Soumission/Editions Flammarion
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一月七日、シャルリ・エブドが襲撃された日にフランスで出版されたのが、ミシェル・ウェルベックの最新作Soumission、仮に『服従』とでも訳しておく。

舞台は、2022年のフランス。大統領選挙が行われ、極右政党「国民戦線」が30%を超える支持を得る。が、その陰で「友愛イスラム」という政党がなんと20%を超える票を獲得し、社会党を鼻の差で上回ってしまう。フランスでは50%を一人の候補が得るまで選挙は繰り返される、つまり上位二人の間で決選投票が行われることになる。
第二回の投票を前に陰謀渦巻く永田町。国民戦線支配による排斥を恐れるユダヤ人は大挙してイスラエルに逃げ出す。その一方で、社会党と友愛イスラムとの連合がまことしやかに噂される。
 ぬるま湯のなかで釜茹でにされるカエルたち、そんなパリでは市民戦争、内戦の可能性が口の端に上るようになる。国家情報局に勤める知人から警告された主人公は夜中のパリを発し、西へ西へと逃げる。

ところで、この主人公は一風変わった人物。19世紀末の作家、ユイスマンスの専門家でパリ第三大学の教授という設定。そしてクズ。いやウェルベックの主人公は総じて変態だから、まだまともな方か。毎年9月に新しい女学生を物色し、一年付き合う、夏休みに自然消滅させ、新年度のスタートとともにまた一人選んで付き合う、その繰り返し。20歳前後の女の子と継続的に付き合う合理的で便利な職業だと考えているようだ、まあクズだ。(でもとってもリアリティがある)
 
まあややあって、大統領には友愛イスラムの人が選ばれ、教育改革が行われる。ライシテ(政教分離)は廃止され、それぞれの宗教に則った教育が行われることになる。そこでしゃしゃり出てくるのがサウジアラビアあたり、イスラムの学校に割り振られた学校にガンガン投資する、キリスト教徒であってもそこに行きたくなる。で、驚くべきはパリ・ソルボンヌ大学がイスラムの大学になったこと。この意味は大きい、そもそも今はパリ大学の文学部的なものであるソルボンヌは、もとはといえば神学校として誕生した。そこでイスラムによって教育が行われる。
 ほとんどの教職員は莫大な手当を貰って退職させられ、主人公もニートになる(毎月60万くらいもらいながら)。この年で隠居かあ、困ったなあ・・・

からのまた一波乱。

近未来、というよりほぼ現代のディストピア、しかもかなり説得力のあるもの。冷静に考えればありえない、特に後半の怒濤のイスラムへの改宗なんかはちょっとコメディータッチが過ぎるかもしれないが、それでも物語として破綻していないからか、うなずける。
 しかし問題作だなあ。普通の人だったら、いや別にイスラム教自体が悪いのではなく的論調でいきそうなところをウェルベックは、イスラム教による地上の楽園をパリに出現させてしまう。女学生は金と知恵を持つ教授にメロメロになり愛人、さらには妾にしてもらおうと手ぐすね引いて待っている。教授たちは、40歳の妻は掃除婦兼料理女としてキープしつつも、20歳、15歳の女の子をあらたに妻にする。ウィンウィンな世界、誰もが幸せだね!ってわけだ。体制側に吸収された人間は、ついこの間まで怯えていた内戦の可能性を考えることもなく、オイルマネーとイスラム的エロティシズムのなかで快楽に溺れる。イスラム教徒が読んだらどう思うかとか、そういう配慮は一切なし、なイスラム教万歳作品だ。
 ちなみに、これはキリスト教対イスラム教という構図ではない、無神論者対イスラム教徒という構図でもない、宗教の存在しない社会対ユートピアを掲げて突撃する強い宗教という構図なのだ。