「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み」大叩き男(イラストレーター渡辺隆司)ブログ
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ゴルフの原点...seatakuさんのブログ「Nae Wind, Nae Gowf!」より

 

このコースは、ロンドンから車で8時間、そこからフェリーでアラン島まで一時間半かかると言う遠さ。

そのアラン島にある「シスキン・ゴルフ・アンド・テニス・クラブ」と言うコースなんだそうで。

 

自分は聞いたことが無かったけれど、1896年に9ホールのコースとして作られたものだとか。

注目すべきは、現在も12ホール、パー42、2992ヤードのコースであると言う事。

 

この景観、気候の厳しさ...ここにコースを作った人々と残して来た人々、世界中からこのコースに「ゴルフクレージー」な人が集まると言うのが、自然に納得出来ることに驚く。

 

(詳しいことはseatakuさんの記事を読んで欲しい。)

 

「俺はここに行くことが絶対に無いだろう」、と言う事が凄く寂しい。

...ま、それも運命だけど。

俺がseatakuさんのラウンド記を読んで、このコースを(写真で)見て、思うのは「現代の普通のゴルファーが囚われている数字の虚しさ」。

 

そもそも「ゴルフを遊ぶ」ってどう言う事だろう?

...打つのは一瞬だが、次の一瞬まではかなり時間がかかる。

その時間、現代の「ゴルファー」の殆どは、美しい野外(あるいはヒデエ景色?・笑)に居て数字の事しか考えていない。

大多数の人は「今のショットが上手くいかなかったので」、その原因と反省と後悔と怒りと焦りしか感じていない(当然だ、ゴルフショットなんて殆どがミス・失敗なんだから)。

次のショットをどう上手く打つか、これじゃ大叩きだとか、あの打ち方はダメだったか、あのクラブは使えねえとか、天気がいけねえとか、一緒のやつが気に入らない、とか...

 

感謝も余裕も全く無く、腕をコースを道具を罵りながら下を向いて歩いてないか?

 

...ゴルフは18ホールで、パーが72だから...てな「数字」が呪縛になっていないか?

自分の打数を減らすと言うのは技術向上の目安にし易いし、打数が少ない程大きな顔が出来ると思って夢中になるけど、それがゴルフの全てじゃ無い筈だ。

(まあ、そう思って無い人が大多数だろうけど)

 

俺個人の感想だけど、始めは打数が減っていって上手くなるのが楽しい...でも、どんなに上手くなって行ってもキリが無いんだ 。

100を切るのは楽しい...90を切るのも、80を切るのも、アンダーで回るのも嬉しいし達成感がある。

だけどシングルになったって、トップアマになったって、その上にはプロが居る。

例えプロになったって、試合に出るだけでも大変だし、試合に出られるようになったって金を稼げるのはごく少数、日本で食えるようになったって世界で闘い稼ぐのはもっと難しい、世界に行けるようになってもそこで勝つのは難しい...そこには徹底した際限の無い数字の争いがあるばかり。

 

自分の目標を見つけて、それを達成することに夢中になるのは面白いのは確かだ...でもその過程で出来なかった自分や出来なかった事に、失望や焦りや怒りの感情を持つことも多い。

結果、ゴルフをやる度に嫌な気持ちになっていないか?

 

せっかく始めたゴルフで、長くやって行くにつれて「嫌なヤツ」になってしまう人も多い。

ラウンドが終わる度に「チクショウ! もうゴルフなんか止めてやる」なんて気持ちになる人も多い。

 

その対極に、seatakuさんが紹介してくれたこう言うゴルフコースがある。

パーは72では無く、「たったの」42!

トータル18ホールでは無く、「たったの」12ホール!

距離は7000yでは無く、「たったの」2992y!

 

景観はseatakuさんのブログで見て欲しいけど...圧倒される美しさだ。

地形は自然のままで、ラフも凄く、ブラインドホールも多く、風も強く、天候は大体厳しい。

...だけど、きっとここで遊べば「ゴルフは人生だ」を素直に感じる事が出来ると思う。

そのショットを失敗しても成功しても、次の一打まで歩きながら数字のことばかり考えて、焦ったり怒ったりはしないだろう。

ショットの後、歩きながらコースを見、風を感じ、空を見上げ、海を眺めて,,,果たせなかった望みや、壊れた夢や、失くした愛を思い出しながら、コースを人生を歩いて行くだろう。

そしてボールのところに来たら、改めて一期一会のショットに集中するだろう。

...上手く行っても行かなくても、ケ・セラ・セラ(なるようになるさ)、例え酷いミスだったとしても、セ・ラビ(これが人生さ)。

それがこのコースには象徴的にある。

 

 

ああ、俺は日本の片隅で、今度は超トリッキーと噂されるコースで遊ぶとしよう。

そこではこんな気持ちになれないかも知れないけれど...まあ、それが俺のゴルフ・俺の人生さ。

 

ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み...そんなふうに生きたいと。

 

 

 

居酒屋で...     (消えたGDOに書いた記事)

...いつもの居酒屋に入ったとたん、「失敗した!」と思った。


カウンターしかない席はほぼ満員で、一番奥の一つ前の席しか空いていない。
しかもその一番奥の席には、60を越えた年配の既に出来上がった雰囲気の男が腰を据えていて、「いい相手が来た」とばかりに待ち構えているように見える。

うっかりこの手合いに話しかけられて応えてしまうと、長い時間延々と話を聞かされることが多いので、「俺に話しかけるな」光線を目一杯出しながら視線を絶対に合わせないで席に着く。
居酒屋の親父とほんの少しだけ話しながら、目を背けて自分の「酒を飲む」世界に閉じこもろうとした...その時、よせばいいのに親父が「最近ゴルフ行ってる?」なんて話をふりやがった...「ゴルフ、やるんですか?」...ああ、食いつかれた。

話しかけられて無視する訳にもいかず、彼の世界に引きずり込まれる...

「私も,退職する迄は週一回はゴルフ行ってたんですよ」
「殆ど全部仕事がらみでしたけどね」
「腕は90を切るくらいでしたけど、仕事で気を使うゴルフはあんまり楽しくなかったですねえ...」
「でも、ゴルフ自体は大好きだったんで、いつか仕事を離れたら思う存分やりたいって思ってました」
「おかげで日曜日は女房はいつも留守番で..」
「ええ、女房も自分の友達と月一くらいでゴルフに行っていたようです」
「3年前に定年になったので、苦労かけた女房とこれから二人で日本中のゴルフコースを旅行がてら回りたい、なんて思ってたんですよ」

「奥さんとゴルフになんて行かれるんですか?」
私ですか?...ええ、稼ぎが少ないんで一ヶ月か二ヶ月に一回くらいですけど、二人であちこち回りますが...
「いいですなあ...わたしもそうしたかったんですけどねえ..」

「いやあ,私が退職して3ヶ月くらいしたら、女房が身体を壊しちゃったんですよ」
「なんだか立ちくらみがするとか、動悸が激しくなるとか、夜眠れないとか...」
「いろんな医者に行っても治らなくって、症状は重くなるし、大変だったんです。」

「それがねえ、やっと原因が分かったんですよ...心療内科とか言うんでしたっけ...そこでね、その病気の原因が...」


「...ええ、原因は私なんだそうで..」


「ずっと家にいなかった私が、退職して一日中家にずっといる事が女房にひどいストレスになっていたんだそうです。」

「信じられませんでしたよ、そんなこと...私がいったい何したっていうんです?」
「...それで以前から考えていたように、女房に二人で日本中のあちこちにゴルフ行かないか、なんて聞いたんですよ、そうしたら...とんでもない、あなたはご自分の仲間と行ってください,私は友達と行きますから、って...」
「だから、定年になって3年になるんだけど、ゴルフは殆ど行ってません」
「...ただ家にいるだけでも女房のストレスになる、って言うんでこんな風に昼から酒飲んでます...ははは...」
「それでもまだいい方らしいですよ、知り合いで退職と一緒に離婚したのが何人もいますから...」

「あなたはいいですなあ...奥さんと仲良くやっているんだ」
「...私も私なりに女房を大事にして来たつもりだったんだけどなあ...」

「ああ...つまんない話ばっかりしてごめんなさいね...酔っぱらっちゃってるから...」



「...でもね、本当にね、私ね、定年になったらね...ゆっくりと女房とゴルフするつもりだったんですよ...」

 

右肩手術キャンセル

 

5月下旬に予定していた右肩の手術をキャンセルした。

 

MRIの検査で分かった右肩の痛みの原因...大分前からトップから切り返し・ダウンのところで「ギクッ!」と痛むのは、右鎖骨の端に尖った棘のようなものがあって、それが腱を傷つけているかなんだと。

そして、それはいつも痛む訳ではなくて、何かの加減で時々強い痛みが出る。

その痛みはかなり強いので、スイング中に出た時には思わずスイング軌道が変わってしまって、結果「トンデモ」ショットで大叩きとなる。

 

...昔若い頃から右肩の強さには自信があって、高校時代には助走無しで大きなソフトボールを110メートル以上投げ(そこから校舎だったので正確な距離は計れなかったが、3階建校舎の2階の窓の上に当たった)、記録には「測定不能」と書かれたことがあった。

(ちなみに野球部で一番強肩のピッチャーが90メートルに届かなかった)。

野球部のキャッチャー以外は、思い切り投げたボールは取れなかった。

...だけど、練習もしないでいきなり強く投げるなんてことをしているうちに、ある時いきなり肩に激痛が走って強い球を投げる事が出来なくなった,,,今の痛みはその時出たのと同じ痛み。

 

ただ、バドミントンなら普通にスマッシュも打てたし痛みを感じることは無かった(当時はバドミントン部の部長だったり、某大学バドミントン部のコーチをしたりしていた)。

 

その後30半ばでゴルフを始めた時には、ヘッドスピードが50を軽く越えていて、プロとの競争に勝ったりもしていた(ゴルフダイジェスト誌の取材中)。

なので飛ばしには自信があって、パーシモンヘッド・スチールシャフトの時代「ニューボールの試打」の取材で、打った球が270ヤード先のネットをみんな超えてしまい、ダイジェストの編集者に「お前を選んだのは失敗だった」なんて愚痴られたこともあった。

 

てな昔話が忘れられない俺が、(それまではゴルフでは出なかった)右肩の痛みを感じ出してからそれまでのようなスイングが出来なくなった。

投げる動きだと痛いのにバドミントンで痛みが出なかったのは、右肩の動きの軌道がバドミントンではオーバーハンドの動きで、野球ではスリークォーター気味の動きだったからと思っている。

ゴルフも当初はアップライトなスイングだったのが多分痛みを出させなかったんだと思う。

 

手を前に伸ばして上に上げて行っても肩は痛くない。

手を真横に伸ばして上げて行っても痛くない。

ただ横に伸ばした手を後ろに引いて反時計回りに回すと激痛が出る...つまりこの動きをしなければ、ゴルフも出来る...で、考え出したのが右肘を体につけたままでトップまで行き、そこから振る打ち方。

これならとりあえずボールは打てるけど、飛ばない。

それでなくてもヒッコリークラブで糸巻きボールは飛ばないのに、さらに飛ばない。

 

ならば痛みを取る手術をして、もう少し右肩を使えるようにすれば...で決めた手術(内視鏡手術)だったけど、「入院1週間でギブス固定3ヶ月」と言うのが考え所だった。

...もう死ぬまで入院はしたくない(死ぬ間際だけで十分だ)、入院中の仕事の調整が面倒、3ヶ月もギブスをしたら筋力が落ちちまう(それでなくても十五キロ以上痩せて筋力落ちているのに)等々...で、「やめた」。

 

 

今やっている変態スイングもそれで慣れればなんとかなりそうだし、今年のラウンド可能期間はあと1ヶ月。

で、その間になんとか4回はラウンドしたいし、痛みで寝られないほどではないし、松村博士に調整してもらっているヒッコリークラブがもうすぐ出来て来るし...

 

まあ、なんとかなるでしょ(笑)。

 

 

 

2026年8R  3回目の旅ゴルフ in ひたち大宮GC

 「旅ゴルフって言うにはちょっと近いかも」、だけど...このコースの周辺のコースは大概ラウンドしているのに、なぜかこの「ひたち大宮GC(旧カバヤGC)」はラウンドした事が無かったので、この機会にとラウンド。

 

 

 

季節・天気は最高。

寒くはなく、暑くもなく(日差しはもう強かったけど)、気持ちの良い風が吹いていて本当のゴルフ日和。(本当は風のある日が好きだけど、奥さんが一緒の場合はこれで文句無い)。

 

...コースは評判通りのオーソドックなコース...ほぼアップダウンは無く広くて、トリッキーな所も無く、池もバンカーも普通にある。

グリーンはちょっと遅かったけど今はこんなものかと思う。

 

ここを選んだ理由は「まだ回ったことのないコース」の他に、多くのコースがもう「ゴールデンウィーク料金」で高くなっているのに比べて、まだ普通の平日料金だったことと「2サム割り増し」が無かったこと。

俺のような貧乏人からすると、ゴールデンウィーク料金と2サム割り増しあり(あるいは2サム受付不可)なんてコースはハナから「旅ゴルフ」の対象外。

 

...もう一つ大きな理由は、今が山藤の花の盛りであること。

桜の季節はもう終わったけど、この近辺の低山には見事な山藤がそこら中で咲いている。

この風景は以前から大好きで、コース内から周辺の山から紫の山藤をよく見る事ができるコースは、どこもお気に入りだ。

 

 

 

 

この前の記事「枯れない花は凛と咲く」を読んで以来、「そうよね、諦めたら終わりよね」とやる気になってきた奥様は、ここの所調子が良くなって来てドライバーはまあまあ、アイアンもそこそこ、アプローチも上手くなり、弱点だったパットも人並みになって来て、ヒッコリークラブと右肩痛でバタバタしている俺は煽られまくっている。

 

「もういつゴルフがやれなくなるか分からないんだから、真面目に楽しまなくちゃ」なんて言いながら、結構気合が入っている。

...そう、本当に我々の年齢だといつが「今日で終わり」になるかわからないんだから、「出来るラウンドは楽しまなくちゃ」というのは、本音の本音だよな。

 

5月の半ばに、あの海辺の楽しみ「小名浜オーシャン」に今年前半シーズンのクライマックスとして行く予定なので、それまでに調子を上げて行きたい気持ちもあるんだろう。

 

 

 

 

 

 

で、俺はというと...5月末に予定していた右肩の手術はキャンセルした(この話は後で)。

 

なので今の「右肩の痛くない変態スイング」を慣れさせ完成させる事と、まだ使ったことのないヒッコリークラブを全て「ラウンドで打ってみる」ことを目的としてのドッタンバッタン。.

いつまで経っても「あーしたらどーだ?」「いや、こーした方がよくないか?」なんてのが、俺には楽しくてしょうがない。

...スイングとクラブ両方の試行錯誤は一体いつまで続くやら...残った時間は多くないのにね(笑)。

 

スコアを追求してた頃には考えもしなかったことだけど(笑)。

 

でも、前半は一応真面目にスコアを作ろうと努力...やっぱり出だしの2〜3ホールが色々なミス多発しての大叩きというパターンが治らない。

1番ダブルパー・2番トリで、もう7オーバー...その後は、ボギー・ボギー・パー・ダボ・パー・パー・パーでトータル47。

 

昼休憩1時間40分(長い!)の後、後半は毎ホール毎ショット待ち待ちのスローペースの中、右肘をつけたままのバックスイング・トップでのスイングをあれこれ実験...この窮屈さを感じるスイングでは「当たるけど飛ばない」なので、「もうちょっと飛ばしたい」と右肘を(右肩が痛くない範囲で)上げてスイングしようとした。

...それが全失敗。

ギクっと痛んだ時はもちろんろくに当たらないが、痛まない範囲で手をあ上げてもなぜか当たらなくなってしまった。

なんか...以前どうやってスイングしていたかを忘れてしまっている。

「ヤバいな」なのか「これでいいのだ」なのか...ちょっと「途方に暮れている」なところもあるんだが、「それもまた面白い」なんて感覚も...ゴルフ人生の終わりに、こんな悩みもちょっと楽しい(笑)。

 

 

という訳で、来週も「もの凄いよ(笑)」と評判のコースで練習ラウンドの予定。

何せ、そのコースは某「スンゲエコース」のメンバーが「あそこはもっとスンゲエよ」って言うんだから期待大!

「あそこ行くならボールは1打以上必要だよ」

「パターは普段使ってるのと違う方がいいよ...パットが壊れるから」

「ただ、安いし、食事は美味いし、従業員は親切だよ」

「フェアウェーでもボールが見つからないこと多いよ」

「安くて練習ラウンドには最適だよ」

「カートに乗った方がいいよ...ナビ無いけど」

 

 

って、どんなコースだ?

 

...楽しみ楽しみ(笑)。

心残り        (消えたGDOに書いた記事)

Aさんがそのコースに来たのは15年ぶりだった。

プレーするチャンスはその間に何回もあったのに、あえてそのコースに行くことは避けていた。
...そのコースはT県の奥にある、チャンピオンコース。
コースは良いのだけれど、都内からは遠いのでそれほど知られた人気コースという訳ではない。

15年より前、Aさんは此処のメンバーだった。


丁度バブルの始まる前で、ゴルフに熱中しだしたAさんは競技ゴルフをしたくてこのコースを手に入れた。
インターからも遠くて、都内からは行き難かったこのコースは、コース自体の評価の割にはまだ値段は安かった。
でも、地形に恵まれてトリッキーなホールは少なく、コースレートは73に近いこのコースは「知る人ぞ知る」の名コースだとAさんは思っていた。


そしてそれから10年以上競技ゴルフに熱中したAさんは、ハンデは5に近いシングルになり、クラブ競技で名を上げた。
クラチャンや理事長杯には届かなかったが、月例の優勝カップは結構な数が残った。
ほぼ週一ペースで通い続けた為かクラブの「顔」のようになって、練習グリーンやレストランでは誰もが顔見知りで挨拶を交わし、居心地がとても良かった。

...そのAさんには、このコースに通う楽しみがもう一つあった。


それは帰り道をいろいろと変えて楽しんでいるうちに見つけた、地元のお婆さんのやっているお土産屋。
「土産」といっても、それは自分でとってきた山菜や茸、自分で作っている「米」や「野菜」「果物」、それに自家製の「みそ」や「漬け物」みたいなものだったけど、どれもが安くて驚く程旨かった。


春は野生のタラの芽や、ワラビ、ゼンマイ...
夏から秋は珍しくて旨いいろいろな名も知らないキノコ...これは旨い食べ方迄教えてもらって、酒の摘みにはどれも絶品だった。
そして新米や、果物類も...
ほぼ毎週のラウンド帰りに毎回立ち寄っていたAさんはすっかりそのお婆さんと仲良くなり、お婆さんはいつも売り物じゃない「おまけ」をいっぱいつけてくれるようになった。
自分達が食べている浅漬けのお新香とか、数の多く取れない豆類や芋など...


...それが15年前、Aさんは仕事を変わったために収入が減り、どうしても必要があって泣く泣くこのコースを手放した。
何年もゴルフどころじゃない生活が続き、またゴルフが出来るようになったのは7年ほど前から。
今は自分のコースを持たずに、あちこちの安いところを探してプレーしているが、そのコースだけにはどうしても行く気になれなかった。
かってメンバーとして充実したゴルフライフを送っていた思い出がある分だけ、近づけなかった。

15年ぶりにプレーしたかってのホームコースは、木々が大きくなり、記憶にある風景とは少し変わっていた。


メンバーも従業員も殆ど入れ替わったらしく、知った顔には一人も会うことはなかった。
(Aさんが退会後しばらくして、このコースも近辺の多くのコースと同じように預託金の返還が出来ずに倒産し、経営が変わった事はニュースで知っていた。)



プレーが終わると、このコースに再び来ることでずっと気になっていたもう一つの気掛かり...帰り道の、あのお婆さんのお土産屋に立ち寄った。

...そこには雑草に囲まれて、半分朽ちている店の残骸があるだけだった。
考えてみれば、あの頃から15年...もうお婆さんが店にいるはずもなかった。

別れも言わずに、ある日から全く立ち寄らなくなった自分のことを、お婆さんは気にしていただろうか?
いつも自分用に用意してくれていたおまけを、お婆さんはいつ迄用意してくれていたんだろうか?



心残りが、自分を責める...

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