「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み」大叩き男(イラストレーター渡辺隆司)ブログ
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筋肉つけなきゃ(笑)

 

 

今年前半シーズンは終わった。

 

右肩痛は5月末に手術の予定をキャンセル。

...右肘を体につけたままでスイングするようにしたら、「短いクラブは大体打てるようになったのにウッド系が当たらない」と言う結果となって、ウッドが原因の大叩きが減らなかった。

でも、それも慣れれば多分大丈夫という感覚になって来た。

 

そんなところに今度は左の股関節...といっても左股ではなく左足外側の部分の筋肉が痛くなって、まともに歩けなくなった。

これは以前「脊柱管狭窄症」で右足に痛みが出た「神経性間欠跛行」の症状と全く同じで、歩いているうちに痛みがだんだん強くなり歩けなくなるが、少し休んで座ったり前屈みになると良くなってまた歩けるようになる。

...これはかなりキツい。

 

しかし、脊柱管狭窄症は手術以外では治らない(おまけにその手術もかなりリスクがあると聞く)ので、手術しなければストレッチ・整体(体操)で症状を改善するしかないと言う事だった。

なぜか右足の時には急に改善したので、今度も何かの加減で左足もまた急に改善するかもしれない....とは思っているんだけど。

 

...だけど、痛いからと散歩も出来ず・運動も出来ずの状態では、どんどん体力が落ちるのは当たり前。

 

大体骨髄異形成症候群で入院して、あっという間に二十キロ近く体重が減っって一応助かったのは、俺の筋肉が命の代償として消耗してくれたからだと確信している。

...俺より後にこの病気にかかった知り合いは、もともと体力がなく痩せていたのであっという間に亡くなってしまった。

 

だから、俺の当時の百キロに迫ると言う体重から筋肉二十キロ分が戦ってくれて、結果回復したのだと思っている。

,,,今の俺の体重は八十キロで、二十キロ分の筋肉が無い..贅肉・脂肪は変わらず残っているのに。

 

多分それが原因で、今の俺は悲しいくらいに飛ばない...ヒッコリークラブに糸巻きボールというのを差し置いても、だ。

胸が薄くなり足が細くなり腕が細くなり尻が小さくなって萎びてしまった。

気持ちは以前のように「ブン!」と振ったつもりが、「フ〜ン」としか振れていない。

 

今までは「もう人生も終わりだからいいや」と思う気持ちが強かったんだけど..最近「神様のくれた猶予期間がもう少しあるのなら、ちったあ昔の筋肉を取り戻してみるか?」てな気持ちになって来て(ドロナワではあっても)筋トレ再開(笑)。

 

右肩をもっと痛めたり、左足を悪化させたりの危険があるのは百も承知で、まず腕立て伏せとスクワット!

 

...腕立て伏せは深く曲げると右肩が痛むので、右肩が痛み出さない限界まで曲げての20回を1セット。

スクワットも元々痛めている膝が痛まない程度まで腰を下ろしての、30回を1セット。

これを思いついた時に(気分転換も兼ねて)1日に何セットでもやるつもり。

 

今は1日3〜4セット程度だが、それでも脚と腕の筋肉は...それなりに「来ている」。

 

とりあえず、後半シーズンの始まる秋までは痛くて動けなくならない範囲で、ずっと続けるつもり。

 

 

(以前95キロから80キロに落ちた、と書いてましたが...本当は100に行かないまでも95キロは超えていましたので正直に訂正します。 少し少なく盛ってました、スミマセン。)

 

 

 

 

 

 

はじめてのガッツポーズ        (消えたGDOに書いた記事)

 

タイガー・ウッズって嫌いだった。

 

特にあの、これ見よがしの大げさなガッツポーズが大嫌いだった。
上手く行ったからってあの大騒ぎはゴルフじゃない、って思ってた。

...夫に誘われて始めたゴルフも、もう20年位になる。


夫は二つのコースのシングルハンデで、ゴルフのマナーに厳しくてコースの競技委員なんてものもやっていた。
子育てが一段落した頃に私がゴルフに誘われたのも、いつも休日にはいない罪滅ぼしのためだと思うけれど、やってみたら私は私で熱中してしまったんだから結果として感謝している。
この数年は夫も競技には出なくなり、私と二人で回った事のないコースに遊びに行く事が多くなっていた。

その夫が定年まで後一年という時に、ガンになりあっという間に逝ってしまった。

生活は何とかなったけど、ゴルフは2年近くする気にならなかった。


でも、ゴルフ練習場で知り合った友達に何度も誘われているうちに、またゴルフを再開してみようか、という気になって来た。
それでまず誘われた練習場のコンペに出てみたんだけれど、夫婦で参加している人が多いので何となく居心地が悪かった。
...気を使うのも使われるのも煩わしかったし。

それで、一人で参加出来るオープンコンペに出るようになった。
女性だけの組に入る事もあったし、男性3人と一緒になる事もあったけど、煩わしさも気を使う必要もないのでゴルフを純粋に気楽に楽しめた。
賞品は貰ったり貰えなかったりだったけど、運次第だったのでそれはそれで面白かった。

そして、この前の冬のコンペ。


...ラッキーが続いた。
林に打ったボールは、木に当たって帰ってくる。
ミスショットが転がってグリーンに乗る。
長いパットが入る。

気がつくといつもは100前後のスコアが、最終ホールをパーなら90を切るところまで来ていた。
今までのベストスコアは、夫と一緒にやっていた5年くらい前の90。
80台は一度も出した事がなかった。

最終ロングホール...ドライバーはフェアウェイ...セカンド4W...3打目も距離が残ってまた4W...3打目はグリーンをオーバーして、奥からの下りのアプローチの4打目が残った。
それをパターを使って、ビビってのショート...残りは、下り1メートルのパーパット。


この時には他の3人の同伴競技者の男達は私の真剣な様子に気がついたみたいで、一緒にラインを読んでくれたり応援してくれたり...パットを打つ瞬間には皆が息を止めて見守っていてくれているのを感じた。

 

「入ってえ〜」って心の中で叫んだ。

止まりそうになったボールが、ゆっくりとカップに入って行くのが見えたとき、自分でも知らず知らずに右手を伸ばしてガッツポーズをしてしまった。


「なんで先に死んだんだ」
「子供達が巣立って行って寂しいのに」
「でも、あたし一人でもベストスコアが出せたんだ」
「まだ、良い事が沢山あるのかもしれない」
「まだ、こんなゴルフを続けたい」


...なんて思いが一編に頭の中に浮かんで来た。

「ベストスコアが出せました。」っていったら、みんな「おめでとう」と喜んでくれた。
でも、ベストスコアが出せたくらいで泣いてるなんて思われたのがちょっと恥ずかしい。



...はじめてのガッツポーズ、格好悪かったかもしれない。

シューズ          (消えたGDOに書いた記事)

 

かなり以前、誘われて参加したコンペでの出来事だった。

スタートホールで3オンしてグリーンに上がった時、カップ周りにちょっと大きな引っ掻き傷を見つけた。
シューズの金属鋲を引きずったようで、ちょっと深くてちょうど自分の1メートルほどのパーパットのライン上だった。
「ひどいなあ...誰がこんな痕をつけたんだ?」なんて、ぶつぶつ言いながらパットをした。

(当時はパッティングラインに触れるのはペナルティだった)


当然、スパイク痕で蹴られて外してボギー。
「歩くのが下手な人がいるんだなあ」とか「グリーンを傷つけないで歩くのは常識なのに」とか一人でぶつぶつ文句を言っていた。
しかし、不思議なことに、同伴競技者は曖昧に笑い返すだけで困ったような顔をしている。

数ホール進んだところで気がついた。


前の前の組のゴルファーの一人が、少し足が不自由な風に見えた。
...歩くたびに体が大きく揺れる。
グリーン上では歩く事にかなり気をつけているように見えるが、どうしても傷を付けてしまうのだろう...あちこちパターで直している...同伴競技者もさりげなく彼の歩いたところを直している。
「そうか」...悪いことを言ってしまった...それを知っているから、同じ組の人たちは何も言わなかったんだ。

そしてそれからかなりの時間が経ってから、別のコンペでその前を歩いていた彼と再会することになった。
同じ組で。
...そして今回は彼の歩いた痕に傷は残っていなかった。


昼食の時にふとそんな話になった。

「あの頃はみんな靴の底が金属の鋲だったでしょ」

「私、生まれたときから足の長さが違うので、あれだとどうしても足を引きずってグリーンに大きな傷を作ってしまうんですよ」
「一生懸命パターで直しても、時間がかかってスロープレーになってしまうんで心苦しくてねえ」
「他の方も手伝ってくれるんだけど、どうしても全部直しきれなかった...」
「それでゴルフのラウンドはかなり遠慮していたんですが」
「でも、このスパイクレスシューズが出てから、楽になりました」
「特に今はその中でも芝に優しい靴選んでますから、ゴルフが楽しめます」

もちろん、足が悪いために飛ばないけれど、アプローチやパットの小技が実に巧く、ボギーペースで回って行く。
やはり以前と同じように一歩一歩大きく体を揺らしながら歩くけれど、グリーン上にスパイクマークは殆ど残さない。

色々なゴルファーにそれぞれにどんな事情があるかを、狭量な自分には想像し切れなかった。
彼が1メートルのパーパットを外した俺よりずっと苦しい思いをしていた、という事迄気が回らなかった。

...金属鋲のスパイクシューズがほとんどのコースで使えなくなった今、そのプラスマイナスについてはまだ色々な意見が有る。
(俺の大枚をはたいて買ったフットジョイやエトニックの革靴も、鋲を合成樹脂のものに交換しなければ履けなくなったし。)
滑落や転倒事故には鋲の方が安全とか、スイングには鋲の方がいいとかの意見はまだ有る。
でも靴の進化は安価でより軽量な靴を作りだし、彼のような人にも伸び伸びとした気持ちでゴルフを出来る環境を作る事も出来た、という訳だ。


「以前は負い目があったので,大きな声で言えなかったけど。」
「こういうシューズが出来て有り難かった...」

「今は、ゴルフは私の一番の生き甲斐です。」

彼は笑いながら、言った。
 

2026年前半最後のヒッコリーゴルフ(2026年12R 7回目のオープンコンペin日立高鈴GC)

左足股関節から太ももにかけての痛みが引かず、日常歩くのにも「痛くて長く歩けない」という状態に、「30度越えの日々がずっと続く」という予報で、もう秋まで当分ゴルフは無理と諦めていた。

...ところが急に天気予報で「この後2〜3日は3月4月並みの低温になる」と言う。

 

足が痛いけどせっかく普通に当たり始めたヒッコリーアイアン...カートを最大限利用すれば「まだヒッコリーゴルフを楽しめる」という期待で、手応えを求めて一人で参加できるオープンコンペを探す。

雨の合間の日を検討するも、天気予報は「雨が上がるとまた真夏日になる」というガッカリ情報...天気が雨じゃなくて暑くなる前の日はある?

調べると29日だけが唯一「雨が降らないで真夏日になる前」の候補だけど、もうどこのコースも29度にはなると言う最新情報で諦めかけた時...なんと日立高鈴GCだけが最高気温24度?

その近所のコースはどこも29度以上の予報なのに「ここだけなんで?」...というのが疑問だったけど、他の天気予報でも同じようなものだったのでエントリー。

 

前夜、道の駅「常陸大宮」に入り車中泊...

 

 

夜に雨が降ったが、当日は雲の切れ間から青空がのぞく好天。

コースに行く途中の山々には雲がかかりちょっと幻想的な風景...山の頂上にあるコースに着いたときは、空には青空が広がり、ひんやりとした空気が身を包む。

 

 

青空が綺麗だった。

 

日差しはやや強いけれど、不思議なくらい気温は涼しさを感じる。まるで「高原」みたいな爽やかな風が吹く世界。

同伴になったのはこのコースのメンバーの方々だったけど、聞くと「ここは海抜500メートル近い山の上で、真夏でも3〜5度下界よりも涼しいですよ」と。

 

一般的に「500メートル上がると気温はかなり下がって涼しくなる」と言われている...以前、前のキャンピングカーで猛暑の東北を家族で旅した時に、暑さで車中泊が厳しくて「どうしよう」となった時に(緯度でいくら北に上がって青森まで行っても気温は下がらなかった)、それではと標高500メートルくらいの鳥海山中腹の駐車場まで行ったら、そこは別世界で涼しく寝られたことを思い出した。

 

...ここは夏のゴルフにもいいかもしれない

 

 

 

こんな気持ちの良い日のゴルフはと言うと...

 

アイアンはいい感じで当たっていて、「スコア的にもそう崩れることは無いな」と感じていた1ホール目...3オンしての1ピンのパーパットは真ん中から入ったと思ったものが、なぜかピンに当たって向こう側に撥ねて出て...ボギー。

以降、この日は「パットが入らない日」。

 

コースは、以前来て優勝したことがあった筈だが...記憶が一切残って無い(笑)。

今回はグリーンが激重で、ボギーオンしてのパットが全く入らない。

感じを合わせると大ショート、それじゃあと強く打つと大オーバー...2パットでボギー、3パットでダボの繰り返し。

パーが取れずに、それでも自分では「いいゴルフが出来ている」と感じていたが...だんだん左の股関節や太ももが痛み出して来て、ドライバーのミスショットが出始めると...結果トリも出てくる。

最終ホールではロストや頭叩きミスが出て、なんと10の大叩き...これが効いて結果は56。

この10が隠しホールに入らなくての48位で、参加賞...でも立派な黒豚(笑)。

 

昼休憩では湿布を色々貼ったりしたが効果無し...歩くのに痛くて「杖が欲しい」状態となってしまって...午後の最終ホールはギブアップ。

 

天気も良かったし、それなりの手応えはあったので、納得してとりあえずこれで「終わり」とする。

足がこのままじゃダメ...なのは分かっているので、秋までに治って後半シーズンを出来るかどうか。

 

...そろそろ「神様のくれた猶予期間」が終わりかけている気もするが、もう少しヒッコリーを楽しみたい。

 

 

体力が落ちている気もするし、仕事が少ないので稼ぎも厳しいし...さて、どうなるか。

 

 

 

運命      (消えたGDOに書いた記事)

 

3回目のプロテストだった。

一寸遅い20歳からゴルフを初めて、プロを目指してからは練習場の手伝いやレッスンをやりながら自分のゴルフを高めて来た。
...もう30近い年齢だけど、調子は今までで最高に良かった。
地区の予選やカットを軽くクリアして来て、プロテスト独特の雰囲気にも慣れて来たし、特別な事故でもない限り今度は必ず通るという確信みたいなものがあった。

一応レッスンプロの資格はあるけれど、プロを目指したからには試合に出て脚光を浴びたいし、賞金を稼いで贅沢もしたい。
少ない稼ぎで苦労させている嫁さんのためにも、今度のプロテストは絶対に通って、子供を作れるような環境を作ってやるつもりだった。

自分のゴルフは、飛距離は出ないが正確さとインテンショナルに曲げる技術が売りで、アプローチ、パットには特に自信があった。
体調も万全で、何も不安はない...はずだった。

プロテストの組み合わせ表が発表されたとき、同じ組に今売り出し中の学生の飛ばし屋Kの名前を見つけた。
なんでも、ドライバーで300ヤードを飛ばすという、アマチュア界の「怪物」と呼ばれている男だった。
(今の時代と違い、パーシモンのドライバーは250ヤードを打てれば「飛ばし屋」と言われていた。)


まして、300ヤードを打つなんて男は「怪物」としか言いようがなかった。)

...先輩のベテランゴルファーや、世話になったプロは
「絶対に奴のショットを見ちゃいかんぞ」
「奴のプレーを見ると力が入るからな、奴を完全に無視してまわれ。」
とアドバイスしてくれた。


...少しは不安があったが、飛ばし屋と言われるプロと回ったことは何度もあったし、自分は飛ばないことを知っているから大丈夫だろうと思っていた。
「自分の本分はショットの正確さとパットだ」
それを心に決めていれば...



「甘かった...」


プロテスト当日、初めて間近に見た「怪物」は、180センチ以上の身長と堂々たる体格をしていた。
もちろん、先輩達のアドバイス通り絶対に彼のショットを見ないことにしていた。

...しかし、音が聞こえた。


同じパーシモン使っているとは思えないような、「爆発音」というか「圧縮音」...今まで一緒に回った「飛ばし屋」とは比べ物にならない桁違いの音だった。
それに比べると、自分のショットの音はまるで楊枝でボールを引っ叩いているようにしか聞こえなかった。


力んじゃいけないと頭の中では100パーセント思っているのに、もっと強い音を出そうと身体がかってに動く。
...自分が何をしたいんだか判らなくなっていた。
自分でも信じられないほど、ボールを強く叩く...でも、「音」が...弱い。
...また「怪物」の強烈なインパクト音が聞こえる。
自分でもどうしようもなく、「もっといい「音」を出したい」と叩く...叩く...

ボールは曲がった...曲げるんじゃなくて曲がった。


アプローチや小技の勝負にいく前に、既に取り返しようもないほど叩いていた。

結局、「怪物」はトップ合格。


自分は今までで最低のスコアで落ちた。
同じ組の他の二人も、ボロボロになって落ちた。

自分があれほど一緒になったゴルファーに影響されてしまったのは初めてだった。
彼以外のゴルファーと一緒だったら、自分はきっとプロテストを通っていただろうと今でも思う。

...でも、それが運命なんだろう。
自分はそういう運命だったんだろう。


ツアープロになる夢は、それで終わった。
その後やって来た不景気とゴルフブームの衰退で、レッスンの仕事も立ち行かなくなり、今ではゴルフの仕事からも離れた。

 

自分にとって、あれが最後のプロテストだった。
...あれからずいぶんの時間が経ったけれど、今でもあの音は耳から離れない。




そして...怪物と言われ期待されたその男も 、結局ツアーではさしたる実績をあげる事も出来ずに消えて行った。

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