沖縄からボンジョルノ
秋に体調を崩した父、
一度は元気を取り戻したものの
また小さな入退院を繰り返し、
かなり痩せてしまった父は
体力がどんどんなくなって
食べる意欲はあるようなものの
食べなくなっていって衰弱しているからと
1月の中旬ごろ、また緊急搬送されて、
もしかしたら癌の疑いがあると
いまさら言われても
ガンの検査だって負担がかかるだろうし
体にたくさんチューブをつけるような延命もしてほしくない、
というのは、私たちの一致した意見。
鼻から管で栄養を通すのが最後の治療で
これを父が拒否して自分で外したら
あとは、長くても2週間、と医者に言われ
火曜日の早朝、飛行機に乗りました。
水曜日の夕方、羽田につくと
「お父さん、待てなかった」という
妹からのメッセージが届いてました。
せっかちだった父らしい。
最後の看取りのために
4年近く過ごした施設にお部屋を用意してもらって
24時間も経たないうちの出来事でした。
スタッフの方々がチームを組んでくださって、
親切に面倒を見てもらいながら
すっと眠ってしまったような安らかな顔で。
88歳でしたから
言うなれば大往生、
そう思っても悲しいのは変わらないけど
でも、我が家もいまのところ
ちゃんと順番どおり。
それが一番、大事なことだからと
子供たちにも言い聞かせて、
自分にも言い聞かせて。
子供たちが小さい頃、転んだりすると
「痛いの、痛いの、おじいちゃんに飛んで来い!」
と言ってくれていた父。
ローマでも、子供たちはすぐに
「痛いの、痛いの、おじいちゃんに飛んで行け」って言っていたのが
「おじいちゃん、今はいつもいろいろ痛いから
その言葉は禁句」
というようになってから、早、数年。
これからは、心置きなく
嫌なことはお空のおじいちゃんに飛ばして
おじいちゃんに守ってもらえるよ!
いろんなことに感謝です。
BUONA GIORNATA
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