留置場の問答
2月11日。激しい禁断症状が一服し、思考が回復した私は、再び佛の夢を見、その解釈ばかりしていた。
留置場内でのメモより・・・
人生は生他滅私の道。
人は生まれながらに死に始めている。
人は人を生かすために生まれ、我を捨て自然に還る。
年代により家族などに対する価値観が変わるのもそのため。
生きるのではなく自然により生かされている。
思考も行動も個々の人生はその枠の中にあるのみ。
「他」すなわち子を産むために~20歳ごろまでは多く出会い異性を求め、より優位な遺伝子が残りやすいように人は競争し争い悩む。
男系は種を広めようとし続け、女性は子に愛情が移る。
嫁しゅうとが仲が悪いのも自然の摂理。母性の監視役。
子が生まれ育つ30~40才は人は働きに生きがいを求める。
征服欲や出世欲はさるの遺伝子の残りかす。
子が成人した頃60才~人は争いをやめ、家族が大切になる。子の子が生まれるのを助けるため。
70才~人はだんだん無我となり自然を愛し、親しい人とのみ接し、身近を愛するようにだんだんじゃまにならない存在となっていき、自然に溶け込み、過去の記憶に生きるようになり、自然に還り土となる。
年代により価値観が違うのはそう考えると当たり前。
そうなると独身子無しは滅私のみとなる?ただ行動は同じはず。
結果のみの判断。
親より先に死ぬ子もいれば、生まれないままの場合もあるはず。
いとなみは同じ。
病人がいるように種の本道と違う場合もある。それは何故だろう。
滅私すれば人は苦しまないのに、そうなると種は保存できない。
互いに譲りあって異性に接する人間ばかりなら、滅んでしまう。
矛盾だ。
唯我独尊。我思う故に我有り。人生は百代の過客にして行きかう人もまた旅人也。諸情無常。
諸悟一瞬。
悟りとは流れ星のようなもの。永遠の悟りなどない。
まして文章で人に伝える事など出来ようはずがない。
「人は何故生きるのか」と聞かれれば「生きているのではなく、自然により生かされている。ただそれだけ。」としか答えようがない。
弱い種は自ら死を選び、苦しみは人を成長させる。
うつの薬が進歩し、人が深脳=心の悩みをコントロールできるようになったら、人類は滅びる道を進んでいる事になる。
悪い事が起きたらまず「良かった。これで○○」と考える事が大切。
僕の場合は「酔っ払って子供を車ではねなくて助かった。」と思うようにした。
でも子供を殺されたりした親はどう「良かった」と考えれば良いのだろう。
前記の人生の目的、本性と反する事だから。
宿命と考えるのか。
犯人を憎しみ続けるのか。
よく手記で「あの時から時が止まっています」と被害者が答えているが、生きながら死んだ、死を待つという事か?思い出に生きながら。何と不幸な事だろう。何かあるはず。
何か。解決の悟りが。
その場合の自殺率を調べてみる必要。
でも考えれば子が死なない動物は人間ぐらい。
他は幼子から食べられていたり天敵がいる。
天敵の存在の有無が人間と他動物の違い。
本来的にコンドーム(避妊)という人口具がなければ他動物と同じように5~10人の子が生まれ、その内何人かは親より先に死んでいるはず。
ということは人間が人間に苦しみを与えている事になる。
では病はどうだろう。
進化により苦しみは大きく減った。
比較の動物だからだろうか。比較という思考がなければ肉体的苦痛以外からは救われるだろうか。
苦しみと苦痛は違う。
だから釈迦は苦痛で悟りは得られなかった。
彼は恵まれて育ったし、他から与えられて悟った苦しみではない。
本当に逃れられない苦しみからのみ悟りは得られる。
比較幸福論に戻るが、僕は今、留置場で刑務所行きを待っている。
ここは狭く、自由がないが、イラクの留置場の人や、第二次大戦で否応なく潜水艇に乗らされ、なぐられ、使われ死んでいった人々や幕末の志士の多くが一度は牢獄に居た所を思うと少し心が安まる。
これは本当に悟りを聞いた者の考えでは無い。
また話が前後するが何故本能と違う、出世欲や名世欲があり続けるか判った。
異性により多く注意してもらい種を増やす機会が増えるからでこれも自然の摂理だ。
えらい人間になるより異性として優秀な種を残す機会が増える。「英雄色を好む」とか性犯罪教師が昼は真面目で対人関係も良く仕事に精力的なのはそう考えると不思議な事ではない。
夫婦仲が終身良く、地位が高い人間の経歴を調べればたぶん出世欲で伸びたのではない他のファクターがあったと思う。調べてみよう。
小さな事に幸福感を見い出せる事。
これが自然に還っていく過程だろう。
うつの薬を飲めば性欲が無くなる。ということは生を捨てて生きるという事。
やはりうつの薬の進歩は人類をほろぼすだろう。
自我=欲と葛藤し、悩む事自体が「生きる」という事なのだから。
そこから薬で逃れようとするのは生に対する否定である。
苦しみこそが生きるという事なのだ。
より優秀な種が後世に続くためだけに人は自然によって「生かされている」だけ。
では自然とは何だろう。
地球とは?
宇宙は?
宇宙はいくつもあるという
150億年前に誕生し爆発し生まれた宇宙は拡大しておりその先は物理学的な想像にすぎない。
動物と植物の違いは何だろう。
考えるか考えないかか?
では人間と他の動物の違いは何。やはり同上?
牛は考えずに殺され。イルカは考えるから殺されない?
脳の大きさ?
思考がある(ないの誤り?)と考える者は殺されて良く、頭が良いと考える者は保護される。
なのに犯罪では精神病やよっぱらいし保護される。おかしな話だ。
責任能力とは何?
人間が動物を保護する責任は無いのか。
ペットとして1人ぼっちにして終身刑にする権利が人間にあるのか。
留置場に入って思う。
1ぴきでかわれているペットはほとんど精神的に気がくるっているだろう。
こんな所に一生、しかも一種で死ぬまでえさをやられているだけなのだから。
もう僕は一生ペットをかわない事に決めた。
話がだいぶ横道にそれてしまった。
元に戻ろう。
人間を生かしている自然とは何なんだろう。
何と考える事自体ばかげているのか。
例えば宇宙のはてはどうなっているかと考えるのに似ている。
一生いや一種人類(数万年)だけの短い生涯で理解するのは困難過ぎる。
問題だ。
考えることを薬で調整できることになったらなおさらだ。
既にローマ時代に「考える由に我有り」と人間の本質を説いて以来、人間は一歩も成長していない。
では宗教は?
宗教は苦しみから逃れるうつの薬のような類似のものなのだろうか。
セロトニンという物質が見つかる前に人間が考え抜いた、ストレスから苦しみから思考で逃れる為の心の薬なのだろう。
信仰は自我を低め、欲への苦しみから脱出する手段としての、自己の絶対的価値観の移転に過ぎない。
ぜんそくがあるから息ができるよろこびがわかる。全ては己の心の中の価値観の比較の問題。
やはりささいな事に喜びを感じる。至っては「生きている」それ自体に喜びを感じる事ができるようになるのが、俗に言う幸せという物なのだろう。
子を失った親の苦しみも成長過程と80才90才で子が先に死んでしまうのと育成期に失うのでは苦しみが違う。孫がいるのといないのとではどうだろう。意識調査してみたい。生のなぞが少し解けるかも知れない。
苦しみを救ってあげるにはどうしたらいいのだろう。
価値観を移す宗教は逃れであり、真正面から生と向き合っていないと思う。
昔人が考えたうつの薬なのだろう。
生きていること自体に喜びを感じる事が自身で合理的に解釈出来れば、その理論さえ判れば全ての人は幸せになれる。
宗教もいらなくなる。
科学的な説明が出来れば済む。
しかし、人は若い時に恋をし、動機し、子を育てては喜び、亡くなっては苦しみ、死を怖れ鼓動は常に一定ではない。
例えば発表会などで初舞台に上がるように。
オリンピックの選手のようにいくら練習しても、人は、鼓動を一定にすることが出来ない。
やはり脳より心臓が先に反応する。
平静を装っても鼓動だけは調整がある程度しかできない。
昼間は平静でも夢に出て来たり、不眠になったりする。
理性。
理は昼 性は夜。
人間は欲から開放されない。
そのように仕組み作られているから。
理で押えても夢に出てくる。
不眠はなぜ緊張するのだろう。
欲が強すぎて夢で消化できないと身体が判断するからではないだろうか。
いくら頭でイメトレして緊張しまいと思っても失敗してしまう人としない人がいる。
この違いはどこから来るのだろう。
脳の電波の動きを両者比較すれば分るのではないだろうか。
それが分かれば動きのコントロール、緊張のコントロールさえ薬の力で出来るようになるだろう。
今は眠剤で頭の働き全体を緩慢にするしか方法が無いのだから、部分的にコントロールできるようになれば、受験生とかにも使われるようになるだろう。
人類はその間近にまで来ている。
その一方で気配や第六感など生物的古代的人類が持っていたものを失っている。
奇跡とは本当に無いのだろうか。
あるとすればどうして起きるのだろう。
宇宙的な全理的な科学で証明されていない事が地球外から起きている簡単な事のさざ波に過ぎないのだろうか。
「人は何故生きるのか」と問われれば「滅私の旅」というしかここまで書いてきた所てばわからない。
「生の連鎖」だけの為に欲があり、老いがあり、死を迎える。
それに理由は無い。
何も無い。
ただ生きる。
それだけ。
貧富も健病も地位の差も全て狭い比較の問題。
健康でアメリカ大統領で妻子がいて世界一の富があればその人は世界一幸せを感じるだろうか。
病気でホームレスで妻子ない人が不幸を呪っているだろうか。
そんな単純ではない。
そこに人が居るかぎり。
人は人と人とのつながりの中で生きている限り何らかの問題を必ず抱える。
それをうらみにするのか、自己を責めるか、良かったと思考転換するかで思いは変わるがそれは脳で理解しても夢に出てくるし鼓動の数は変えられない。
無我夢中というが念仏とどう違いがあるのだろう。
自殺は何故いけないのだろう。
またいけないと教えがあるのだろう。
それでも文物書きは死を選び、武士は死に場所を探した。
死を考える事で楽に生きられるからではないだろうか。
いつでも死ねるから人は生きられる。
留置場内でのメモより・・・
人生は生他滅私の道。
人は生まれながらに死に始めている。
人は人を生かすために生まれ、我を捨て自然に還る。
年代により家族などに対する価値観が変わるのもそのため。
生きるのではなく自然により生かされている。
思考も行動も個々の人生はその枠の中にあるのみ。
「他」すなわち子を産むために~20歳ごろまでは多く出会い異性を求め、より優位な遺伝子が残りやすいように人は競争し争い悩む。
男系は種を広めようとし続け、女性は子に愛情が移る。
嫁しゅうとが仲が悪いのも自然の摂理。母性の監視役。
子が生まれ育つ30~40才は人は働きに生きがいを求める。
征服欲や出世欲はさるの遺伝子の残りかす。
子が成人した頃60才~人は争いをやめ、家族が大切になる。子の子が生まれるのを助けるため。
70才~人はだんだん無我となり自然を愛し、親しい人とのみ接し、身近を愛するようにだんだんじゃまにならない存在となっていき、自然に溶け込み、過去の記憶に生きるようになり、自然に還り土となる。
年代により価値観が違うのはそう考えると当たり前。
そうなると独身子無しは滅私のみとなる?ただ行動は同じはず。
結果のみの判断。
親より先に死ぬ子もいれば、生まれないままの場合もあるはず。
いとなみは同じ。
病人がいるように種の本道と違う場合もある。それは何故だろう。
滅私すれば人は苦しまないのに、そうなると種は保存できない。
互いに譲りあって異性に接する人間ばかりなら、滅んでしまう。
矛盾だ。
唯我独尊。我思う故に我有り。人生は百代の過客にして行きかう人もまた旅人也。諸情無常。
諸悟一瞬。
悟りとは流れ星のようなもの。永遠の悟りなどない。
まして文章で人に伝える事など出来ようはずがない。
「人は何故生きるのか」と聞かれれば「生きているのではなく、自然により生かされている。ただそれだけ。」としか答えようがない。
弱い種は自ら死を選び、苦しみは人を成長させる。
うつの薬が進歩し、人が深脳=心の悩みをコントロールできるようになったら、人類は滅びる道を進んでいる事になる。
悪い事が起きたらまず「良かった。これで○○」と考える事が大切。
僕の場合は「酔っ払って子供を車ではねなくて助かった。」と思うようにした。
でも子供を殺されたりした親はどう「良かった」と考えれば良いのだろう。
前記の人生の目的、本性と反する事だから。
宿命と考えるのか。
犯人を憎しみ続けるのか。
よく手記で「あの時から時が止まっています」と被害者が答えているが、生きながら死んだ、死を待つという事か?思い出に生きながら。何と不幸な事だろう。何かあるはず。
何か。解決の悟りが。
その場合の自殺率を調べてみる必要。
でも考えれば子が死なない動物は人間ぐらい。
他は幼子から食べられていたり天敵がいる。
天敵の存在の有無が人間と他動物の違い。
本来的にコンドーム(避妊)という人口具がなければ他動物と同じように5~10人の子が生まれ、その内何人かは親より先に死んでいるはず。
ということは人間が人間に苦しみを与えている事になる。
では病はどうだろう。
進化により苦しみは大きく減った。
比較の動物だからだろうか。比較という思考がなければ肉体的苦痛以外からは救われるだろうか。
苦しみと苦痛は違う。
だから釈迦は苦痛で悟りは得られなかった。
彼は恵まれて育ったし、他から与えられて悟った苦しみではない。
本当に逃れられない苦しみからのみ悟りは得られる。
比較幸福論に戻るが、僕は今、留置場で刑務所行きを待っている。
ここは狭く、自由がないが、イラクの留置場の人や、第二次大戦で否応なく潜水艇に乗らされ、なぐられ、使われ死んでいった人々や幕末の志士の多くが一度は牢獄に居た所を思うと少し心が安まる。
これは本当に悟りを聞いた者の考えでは無い。
また話が前後するが何故本能と違う、出世欲や名世欲があり続けるか判った。
異性により多く注意してもらい種を増やす機会が増えるからでこれも自然の摂理だ。
えらい人間になるより異性として優秀な種を残す機会が増える。「英雄色を好む」とか性犯罪教師が昼は真面目で対人関係も良く仕事に精力的なのはそう考えると不思議な事ではない。
夫婦仲が終身良く、地位が高い人間の経歴を調べればたぶん出世欲で伸びたのではない他のファクターがあったと思う。調べてみよう。
小さな事に幸福感を見い出せる事。
これが自然に還っていく過程だろう。
うつの薬を飲めば性欲が無くなる。ということは生を捨てて生きるという事。
やはりうつの薬の進歩は人類をほろぼすだろう。
自我=欲と葛藤し、悩む事自体が「生きる」という事なのだから。
そこから薬で逃れようとするのは生に対する否定である。
苦しみこそが生きるという事なのだ。
より優秀な種が後世に続くためだけに人は自然によって「生かされている」だけ。
では自然とは何だろう。
地球とは?
宇宙は?
宇宙はいくつもあるという
150億年前に誕生し爆発し生まれた宇宙は拡大しておりその先は物理学的な想像にすぎない。
動物と植物の違いは何だろう。
考えるか考えないかか?
では人間と他の動物の違いは何。やはり同上?
牛は考えずに殺され。イルカは考えるから殺されない?
脳の大きさ?
思考がある(ないの誤り?)と考える者は殺されて良く、頭が良いと考える者は保護される。
なのに犯罪では精神病やよっぱらいし保護される。おかしな話だ。
責任能力とは何?
人間が動物を保護する責任は無いのか。
ペットとして1人ぼっちにして終身刑にする権利が人間にあるのか。
留置場に入って思う。
1ぴきでかわれているペットはほとんど精神的に気がくるっているだろう。
こんな所に一生、しかも一種で死ぬまでえさをやられているだけなのだから。
もう僕は一生ペットをかわない事に決めた。
話がだいぶ横道にそれてしまった。
元に戻ろう。
人間を生かしている自然とは何なんだろう。
何と考える事自体ばかげているのか。
例えば宇宙のはてはどうなっているかと考えるのに似ている。
一生いや一種人類(数万年)だけの短い生涯で理解するのは困難過ぎる。
問題だ。
考えることを薬で調整できることになったらなおさらだ。
既にローマ時代に「考える由に我有り」と人間の本質を説いて以来、人間は一歩も成長していない。
では宗教は?
宗教は苦しみから逃れるうつの薬のような類似のものなのだろうか。
セロトニンという物質が見つかる前に人間が考え抜いた、ストレスから苦しみから思考で逃れる為の心の薬なのだろう。
信仰は自我を低め、欲への苦しみから脱出する手段としての、自己の絶対的価値観の移転に過ぎない。
ぜんそくがあるから息ができるよろこびがわかる。全ては己の心の中の価値観の比較の問題。
やはりささいな事に喜びを感じる。至っては「生きている」それ自体に喜びを感じる事ができるようになるのが、俗に言う幸せという物なのだろう。
子を失った親の苦しみも成長過程と80才90才で子が先に死んでしまうのと育成期に失うのでは苦しみが違う。孫がいるのといないのとではどうだろう。意識調査してみたい。生のなぞが少し解けるかも知れない。
苦しみを救ってあげるにはどうしたらいいのだろう。
価値観を移す宗教は逃れであり、真正面から生と向き合っていないと思う。
昔人が考えたうつの薬なのだろう。
生きていること自体に喜びを感じる事が自身で合理的に解釈出来れば、その理論さえ判れば全ての人は幸せになれる。
宗教もいらなくなる。
科学的な説明が出来れば済む。
しかし、人は若い時に恋をし、動機し、子を育てては喜び、亡くなっては苦しみ、死を怖れ鼓動は常に一定ではない。
例えば発表会などで初舞台に上がるように。
オリンピックの選手のようにいくら練習しても、人は、鼓動を一定にすることが出来ない。
やはり脳より心臓が先に反応する。
平静を装っても鼓動だけは調整がある程度しかできない。
昼間は平静でも夢に出て来たり、不眠になったりする。
理性。
理は昼 性は夜。
人間は欲から開放されない。
そのように仕組み作られているから。
理で押えても夢に出てくる。
不眠はなぜ緊張するのだろう。
欲が強すぎて夢で消化できないと身体が判断するからではないだろうか。
いくら頭でイメトレして緊張しまいと思っても失敗してしまう人としない人がいる。
この違いはどこから来るのだろう。
脳の電波の動きを両者比較すれば分るのではないだろうか。
それが分かれば動きのコントロール、緊張のコントロールさえ薬の力で出来るようになるだろう。
今は眠剤で頭の働き全体を緩慢にするしか方法が無いのだから、部分的にコントロールできるようになれば、受験生とかにも使われるようになるだろう。
人類はその間近にまで来ている。
その一方で気配や第六感など生物的古代的人類が持っていたものを失っている。
奇跡とは本当に無いのだろうか。
あるとすればどうして起きるのだろう。
宇宙的な全理的な科学で証明されていない事が地球外から起きている簡単な事のさざ波に過ぎないのだろうか。
「人は何故生きるのか」と問われれば「滅私の旅」というしかここまで書いてきた所てばわからない。
「生の連鎖」だけの為に欲があり、老いがあり、死を迎える。
それに理由は無い。
何も無い。
ただ生きる。
それだけ。
貧富も健病も地位の差も全て狭い比較の問題。
健康でアメリカ大統領で妻子がいて世界一の富があればその人は世界一幸せを感じるだろうか。
病気でホームレスで妻子ない人が不幸を呪っているだろうか。
そんな単純ではない。
そこに人が居るかぎり。
人は人と人とのつながりの中で生きている限り何らかの問題を必ず抱える。
それをうらみにするのか、自己を責めるか、良かったと思考転換するかで思いは変わるがそれは脳で理解しても夢に出てくるし鼓動の数は変えられない。
無我夢中というが念仏とどう違いがあるのだろう。
自殺は何故いけないのだろう。
またいけないと教えがあるのだろう。
それでも文物書きは死を選び、武士は死に場所を探した。
死を考える事で楽に生きられるからではないだろうか。
いつでも死ねるから人は生きられる。
届かないお詫び状
禁断症状が脱した翌日の2月14日「東京から弁護士さんがきたぞ。」と私は房を呼び出された。昨夜、留置場のなかで正気に戻り、官のシーツをひきぢぎり柵に掛け、発作的に自殺しようとして部屋内の収容者や発見した職員に抑えられ、今朝、刑事部長より厳しく注意された午後のことだった。ボタンなどが付いた服を没収され、見苦しいジャンパー姿だった。2月5日の逮捕以来、弁護士面会も連絡もまるでなく、北川刑事から「くまさんの弁護士は一体いつになったら来るんや。ほんまに委託したんか。」と冷やかされていたので心からホっとした。2月5日夜 警察署が弁護士事務所に連絡を入れたあと。「東京からやったら新幹線やから早くて4時間やな。どうする・・・」と刑事たちが集まって何かこそこそ 対応を相談していたのを思い出した。「私には顧問弁護士がいますので結構です。」と言ったこと自体、刑事にうそを思われているような気がしていて、この数日間、だんだん身の置き所がなかったので本当に安心した。
面会室に入ると若い助手の早坂先生だけだった。私は宗田先生が忙しいので来るのが遅れていたと思っていたので少し落胆した。それでもうれしかった。早坂先生はにっこりと座ってフォルダーを取り出した。そして何か書いてきたものを読み上げた。「お詫びのようなものを一部書いて事務所に送ってください。」「はい」「それから会社の登記料40万円が藤間行政事務所からこちらに請求書が回っていますがお父さんに立て替えてもってもいいですか。」私は一瞬、先月の現実に戻り熱くなった。宗田弁護士という人のお金に対する執着心に呆れた。私は半年前。行政書士に頼んで30万で会社登記をしようとしていた。それを知った宗田弁護士が自分から「何のために顧問料を毎月10万以上も払っているんですか。登記なんて簡単なことはうちに任せてください。」と言われたので、任せたのだ。請求も疑問だったが、それよりなぜこの面会室で今言う必要があるのだろう。おそらく早坂弁護士は宗田先生に言われるがままのことをメモして、今、ここにいるだけなのだろう。「何か質問はないですか?先生にお伝えしておきますが。」「わたしは国宝を傷つけてしまい文化財保護法に問われる可能性があると取り調べで言われました。文化財保護法違反とはどれぐらいの重い罪なのか教えてください。」
「わかりました。今日帰ったらすぐ先生に聞いて回答しましょう。保釈はおそらく3月の始め5日前後になるでしょう。」「妻をよろしくお願いします。私はいいので彼女を守ってください。」
「わかりました。」早坂助手は時計をちらっと見ながらいそいそと面会室を出て行った。いかにも新幹線の帰りのチケットを気にしている素振りだった。
そして私の質問の回答が来ることはなかった。3月に入っても保釈もなかった。なしのつぶてだった宗田弁護士がようやく奈良に来たのは3月5日。逮捕から既に1カ月経っていた。刑事事件は初動が命である。お寺との示談は終わったのだろうか。「がんばれ。気をしっかり。」2,3言の励まし。この訪問のためだけに妻は訪問料50万円払ったとのちに聞いた。それは事実上の遠方での弁護活動は私はしません。と妻を突き放したに等しかった。では妻が生活を切りつめて払っていた毎月の10万円以上の顧問料はなんだったんだろう。初日に刑事弁護委託書は提出済みだった。これは裁判書類を経ない巧みな弁護拒絶であった。
私はこの法学博士の意見に一度だけ、反論したことがあった。そしてその一件での私に対する嫌悪感は保険業法改正が近づくにつれ、私と団体オーナーの確執が深刻して行ったとき、相談に乗らない、無視するという形で露骨に態度に示されることとなった。私は早坂先生の訪問の翌日、ふるえる手でお詫び状を弁護士事務所に送った。しかしそのお詫び状はお寺に届かなかった。捜査だけが粛々と進んでいた。一部の寺社関係者は`悪質な’海外の窃盗団’と思いつづけた。私はそれを8月に現場検証で知った。
面会室に入ると若い助手の早坂先生だけだった。私は宗田先生が忙しいので来るのが遅れていたと思っていたので少し落胆した。それでもうれしかった。早坂先生はにっこりと座ってフォルダーを取り出した。そして何か書いてきたものを読み上げた。「お詫びのようなものを一部書いて事務所に送ってください。」「はい」「それから会社の登記料40万円が藤間行政事務所からこちらに請求書が回っていますがお父さんに立て替えてもってもいいですか。」私は一瞬、先月の現実に戻り熱くなった。宗田弁護士という人のお金に対する執着心に呆れた。私は半年前。行政書士に頼んで30万で会社登記をしようとしていた。それを知った宗田弁護士が自分から「何のために顧問料を毎月10万以上も払っているんですか。登記なんて簡単なことはうちに任せてください。」と言われたので、任せたのだ。請求も疑問だったが、それよりなぜこの面会室で今言う必要があるのだろう。おそらく早坂弁護士は宗田先生に言われるがままのことをメモして、今、ここにいるだけなのだろう。「何か質問はないですか?先生にお伝えしておきますが。」「わたしは国宝を傷つけてしまい文化財保護法に問われる可能性があると取り調べで言われました。文化財保護法違反とはどれぐらいの重い罪なのか教えてください。」
「わかりました。今日帰ったらすぐ先生に聞いて回答しましょう。保釈はおそらく3月の始め5日前後になるでしょう。」「妻をよろしくお願いします。私はいいので彼女を守ってください。」
「わかりました。」早坂助手は時計をちらっと見ながらいそいそと面会室を出て行った。いかにも新幹線の帰りのチケットを気にしている素振りだった。
そして私の質問の回答が来ることはなかった。3月に入っても保釈もなかった。なしのつぶてだった宗田弁護士がようやく奈良に来たのは3月5日。逮捕から既に1カ月経っていた。刑事事件は初動が命である。お寺との示談は終わったのだろうか。「がんばれ。気をしっかり。」2,3言の励まし。この訪問のためだけに妻は訪問料50万円払ったとのちに聞いた。それは事実上の遠方での弁護活動は私はしません。と妻を突き放したに等しかった。では妻が生活を切りつめて払っていた毎月の10万円以上の顧問料はなんだったんだろう。初日に刑事弁護委託書は提出済みだった。これは裁判書類を経ない巧みな弁護拒絶であった。
私はこの法学博士の意見に一度だけ、反論したことがあった。そしてその一件での私に対する嫌悪感は保険業法改正が近づくにつれ、私と団体オーナーの確執が深刻して行ったとき、相談に乗らない、無視するという形で露骨に態度に示されることとなった。私は早坂先生の訪問の翌日、ふるえる手でお詫び状を弁護士事務所に送った。しかしそのお詫び状はお寺に届かなかった。捜査だけが粛々と進んでいた。一部の寺社関係者は`悪質な’海外の窃盗団’と思いつづけた。私はそれを8月に現場検証で知った。
葛城拘置所
私は精神鑑定のため留置場から拘置所に移管された。奈良県検察庁葛城拘置支所。それは世界すみずみ網羅するグーグルさえ載らない' 地図に存在しない拘置所。県内拘置施設の支所であり、奈良地方検察庁のレンガ色の目立つ建物と農業用大きなため池の間に無色の建物として、隠れるように建っていた。たまたま路地に入り込んだ人もここに法務省の拘置施設があると気づく人はいないだろう。そしてこの池こそがその後、この施設で私を死の淵まで何回も追い込む原因となった・・・・

「警察の留置場でなく検察庁の施設でしばらく養生を。」と保田検事は言ってくれた。私は3月8日独房210号に「60番」として収監された。留置場内で「裁判が始まるのを待ってるんや。」という車上あらし生活の50歳ぐらいの男性が飴をくれながら言ってた・・
「わしはダブル執行猶予中(2回執行猶予の判決を受けて釈放され猶予期間中にまた(笑)逮捕されたこと)やから、こんどはある程度、拘置所に行くんは覚悟しとるんや。でも、もし拘置所に行くことになっても独房だけには絶対行かへん。あそこは1カ月おったら頭がおかしくなる。」来て見てすぐ理解した。3枚の畳を縦の敷き詰め、学校の教室にあったような机を半分の大きさに縮小したうえ、2本足にして折り曲げて作ったような座机と薄いスポンジが入った正方形の座布団が置いてある。その向こうに一畳分ほどのむき出しの床。洗面台と洋式トイレがコンクリートの床から生えている。急所を隠すためにベニヤ板でできた衝立が申し訳程度に置いてある。外側に鉄の柵がつけられたガラス窓。壁の右側には肩の高さにやはりベニヤ板で作られた本棚兼タオルかけ。100円ショップで売っているような両面テープのフックが一つ貼り付けてあった。廊下側の壁は半分が鉄の扉だった。目線の高さに30cm四方の硬質プラスチックの監視窓。その下に会話するための円形にたくさん穴があけてある。そのすぐ下にさらに大きな硬質プラの監視窓。扉の右側 畳から50cmほどの高さのところには厚いスチール製食器台が扇状に突き出しており、どんぶりひとつがやっと通る配食口があった。今は閉まっている。上を見上げると通気口と市販されているようなスピーカーの代わりにコンクリートに鋼板がねじで止められ、音を流すための穴がたくさんあけられていた。コンクリートと鉄という原料以外はここではすべて手作りだった。それ以外に金をかける事が罪悪であるかのように。
畳がなんかふわふわしている。隣どおしの畳がひったりくっついておらず隙間が黒い。ノートを一枚破りV字にして右から左にすーっとなぞるとぼわっと髪の毛とほこりのかたまりが湧き出した。何もない手から手品師が取り出したスポンジの黒いボール。きりがない。まっくろくろすけ。となりのととろを思い出し、屋台のたこ焼きを焼くように延々とひっくり返すと丸い塊が出る。つまりこの部屋の畳は髪の毛とほこりの上に浮いていたのだ。私はこの房で留置場の車上あらし暦20年の人が言っていたように気が狂わない自信があった。

「警察の留置場でなく検察庁の施設でしばらく養生を。」と保田検事は言ってくれた。私は3月8日独房210号に「60番」として収監された。留置場内で「裁判が始まるのを待ってるんや。」という車上あらし生活の50歳ぐらいの男性が飴をくれながら言ってた・・「わしはダブル執行猶予中(2回執行猶予の判決を受けて釈放され猶予期間中にまた(笑)逮捕されたこと)やから、こんどはある程度、拘置所に行くんは覚悟しとるんや。でも、もし拘置所に行くことになっても独房だけには絶対行かへん。あそこは1カ月おったら頭がおかしくなる。」来て見てすぐ理解した。3枚の畳を縦の敷き詰め、学校の教室にあったような机を半分の大きさに縮小したうえ、2本足にして折り曲げて作ったような座机と薄いスポンジが入った正方形の座布団が置いてある。その向こうに一畳分ほどのむき出しの床。洗面台と洋式トイレがコンクリートの床から生えている。急所を隠すためにベニヤ板でできた衝立が申し訳程度に置いてある。外側に鉄の柵がつけられたガラス窓。壁の右側には肩の高さにやはりベニヤ板で作られた本棚兼タオルかけ。100円ショップで売っているような両面テープのフックが一つ貼り付けてあった。廊下側の壁は半分が鉄の扉だった。目線の高さに30cm四方の硬質プラスチックの監視窓。その下に会話するための円形にたくさん穴があけてある。そのすぐ下にさらに大きな硬質プラの監視窓。扉の右側 畳から50cmほどの高さのところには厚いスチール製食器台が扇状に突き出しており、どんぶりひとつがやっと通る配食口があった。今は閉まっている。上を見上げると通気口と市販されているようなスピーカーの代わりにコンクリートに鋼板がねじで止められ、音を流すための穴がたくさんあけられていた。コンクリートと鉄という原料以外はここではすべて手作りだった。それ以外に金をかける事が罪悪であるかのように。
畳がなんかふわふわしている。隣どおしの畳がひったりくっついておらず隙間が黒い。ノートを一枚破りV字にして右から左にすーっとなぞるとぼわっと髪の毛とほこりのかたまりが湧き出した。何もない手から手品師が取り出したスポンジの黒いボール。きりがない。まっくろくろすけ。となりのととろを思い出し、屋台のたこ焼きを焼くように延々とひっくり返すと丸い塊が出る。つまりこの部屋の畳は髪の毛とほこりの上に浮いていたのだ。私はこの房で留置場の車上あらし暦20年の人が言っていたように気が狂わない自信があった。
