「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み・・・」大叩き男(イラストレーター渡辺隆司)のブログ
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昨日から「今年の花粉症」発症



一昨日の夜、晩酌を終えて風呂に入り布団に入った時、ふと気がつくと無意識のうちに右手で目の周りをボリボリ掻いていた。
朦朧とした意識の中で、それが掻けば掻く程痒くなり、気持ちの半分は「もっと掻き毟りたい」、もう半分は「掻いちゃいかんのでは?」...で、突然意識がはっきりして「うわ!この痒みは花粉症の痒みだ!」と気がつく。
...やばい。
今まではなんとかいつもの花粉症は出ていなかったが、散歩中に出会う杉の木はもう赤くなっていたし、天気予報でも「今年の花粉が飛び始めた」と言い始めていたので、そろそろ不安にはなっていた。

しかし、もっと大変なうちの奥さんの病気や、それを理由に仕事も含めてゴルフに行く機会を全く作っていなかったので、今年はこのままで大人しくやり過ごせるかも、なんて甘い期待をしていた。

が、やっぱり花粉はやって来た。
昔、季節に関係なくゴルフに行っていた時代、2月のある日のラウンド中に突然くしゃみと鼻水が止まらなくなりゴルフがメチャクチャになるのは、春の到来を知らせる年中行事だった。
まぶたが腫れぼったくなり、目の周りがかゆくなり、くしゃみが連続して止まらなくなり、サラサラの粘り気のない鼻水が蛇口が壊れたように出っぱなしになる...頭の中もボウッとして考えがまとまり難くなり、鼻が詰まるので寝不足気味になり、集中力がなくなって根気もやる気も無くなる。

ちょっと前までは、毎年新しく発売される「花粉症対策グッズ」の中から使えそうなものを選んで、色々試していたんだけれど...結局効き目はどれも「帯に短したすきに長し」の中途半端なものばかりだった。
手術などの「完治療法」も、経験した人の話からは「自分も」という気にはなれなかった。
で、最近のこの季節は「近所の医者」に行って花粉症の薬を処方してもらうこと一択になった。
アレルギーの専門医でなくても、いわゆる家庭医の医者に診てもらって(と言っても「花粉症でひどい」くらいの問診)出してもらう薬が、結局市販の花粉症薬よりずっと効いて、おまけに安い!

幸い今年の花粉症は、花粉の量が去年よりはかなりマシとのことなので、これで5月頃までの花粉症に対抗して行く。
俺の今年のゴルフは、多分こんな状況では始められないだろう。
花粉症の治る頃、病を抑え込める目処のついた奥さんとともに、今年の初打ちをすることを今の目標にしておく。

もう、近所の梅は満開だ。

これから...



うちの奥さんの生検の結果が出た。

最悪ではなかったが、最善でもなかった。
もう少し検査をした上で、3月2日から入院してひと月程の闘病生活に入る。
この治療で良い結果が出る可能性は十分にあり、希望はある。

そして、彼女が病と闘う一ヶ月は、俺は娘との自炊生活になる。
娘も仕事で週5日通勤して働いているので、奥さんが今までやっていた日常の細々とした用事は俺の仕事となる。
...結婚して46年間俺は仕事だけをして、全て彼女に任せてやってもらって来た日常の細かな事ごとだ。

結婚前には何年も洗濯も料理も自分でしていた...とは言っても、それは洗濯板を使ってゴシゴシと手で洗い、ご飯を炊いて味噌汁も作り簡単な料理を作っての貧乏暮らしだったので、今出来る自信なんて全く無い。
不器用な男の料理本でも買ってきて、勉強始めるしか無いだろうなあ。


今後のうちの奥さんの闘病の話は、「アメンバー専用」で書いて行く。
本来一部の人だけに限定された記事は書くつもりはなかったので「アメンバー専用」という機能は使ってなかったのですが、うちの奥さんという一個人のプライベートな事を書いて公開するのは差し障りがありますので、以後のこの件は「アメンバー限定記事」とします。
アメンバーとなるのはうちの奥さんと個人的な血縁のつながりのある方、同級同窓など公私で付き合いのある方、うちの奥さんがこの件について知っておいて欲しいという方、私の方で知っておいて欲しいと考えられる方に限定させて頂きます。
そのため、今までに既にアメンバーになっていた方も一旦全て削除しました。

今後はそうした方のご希望があれば、アメンバーとして承認していきます。
(誰もアメンバーになられなくても、記録として書いていくつもりです。)


他の記事は今まで通りに全公開でやって行きます。

抜糸




昨日、病院に行って生検の手術で縫った傷口の抜糸をして来た。
人生初の入院(娘二人のお産の時を除く)で全身麻酔の手術をして、5泊6日後に退院し、昨日結構大きな手術痕を縫った糸を抜いて消毒した訳だが...感覚的にはもう治療が終わって退院して、すっかり治ったような気になってしまう。

だが、現実は来週以降に生検の結果が出て、それで確定した病名に沿ってやっと本格的な治療が始まるのだ。
「そんなに時間がかかって大丈夫なのか?」という不安と、これからの治療に対する漠然とした恐怖や現実に感じる体の状況で、うちの奥さんは物凄く不安になって落ち込んでいる。

来週月曜日には、今までかかっていた診療科から新しい診療科に変わって、一から治療が始まる。
いつ生検の結果が確定するのかが分からないのだが、そこで出てきた病名と家族一丸で戦うことになる。
どういう治療にするのかや、その効果や治療期間も今のところ全くわからない。
家の生活の中心になっていた彼女の治療方針次第で、俺たちの生活状態は大きく変わる。
生活の細々とした作業も、生活リズムや費用・必要な品物も揃えなければならない。


再び、流れ旅に出かけることが出来るように。
秋のゴルフシーズンには、紅葉を楽しみながらフェアウェイを歩けるように。
再び球転がしの散歩を、仲間たちと出来るように。
治療はまだ始まっていないが、目標は...ある。

執筆者懇親会




うちの奥さんが入院した2月3日、ちょうどこの日に長く連載の仕事をしている共同通信スポーツ特信部の「執筆者懇親会」があった。
(うちの奥さんを入院させた後、夜から始まる懇親会に参加した。)

年1回のこの懇親会は、共同通信のスポーツ関連の記事を作っているライターやイラストレーター・カメラマンと共同通信の編集者の方々が顔を合わせる毎年恒例の行事だ。
出席するのは陸上競技の増田明美さんをはじめとして、スケート・空手・競馬・野球・テニス・自転車等々、多種多様な分野の著名な方々。
そんな中でイラストを描いている俺だけは、ひたすら無名な訳なんだけど。

そんな俺の仕事は、全英オープンでの活躍が歴史に残る鈴木規夫プロの「ゴルフは心」というエッセイのイラスト。
これが始まったのは2003年だが、その前に「エンジョイゴルフ」というのを同じメンバーでやっていたので、鈴木規夫プロとの仕事は通算すると20年くらい(以上?)になる。
最初の頃は鈴木規夫プロに対する取材に同行し、何度も一緒にラウンドしながら取材と資料集めを行った。

鈴木プロはしっかりとした理論と感性の持ち主で、勉強熱心で常識もあり、こちらのどんな質問に対しても答えられる引き出しの多さが持ち味だった。
その当時、彼の理論に合わせて同行したプロのカメラマンに資料写真を撮ってもらったが、その莫大な量の写真は今でも鈴木プロのエッセイの解説イラストの役に立っている。

しかし、最近では全く同行取材というのが無くなったし、執筆者懇親会にも来ることが無かったので会う機会は全く無かった。
それがなんと今回の懇親会には鈴木プロが出席...顔を合わせて「いやあ、久しぶり!」の再開。
聞けば、その懇親会開催の知らせがプロには届いてなかったということで、「今回初めて聞いたんで出席した」とのこと。
まあ、ただの連絡の不手際だった訳だ。

久しぶりではあったけどすぐに昔話で盛り上がり、「プロより飛ばすイラストレーターなんて・・・」「頼むから俺に先に打たしてくれ」とプロが言った話など...プロもしっかり覚えていて、大笑いになった。
プロは今は若手の育成と、世界に通用するゴルファーを育てる為に「ザ・ロイヤルゴルフクラブ」というコースの監修をしている。
そのザ・ロイヤルゴルフクラブは全長8143ヤード、最長ホールは705ヤードという世界基準のモンスターコースだ。
昔の「飛ばし命」の頃だったら、こういうコースでのプレーは「血湧き肉躍る」てなもんなんだろうけど...

今のヒッコリークラブ&糸巻きボールでの「お楽しみゴルフ」じゃあ、そういうコースでのゴルフは全くの想定外。
鈴木プロに「ロイヤルで一緒にやろうよ」とお誘いを頂いたけど、「いやあ、あんなコースでは嫌です」。
昔のゴルフしか知らないプロは驚いて、「いや、レディスティーでもいいからさ」「でもヒッコリーに糸巻きじゃあ、基本あのコースでは「打っても打っても届かない」ですからねえ」てな会話で、聞いていた編集者が呆れてた。

まだ今年の初打ちはやっていないけど、今の俺のヒッコリーゴルフの適性距離を考えると、多分6000ヤードくらいが一番楽しい。


こんな考えになったのは「ヒッコリーゴルフ」の所為なのか、ただ「ジジーのゴルフ」になった所為なのか...それとも俺がただの変態ゴルファーの所為なのか。



ともかく、俺の今シーズンの開幕は、まだまだ先になりそうだ。




生検



うちの奥さんは、3日に入院して、4日に手術をした。
お産以外では初めての入院。
深い場所からサンプルを取るので、全身麻酔で2時間の手術。

無事手術を終わったそうだが、その日からずっと微熱が続き元気が無い。
その高熱が落ち着くまで退院が伸びているが、この熱が手術の所為か本来の病気の所為かが見極められない。
回復を待つ間ずっと病院に通っているが、元気が無いのを見るのが辛い。
なんだか治療のための手術が終わったような気持ちになるが、これは病気の種類を確かめるための検査に過ぎないと言うのが辛い。
このあと数週間かけるサンプルの検査の結果、病名が確定して、その後やっと治療が始まるのだ。

9月から具合の悪いのを訴えていたのに、検査も何もしなかった近所の行きつけの名ばかりの内科医に猛烈に腹を立ててはいるが、今はそれよりも病気の回復を優先している。
そして病名が確定すれば、今の医学の力なら十分に回復が見込めると俺は信じている。

とりあえず今週中に退院の予定だが、それは本人の気持ちと医者の決定による。

それにしても、いかに俺の生活が彼女に頼りっきりだったか...改めて実感している。
俺は家の洗濯機もレンジも使い方を知らず、風呂の掃除も昨日初めてやったのだ。
だからこの一週間は、朝飯は同居して働いている次女が出社前に作ってくれるが、そのほかは弁当暮らし。
何がどこにあるかもほとんどわからない。
俺は奥さんと結婚する前には、2年間板橋のアパート暮らしで貧乏暮らし・自炊していたのに...

これからは奥さんが退院しても、日々の生活の半分くらいは俺が細々と手伝わなくちゃな。(こんなことを書くと世の中の女性は怒るだろうなあ...「お前は何様なんだ!」って)



まあ、全快して元気一杯のいつもの奥さんが戻ってくるまでの辛抱だし...
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