『あー、どうも、どうも。』


SCREAMの代表がクスブリからの電話に出た。


いつもとは違い、少し丁寧な口調でのトオルの応対である。


ご機嫌なのであろうか。


包丁の周りに巻かれ、淳の血で真っ赤に染まりグシャグシャになった紙面に、


明日自分が載ってしまうのでいかという不安を抱きながらの電話であった為、


クスブリはトオルに妙な距離をとられた気がしてならなかった。




電話口からは、トオルのその紳士的な声と共に、周りの連中のばかデカイ笑い声が聞こえる。


クスブリはトオルの口から救いの一言が発せられるのを待った。


自分の周囲の雨音のうるささにイラつくほど、クスブリはナーバースになっていた。


トオルの声の周波数を掴まえようと、目を瞑る。


ワンチャンスで糸を通される針の気分だった。



トオルのしばしの沈黙の後、店内が急に静かになった。



『おつかれさん。』


トオルはぼそっと言った。



『はい。』


クスブリはそう答えた。トオルにそう言って貰えるのは大変嬉しいことではあったが、


クスブリが欲している言葉はコレではなかった。



『OK。もういいよ。解散で。』


『あっ、はい。』


電話はすぐに切られた。


これ以上トオルからの追加注文がないことに内心ほっとした。


クスブリも野見山同様、心の中でだが、雄たけびを上げてドシャ降りの中を走って帰った。



店内をSCREAM本部No2の泊がマイクを持ち仕切りだした。


トオルのバースデーパーティーを早くも切り上げるようだ。


泊はトオルにアイコンタクトしながら、言葉を選んで喋った。


口調はNo2だけあり、威厳のあるものであり、


店の前に溜まるのはみっともないので速やかに解散しろと締めくくった。



『今日はこれでもう終わりね。日頃、皆には本当に助けられてます。どうもありがとう。』



トオルが短いスピーチをし、髪の毛を手でセットしながら混み合う店内を掻き分け、


真っ先に店を出ようと動き出した。


集合した幹部は一斉に頭を下げ、声を張り上げた。



泊はトオルの行方を目で追いながら、他の幹部を速やかに帰らせようと促していた。



トオルは少し酔っているのか、ふらつきながら歩き、車のキーを後ろのメンバーに放り投げた。


地下からの階段を一歩一歩上がって行く。火照った体が秋の涼しく薄っぺらい風を感じ始める。


酔っ払った頭でなんとなく自宅のカーテンの揺れ思い描いた。


心地よいようで、落ち着かない気分だ。


『あぁー。』


トオルの口からオヤジのような声が漏れた。



雨音に気づいたトオルは少し足早になり、階段をぐっと駆け上がった。


軽々しい季節は、確実な物が際立つ。


テンションの定まらない浮ついた色合いの街で、トオルの車は雨にも負けず、ドンと構えていた。


早く車に入りたいトオルは鍵を持っている後ろのメンバーを促す為、後ろを振り返ろうとした。




降りつける雨に対してのリアクションを後ろのメンバーに見せるかのごとく、


口元を緩め、三日月のような目をしたトオルが90度回転した真ん前で、


巨漢な大男の安全靴の音がやんだ。


野見山が待ち焦がれた瞬間が訪れた。


2人の目が合う。



それは、沸騰したヤカンの水がコーヒーパウダーに襲いかかる


間に似ていた。




第12話に続く。


















黒光りしたトオルの車を遠目に発見した野見山の口元が緩む。


リズムをとるように体を揺らしながら頭上のフードに手をやる。


雨はえらく降っていた。


両手の中指でフードを後ろへとやると、舌で唇を舐め回しながら、


少し癖のあるロン毛をあらわにした。


アスファルトを擦る野見山の足音は異様な音がした。


常に堂々としている彼の性格がよくあらわれた音であった。



一方淳は、めり込みそうなほど足場の悪い公園の土の上に立っていた。


静止してるがごとく、微動だにしない。


クスブリの様子をじっと眺めていた。


クスブリの指の爪が密かに隠れた。


それは人格が隠れ、折りたたまれた瞬間であった。


クスブリも本気のようだ。


相手に爪を見せながら平気で嘘を付けるような、根っからの詐欺師的人種ではない。



『わかりました。刺してきます。』



殆ど口を開かずにクスブリは真っ暗闇の中、小さな声で淳にそう言った。


クスブリは左足を前に出し、その反動で右手を振った。



『バッコリね。』



クスブリは開き直ったような顔で淳の顔を凝視ししながら言った。


頬からモミアゲにかけて、クスブリの横顔は妙にビッショリであった。


淳の腹に新聞に包まれた包丁が固定化されていた。


新聞は一瞬にして真っ赤に染まり、淳の口から鋭い悲鳴のような声が漏れた。



淳の鼓動と共鳴するように、野見山の胸は高まって行った。


BPMを上げながら体を揺らし、徐々にボクサーのように首を振り始めている。



クスブリは淳に渡された包丁以外に自ら持参した警棒で淳を打ちのめした。


はやる気持ちの妙な汗と雨が混じりあった。


伸縮自在の警棒が曲がり、形状が変わらなくなった頃、面倒になったクスブリは


淳の胸から腹を目掛けて蹴りを見舞った。


泥で真っ黒になった淳の顔と、熱の入ったクスブリの赤い顔が対照的だった。



SCREAMの襲撃に失敗は許されない。淳が一番懸念していたことだった。


魂の抜けた淳の顔からは想像できないが、彼の指先は地面の土を力強く握っていた。


クスブリは自分の足跡をかき消すかのように、そこいらじゅうの地面を足で引っ掻き回した。


まるで雨が降った夜中に、翌日の練習を中止にする為、不良運動部員が懸命に校庭を荒らしまくる様と


代わり映えしないほどお粗末なものであった。



野見山のボルテージは臨界点に達しようとしていた。


パチンコ店の自動ドアの開閉時に漏れる店内の騒がしい音が気に入らなかった。


看板や装飾を蹴飛ばしながら歩き出した。


破片が車道に飛び散る。


『確変だぁ?』


大人が一喜一憂するその言葉のスケールがしゃくに触った。


そして、自分で言ったその言葉にキレ始めている。



『グリーンピースでも突っ込んで打っとけや!』


中指を立てて雄叫びを上げた。




『トオルさん、なんとか淳、刺しました。けっこう根元まで・・・』


息を切らせたクスブリが雨宿りしながら、SCREAMの3代目トオルに一報を入れた。






第11話に続く











screamという組織自体、そう歴史のあるチームではない。


全国区となったのは最近であり、3代目のトオルが己を頂点とする樹形図を


いとも簡単に描いてみせた。


傘下と呼ばれる2次団体、3次団体が破竹の勢いで誕生し、


全国に飛び火した。


下は下を造り、下を馬鹿にする。一番下は一番上に問題があると不満を口にしながら


さらに下を探すというループを描く。


ループの円周はトオルの勢力に比例し、その大きさが下部団体のモチベーションとなった。


時に、scream本部との一体感を味わえる瞬間であるのだ。



本部とイコールで結ばれるループ構造と、現実としてのヒエラルキーであるピラミッド構造とでは、


図形的には相似関係には無いのだが、どうやら紙一重の関係であることは確かだ。


アメとムチではないが、トオルは巧みにその形を操っていた。



現実には、各地に流布される格付けが、ピラミッド構造の底辺を底なしにして行った。


いとも簡単に人の命が奪われる事件が相継いだが、それはトオルの狙い通りであった。


残酷な情報が飛び回るほど、トオルの支持率は上昇して行く。


無茶をしながら生き残りをかける下部団体が起こす危険度の高い事件は、


scream本部に恐怖という名の勲章をもたらした。




トオルの神格化は、自らの演出のもと成功した。


『今、ロシア人の彼女がいるんだ』というトオルの冗談が、地方の支部まで伝わる頃には


ロシアにSCRESMの支部ができたらしい、という誤報に置き換わってしまう


アクシデントもあったほどだ。



たった一台のパトカーにびびる大人は腐るほど見てきたが、


どんなに悲惨な状況にいようとも、コイツといれば、もう恐いものなど存在しないだろう


と思わせてくれるほどの男として認識され始めていたのだ。


トオルがパクられることがあれば、報復として翌日、全都道府県の警察署は爆破されるのではないか


と、逆に心配する構成員がいたほどだ。


チャラ男、実はロリコン・・・。噂にきりはない。


話したことがある者はほぼ皆無であったが、


トオルの代名詞である悪魔が乗っているような真っ黒い不気味な車が


夜中になると、ある店の前に駐車されているのが目撃されていた。


いつもは、店前のガードレールに腰掛けた末端と思われる構成員が数人談笑しており、


近づく者などいない。



犯行当日、雨は勢いを増していた。


トオルの誕生日パーティーが行われている、この店前には人影が無く、


真っ黒なボディーの車が雨に撃たれて待っているだけだった。



野見山はふてぶてしくこう言っていた。


『SCREAMなんて3日もあれば潰せるぜ。』


トオルも野見山の存在を知らないわけが無い。


知名度は淳の比ではないかもしれない。


SCREAM以上に無茶苦茶やっている男だからだ。


トオル自身恥をかかされた経験も、一度や二度ではなかった。



恐いもの知らずの男の嗅覚はいかほどの物なのか?


安いメッキはすぐ剥がれると言うが、野見山にはトオルが偽者


に見えていたのだろうか?



誰とも群れたがらない、いや、正確には、誰とも相性が合わない


この男と淳が結成したチームがTokyo Midneght Candyだった。


リアルかフェイクかの見極めなど、野見山は持ち合わせていなかったかもしれない。


半ば、口にはしないものの、淳への友情に近い物があったに違いない。


勿論、単純に自分よりデカイ顔してふん反り返っているトオルを潰す興奮が


主な原動力になっていたことだろう。



野見山のような強引な男は見たことが無かった。


ただ、人間それだけでは生きては行けないようだ。


役者な一面を兼ね備えていた。


淳は彼のその一面を見抜いていた。単純さと同時にアレンジ能力があることを密かに注目していたのだ。



淳は野見山に色んな話をした。野見山の一般的には規格外と思われる


キャパの狭い、目詰まりしそうなろ過装置を通過した言葉は、彼の胸の深いところまで到達し、


後日、野見山の口からあたかも自分の言葉かのように淳に発せられる機会がしばしばあった。


信頼関係が生まれる頃には、野見山の口からは、かつて淳が野見山に話した内容がこぼれ出していた。


淳はうんうん、と頷き、野見山の話を聞いたものだ。


ある種、純粋な野見山はこうして神のポジションへと担がれた。



偽者も本物もあったものではない。


それでも、神が幾つも存在してしまうと、うまくいかないらしい。



土砂降りの雨の中、野見山は早くも一人でトオルがいると思われる店の前の道を歩きだしていた。


目は血走り、今にも殺してしまいそうな勢いだ。


集合時間は決まっていたのに、野見山の完全なスタンドプレーだった。


ダイナマイトの爆発時間まではコントロールしきれなかったようだ。


この蹴撃が失敗すれば、今後Candy自身が危ないのだ。


爆弾は予定外の時間に投下された。





第10話に続く。