「白鯨」日記 -6ページ目

6月30日 まるで「ウルトラセブン」最終回 ダンとアンヌの会話

 もしもあなたが人を殺したとして、そして愛する人がいたとしたら、その事実を愛する人に伝えるか。
 僕は伝えない。絶対嫌だ。嫌われたくない。隠したい。

 ところが、「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは、伝えてしまう。
 ソーニャを愛しているから。
 そして、たまたま金貸し老婆の殺害現場に居合わせてしまった純粋なリザヴェータとソーニャが仲良しだったから。

 ソーニャの居室を訪ねるラスコーリニコフ。
 遠回しに、限りなく遠回しにラスコーリニコフは真実を伝えようとする。

 「きみとはもう永遠に会えないかもしれない、けれど、もしまた今日来るようだったら、そのときはきみに言うと言ったね…だれがリザヴェータを殺したか」
 「どうしてご存知なんです?」
 「知っているんだ」
 「その人を見つけたんですか?」
 「いや、見つけたんじゃない」
 「じゃあ、どうしてそれをご存知なんです?」

 切なく美しい遠回しのやり取りを、じれったく退屈と感じる諸氏もいるだろう。
 否定はしまい。冗長だ。回りくどい。
 なんでもかんでも結論から簡潔に書けとモダニズム建築みたいなことを言う人には理解できないだろう。
 しかし、結論を先送りにするからこそ、ほのめかすからこそ、恐ろしかったり、哀しかったりすることを、そういう志賀直哉こそ文学みたいに思ってる人には理解できまい。
 冗長と逸脱の妙味こそ、文学ではないか。

 まあ、結論から言えば、ソーニャは気付くのである。ラスコーリニコフは伝えるのである。

 「あなたはこの世界の誰よりも不幸なのね」
 「じゃあきみは僕を見捨てないんだね」
 「ええ、ええ、いつも、どこへ行っても」

 ああ、四十代の元少年よ、昭和を生きた愚か者どもよ。何かを思い出しはしまいか。
 シューマンのピアノ協奏曲イ短調が聴こえてこないか?
 アルミ箔を反射に映る二つの影が見えないか?
 頭に包帯を巻いた男と、長髪の美女が、許し合う永遠のラブシーンが蘇らないか?

 そう、「ウルトラセブン」最終回、ダンとアンヌの会話だ。

 自らがM78星雲から訪れた宇宙人であることを打ち明けるダン。
 それでも構わない、あなたはダンだからと許すアンヌ。
 愛も知らずにわけもなく感動する半ズボンの野球少年。
 日本中で繰り広げられた光景が蘇りはしまいか。

 一緒に苦しもう、十字架を背負おうと訴えるソーニャとラスコーリニコフ。
 よもや「ウルトラセブン」最終回が、「罪と罰」だったとは…勝手にこじつけてるだけなのだが…。

 「罪と罰」岩波文庫版下巻141ページ。
 次回、再度、殺人者ラスコーリニコフと、彼の罪に気付いている予審判事ポリフィーリートの一騎打ち。決着がつくぞ。

 ちなみにダンとアンヌの会話はこちらで。
 創作ですが、最終回の二人の会話を一字一句違わず織り込んでいます。

ウルトラセブン最終回 ダンとアンヌの会話 村上春樹風
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/2855/seven1.html

6月29日 まるで「池中玄太80キロ」

 ロシア文学だから共産主義——と思い込んでましたが、ドストエフスキー、むしろ反極左だってことが判明。

 第5部の冒頭は、主人公ラスコーリニコフの妹ドゥーニャ(これは実は愛称。本名はアヴドーチヤ。ちなみにドゥーネチカと呼ばれることも。ああ、ややこしい)から婚約を破棄された哀れなルージンが、ペテルブルグ滞在中に居候しているレベジャートニコフの部屋での対談です。

 いやあ、「罪と罰」。ほんとに登場人物が喋り続ける。
 登場人物同士の対話で成立しているような小説です。

 このレベジャートニコフが、実は極左中の極左。宗教や慣習、男女の差などを一切認めません。
 「若手の進歩派のちゃきちゃきとして、よく話題にのぼる現実離れした一部のサークル」に所属しているんですが、ドストエフスキー、ルージンの視点を通してこの左翼を「おそろしく低俗で、頭の鈍い男」と表現してるんです。

 ラスコーリニコフ以外の男性はことごとくぼろくそに言われがちな「罪と罰」にあって、レベジャートニコフは筆頭です。

 「やせこけた、腺病質の小柄な男で、髪の色が奇異な感じのする程白っぽく、頬にはハンバーグ・ステーキ状のひげを生やし、それをたいそう自慢にしていた。おまけに彼は、年中眼病を患っていた。もともとはかなり気の弱い方なのに、しゃべられせると自信たっぷりで、ときによると傲慢不遜なぐらいになり、それがまた貧相な風采と対照的で、たいていの場合、滑稽な感じになってしまう」

 友だちになりたくないな。
 この哀れなレベジャートニコフが、次なるエピソードのキーパーソンになるとは。

 彼、実はソーニャが好きなんです。
 ラスコーリニコフが助けた退官職員のマラメードフの娘です。
 マラメードフは馬車に轢かれて死んだんですが、その葬式の費用などを、おひとよしのラスコーリニコフが出してやったんですね。

 ルージンは、このソーニャを陥れてたちの悪い娼婦だという評判をたてようと狙います。
 なぜか。
 ソーニャが悪人であれば、その悪人に金を渡したラスコーリニコフと、その金を仕送りした母親と妹との関係が悪くなり、ソーニャを悪人と糾弾したルージンの立場が改善されるからです。なんと遠回しな。

 そこでルージンは、ソーニャをレベジャートニコフの部屋に呼び出し、いくばくかの金を与えた後、ソーニャが気付かないうちにそっとポケットの中に五分利付き債券を忍ばせるのです。

 さて、マラメードフの葬式会場に現れたルージン。 
 早速、大勢の見ている前でソーニャに金を返せと追及します。
 愛する娘の無実を信じた怒りっぽい母、カチェリーナがポケットをひっくり返すと、あら不思議、ルージンが言った通り、五分利付き債券が出てきます。

 驚愕するカチェリーナ、ソーニャ。
 不適に笑うルージン。

 が、しかし、バット、ハウエバー、「ハンバーグ・ステーキ状のひげ」(どんな髭なんだろう)を生やしたレベジャートニコフが「ちょっと待った」とねるとん紅鯨団で張り切る男のように飛び出します。

 よくも僕をだましたな、僕は見てたんだ、あなたがそっとポケットに五分利付き債券を入れるのを。僕を証人に仕立てて、皆をだまくらかそうとしたんだろうが、そうはいかないぞ。僕が見てたことに気付かなかったのだろうが、僕は見てたんだ。

 えらい!おそろしく低俗で、頭の鈍い男。
 せっかく遠回しにラスコーリニコフ一家を引き裂こうとしたルージン、立場がない。

 愚かで哀れなルージン(ユダヤ人ってことでかなり必要以上に醜く描かれてます)を追いつめるときの痛快さ。
 そう言えば、テレビドラマ「池中玄太80キロ」で、次女の未来が盗みの濡れ衣を着せられた挿話を思い出します。
 「未来が盗んだ」と主張する家まで押し掛けた玄太が、テレビの裏側か何かから、未来が盗んだとされるモノ(何だか忘れましたが)を発見した玄太が、その家の親父を怒鳴りつける場面の痛快さと感動。
 それに近いものを覚えました。
 
 さて、怒りに震えるカチェリーナを後に、ラスコーリニコフは愛するソーニャの住居へと向かうのでした。
 岩波文庫版下巻103ページ。一家の崩壊を防ぐことので来たラスコーリニコフの運命やいかに。

 

6月28日 まるで「デスノート」なポルフィーリーとの対決

 漫画「デスノート」の、ある意味ハイライトであり、個人的には「なんぼなんでも」と思ってしまったのが、夜神月とLとの対決だった。みんなそうか。
 ほとんどキラ=夜神月と察しがついているにもかかわらず、確実な証拠を持っていないLは、あえて夜神月にキラ捜索の手助けを依頼する。
 しっぽを出すまいとする夜神月。心理的に追いつめていくL。
 
 「罪と罰」岩波文庫版中巻296ページからは、主人公であり金貸し老婆殺人事件の犯人であるラスコーリニコフと、それに気付いた予審判事ポルフィーリーとのやり取りだ。

 警察署に呼び出され、よせばいいのにのこのこと出頭するラスコーリニコフ。
 彼は、異常に激しやすい自分の性格に打ち勝とうとしたときに、ちょうどポルフィーリーに呼び出される。
 一人で待っていたポルフィーリーは、両手を大げさにさし出してフランス語で「ようこそ」と挨拶しておきながら、結局、片手も握らずに手を引っ込める。
 ラスコーリニコフ、疑念を持つ。持たれてるんだけど、ほんとは。

 ラスコーリニコフ、緊張しながら「殺された老婆との関係を知りたがってましたね」などと尋ねる。
 猜疑心が爆発しそうになるのに気付く。
 気持ちが高ぶり、興奮し、「いけない、いけない、また口をすべらすぞ!」などと焦る。

 ところがラスコーリニコフ、やめておけばいいのに(の連続です)、「予審判事ってものは、安心させておいて、突然鋭い質問を脳天に突きつけるのが金科玉条だそうじゃないですか」などと挑発するんです。
 うかつです。相変わらず。

 ポルフィーリーはとにかく駄弁る。意味もないことをひたすらに喋る。
 「いやあ、私はあなたが来てくれて嬉しいんですが、ほら、高貴な人間ならすぐに共通の話題を見つけられるけれども、中流の私なんぞは30分も手探り状態だったりするんですよ…」などとひたすら喋る。

 さすがにラスコーリニコフもあきれて、「このままこんなくだらない話に付き合わせる気か?」と疑念を持ちます。当然だわな。

 そしてポルフィーリー、長々と冗長で寄り道だらけの口上を述べたて、「私は犯人とにらんだ人間をすぐこう留したりしない。ぼろを出し、確かな証拠をつかむmで泳がせる」と挑発します。

 さあ、ラスコーリニコフ、怒る。
 こいつ、わかってるくせに、そのことをひけらかし、俺の心を弄んでる、と激怒する。
 「許せない。嫌疑をかけてくるくせに、おれを馬鹿にしてる、許せない」と激昂する。
 やばい。ばれるじゃん。まだ中巻だぜ。どうすんだよ。私も焦る。

 スリリングですよ。
 ラスコーリニコフにとっても、ポルフィーリーにとっても、薄氷を歩むがごとき、綱渡りの会話。
 それが延々と続きます。
 怒りを抑え、ぎりぎりのところでぼろを出すまいとするラスコーリニコフ。
 はぐらかし、挑発し、からかって混乱させるポルフィーリー。その話術に、読む者も幻惑されます。

 そして、あわやラスコーリニコフ、最大の危機!というときに、意外な客が訪れます。

 「老婆殺害の真犯人は私だ」と自白したニコライです。
 ポルフィーリーも、ラスコーリニコフも、わなわなと震えながら煙に巻かれてしまうトラブル。
 ともあれ、引き上げるポルフィーリー。
 しかし、彼はあきらめません。その真実を追究する姿勢は下巻に引き継がれます。
 
 さあ、どうなる「罪と罰。下巻を前にして、面白くなってきたぞ。

 ついに次回、岩波文庫版、下巻に突入します。