バッハが作曲した

ソプラノ独唱カンタータのうち

人気のある第51番と第199番、

《全地よ、神に向いて歓び呼ばわれ》BWV51 と

《わが心は血の海に漂う》BWV199 に

バス独唱(最終稿)カンタータ第82番の

ソプラノ独唱用バージョンである

《われは満ち足れり》BWV82a を

全て収めたお得な盤がこちらです。

 

ナタリー・デセイ《バッハ:カンタータ集》

(EMI ミュージックジャパン

 TOCE-56151、2008.12.26)

 

原盤レーベルは

ヴァージン・クラシックス。

 

ソプラノはナタリー・デセイで

エマニュエル・アイム指揮

ル・コンセール・ダストレが

器楽演奏を担当しています。

 

録音は2008年1〜2月で

ロケーションは

特に書かれていないため

スタジオ録音かと思われますが

違うかもしれません。

 

 

ナタリー・デセイは

モーツァルトのオペラなどで

優れたコロラトゥーラを披露して

斯界を席巻したソプラノ歌手です。

 

その頃の邦盤では

デッセーと表記されてました。

 

エマニュエル・アイムについては

当ブログでも何回かご案内しましたが

デセイはそのうちの1枚

2006年録音の

バッハのマニフィカトにも

参加しています。

 

ライナーには

「この録音を、

 マーティン・ルーサー・キングに

 捧げます。」

というデセイの献辞が

載ってますけど

なぜキングに捧げるのか

その由縁は分かりません。

 

 

日本語に訳された

原盤のライナーを読むと

BWV199は3種類の稿があり

ここでは第2稿(ケーテン版、

コラール伴奏がヴィオラ・ダ・ガンバ)

が使われている

と書かれています。

 

初稿がヴィオラ

第2稿がヴィオラ・ダ・ガンバ

第3稿がチェロとピッコロ

だそうで。

 

前回ご案内の

フォイエルジンガー盤では

どうだったかしらん

と思ってしまいますが

チェロとピッコロならともかく

ヴィオラとガンバの違いなんて

自分の耳では区別できません(苦笑)

 

 

まあ、それはともかく

演奏の感想ですが

第51番のトランペットは

素晴らしい。

 

トランペット奏者は

ニール・ブラウという人で

レギュラー・メンバーではなく

ゲスト奏者かと思われます。

 

冒頭のアリアで2箇所ある

ソプラノが高音へと

跳ねあがるところは

さらっと流している感じがされ

不自然さは感じられませんが

ちょっと音量が弱いかもしれません。

 

実は自分が51番を聴く時は

そこが絶叫調にならないか

いつも気にしてるのでした。

 

51番の3曲目のアリア

〈いと高き者よ、汝の御恵みを〉は

子守唄のようだといわれる

82番の3曲目のアリア

〈まどろむがいい、私の疲れたまなこよ〉や

『バッハ事典』(東京書籍、1996)で

ヘンデル的なおおらかさをもって

迫ってくると評された

199番の4曲目のアリア

〈頭を垂れ 悔恨の念に満ちて〉に

匹敵する美しさ。

 

4曲目のアリアの後半、

トランペットが加わる

アレルヤに入ると

さすがはデセイ、

モーツァルトのオペラで

名声を確立しただけあって

見事なものです。

 

モーツァルトが作曲した

《エクスルターテ・ユビラーテ》

最後のアレルヤを

いつも連想させられるだけに

デセイの歌唱は

ぴったりハマってる感じがします。

 

 

82番の

3曲目のアリアは

やや遅め。

 

それでも

フォイアージンガーのように

おっとりした感じにならないのは

デセイの声質にもよるものでしょうか。

 

デセイの歌いっぷりは

持続音がすごく繊細だと思いますけど

その繊細さを伴奏陣が

器楽の音で殺さないように

フォローしていて

そこはさすがのエマニュエル・アイム

といったところです。

 

 

199番の2曲目のアリアは

口をついて出ることのない悔悟の情を

切々と歌い上げるソプラノに寄り添う

オーボエの旋律が印象的なんですが

本盤での演奏も絶品です。

 

3曲目のレチタティーヴォを

聴いていると

デセイの歌いっぷりは

レチタティーヴォを含め

ドラマチックさが勝っている

という印象を受けました。

 

ですから

4曲目のアリアのような

ヘンデル風のおおらかさを

感じさせるといわれる歌より

2曲目のアリアの方が

デセイの資質に合っているのかも

とか思ったりします。

 

繊細に歌い上げていますが

繊細さとおおらかさとを

同居させるのは至難の技のようで

4曲目のアリアに関しては

フォイエルジンガー盤

軍配を上げたい気もします。

 

6曲目のコラールも

素朴さという観点からは

今ひとつかなあ。

 

ところでライナーでは

コラール Chorale が

コーラスと訳されていて

これは噴飯ものでした。

 

 

ちなみに

CDのタスキ(オビ)には

「華麗なる声で、

 バッハの深くピュアな

 祈りの世界を再現」

という惹句が載ってますけど

華麗さよりも素朴さの方が

「深くピュアな祈りの世界を

再現」できる気がしないでもなく。

 

ボーイ・ソプラノが歌ったと考えれば

「深くピュアな」という形容句も

分からなくはないですけど

ボーイ・ソプラノを

「華麗なる声」と

いっていいかどうかは

意見が分かれそうですね。

 

こう書くと

デセイ盤は良くない

と書いているように

思われる方も

いるかもしれませんが

これはこれで

華麗なる繊細さを楽しむ場合には

おすすめできる盤ではあるか

と思っております。

 

なにより

51番と199番

そして82番のソプラノ版を

まとめて聴けるのは

ありがたいですね。

 

 

なお、今回の

ル・コンセール・ダストレには

ヴァイオリン奏者に

Yukihiro Koike

(小池ユキのことでしょうか)

チェロおよび

ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者に

酒井淳[さかい あつし]と

日本人奏者が参加しています。

 

皆川達夫風に申せば

注目されるところですね。