実際に

おじいちゃんが

家のお風呂に入ると、


バスタブに

うんちリングが

できるだけでは

済みませんでした。



たしかに、


身体を洗うときの椅子に、

うんちがべっとり

付いていました。



それどころか、


お風呂の床に

固形のうんちも

落ちていました。


5センチほどの

長さでした。







その

第一発見者は私。



0歳の子どもを

お風呂に入れるため


まずはお風呂を

掃除しに入ったとき。



強烈な異臭と

ただならぬ雰囲気。




私が

おじいちゃんを


せめて

デイサービスに

お願いしようと

本気で思ったのは、


このときです。




おじいちゃんは、

それが自分のうんちだと

一切認めませんでした。



「知らん」


「こんなとこで

 しとらん」


「大便でねかろ」


「それとも

 ゆみかんがんねーか」


「わしのがは

 パンツん中で

 ちゃーついとる」



ツッコミどころは

たくさんあるけど、


とにかく

絶対に認めない。


もちろん

それを掃除することも

できない。


何もできない。


しない。


プライドだけある。





ちょっと話を

戻します。



おじいちゃんが

おばあちゃんに、


銭湯でうんちをして、

それを他のお客さんに

見られて報告されて

出禁になったことを

話したとき、


おばあちゃんの反応は

こうでした。



「そんなもん見とる人

 おるんか」


「嫌なこと言う人おる〜」


「あんたちゃんと

 見られんようにしいや」


「しかもそんなこと

 銭湯の人に

 わざわざ言うなんてな」


「本当に嫌な人

 おるもんじゃ」



おじいちゃんのことは

おばあちゃんが一番

わかってるし、


付き合いも長いし、


できるだけ

任せておけばいいと

思ってたけど、



この二人を

一緒に置いておくことは、

リスクがありました。



おばあちゃんは

おじいちゃんを

肯定しかしません。


おじいちゃんにとっては

嬉しい

というか、

当たり前のことに

なってるんだろうけど、



そんな話を

横で聞いてる私は、


気持ち悪いと

思ってしまいました。



もちろん、


おじいちゃんと

おばあちゃんが

いなかったら、


私はこの世に生まれてない。


私が小さい頃、

おばあちゃんはきっと

私のオムツを

替えてくれたりもした。


この人たちがいなかったら、

私は今生きてない。


頭ではわかる。


わかるけど…



同じ家に

住んでいることが


吐きそうなくらい

嫌だと

思ってしまいました。



そして、

少なくとも

人様に

迷惑をかけないよう


私たちにできることは

しなければ

と思いました。



それと同時に、

この人たちと

できる限り

関わりたくないとも

思いました。



頭の中が

いろんな矛盾で

吐きそうでした。




いろんな意味で、


おじいちゃんが

うんちを散乱させたお風呂を

掃除できるのは、


今のところ

私しかいない。



デイサービスに

お願いするまでは、


全部私がやるしかない。



私の大事な娘と

旦那のためにも、


私がやるしかない。





でも、

どんなにキレイに

掃除して消毒して消臭しても、


あのバスタブの状況と

転がってるうんちを

見てしまった私は、


気持ち悪さを

完全に払拭することは

できませんでした。



あのうんちを

処理した後の手を、


どんなに洗っても、

どんなに消毒しても、


その手で

娘の身体や

自分の身体を洗うことに


抵抗の気持ちと

罪悪感がありました。



でもこれは

どうすることもできず…




とにかく、

おじいちゃんの

うんちのせいで


私たち家族が

感染症などに

ならなければいい。


それだけ守れば

私はよくやった!


と言い聞かせて、

メンタルリセット

しました。




続きはまた明日…