Tu as toute la vie devant toi!

箏曲家大谷祥子のブログです


Kyoto et Tokyo 琴 billet doux

公式サイト http://www.shoko-otani.com/index.html


東京藝術大学卒。

京都大学文学部聴講生1年間
賢順記念全国コンクール1位
文化庁インターシップ研修生
文化庁芸術祭新人賞受賞


現在

祥韻会主宰

みやこ風韻邦楽アンサンブル 副団長

砂崎知子、吉村七重に師事


本願寺裏方

蓮如上人記念館館長

蓮如の道を歩む会会長
ジャポニスム振興会副会長

本願寺文化興隆財団参議

京都市「DO YOU KYOTO?」大使

埼玉県鴻巣市観光大使


野村萬斎主演「六道輪廻」出演

名取裕子朗読音楽「源氏物語」出演

日本放送「宇崎竜童のジャポニスムマイスター」出演

クールジャパンフランス公演出演


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2018-05-06 08:49:10

有働由美子さん

テーマ:ブログ

有働由美子さん

と私が似ていると言われた事が何回かある。

知人主催の15人程度の会食でご一緒して、

生の有働さんにお会いしたが

自分では似ているとは思えなかった。

何より私より相当お美しかった。

その有働さんの「ウドウロク」を、

先日娘の本を買った際に、

自分にはこの本を買った。

理由は簡単、彼女の人生の選択に興味をもったから。内容はイメージ通り、

正直で肩の力が抜けた人生で、

アラフィフの私にはピッタリで

あっという間に読み終わった。

プライベートの充実、

結婚への準備かと言われたマスコミ報道でしたが、

本当のところは後進に道をゆずる事が

大きな要因とのこと。

 

たまたま私も今の仕事で、

同じような感覚を感じている。

演奏の仕事が26年、

蓮如上人記念館の仕事が10年、

ジャポニスム振興会の仕事は前身である

蓮如の道を歩む会から合わせて8年近く。

そして娘が生まれ母となって8年。

対する有働さんは50歳を目前にして、

49歳で27年勤められたNHKを退社し

新しい船出をする。

 

私は京都で20人所帯となる

邦楽アンサンブル

「みやこ風韻邦楽アンサンブル」の

副団長としての活動も8年目に入った。

アンサンブルは個人プレーではない。

財団の仕事も、演奏も、家族の中の役割も

人プレーより、組織での立ち回りが増えて、

良くも悪くも去勢された

猫のような感じを味わっている。

 

 最近の文春砲や、えげつない報道合戦で

職や、家庭を失った有名人が巷をにぎわしているが、この世の中は泥に根を張って美しい花をさかせる

蓮の花のように決してきれいではない。

私の仕合せも泥の中の養分を吸って咲かせている。

そしてゆらゆら水中で揺れている

長い茎のようにはかなくおぼろげだ。

人が新しい出発をするのは

素晴らしいことだと思う。

留まった水は濁るものだから。

 

2018-05-06 08:24:21

筍の季節

テーマ:ブログ

 

筍の季節になった。

毎年我が家の六条山で掘れる筍を

お世話になった方々に送り続けてもう5年くらいになる。

最初「蓮如の道を歩む会」でお世話になった人へが始まりだったが、

なんと今では100件近い送り先になり、

職員皆に掘ってもらうこととなっている。

挨拶文面が毎年変わらずなので、

今年こそ文面を変更しようと思うが、

いつもこの文章になってしまう。

 

「軽やかな新緑の候」

「人に生まれることは難しい、

正法を耳にするのも難しい。

御仏の世界に生まれるのも難しい」(ダンマパダ)と

お釈迦様が仰られている通り、

私は現世は筍でなく、人間に生まれさせていただきました。

そのおかげで自然の恵みを

ここ京都東山で堪能させて頂いております。

そして有難いことに今年も筍が勢いよく芽を出しております・・(略)

この文章のきっかけは曽野綾子さんである。

曽野さんとは毎年1回お会いして、

オペラに行ったり、三浦半島に泊めていただいたり、

三浦朱門さんのお別れに世田谷に伺ったり、、、

今年は7月にトスカを新国立劇場でご一緒して、

夕食も予定している。

7年ほど前に曽野さんとイタリア、ヴェニスに

二人で廻った際に、

懺悔の告解室が教会内に並ぶ様子を見て、告解横丁と名付けたり、

フジモリ大統領をかくまわれた時の、

警備にあたる警察官との冬のやり取り、

私の善悪の判断は、それをして神がお喜びになるか否かが

判断基準よ。と仰られたこととか、

いろいろ語録を頂戴した。またこまめに手紙を頂戴するのだが、

文章が実にウイットにとんでいて絶妙なのである。

その中に人に生まれることのくだりも、話の中で出てきて、

そこから40代過ぎてからの神学の勉強などの話になったのである。

私も、たまたま筍でなく、人間に生まれてこんな風に

新緑鮮やかな緑に囲まれている我が家に住める。

梅の除草剤すら撒かないこの六条山のきれいな筍を

いろんな方に味わってもらいたい。

 そしてこの風薫る筍の季節に有働由美子NHKアナウンサーは退職し、新しい道を歩む選択をされたそうだ。(つづく)

2018-04-04 23:40:22

友よ

テーマ:ブログ

友よ

目覚めておくれ

眠る時間は終わったよ

近いのに 遠いよ

飛んでいきたいよ

 

同志よ

30日は約束前に着いたよ

まぶしいテラス席で話した事業は

戻ってからも進んでいるよ

もう起きる時間だよ

 

友よ

友の代わりに起きているよ

明日は目覚めを信じて演奏するよ

眼をあけて家族にほほえんでおくれ

今夜はずっと曲を考えているよ

 

同志よ

まだ道半ばだよ

京都の桜に惑わされてはだめだよ

東京の1周年が過ぎ

今年は京都の5周年だよ

 

友よ

まだありがとうも

感謝してるも

伝えてなかった

目覚めておくれ

 

 

 

 

 

 

2016-11-12 08:23:13

道徳2

テーマ:こころ

うず高い花を集めて

多くの花飾りを作るように

人として生まれ、

また死ぬべきであるならば

多くの善いことをなせ

(ダンマパダ53)

 

この花飾りというのは

愛人が花嫁に投げかける

花飾りと訳される。

ここでは多くの善を

花飾りに例えていうのである

 

人間はたしかに生まれ

死ぬものである。

善いことをして

惜しまれて

死んでいくことにしようではないか。

善いことを行うと

あとまで心が晴ればれとして

気持ちがさわやかである

 

もしも或る行為をしたのちに

それを後悔しないで

嬉しく喜んで

その報いを受けるならば

その行為は善い

(ダンマパダ68)

 

■徳行は香(かぐわ)しい

善き行いの香りは、芳しい

タガラ、栴檀の香りは

かすかであって、

たいしたことはない。

しかし徳行ある人々の

香り最上であって

天の神にも届く

(ダンマパダ56)

 

大きい道に捨てられた

塵、芥の山水の中から

香しく、美しい

蓮華が生ずるように

 

塵芥にも似た盲た凡夫の

あいだにあって

正しく目覚めた人(ブッダ)の

弟子は智慧もて輝く

(ダンマパダ58,59)

 

世の中はいかに

汚れていても

徳行は香しく麗しい

汚れた濁りの水の中から

蓮華の花が咲くようなものである

 

■業は徐々に凝固する

 

反対に人々は

悪の恐ろしさにきづかない

 

悪事をしても、

その業(カルマ)は

しぼりたての牛乳のように

すぐ固まることはない。

その業は、灰におおわれた

火のように、徐々に

燃えて悩ましながら

愚者につきまとう

(ダンマパダ71)

 

 

 

2016-11-11 18:13:09

道徳

テーマ:こころ

道徳の原則

「道徳論」というと難しく

堅苦しい事のように思われているが、

原理は簡単なことである。

 

すべて悪しきことをなさず

善いことを行い、

自己の心を浄めること、

これが諸の仏の教えである。(ダンマパダ183)

 

これを昔から

「七仏通誡偈」という。

過去七仏が

みなこの詩を教えたもうたというのである。

その漢訳文である

「諸悪莫作、

諸善奉行

自浄其意

是諸仏教」は

東アジア諸国に

あまねく知られている。

特に最後の句

「これが諸の仏の教えである」は

ジャイナ教の伝えた

聖典の中にサーリブッタ

(舎利弗)の語として

そのまま出ている。

 

仏教には無尽蔵の教えが

説かれているが、

その要旨を簡単に言えば

「悪をなすなかれ」ということに

帰着する。

 

つくられた悪業は

死におおわれた火のように

燃えつつ愚者に従ってゆく

(ダンマパダ71)

 

実際問題として

なにが善であり、

なにが悪であるか、

はっきりと断定できないことがある。

る行為が一方からみれば善であるが、

他方からみると悪であるような場合がある。

そこで善悪に関する判定は

個々の場合ごとに具体的に

考えなければならない。

 

それは簡単にゆかぬ。

しかし、所詮は

「おのれの心をきよめる」

ということにある。

日本古来の表現でいえば

「まことを尽くす」ということであろう。

 

構造倫理講座Ⅲー9 

信仰生活の基本をさぐる仏教誌

あすあすあすより

 

一昨日になりますが

ダライラマ法王を

当財団そして

本願寺にお迎えしました。

ある方のご紹介で

今年5月にお目にかかり、

今回ダライラマ法王14世様の

本願寺へ正式参拝

並びに共同声明の発表に

なりました。

印象に残っているのは

意識の定義と

21世紀の仏教のあり方についての

説教でした。

21世紀の仏法は

一人一人が学ばなくてはならない

簡単に言うと、

信じます!だけではだめで、

各々が仏教を学び、納得して

自分自身が実践できてこそ

信仰にはいれるというような

ことかと思います。

今回は御堂を封鎖し、580人限定でしたので

御堂内をダライラマ法王がお歩きになり

参詣者と共に握手をしたり、

会話をしたり、それは熱烈で

あたたかい一幕でした。

皆さんとともに、仏法にひたれる

ひとときでした。

質疑応答もありました。

 

「世界の混乱を私はなんとかしたい、

私は平和活動のために心身ともに

疲れている」と力説される平和活動家の方に

ダライラマ法王は一言目に

「よく寝てよく食べてください」と仰られました。

それから、

「あなたは正しいことをしていると

思って活動をされている。

けれどまず一番最初にすることは

あなた自身の心の非武装化です。

あなたの心の内に目を向けてください。

正義のために戦いを

いどむことはありませんか?

まず自分の心の内の非武装化をしてください」

と仰られました。

 

許すこと

対話を続けること

善のおこないをしていくこと。

 

人間は忘れやすい生き物です。

ことあるごとに

こういう機会を与えていくのが

お寺の本当のお役目ですね。

 

 

 

 

 

 

 

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