「白鯨」日記 -7ページ目

6月26日 愛する人に殺人を打ち明けられるか?

 ある意味、ハイライトが連続しました。
 「罪と罰」佳境に達しています。

 天使のようなソーニャに、自ら犯した殺人の罪をラスコーリニコフが告白する場面。
 そして、その罪に気付いている下審判事ポルフィーリーとの対決です。
 
 ソーヤの部屋にラスコーリニコフが訪れるんですけど、そこがまた現代の日本では想像できないような部屋でして。
 掘割沿いにある古い建物なのはともかく、いびつな方形で、狭まっているところはあまりに鋭角で、夜は奥が判別できないほど。
 片側には大家の部屋に続く締め切りのドアが、もう一方にもやはり締め切りのドアがあるんですよ、通常使うドアとは別に。なんじゃそりゃ。
 そして、三方に窓がある。採光は良さそうですが、天井が異常に低く、物置っぽいと。
 ううん、住みたくないが、見てみたい。

 ここでラスコーリニコフは、初めて自分の罪を明かしてしまう。
 愛すればこそ、真実を伝えたい。不条理だけど気持ちは分かる。
 打ち明けるかな、気付くかな、あっ、ついに言っちゃった、というサスペンスと弛緩の連続が、結構、病み付き。息をのみます。
 残念ながら、やや宗教がかった発言が連続するんで、そこはどうしても距離を置いちゃうんですが。

 それ以上に迫力があるのが、ポルフィーリーとの対決です。ああ、ここについては次回。
 岩波文庫版中巻295ページまで到着しました。

6月21日 「渡る世間は鬼ばかり」か?うかつな家族が決裂する

 さて、主人公ラスコーリニコフの妹、ドーニャの婚約者ルージンまで登場してしまった「罪と罰」。
 陰惨な殺人事件から、まるで「渡る世間は鬼ばかり」のような、家族騒動に場面転換します。

 なにせラスコーリニコフ、出会ったその日からルージンに喧嘩売ってますからね。
 ドーニャと母親プリヘーリヤがいてもおかまいなし。
 およそ妹の立場を考えているとは思えない罵倒ぷりです。
 
 そもそも、母親の手紙の内容をルージンに伝えちゃうのもどうかと思う。
 「金のある私と結婚した方が今よりいいだろ」、とルージンに暗にほのめかされたようにプリヘーリヤは感じたわけですが、まあ思い込みかもしれないし、あくまで推測の域を出ないんだけど、と慎重に書いてるのに、息子ラスコーリニコフはその推測を、ルージン本人に話しちゃうんだから、こじれないものもこじれちゃいますよ。

 ラスコーリニコフ、物語全体を通して、どうもずさんです。

 よせばいいのに(物語全編、よせばいいのにの連続です)、ドーニャをたぶらかそうとしたスヴェドリガイロフの話題をルージンは口にします。
 一同どん引き状態で、よせばいいのにラスコーリニコフは、スヴェドリガイロフと会ったと打ち明け、よせばいいのにドーニャに何かを申し出るとスヴェドリガイロフが言っていたことまで話しておきながら、何を申し出たかは隠すんです。

 そりゃルージン、愉快じゃない。いや不愉快だ。

 で、兄貴ラスコーリニコフがいかに自分を侮辱しているか、もはや改善できないほど関係は悪化している、ラスコーリニコフか私か、どちらを取るのか、とよせばいいのにドーニャに迫るわけです。

 するとドーニャ。切れちゃいます。
 「あなたを人生にとって最も大切なものと同等に考えていたのに、それでも足りないと言うのか」と怒るんです。
 
 ここの論理が、あるいは論理の正当性が、どうも私にはわからない。
 ルージンがかわいそうじゃないかと思うのですが、ラスコーリニコフ、「無言のまま、毒のある微笑みを浮かべた」りします。

 かわいそうなルージン。母親プリヘーリヤに、「あの手紙はあなたにあてたのであって、ほかの誰かにあてたものではない」という、21世紀の日本においてはしごく常識的なことを訴えるんですが、母プリヘーリヤもまた逆切れします。
 「まるで支配しているような口ぶり、許せませんわ」というわけです。

 さあ、もう収拾はつきません。掲示板上の喧嘩みたいなもんです。
 物語全編を通して常軌を逸したおせっかいやきラズミーヒンまで「君は命知らずのやつだな」などと突っ込みます。なんの権利があって。
 ドーニャはついに「あなたは下劣な、心のねじれた人です」とまでルージンに言い切ります。もうだめです。終わりです。

 こうしてドーニャの婚約は決裂します。よかったのか?
 「罪と罰」。登場人物が皆、過剰で性急でうかつです。

 さて、一つにまとまったかに見えたラスコーリニコフ一家。
 しかし、ラスコーリニコフは、しばらく別々に暮らした方がいいと言い出します。
 そりゃそうだわな。婆さんを斧でめった刺しにした直後だもんな。
 しかしわけの分からないドーニャ。「情けなしの意地悪のエゴイスト!」とまで兄をののしります。
 おせっかいやきのラズミーヒンは「あいつは情けなしなんかじゃない。気が変なんだ。気違いなんです」と、ラスコーリニコフをたててるんだかけなしてるんだかわからないことを絶叫します。

 結局、部屋を出て行くラスコーリニコフ。誰かが部屋に入ったり、出たりするばかりの「罪と罰」岩波文庫版中巻258ページ。
 ラスコーリニコフはこれからどうするつもりなのか。さっぱりわかりません。

6月15日 天才には人を殺す権利がある?

 ずっと借りっ放しってわけにもいかないので、図書館で借りた集英社の愛蔵版世界文学全集から岩波文庫版に乗り換え。前回は、退職官吏のマラメードフが馬車に轢かれたところだったんですが。

 主人公のラスコーリニコフは、酒場で泥酔し、惨め過ぎる身の上話を打ち明けるマラメードフに共感したのか、自宅まで案内し、うろたえる妻カチェリーナに、金まで渡しちゃいます。
 母親が送ってくれた仕送りですよ。
 ううん、共感するにも程があると思うんですが。

 しかし、物語的にはここ、結構キーポイントかもね。
 マラメードフの娘、ソーニャが美しいんです。
 おお、やっとヒロイン登場か?
 アメリカ映画ならバーで美女が振り返る場面だぞ。

 さてさて、ここからいろんなことが矢継ぎ早に起きるので、着いていくのが大変ですが、まず母と妹が突然来訪。
 かと思えば、妹の婚約者ルービンも来訪。
 さらに妹の家庭教師先で、妹に交際を迫って大いに困らせたスヴィドリガイロフも訪問。

 なんか舞台劇みたいです。
 一つの部屋で、扉が開く度に新たな登場人物が現れて、新たな事実を伝え、何かが起きる、みたいな。
 世界的文豪の歴史的傑作をつかまえて、単なる東中野在住の丸顔男が言うのもなんですが、構成は割と安直かな、と。いえ平坦、ううん普通ですかね。

 殺人を犯し、発熱し、精神的に追いつめられてるラスコーリニコフに、訪れる人々が次々と難問奇問を提示するんです。
 眠る間もない。おちおちしてられないぞ、ラスコーリニコフ。

 そもそもラスコーリニコフ、ルービンには良い感情を持ってないから決裂しちゃうし、スヴィドリガイロフは妹をたぶらかそうとした男でしょ、まともに対応できるわけもない。
 「死んだ妻が罪滅ぼしに、妹さんに3000ルーブルの遺産を残しました」なんって言って来るんですが、裏を感じるなっつう方が無理ですよね。

 全体に登場人物の問答だらけです。
 これがドストエフスキーの真骨頂か?

 とにかくおせっかいなラズーミヒンに連れられて、金貸しの老婆に質入れしていた時計などを受け取りに、警察まで出向く場面では、裁判所の予審判事と刑事相手に、天才は目的を果たすためなら殺人すら認められるという持論を解説するんです。

 予審判事のポルフィリーは、ラスコーリニコフが学生時代に書いた論文を読んでたんですね。
 唐突に登場するラスコーリニコフの論文という存在。
 これについて、延々と2人は語り合います。

 犯罪は許されることがある。
 凡人にではない。
 非凡人は非凡人であるがゆえに発見できること、達成できることのために必要ならば、10人、いや100人の生命を奪う権利さえ持つ——。

 と、なんで予審判事や刑事の前でわざわざ力説するんだ、ってことを延々と話します。
 人が現れては問答を始め、また人が現れて問答を繰り返す。「罪と罰」、そんな小説です。

 岩波文庫版中巻238ページ。妹の婚約者ルービンとあわや決裂か?