「ケ・セラ・セラと生きて、セ・ラビと酒を飲み」大叩き男(イラストレーター渡辺隆司)ブログ
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北本市 2026太鼓祭

ホワイトタイガーさんに誘われて、夫婦で北本市の「太鼓祭」に行って来た。

 

太鼓は、昔20代の初めの頃リュックを背負ってあちこち「貧乏一人旅」をしていた頃、能登のユースホステルに泊まった夜に地元の人が海岸で篝火を焚き、仮面をつけて叩いてくれた「御陣乗太鼓」に感動して以来大好きになった。

...自分でも叩きたいと、その頃名前が出て来た佐渡の「鬼太鼓座」に入りたいとまで思ったんだけど、そこでは「体力をつけるために毎朝10キロ走る」という噂を聞いて「こりゃダメだ」と諦めた。

(根性の無い俺は、漫画を描きたいと思った時にも背景を描くのに「こりゃ面倒でダメだ」と諦めたくらい、「意気地無し」な男だった・笑)

 

で、杖をつきながらたどり着いた北本市文化センターホール...太鼓は面白かった、楽しめた。

 

本当は会場でスケッチしようと思ったけど、ちょっと席が遠かったのと手元が暗くて見えないのでその場で描くことは諦めた...で帰ってから記憶を頼りに描いてみたけど、なんだかね...でも、ま、しょうがない(笑)。

 

 

 

 

 

いや、思ったより太鼓叩きはカッコいい(笑)。

アマチュアの太鼓の会の人たちも、見事に揃って美しい。

その太鼓を叩く仕草が、本当に素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

途中、津軽三味線の速弾きもあった...津軽三味線の世界大会で三連覇したとの自慢通り、その速弾きは見事な演奏だった。

ただちょっと速すぎて達者過ぎて津軽の風景が見えにくいんじゃ無いかなあ...と個人的感想。

(上手すぎるってこと)

 

 

 

アマチュアの太鼓の会の人たちの演奏も見事なものだったけど、休憩後のプロで活躍している「すわんどGOLDEN TIMES」の演奏になると、プロの方々のバチのヘッドスピードの速さに感動する。

アマチュアの人と同じ形で叩いても、インパクトが違う(当たり前だけど)...ゴルフをやったらさぞかし飛ぶだろうなあ、というのが俺の感想。

 

途中津軽三味線の山中信人さんとすわんどの方の「掛け合い演奏」は凄く面白かった。

太鼓と三味線で会話をしている(笑)。

 

それと、プロの方々の背中から腕の筋肉を見ると、プロの鍛え方の厳しさが良くわかる。

ボディビルとは全く違った筋肉美だ(昔は俺もそうだったんだけどなあ・笑)

 

 

 

 

太鼓を叩く姿は形が美しい。

歌舞伎や農とも通じる「型」が決まる。

 

若ければ自分も叩きたいところだけど、今やれば肘も膝も背中も腰も全部致命的にぶっ壊れるのは確実(笑)。

 

いや、心が洗われる様な太鼓の音だった、

祭囃子の笛もいいし....遥か昔、毎年行っていた根本キャンプ場での村祭りの笛の音を思い出す。

 

俺にあれが昨日のことのように感じられるんだけど、実際は25年以上前の話...長い時間が過ぎた。

 

 

太鼓の音で思い出した昔のあれこれ、夏をやり過ごす時間潰しになりそうだ。

2026年全英オープン

 

 

不思議な全英オープンだった。

 

...これは俺の知ってる全英オープンじゃない(笑)。

 

全英オープンというのは、世間では7月半ばの「真夏」のはずなのに、空は鉛色・海は灰色で波荒く・いつも強い風が吹き・雨が降ったり太陽が出たりで、天気はクルクル変わる。

観客はほぼ全員セーターやパーカーを着込んで縮こまり、雨の中を肩寄せ合って震えている。

プレーヤーは1日のうちに、半袖からセーターまでしょっちゅう着替えなくてはならない...「1日に四季がある」なんてよく言われるメジャー競技のはずだ。

 

だからこの全英オープンを見ると、日本がいくら暑くても「マスターズから始まったゴルフシーズンがもう終わるんだ」なんていう気持ちになった。

 

...ゴルフという人生ゲームが、一段落したような気持ちになるのだ。

 

 

だけど...今回の全英オープンは違う...青い空に青い海、ぽっかり浮かんだ白い雲、風も強くなく、ゴルファーは皆半袖で観客もみんな半袖。

最後の方では結構枯れ芝の色も見かけたけど、最初のうちはコース全体が緑色に見えた...まるでアメリカのコースみたいに。

 

そして何より感じたのが、上位にいるプレーヤーの多くが(俺にとって)「これ誰?」という名前が多かったこと。

 

知ってる有名どころで上位にいたのは、シェフラーとデシャンポーくらい。

マキロイや、j・ローズや、J・スミスや、シャウフェレはどこにいる?

 

最終日上位で優勝争いをしていたのは、まず1時間以上前の組で9アンダーでホールアウトしたC・ヤング。

追うのがキム・シウ、サム・バーンズ、トミー・フリートウッド、ライアン・フォックス、それに追い込んできた唯一の有名どころのシェフラー。

 

 

見ていて一番気に入ったのはライアン・フォックス。

ニュージーランドのプロだと言うが、俺は最近のPGAの試合を見ていないのでよく知らないゴルファーだった。

...彼は、実にスイングリズムが良い。

 

今どきの大部分のプロは、アドレスに入る前も入った後もグズグズノロノロと時間をかけるので嫌いだった。

...しかし、ライアン・フォックスは違った。

アドレス前にそれほど時間をかけない、そしてアドレスに入ったら迷わずスイングを始める。

 

俺の好きなプレーヤーは、例えば(最近久しぶりに優勝した)ブラント:スネデカーみたいに1ショットに時間をかけ過ぎない決断が早いプロ...打つ前になんだかんだと時間をかけ、アドレスに入ったと思ったら何度も仕切り直しをしたり、スイングを始めるまでにモタモタと時間をかけるプロは大嫌い。 

最近時間をかけるプロが多くなったのも、俺が試合を見なくなった原因だったけど...フォックスはいい。

 

トラブルでもあっさり決断してボギーを守る、最終ホールの緊張する場面でも実にきっぱり速い決断をしてリズムを崩さない。

 

...聞けば遅咲きのゴルファーだと言う。

ゴルフを始めたのも遅かったし、プロになったのも遅く下積みから少しずつ苦労しながら上がってきたゴルファーで、ヨーロピアンツアーで4勝、PGAで2勝していて、今の年齢は39歳。

普通なら衰えてくる年齢で初メジャー優勝というのが素晴らしい。

 

 

プレーぶりを知って気に入ったので、これからはスライアン・フォックスをツアーで注目して行きたいとと思った...全英オープンだった。

 

 

230チタンの夢・終章       (消えたGDOに書いた記事)

(前に書いた記事から8年経って書いた記事。)

 


まだ揃えたばかりで、何ラウンドも使わないうちにゴルフ休止を宣言せざるをえなかった一級建築士のTさんは、8年後も以前の仕事部屋の片隅にまだずっとキャディーバッグを置いていた。

バブルの頃には仕事は次々とやって来て、寝る間もない程忙しかった。
その頃から始めたばかりのゴルフに熱中して、仕事が一段落すると殆ど寝ずにゴルフに行くなんて事がよくあった。
稼ぎも良かったので、すぐに手の届くコース(ちょっと遠かったが)の会員権を2枚手に入れ、間もなくシングルハンデと言う所迄腕を上げていた。
当然道具にもこだわり、いつもゴルフ雑誌の情報をもとに最先端の道具を揃えて、その能書きを他人に説明するのも楽しみの一つだった。
そうしたゴルフライフが、当時最先端の「飛ぶ」と言われた230チタンと、プロ好みの顔と言われたダンロップのDPー201アイアンを揃えた所で...「風が変わった」。

バブル崩壊と共に個人事務所への設計以来の仕事は激減し、食うのに困る程になってしまったので、ゴルフは一時休止として大手設計事務所の契約社員となった。
幸い、一級建築士の資格は仕事内容に拘らなければ仕事口は十分にあった。

「やがて景気が回復すれば個人事務所を再開し、またゴルフを始めたい」「また始める時にはまだ新品同様の230チタンが、きっと喜びの雄叫びを上げてくれるはず」「DP−201はきっと得意のドローボールでピンを攻めて行けるはず」...そう思って、じっと我慢の時を過ごしていた。


しかし、長い時間と共に何回か事務所を変わって、だんだん身体にきつい仕事が多くなった。
個人の設計の仕事が多くなる事は無く、雇われでしか稼ぎを得る事は出来ない状況はずっと変わらなかった。

あれから、本当に、随分の時間が過ぎてしまった。

 

...数ヶ月前に、現場でやってしまった。
不安定な足場でチェックをしていた時に、不意にバランスを崩して....落ちた。
命に危険のあるような場所ではなかったが、落ちた時に右足に激痛が来た。
その痛みは、軽い怪我では済まない事が噴き出た脂汗と共に感じられた。

...足首の複雑骨折。
折れた骨は外には出ていなかったが、単純な骨折ではなかった。


3ヶ月は動けなかった。
この年だから、折れた骨が完全に治るのには一年以上はかかるだろう。
足首を固定して、杖を突きながらなんとか歩けるようになったのが、つい一週間前。
仕事に行かなければ収入も無いので、とにかく早くリハビリをして現場に出られるようにならないといけない。
これから毎日少しずつでも歩くようにする。

...しかし、これでゴルフはもう二度と出来ないだろう。
最後に残っていた僅かなゴルフに対する気力も、これで尽きてしまったような気がする。
医者にも、ゴルフはもう無理だろうと言われたし。


...ああ、230チタンよ。
...DPー201アイアンよ。
悪いなあ...
お前達は買ってから何ラウンドも使っていないよな。
自分はいつかまたきっと、お前達と一緒に緑のフェアウェイを歩けると信じていたのになあ...

もう今では古過ぎて売ることはできないだろうし、使ってくれる人もいないだろう...でも捨てるのも忍びない。

...なあ、230チタンよ...

これからはこの部屋の片隅で、「叶わなかった夢」の話を肴に、自分と一緒に酒を飲んで愚痴ろう。

お前たちを揃えて自分はずっとワクワクしてたんだ。

 

使ってやれなくて悪かったな。

 

230チタンの夢        (消えたGDOに書いた記事)

Tさんは一級建築士、建築設計のプロだ。

20年以上前、バブルの始まる頃に師匠である有名建築家のもとから独立して、自分の建築設計事務所を立ち上げた。


その頃はマンションの設計を受けると、設計料は数百万円の金が入った。
そういう仕事が途切れることなく入って来て、設計事務所は順風満帆、早くから(ウィンドウズになる前から)パソコンのソフトを使用した設計技術も信頼されていた。


ゴルフは師匠のところにいる頃から始めて、自分の設計事務所を持つ頃には二つのコースのメンバーになった。
ただし、その頃は会員権の値段も急騰してしまって、買えたのは栃木や群馬の奥のちょっと遠いコースだったけど。
時間が空いた時には、近くの空き地にボールを4−50個持って行ってアプローチ練習するなど、かなり熱中してゴルフをやっていた。


...しかし、しばらくして流れが変わった。


バブルの崩壊とともに、大きな仕事が来なくなった。
仕事は小さな改装や立て直しなんてものの設計や修正が多くなり、入ってくる金額も一桁以上少なくなった。
その後も流れは変わらず、家のローンの支払いにも事欠くようになって、ゴルフの会員権は2枚とも手放した。
そして今では自分の設計事務所は畳んで、大きな設計事務所に契約社員で通っている。
奥さんもずっとパートで働いている。

...仕事ではあまり使わなくなった自宅の事務所の片隅に、今でもキャディーバッグが一つ置いてある。
最後に使ったのはもう15年以上前になるだろうか...大学の同窓会のコンペだった。

この何年かは、キャディーバッグに触れてもいないけれど、中に入っているクラブはいつか再びゴルフを再開するときのためにと、最後にプレーした直前に揃えたこだわりのクラブだ。
アイアンはダンロップのDP−201が2番から、パターはピンのスコッツデール、フェアウェイウッドはテーラーメイド...そしてドライバーはブリジストンの230チタン。

...このドライバーは、比重が重いためにパーシモンのヘッドよりかなり小くしか作れなかったスチールヘッドから、素材がチタンになって「ヘッドが230cもある(大きいと言うこと)クラブ」と言うことで「にーさんまるチタン」と呼ばれた、「抜群の飛び」を誇った当時最新のドライバーだった。

 

一度だけ使った同窓会のコンペで、そのクラブのショットでみんなを驚かせた飛距離を出したのが自慢だった。

これらのクラブは、シングルハンデを目指して熱中していた当時、自分が考えた最強のクラブセットだった。


...数年前に、カビの生えてしまったグローブや、黄色く変色したボールは捨てたけれど、このクラブセットは捨てるのに忍びなくて部屋の片隅に置いたまま...
(時間の流れを感じるのは、当時最大容積のドライバーということで「230」を名に付けたドライバーの後に、「300ccもあるし飛ぶ」と人気になった「ミズノ300s」が登場し、その後もどんどんヘッドは巨大化して今や230チタンの倍の460ccが当たり前になった、と言う事実。)

そんな、買ってから何ラウンドも使わなかった230チタンだけど、自分がゴルフを再開する時が来たら「またあの時のようにフェアウェイで吠えてくれる」と、信じているので捨てられない。

 

...あれからずっとキャディーバッグの中で待っている230チタンは、今どんな夢を見ているんだろうか...

 

いつかゴルフを再開する日が来た時には、「一緒にフェアウェイを歩く夢を見てくれている」と...自分は信じているんだが...
 

脊柱管狭窄症・左坐骨神経痛...重度の狭窄がある、ですと

あれ、脊椎管じゃなくて、脊柱管だったんだ。

「間違えてたのか....訂正しよう!」

脊椎は背中を通る骨のことで、脊柱管はその骨の中の管のことだった。

 

...まあ、それで症状が軽くなる訳じゃないんだけど。

 

木曜日に痛みを我慢してゴルフをやった後、金曜・土曜・日曜と左の尻から太ももが強烈に痛んで、何かを両手で捕んでいないと立つことも歩くこともできない状態だった。

 

...こんな状態では、早く手術でもなんでもやって欲しいと覚悟は決めた。

 

で、土曜日に駐車場までのわずかな距離も娘の自転車を借りて行き、車で整形外科医へ。

(右足は普通に動くので、オートマ車の運転には問題なかった...車の乗り降りは大変だったけど)

 

診察では「症状は脊柱管狭窄症に間違い無いけど、もう一度MRIで精密に確認する」と言うことで、今日火曜日に予約。

その後月曜日になって、その時に出してもらった痛み止めと痺れ止めの薬がやっと効いてきたようで、足を引き摺りながらもゆっくり歩けるようになった。

しかし、無理に歩くと痛みが強くなってくるので、歩行補助用にカインズホームで歩行用の「杖」を購入。

 

今日はその杖を使えばなんとか歩けるようになったので、MRIの検査に行った。

 

結果は「脊柱管狭窄症で重度の狭窄がある」とのこと...自分でもMRIの映像を見たが「こりゃダメだ」。

脊柱管で神経がほとんど潰れている。

「これは手術ですか?」

「いや、この圧迫を取り除くのにリハビリと柔軟体操をやってみると良いかもしれない」...ですと。

 

実際今は激烈な痛みは無くなっているので、体操でなんとかなるならそれがいいかも...だけど、本当にまたゴルフがで出来るようになるんだろうか?

 

 

どうせ暑過ぎてやれない期間が続くから、その間になんとかなるといいんだけれど。

 

 

 

 

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