分の歌が伴奏とズレるのがすぐ分かったし、リズムは狂うし声域は狭いしで、お世辞にも自分が歌が上手くはない事を自覚させられた。

で、結局「オレの歌は他人に聞かせる代物じゃない」って事が良くわかった。

 

...ただ、歌うのは気持ちが良かった。

歌うってのは、下手は下手なりに気持ち良くなれるもんだってのを理解した。

 

以来今まで、「他人がいる場所で歌う」のは年に1回あるかどうかだけど、こうした「奥さんの練習に付き合ってカラオケで歌う」って事は時々楽しむようになっている。

...まあ、奥さんには勝手に歌って、俺はオレで自分が「歌ってみたい歌を勝手に歌う」って形だが。

 

いつかは「誰かに聞いてもらって喜んでもらえたら」なんて気持ちは微かにあるが、今は自分で気持ち良く歌える歌を歌うだけ。

近所の三時間で2千円もかからない安いカラオケ屋で、酒とつまみを持ち込んで(持ち込み自由)、てんでん勝手に歌いたい歌を歌うのはストレス解消に最高だと思う...(上手く歌えないのはストレスだが・笑)。

 

それにしても、つくづく自分に音楽の才能が無いのが悲しい...音楽の才能(楽器も歌も)がある人が羨ましくてしょうがない。

「ああ、オレに音楽の才能があったらなあ...」なんていつも思う。

 

(ああそれなのにソレナノニ...取り柄(自分で思ってるだけだが)の絵さえ上手く描けない今日この頃の自分の情け無さ...に涙で天を仰ぐ(笑))。

 

 

 

...大体うちの奥さんは、オレが歌っている時はいつもトイレに行ったりサービスの飲み物をやお菓子を取りに行ったりで、まるで聞いてないし(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

脱力系           (2010年以前に書いた記事)

T県のPカントリークラブのオープンコンペで会ったKさんは、スタートの時に既に赤い顔をしていた。
一人鼻歌を歌い、これからスタートするのが楽しくてしょうがない、といった様子。


飛距離は出ない代わりに、曲がらないボールでスタート3ホールを、ボギー、パー、ボギーと手堅くまとめてきた。
ところが、4番ホールでドライバーが曲がる、セカンドがダフる、ダフる、ダフる..??
...上がってダブルパー。
5番、同じくトリ...出だしの3ホールとは別人のようなゴルフになり、「どうしたんですか?」なんて聞いてみると

「いやあ、はっはっは....あの、キャディーさん、売店てどこかなあ?」
「売店は6番のグリーンの先です」
「そうか!良かった」

6番ホールのグリーンが終わると、駆け足で売店に飛び込んだKさんはニコニコしながらワンカップ酒片手に出て来て...次の7番ホールに向かって楽しそうに乾杯した。


この7番ホール、パー。

...当然昼食の時にも、ビールではなく燗酒。
鼻の頭を赤くして、旨そうに酒を飲んでいる。

「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「いや、私仕事でストレスが溜まってまして」
「ゴルフしながら酒を飲むのが、一番の楽しみなんですよ」
「皆さんの足引っ張っちゃってるみたいで、済みませんね」

...なんでも、Kさんはある業界紙の記者で、土日が一番忙しいんだそうだ。
それにストレスが強烈に溜まるために、振替休日の平日にこうしてオープンコンペに一人で参加して...

 

「ゴルフをしながら酒を飲むのが1番の楽しみで..」
「あれ? 酒を飲みながらゴルフをするのが楽しみで??」


「あれ?どっちだったっけ?」


「わかんなくなっちゃいました。ははは...」

...午後も赤い顔していた3ホールは1オーバー。


でも、酒が切れてきた途端に、トリ、ダボ、ダブルパー、12!


プレーは速く、ボールの所についたらすぐに打ってしまうから、迷惑にはならない。
酒の匂いや酔っぱらいが嫌いな人には、「困った人」なのかも知れないが...ともかく陽気なゴルフ。
それにこの人、6インチプレースしないし、ルールはしっかり判っているし、同伴競技者にも一応気を遣っている。

スコアは沢山叩いた時には明らかに多めに言ってるみたいだし(笑)、

スコアではなく

「その日にそのゴルフ場でプレーするのが楽しい...それに酒があるからもっと楽しい」なんだって。


確かに一見不真面目でいい加減なプレーに見えるし、「紳士たれ」とかいうマナーにうるさい人には眉をひそめるような所もあるかも知れないけど、俺は「あり」だと思う、こんなゴルフ。 
少なくとも、スコアに拘り過ぎて周りに余計な緊張感を強いたり、完璧を目指して上手く行かないとすぐにキレたりするゴルフの上手い人達より、たとえ大叩きしても陽気で力の抜けたこんな人と回る方が、ゴルフは楽しい。

Kさんは、表彰式のパーティーの時にも自腹で酒を頼んで、楽しそうに飲んでいた(パーティー代込みでも、出る飲み物はソフトドリンクのみなので)。


..もちろん、Kさんは宅急便利用の電車利用、だそうです。
 

うう、メガネが二ついる...(泣)

         

 

何年ぶりだろうか...眼鏡で遠くがはっきり見えるようになって、「また描けるんじゃないか,,,」なんて思って久しぶりに神谷バーに行ってきた。

 

ずっと前...もう10年以上経っちまったか...イラスト原稿がメール入稿に変わる以前は、アナログのイラスト原稿を出版社や新聞社に持っていく事を口実にして、帰り道の居酒屋飲みを楽しんでいた。

どこの出版社にも新聞社にも飲み相手が居て、その日によって行きつけのビヤホールや居酒屋で飲むことや語ることを楽しんでいた。

 

ただ、どうしてもそうした店に寄れない時には、帰り道の神谷バーで一杯飲む事にしていた。

1990年頃から一日一枚描いていた自分の絵のモデルになるような、魅力的な「飲んだくれ」が沢山居たので、途中で描けなかった時の最後のスケッチ場所でもあった。

 

...対象がよく見えなくなったために、この10年くらいそうした絵を描くことを諦めていたのが...去年作った矯正眼鏡をかけて古いスケッチブックを持ち出して、神谷バーへと出かけた訳だ。

「この眼鏡で本当に見えるのか」と言うことと、しばらく行ってなかった神谷バーでの「生ビールとあの安っぽい串カツの組み合わせ」が恋しくて、イソイソとソワソワと(笑)。

 

で...やっぱり久しぶりの生ビールと串カツは美味かった。

今までに経験した旨い酒や旨いつまみの組み合わせは沢山あったはずなのに....オレにはこんなありきたりの組み合わせが懐かしいんだよなあ。

...でもインバウンドの所為か、以前の中生一杯とつまみ3点の組み合わせより昨日の中生一杯つまみ2点の組み合わせの方が高くなっていた(当たり前か・笑)。

 

さて、と取り出した10年前のスケッチブックと筆ペンは、当たり前だけどインクは出ないし紙は傷んでるし、色鉛筆は折れてるし...何より肝心のメガネが...

遠くはハッキリ見える...が、それだけではやっぱり手元が老眼のためにボケてしまう。

ならばと老眼鏡をかけ直すと、今度は向こうが見えない,,,なので、乱視用のメガネの上に老眼鏡をかけて描こうとすると、眼鏡がズレたり老眼鏡が落っこちたり、果ては混乱して老眼鏡で遠くを見ようとしたリ乱視用で手元を見たりで...アタフタドタバタして落ち着いて描けない。

 

まあ、久しぶりなので手が思うように動かないのも、歳をとって思ったように手が動かないもどかしさに加えて、一気に描いたところで墨が思ったように出なくて線が紙の上に残っていなかったり...なんともうまくいかない焦ったさばかりでスムーズに描けない...2枚描いて諦めた。

 

「なんつったって、生ビールが美味いし串カツも美味かったんだから「今日はこんな日だ」と思うしかないわ」...と言い訳して。

 

でも、気が乗らず集中出来ずでなんとも情けない出来だが、これを再スタートの初めの恥としてここに残す。

 

この腹立ちが、きっと「描くこと」の原動力となるはず、と思う。

 

だが寂しい事に神谷バーで以前よく出会った、「粋な老人たち」は今回一人も見かけなかった。

...また時間を変えて行ってみると、会えるかも知れないけど。

 

(てな訳で、お恥ずかしい2枚で申し訳ない。)

 

 

 

 

 

遠くがはっきり見えるようにはなったんだけど

 

これは昨年の事なんだけど。

 

...以前は「1日一枚絵を描く」と決めていて、それは15年ちょっと前まで何十年もずっと続けていた。

(もちろんイラストは「仕事」だったので描き続けていたので、仕事以外の「絵」の話)。

 

「描かなくなった」、というより「描けなくなった」のは、「見えなくなった」のが原因だった。

「その場で見た物をさっと描く」というのは特技みたいなもので、それを集めて1年半ごとに個展を続けていた。

 

しかし、左右2・0で「見える事が自慢」だった目が、いつしかはっきり見えなくなったのに気が付かなかった。

「近くを見る事」にはすでに老眼が始まっていたので老眼鏡を使っていたんだけど、肝心の「対象を見る目」がいつの間にかよく見えなくなって、思うように描けなくなったのだ。

老眼鏡じゃ遠くは当然ぼやけて見えないし、いくら目を凝らしても輪郭がダブったりボケたりして見えない。

描こうとするものがよく見えなくては、いくら老眼鏡で手元がはっきり見えても絵は描けない。

 

色々やってみたけど、どうしても良く見えるようにはならない。

そんな「見えない」と言う現実で、いつしか絵を描くことを諦めていた(イラストはパソコンを使うので描き続けられた)。

 

...そしてゴルフをやっていても、自分の打った球が「飛んで行く」のも見えないし「落ちたところ」も当然見えなくなっていた(見えるのは100ヤードくらいまで)。

なので、最近はずっと自分の球の行き先を他の人に教えてもらいながらプレーをしていた。

そしてついには、自分の球のあるところを通り過ぎてしまうなんてことも多くなって来た。

こうした状況は以前一緒にラウンドした白内障の人達と同じように思えた...そしてそうした人達が白内障の手術をしてから画期的によく見えるようになった、ということも見て来ていた(うちの奥さんも)。

 

...そしてついに昨年、てっきり自分は白内障だと思い込んで、眼科で手術を申し込んだ。

が、その手術のための事前検査で、自分が「手術するほどの白内障ではない」と診察された...老年性の白内障はあるにはあるけどまだまだ非常に軽い、と。

では「なんで遠くがはっきり見えないのか」と聞くと、「強度の乱視がある」との返事。

 

これは思ってもいなかったことだったけど、試しに強い乱視用のレンズを装着した眼鏡で見ると...はっきり見える!

今までは強度の乱視のためにきちんとピントが合わずにものが二重にブレて見えていた、との事。

 

手術じゃなくて眼鏡で矯正できる、と言うならすぐに検査して目にあったメガネを作ると即決。

...出来たメガネをかけて外を歩くと、確かにずっと昔のように景色がはっきり見えて、これまでどれだけピントのズレた世界をオレは見続けていたのかと...

 

...若い時からずっと「オレは目がいい」と思っていて、老眼鏡かけ始めるまではサングラス以外の眼鏡はかけたことが無かった。

 

だから今も、メガネをかけるとつい老眼鏡のように「鼻メガネ」にしてしまい、遠くを見るときは裸眼で見てしまう...で、ピンボケの風景に「あれ?」と思ってメガネをかけ直すとクッキリ!(笑)。

 

それからは、運転する時・歩く時・ゴルフをする時・案外近い室内でもなるべくメガネをかけるようにして、(最近まで)見て来た景色と違うはっきりした光景を見ることが出来て喜んでいる。

(この10年くらい見て来たボケた風景が、ホント勿体無かった)。

 

ただ、「メガネをかける」って事に慣れていない所為か、かけ続けているとなんだか目が回ってくるような気がする...ゴルフの時も目が回ったような感じがあってミスすることが多くなる。(いや、これはメガネのせいにしているだけか)

 

...てな訳で、またはっきりした世界を見ることが出来るようになったので、今年からまた絵を描き始めようと思っている。

 

 

まあ、いつまで続くかわからないけど...年の初めの「決意」とか言う事で(笑)。

 

 

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