電気は
送電している間に
一割も熱として
ロスしているという

さらに
待機電力など
使用していなくても
消費する

エネルギーだけでなく
人間も
いろんな場面で
体力や気力
アイデアを
ロスしているものだ

そんなエネルギーを
少しずつでも
集められれば
もっと世の中は
楽になるのだろう

名古屋大学で
太陽光発電システムで
電動アシスト自転車を
充電する
実証実験を始める

完全に
太陽光発電だけになれば
本当に
エネルギー効率のよい
移動手段だろう

クルマ生活が
当たりだと
かなり
エネルギーの無駄をしていると
感じる

電気自動車になったところで
あまり
罪悪感は
変わらないだろう

かといって
今の立場や行動は
すぐには
変えられない

理想と現実は
なかなかに
厄介なものだ

それでも
生きてくのが
にんげんなんだなあ
どうすれば
安全が確保されるか
どうすれば
安全だと確認できるか

さまざまな事故が起こるが
なかなか
再発防止には
至らない

経営者の考え方や
業界の慣習
さらには
行政監視の限界など
言われる

一番は
下請け体質だろう

どれだけ
チェックの厳しい会社でも
外注や下請けにださず
すべて自社でする会社は
まずない

自社製品を食べたくない
とか
利用したくない
と言われる
会社には
なりたくない

ジェボンズのパラドックス
なる
社会現象がある

石炭な使用効率を上げても
直接間接で使う産業が広がり
結果的に需要が増大する
というもの

どれだけ
その裾野が広がるかは
分からない

原発によって
二酸化炭素排出量が減っても
使用済核燃料の処理や
安全対策
地元への補助金を考えると
排出量が増大する
理論にもなるのではないか

日本でいえば
風が吹けば桶屋が儲かる
の図式になろうか

ドイツで開かれた
国連気候変動枠組み条約の
事務レベル会合

京都議定書のときの
熱気はどこへやら
約束は
形骸化しようとしている

それでも
現実は
無視できなくなっている

住めなくなるのを
放置できない
とは共有しているだろう
問題は
誰が
解決に負担するのか
ということ

まだまだ
人類は
ともに行動するには
至れない