『東亜日報』の1924年の連載企画「洞・町内の名物」に、井戸を名物としている町内が六つある。
花洞(화동) 「복주움물」 6月29日掲載
三淸洞(삼청동) 「성제움물」 6月30日掲載
雲泥洞(운니동) 「쫄々움물」 7月1日掲載
薰井洞(훈정동) 「어수움물」 7月11日掲載
渼芹洞(미근동) 「초리움물」7月12日掲載
舟橋町(주교정) 「보름물」8月1日掲載
そのうち、花洞の「ポクジュ井戸」と三淸洞の「ソンジェ井戸」とを調べてみた。
花洞「ポクジュ井戸」
◇花洞は、昔の名前は「花開洞」でした。花開洞のポクジュ井戸といえば、ソウルでは知らない人がいないほどでした。孟峴の丘の下の小さなポクジュ井戸は、美味しい水というだけでなく薬効があるといいます。亡くなった徳寿宮高宗太皇帝が、今から27〜8年前に「御水」として封じてこの水を1日に3回ずつ召し上がったといいます。
◇そしてその年には巡検庁まで横に建てて水を汲んだといいます。そして高宗太皇帝が亡くなられて「御水」に封じられることはなくなりましたが、あまりにも美味しい水なので、春夏秋冬、水を求める人が途切れることがありません。さらに、夏には、冷たくて美味しく、薬効まであるポクジュ井戸水を飲もうと、老若男女が雲集して花開洞は人の波で埋まってしまいます。
◇まずい水道水しか飲んだことのない大人たちが一度でもこの町内のポクジュ井戸水を味わうと、びっくり仰天して美味しいと口を揃えます。誰であろうと夏場の暑い時に我が町内の有名な水を一度飲みにおいでください。
1907年の『韓国京城実測地図』(東京経済大学機関リポジトリー)で見ると「花開洞」が景福宮の東に隣接する一角に表示されている。
その花開洞の東側に「孟峴」の表示がある。現在の北村路を嘉会民画博物館からもう少し上がったあたり。
「中学校」の表記があるが、これは1900年に開校した官立中学校で、植民地統治下では朝鮮人の中等教育を行う第一高等普通学校とされた場所である。現在、ここはソウル市立の正読図書館になっている。
このあたりに「ポクジュ井戸」はあったことになる。
今のネット地図を見ると、正読図書館の左上に「복정우물(福井井戸)」というのがある(下のコネスト地図で①のところ)。
この場所では「ポクチョン食堂」が営業していて、その敷地に「ポクチョン井戸」がある。『東亜日報』に掲載されたものとは名称が違うが、これが「ポクジュ井戸」ではなかろうか。
実は、ネットで「「복주우물」を検索するともう一つ別のが出てくる。
地下鉄2号線阿峴駅で降りて、そこから「서대문05」のマウルバスで終点まで上がる。金輪寺に向かうとその手前に井戸がある。
この道をさらに登っていくと、金化トンネルが貫通している山の上部に出る。ここは、元々は漢城の城外である。むかしから、漢城の内外を問わず「ボクジュ井戸」というように「福」を冠した井戸や湧水は多かったものと思われる。
三清洞「ソンジェ井戸」
◇北岳山の下にあるソンジェ井戸は、三清洞の名物です。昔この井戸水で巫堂が北斗七星を祭祀したというので星祭井戸と呼んだといいます。歴史が長くて有名なだけでなく、薬として霊験あらたかなことで一層有名です。胸の病に十年苦しんだ人もこの水を数回飲めばよくなり、ほかの病の人も、この水を飲むとほとんどが治るとされます。
◇花開洞の「ポクジュ井戸」が「御水」に封じられ、良い水とされてますが、最初に御水に封じられたのは、ソンジェ井戸でしたが、北岳山の下の険しい道を日になんども登り降りするのが大変だというので、高宗太皇帝も水を運ぶ人を思って、良い水を飲めなくても近くて便利なポクジュ井戸の水を持ってくるように言いつけ、のちにはポクジュ井戸を御水に封じられたということです。
◇他の普通の水は、たくさん飲むと腹をこわすと言いますが、ソンジェ井戸は飲めば飲むほど体によく、来る人々は塩辛い干し鮸を持ってきてこれを食べながら水を飲むといいます。この頃のような暑いときには人がとても多くて、ここの水を飲むのに半日ほども待たなければならないほどで、これがうちの町内の名物です。
景福宮の東側、「ポクチョン食堂」の表の道を北に進むと、三清トンネルがあって城北洞に抜けることができる。トンネルの先は日本の大使公邸もある閑静な高級住宅街である。ただ、この三清トンネルを通るバス路線はなく、トンネルのずっと手前のところが「종로11」のマウルバスの終点になっている。ここから左手の路地を七宝寺方向に入って、七宝寺の前を通り過ぎてしばらくすると「ソンジェ井戸」がある。
私も飲んでみた。うーん…、病気が治りそうな気がしなくもないが。。。
その他の井戸については、とりあえず『東亜日報』の記事と、わかるものについては場所だけ紹介しておこう。
次回の「その2」では、1924年前後の京城の井戸と上水道についてまとめることにする。
「鍾路区臥龍洞28」に「쫄쫄우물터」(チョルチョル井戸跡)があるとするブログがある。出典などは不明。雲泥洞とは隣接するが、道を一本隔てている。
鍾路区薫井洞2番地の宗廟前の市民広場にある「御井」が「御水井戸」である。ソウル特別市の有形文化財第56号に指定されている。
地下鉄5号線西大門駅7番出口を出て南に下った警察庁の構内にプレートがある。この警察庁の敷地は、植民地時代に朝鮮煙草会社の工場が置かれ、1921年の専売制度の実施で朝鮮総督府専売局の煙草工場となった場所。










































