『Rastaquarium マルセル・プルーストと装飾芸術』 ソフィー・バッシュ
Rastaquarium, Marcel Proust Et Le Modern Style:.../Brepols Pub¥12,684Amazon.co.jp表紙がかわいい。ピンクのクラゲがうじゃうじゃしている。正式タイトルは「Rastaquarium マルセル・プルーストと《モダン・スタイル》—『失われた時を求めて』における装飾芸術と政治』20世紀前半は水槽が流行っていた。ガラス張りの建物が出現するとともに、その中の空間が水槽、人間が熱帯魚に見立てられるようなことも出てくる。プルーストでのグランド・ホテル、アラゴン『パリの農夫』などなど。また世紀の変わり目は、19世紀的な意味での芸術が大きく転換する時でもあった。ウィリアム・モリスなどによるアーツ・アンド・クラフツ運動によって、芸術が教会や貴族だけの専有物ではなくなり、生活の内部に持ち込まれるようになる。だから美術館とかにいくと、19世紀までの絵画!って部屋から、20世紀になると、まるで大塚家具にでもいるような(行ったことないけど)展示室になる、室内全体が芸術品として捉えられ始める。でも、この運動はなかなか政治的なものだったらしい。1910年にパリで行われた装飾芸術、家具の展示会はドイツ工業の優位を知らしめるものとなり、フランスではドイツへの警戒感が高まることとなる。またドレフュス事件との関わりも重要だ。ユダヤ人は国家を持たない民族であり、居住している国に愛着を持たない。そうするとフランス人は、国内にいるユダヤ人を疑いの目で持つようになる。「こいつはドイツに大勢の知り合いがいる」。普仏戦争から一次大戦までの平和で豊かな時代、そこでも水面下ではいろいろあった。アール・ヌーボーとかのなんにも考えてなさそうで能天気な装飾芸術も、それはそれで当時の社会情勢に左右されるものだったみたいだ。 そんなわけで、アール・ヌーボー、またの名をモダン・スタイル(英語そのまま、イギリスかぶれ)は、徐々にその重心をネガティブな方面へ、そして東方へと移す。コスモポリタンはユダヤ人と重ね合わされ、ユダヤ人はドイツにまた重ねられる。素朴なイギリス趣味から始まった新しい趣味の家具が時代に翻弄されていく。そういったことを『失われた時を求めて』の草稿とかから論証している。