大鐘 稔彦のブログ
淡路島の診療所からお送りいたします。
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その638

☆私の老いのすさびの一つは囲碁と将棋だ。前者は土曜の午後、車で20分ほどの湊地区の公民館へ出かけて打つ。同好の士が6,7人集まる。

皆さん相当な腕前でアマチュア5段6弾、差しでは太刀打ちできない。辛うじて勝負になるのは、この碁会所に誘ってくれたTさんと、紅一点のNさんだ。彼女は何と御年90歳。男性陣は「殺し屋のアイちゃん」などと言って彼女をからかう。名前は「愛子」さんだからだ。

わたしとどっこいどっこいのTさんは彼女に一度も勝ったことがないとぼやく。私も今のところ1勝5敗だ。90歳にしてこの頭の冴え!まさに<魔女>である。

「魔女」は週2回夜2時間ばかり通っている卓球所にもいる。ミニスカートをはき、強烈なナスマッシュを放つ。卓球歴50年を誇る腕自慢の男もたじたじである。私も彼女とラリーを交わすと左右に振られて早々にへとへとになるから、ダブルス以外は極力避けている。

☆忘れてならないのは、診療所に通ってくる患者さんの中にいる<魔女>だ。90代も半ばに達しておられるが、頭脳もしっかりして会話にもよどみがなく、1年前、大腿骨頚部骨折を起こしたため手術と術後リハビリに2か月ほど入院を余儀なくされたが、目下は普通に日常生活を送っておられる。

こうした魔女たちの存在は、半年前、九死に一生を得た私にとっても、憧憬、感服の至りだ。おこぼれを頂戴したい思いである。

☆ふっと亡き父のことを思い出す。父は74歳で他界した母を失ってから郷里の名古屋の家で一人住まいを貫いたが、84歳で亡くなる4年前に埼玉にいる私のところへ身を寄せた。もともと細身であったが、ろくな食生活をしていなかったからだろう、50キロ以下にやせ細っていた。2年後には認知症を発症し,前妻や私を困らせた。

経った今食事をしたばかりなのにまた食事を要求し、嫁の手を煩わせた。さては知らぬ間に家を抜け出して徘徊、遠くの道端でぐったりしているところを警察に保護され、手術中の私に連絡が入ったものだ。前妻はよく面倒を見てくれたが、あのまま父が90歳まで生き永らえていたらたまったものではなかっただろう。

私が学生時代、帰省するたび、父とはよく碁を打った。お互いにへぼ碁であったが、なかなかなじめなかった父との唯一のスキンシップのひとときであった。今にして懐かしい。父が来たとき、私は病院が忙しく碁どころではなかったし、父も碁のことは忘れていたようだが、昔取った杵柄でつかの間でも碁盤を挟んでいたら、父はあるいは呆けなかったかもしれない。碁会所で楽しげに碁盤を挟んでいる80代の男性諸氏をみるたび、そんな思いを深くするのである。

 

 

その637

☆大相撲が終わった 2横綱2大関が休場という不甲斐ない場所になったが、幕内力士の賜杯争いよりも気になることがあって私はチャネルをひねった。お目当は、怪我で幕内から何と最下位の序の口にまで落ち込んだ炎鵬である。上背は170センチ、体重は力士の中で最低の100キロあるかなしかの小兵だが、均整の取れた体格、何よりその美男子振りで絶大な人気を誇っていた。雌伏時代があまりに長く、マスコミからも消えうせた感じで寂しい限りだったが、幕下に上がってテレビで取り組みが報じられるようになり、彼の登場する時間帯を狙ってテレビにスイッチを入れるようになった。彼が登場するや、場内の空気が一変、拍手が沸き上がる。あんこ型の力士が多い中で、小兵ながら筋骨隆々、立ち姿の美しい彼のファンがいかに多いかを思う。相撲も外連味がなく大型力士にも敢然とぶつかっていき、時に押しつぶされるが、時には切れ味鋭い投げ技で相手を土俵に転がす。まさに⁅小よく大を制す」である。

 その炎鵬の名を遂に新聞の十両表に見るようになった。どん尻で、今場所負け越せばまた幕下に転落、新聞から名前が消える。何としても勝ち越してほしいと祈るような思いで連日の取り組みに見入っていたが、7勝してから連敗が続き気をもんだ。千秋楽を前に、かろうじて8勝を挙げ十両にとどまった。勝ち越しを続け、再び幕内力士としてその英姿を見せてほしいものだ。

☆テニスの4大グランドトーナメントの一つフランスオープンが始まった。残念ながら、日本人選手の登場は、ない。いや大坂なおみがいるではないか、という方があるかもしれないが、私は彼女が日本人とはもうひとつ認めがたいものがある。母親は日本人だからいわゆるハーフだが、彼女はいっかな日本語をしゃべらない。インタビューを受ければ必ず英語で答える。日本を代表していると自負するなら、日本語をもっとすべきであろう。

 其れよりも惜しまれるのは、フェデラー、ナダル、ジョコビッチのビッグスリーと死闘を演じ、世界第4位までのし上がった錦織圭の引退である。グランドスラムの下部試合で優勝を重ねて這い上がっててくれることを期待したが、満身創痍の体はそれを許さなっか様だ。

 赤土の王者としてフランスオープンで最多の優勝を重ねたナダルを私は好きだったが、そのファイト溢れるテニスも見られなくなった。一人ジョコビッチが奮闘しているが、彼の時代はもう先が見えている。これからはシナー、アルカラスの

時代だろう。

☆相撲やテニスは見るばかりだが、この年で唯一たしなんでいるスポーツは卓球である。市の大会が近づき、エントリーしたが、私より年長者は、ご婦人でも男性でもお一人くらいだ。男性のTさんは私の一つ年長、威勢がいい。こと卓球に関しては一言居士でうるさい。ゆえに煙たがられているが、本人にその認識はないようだ。しかし私は彼が元気でいてくれることが励みになる。

 私は中学時代、町の卓球場でたまたま隣あわせた高校生のシェイクハンドのカットボールに魅せられ、見よう見まねで、当時はほとんどのものがぺんホールだーだったのを尻目にシェイクハンドを専らとし今日に及んでいるが、本格的に指導を受けたわけではないから我流の域を出ない。橋本ほのかの妙技は垂涎の限りだ。

 一回り以上も若い連れ合いは、当初は私が手ほどきをしたが、今では完全に逆転、シングルではもはや太刀打ちできない。私はどちらかといえばシングルが好きだが、5アセットで3ゲーム取らないと勝てない試合はもとより、3セットで2ゲーム先取の試合でも体力が続かないことに気づき始めている。ことに暑い時期、冷房のない体育館での手合わせは鬼門だ。そろそろその季節が近づいている。

夏はマリーンスポーツと決め込み、卓球はお休み、近くの浜辺で水と戯れるのがおちであろう。それにしても5月にしてこの暑さ、真夏日が思いやれやられる。NHKが子供に言って聞かせるような熱中症対策は適当に聞き流すとして、健康にはくれぐれもお気を付けいただきたい。  

その636

☆GWも終わった。皆さんはいかにお過ごしになられただろうか?

 私は20年来のお付き合いになる94歳の男性の身内からいつ彼の訃報が伝えられるかしれない状況なので遠出を控えていた。

ことはGW前、遠方の娘さんで介護士を務めているひとから、父がもう動けない状態なのでここ暫く仕事を休んで泊まり込んでいます、そうそう仕事を休めないので父には入院してくれと言っているのですが頑として聞き入れません、先生の言うことなら聞くと思いますので説得に来ていただけませんか、と電話が入ったことが発端だ。かれTさんの家は私も看護師も知らない遠方の地だ。自宅で亡くなった場合はかかりつけ医として駆け付け死亡診断書を書かねばならないだろう。しかしGW目前、一泊くらいで島外に出るやも知れぬ。入院してくれれば誰かはいる勤務医が最後をみとってくれるだろう。

Tさんは日ごろ急変で入院をお願いする病院に入院したことが何度かある。今回はもう潮時だ、説得しましょう、と言って、淡路島に来て以来四半世紀になるが一度も踏み入れたことがない、車で30分ほどの地に、自宅のあり場を聞いたという看護師とともに出かけた。5月一日のことだ。

☆Tさんはベッドにひっくり返ったまま身動き取れないでいた。意識はしっかりしている。足の力がないから寝そべったままなのだ。ヴァイタル【血圧、呼吸、脈拍、体温】も特に問題はないが、食事はほとんど摂っていないと言う。体重は相当落ち込んでいる。それでも、つい2,3週前までは、娘さんに付き添われて自分の足で診療所に来ていたのだ。せめて点滴だけでもしてやったくださいと娘さん。焼け石に水だが、それでも確かに、点滴後は少し楽になっている由。

 GW前の最後の診療日で、30分後には午後診を控えている。説得は容易にできるだろう、と私はたかをくくっていたが、どうしてどうして、Tさんはいっかなかぶりを下ろさない。前の入院でよほど懲りたのか?それは、わたしも昨年の暮れから正月明けにかけた入院中塗炭の苦しみを味わったから、そうだとすれば私にもよくわかる。私のその苦い体験が、娘さんの期待に反して、私が説得力を欠いた一因かもしれない。午後診には遅刻して30分かけて繰り返し説得したが、どうしてもTさんの首を縦におろさせるせることはできなかった。看護師も外泊の予定はないという。私もその場で遠出は諦めた。

 父は先生のおっしゃることなら何でも聞いていましたから、説得していただけると思っていましたが、と無念の面持ちの娘さん。

 彼女から、たった今父が息を引き取りました、と連絡が入ったのは、GW最後の5月六日、午後6時過ぎだった。あと一週間で94歳の誕生日を向かえるところだった。看護師の連絡を受け、彼女の案内でお宅に向かった。最初は道を誤ったが、今度は過たず案内してくれた。

「午前中まで、診療所に行かないかんとか言ってしゃべっていたんですが」と娘さん。臨終には30分間に合わなかったが、最後を自宅で看取れてよかったと看護師と頷き合う。

 一夜明けて今朝認めた「死亡診断書」の死因欄にははためらわず   

「老衰」と書いた。本邦人の三大死因である癌、心筋梗塞、脳卒中以外の死因を記したのは何年振りかであった。

☆先般出版した「薬の話―その効能と副作用」を神戸新聞社が紹介してくれました。お目に触れれば幸いです。南あわじ市ではシーパの書店坂本文署堂においてくれています。アマゾンや直接出版社に注文していただいても結構です


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