大隈光祐`アントワープの絵へ` -17ページ目

京都拘置所

平成19年1月。私は再精神鑑定のため、奈良県葛城拘置所から京都拘置所に移管された。
ガチャと鍵を差す音が耳元で聞こえた。ビクッとして、上半身だけが条件反射で不自然に少し跳ね上がった。「しまった。」と思ったがもう間に合わない。今は就寝許可時間ではなかった。観念した。
ガャガャっと鍵が回り鉄扉が開く。
30代前半だろうか 若い職員が 床からあわてて這い起き、女性のように身をくねらせ振り向いている、おびえた目の私を見下ろし、無言で無機質な観察をしている・・
私が「すいません。すぐ毛布たたみますから・・」と言おうとすると
「なんや?おとなしゅうしとるやないか。話と違うな。」と一緒にいるさら若い職員に顔を向けて意外そうに言う。
「よーし。よーし。それでええんや。不自由しとるかもしれへんけど、おまえは奈良から預かっている身やからな。もうちょっとの辛抱やで。様子みながら少しずつ物を入れてやるからな。」どうやら私が周りの部屋にいるような暴れたり、奇声を発する人間と引き継ぎを受けているようだ。
「このままおとなしくしとるんやで。ええな。」と念押しして、扉は閉められ2人は去った。
私はおとなしかった。・・が、この後、京都拘置所にいる間、物品解除されることはなかった。
しかし私はそのかわり得難いものを得た。ここでは`日中座っていなくていい`ということが分かったことだ。この葛城拘置支所の何十倍はあるであろう巨大な収容所のこの付近は要介護者棟のようだった。私は寝続けることができた。重力のまま横になり、まどろみ、思考=苦しみから少しでも逃げることができた。

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人はすべて記憶している。

天井にあるカメラを気にしないで横になり続けられる。京都拘置所で私は死んだように動かなくなった。呼吸すら比較的おだやかになった。冬期であり湿気がなく、私の喘息は落ち着いていた。その日のエネルギーですることは配食口から入る食事を中に入れ、ご飯と汁がおかずを少しずつ食べ、ふたつのうち大きな方の椀に入るところまで減らし、椀に入れて重ねて配食口に戻すこと。配茶を受けること。朝夕の点検時の前後に蒲団を丸め、座って職員が部屋の前を通るまで身体が倒れそうになるのを我慢し、番号を言うだけになった。24時間のうち、20時間以上は寝続けた。否応なく聞こえてくる音 左右から聞こえるうなり声や奇声、日常茶飯事のような職員と収容者の双方の罵声、挑発、食事や入浴時の悪戦苦闘のやり取り。警官のような制服を着て法務省のバッチを付けている特養ホームのヘルパーのような仕事。私はどんどん小さい頃の記憶に戻って行った。それはシャッフルされ再現された。そのうちできた。指定した年齢の指定した月の指定した日の記憶。再現された日から前後させれば、どんなつまらない日の事でも・・最初は妻との出会いの記憶だった・・初恋・・文化祭・・・遠足・・母親の作ったおやつ、ババロア、プリンの蜜のこげた匂い・・・だんだん細かくなった・・小学校の時公園で遊んだ子の服のボタンの数はいくつか、その帰りにすれ違った大人の顔すべて。TVで一瞬見たものすべてを絵に再現して書く超能力を持った外人の特集をみたことがある。ヘリコプターに乗って東京の上空から見た光景 建物隅々まで描いていた。嘘だと思っていた。TV局の作り話だと。でも本当だった。人間の脳は経験のすべてを記憶している。5感で受け取ったすべてを。パソコンのごみ箱と一緒。引き出せなくなっているが、消えてもいない。その時感じた過去のその時の感情、匂い、風の強さもそのまま。人生のイベントだけでない。印象も強弱も関係ない。ホルダーをたどればどんな些細な日のどんな時間の記憶にもたどり着く。
人間は生きること すなわち 外界からの5感で情報を取り入れることを遮断すると既にある記憶の中にリピートして生きようとするのだろう。