その541
☆前回の発信から気が付いたらまた一か月以上が経ってしまい、今年最後の便りとなった。前回出遅れている言い訳にさせてもらった「緋色のメス」の完結篇の落とし前をどうつけるか悩んでいるうちに遅筆となり、師走に入ってもまだエピローグに至りえなかったためである。一昨日漸く最後の一枚の末尾に「完」と記しペンを置くことができた。
明治の硬骨のキリスト者内村鑑三は一旦部屋に閉じこもって原稿に向かうや家人を寄せ付けず、奥さんはお茶を持っていくにも気を使ったそうだが、書き上げるや上機嫌で出てきてだんらんに加わったという。
90歳を過ぎてなお元気な瀬戸内寂聴は、情痴作家らしく、原稿を書き終えるや女性のエクスタシーの叫びさながら≪いった―!≫と大声を上げたという。本人が誇らしげに言っていたから間違いない。
☆今回の原稿は、図らずもここ晴美が丘の隣人で卓球仲間でもある、私とほぼ同年の小郷さんという方がワープロに打ち直してくださった。出版社としても私の万年筆による悪筆の原稿を見るよりよほど助かるだろうし、何より、校正が楽なデータ(USB )が得られてたすかるようだ。7月から書き始めたから実に半年にわたりお付き合いいただいた。明日、「エピローグ」の原稿をワープロ打ちしたものをいただいてお終いとなる。何よりのクリスマスプレゼントになった。
☆机にばかり向かっていると息抜きがしたくなる。その格好の手立てを見つけた。ゴルフである。これまた卓球仲間の豊田さんというかたから勧められて始めたものだ。もともとテレビでゴルフの実況は見ていて、グリーンの芝生が一面に広がる景観に目を奪われ、どんなにか気が晴れるだろうと思ってはいた。
連れ合いを誘って豊田さんが日頃よく出かけるという打ちっぱなしのアルバトロスというところへ出かけた。元高校の先生は教え好き【失礼。教え上手】だ。いろいろ手ほどきを受けて何とかやれそうだという気がした。卓球では私と互角に打ち合う連れ合いもまあまあやれそうだ。来春コースに出る日が楽しみだ。
☆今年は思い返せばいい年だった。10年ぶりで「孤高のメス」が映像化され、多くの方々から感想をいただいた。本も何とか一冊出せた。何より病気で寝込むことなくこれたことがうれしい。
来年は当地へきて22年目を迎える。私のような公的診療所に20年以上勤めている医者はほかに2人しかいない、全国でもわずか38人と知らされ驚きつつもうべなるかなと思ったものだ。私が責を担う阿那賀診療所も私が来る半世紀の間に15人の医者が入れ替わっているからだ。これまで最も長く勤めた医者で9年、地域医療の問題は根深く、手付かずである。
☆最後になりましたが、たまにしか発信できないでいる本ブログに目をとおしてくださった方々に厚く御礼申し上げます。良いお年をお迎えください
その540
☆前回から気が付いたら一か月以上が経ってしまった。多忙を極めた。第一には「緋色のメス」(幻冬舎文庫)の完結篇の執筆に追われていたことだ。「孤高のメス」の編集担当者がチェンジしたせいか、ここ2年の間に中編、長編を数編送ったがいずれもはねつけられて腐っていたが、こればかりは二つ返事でOKが出て、2か月ほど前から書き始めているものだ。450枚ほど書き進めてきたが、まだエピローグには至りえないでいる。師走にかかりそうで焦っている。
☆忙しいと言いながら、スポーツのイヴェントが相次ぎ、テレビで観戦するのに結構時間を取られた。御多分に漏れず、にわかフアンの一人となったラグビーのワールド試合然り、テニスのグランドスラムやATP試合然り、井上尚弥が優勝したバンタム級ワールドチャンピオンシップ然り、卓球の国際団体戦しかりである。
今読売新聞に新元号「令和」の名付け親ともっぱら噂された万葉学者中西進氏が自伝を書いているが、難解な万葉集その他漢籍に取り組んで寝る間もないほど超多忙を岩目ながら、韓国ドラマに魅せられて、「冬のソナタ」や昨今は「オクニョ 運命の女」を夢中になってみているとあって何だか嬉しくなった。中西氏いわく「いくら生きることが息することでも。息せき切ってはよい仕事はできません。息抜きが大切なんです」因みに中西氏は御年90歳だから脱帽である。
☆先ごろ「全国国民健康保険診療施設協議会」から、20年以上務めたということで表彰を受けた。該当者は全国で38名、兵庫県では私を含めてわずか3名だという。この5年間は兵庫県では一人も該当者がなかったというから驚く。
以前に書いたかもしれないが、私が責を担ってきた診療所も、私が着任するまでの40年間で15人の医者が出入りしていた。平均3年弱である。この原因については「実旋のプライマリケア―どこまでやれるかやるべきか」(金原出版)に書き、講演でもたびたび語ってきたからここでは割愛するが、これが、悲しいかな僻地医療の現実であることを改めて思い知らされた。
☆私も後期高齢者、同年に近い友人たちが次々に手術入院を余儀なくされているのを聞くと、包囲網が狭まってきた感じがして他人事ではない。それでもまだ週5日外来に出て、小手術で細い糸を操っても手がふるえることはないが、横向きになった患者さんに覆いかぶさるような不自然な体位でのエコー検査などは、一件こなすだけでどっと疲れる。精々あと5年かな、と思わせられる今日この頃である。
その539
☆今年のノーベル文学賞は、去年お流れになった分と合わせて二名が選ばれるということだった。
当日、NHKは午後6時台の兵庫ホットニュースで、三宮のカフェ≪ピノキオ≫でまたばか騒ぎをしているハルキストらを映し出した。
村上春樹が神戸出身の作家だからだ。なぜ性懲りもなくNHKはこんな馬鹿げた映像を流すのか、腹立たしい限りだ。万が一村上が受賞するようなことがあったら、その特ダネを先取りしたと誇りたいからだろう。
このカフェに集まる自称ハルキストらは、文学の何たるかがおよそわかっていない軽佻浮薄な輩ばかりだ。
☆新聞などで村上をたたえる文芸批評家や好意的な記事を見つけると、即、私自身の持論やノーベル委員会に直訴した英文、村上の作品のいい加減さを論じた心ある批評家、とりわけ、今は亡き硬骨の評論家西部邁がいみじくも喝破した≪村上の作品は小手先のお伽話で単なる物語、およそ文学にほど遠いもの」という至言とともに、抗議
の一文を送りつけたものだ。
読売新聞の「編集手帳」で、時折唸らせる名分を書く竹内政明氏もその一人だ。もう4,5年前になると思うが、ノーベル賞の発表が近づいたある日の「編集手帳」で、彼の受賞を期待しているハルキストらにおもねるような一文を書いていたから即失望の旨の手紙を送った。「私は必ずしもハルキストではありませんが・・・」と言い訳がましい返事を寄越されたが。
☆ぜったいに村上の受賞はないと信じていたが、それでも当日は発表の時間が近づくにつれ落ち着かなくなった。その日は卓球の練習日で、連れ合いは早めに夕食を用意し、7時半には出られる段取りをつけてくれたが、私はあえて8時5分前に出発した。練習場の松帆体育館までは20分近くかかる。その道中でNHK ニュースを聞くためだ。湊の郵便局に差し掛かった時、野球放送が途絶え、臨時ニュースが流れた。ポストに投函し終えて車に戻ろうとした端だ。思わず居住まいをただしその場にくぎ付けになった。
知らないポーランドとオーストリアの作家の名がアナウンスされた。私は車のわきに佇んだまま「万歳!」を叫んでいた。これでまた一年穏やかな気分で過ごせる、ノーベル委員会に改めて礼状を書かなければ、と思い立ちながら。