先に紹介した
「メグレと謎のピクピュス」(1941)を原作とする
映画『署名ピクピュス』(1943)は
日本では劇場未公開で
今回のDVDが初お目見えかと思います。
メグレを演じたのは
アルベール・プレジャンという役者で
ルネ・クレール監督の
『巴里の屋根の下』(1930)に
出演しているそうですが
そちらは観たことがありません。
YouTube に同映画の
冒頭部分(?)の映像がありましたので
貼り付けておきます。
上の映像で
最後の方に出てくる若い男が
アルベール・プレジャンです。
メグレ警視を演じた役者として
もっとも有名なのはジャン・ギャバンで
前回アップした『EQ』の表紙で
トランプのカードに描かれているメグレも
ジャン・ギャバンを基にしてます。
(たぶん。それっぽいし)
ジャン・ギャバンのメグレは
やや太り気味の中年男性で
それに比べると
アルベール・プレジャンのメグレは
りゅうとした感じの粋な紳士で
『六人の最後の者』(1941)や
『犯人は21番に住む』(1942)で
ヴェンス警部を演じた
ピエール・フレネーを
思わせるところもあります。
当時の名探偵型の警官イメージは
こういう感じだったんでしょうか。
映画は原作のプロットを借りて
換骨奪胎したという感じで
真相はほぼ同じなのですが
原作にない要素を
いろいろと付け加えています。
たとえば
原作は最初に本命の
女占い師が殺されるだけなのに
映画では最初に間違い殺人があり
その目撃者を窓越しに射殺する事件があり
本命の事件のあとにも
人死にがあったりしますし
ピクピュスが新聞に
第二の犯行の予告状を送る
という展開になります。
本命の被害者である女占い師は
すぐには死なず
ダイイング・メッセージを残す
というおまけまで付いています。
原作には出てこないキャラクターである
小説家のベダリユーは
レッドへリングのつもりなんでしょうけど
あまり意味があるとは思えない。
ベダリユーに説明するという形で
ダイイング・メッセージの謎ときが
なされるわけですが
そのためにだけ
必要だったのか知らん(苦笑)
脚本はジャン=ポール・ル・シャノワという人。
後に映画『レ・ミゼラブル』(1957)で
監督と脚本を務めるようで
それがいちばんの代表作なのかな。
よく分かりませんが
『署名ピクピュス』の脚本から判断するに
ミステリに手馴れているような感じです。
メグレは
上司から「直感の王」と言われ
ライヴァルの警視(?)と並べて
「メグレは直感
アマデューは証拠が味方だ」
と言われる場面もあります。
もちろん、原作のメグレも
直感型探偵として知られた存在ですが
ここまで直感が強調されるとは
思いもよりませんでした。
映画はそもそもメグレが身分を秘して
休暇で、ある村に来ているところから始まり
そこへ部下のリュカが呼びにきて
ピクピュス事件への出馬を要請される
というところから始まります。
当時は釣りをするにも
許可証が必要だったようで
メグレが地元の漁師(?)から
難詰されているところへ
リュカが警察の人間として
メグレをしょっぴく、という場面があり
原作がはらんでいた
夏場の暑さも伴って醸し出される緊張感とは
全体的に無縁な感じですね。
ユーモアが強調されている感じというか。
ユーモアということでは
エレベーターをめぐるやりとりが
多いのも印象的でした。
映画の冒頭、リュカと共に
現場にやってきたメグレが
階段を昇る途中で
「犯罪現場には
なぜかエレベーターがない」
と言うのを皮切りに
事件が起きた現場を借りにきた
新婚の妻とのやりとりで
もっと日当りのいい物件がある
とメグレが言ったとき
アマデューが
エレベーター付きだ
と付け加える場面や
本命殺人の現場の
台所で発見された老人の家に
初めて行ったとき
家は5階でエレベーターはない
と聞いて
「仕方ない、君のせいじゃないさ」
と言う場面などなど。
当時のパリ住民にとって
アパルトマンのエレベーターが
ジョークのネタになるくらい
階段昇降が
悩みのタネだったことがうかがえて
興味深いと同時に
笑いを誘われました。
メグレの部下であるリュカは
原作シリーズにも
たびたび登場しますが
さほど能無しという印象は受けません。
ところが映画では
徹底して能無しの扱いを受けていて
上司に意見を言った際
「君は会うたび頭のネジが緩くなる」
と言われたり
スリがあるものを届けにくるシーンでは
腕のつながった切り紙人形を作って
暇をつぶしている様子が描かれたり
散々ですね。
パリへ行く車中で
リュカが事件の概要を説明する場面では
画面が上下に二分割されて
さらに下の部分が左右に二分割され
その右側4分の1の部分が
死体が発見されるまでの
再現フィルムになるという
凝った演出を施しています。
自分は、さほど
映画通というわけではありませんが
こういうの、初めて観たなあ。
この他には
原作の冒頭に置かれていた
メグレが通信指令室で事件の通報を待つ場面は
映画の中盤に出てきますが
(だからメグレの待つ事件は
原作とは異なります)
パリ市の大地図の前で
イライラと歩き回るメグレ
という絵柄は
大画面で観たくなるくらい
印象的なシーンでした。
監督はリシャール・ポティエという人。
オーソン・ウェルズ主演の
『ダビデとゴライアス』(1959)が
知られているそうで
日本で公開されたのも
これ一本だけのようですね。
今回の『署名ピクピュス』が
日本紹介の二本目となります。
本映画が作られたのは
フランスがドイツに
占領されていた頃で
本作品の製作会社は
ドイツ資本のフランス映画会社
コンティネンタル・フィルムです。
DVD-BOX のリーフレットに載っている
吉田広明の解説によると
ドイツに売り上げを送るための
国策映画会社ではあったけれども
戦時プロパガンダ映画よりは
純粋な娯楽映画が多かったそうです。
中でもよく作られたのが
低予算で済む犯罪映画だったようで。
映画を観ていると
当然といえば当然ですが
ドイツに占領されているという雰囲気は
微塵も感じられません。
劇中でメグレが
「自転車部隊だけが警察ではない」
と言う場面が出てきますが
これはドイツ軍の方なのか
フランス軍の方なのか
気になるところです。
ドイツ軍の方だとしたら
それが唯一、占領下であることを
感じさせる描写で
にもかかわらず
検閲で通ったわけですから
露骨なテーマのもの以外は
意外と大らかだったんですかね。
なお、本映画を収めたDVDは
単品でも買うことができます。
フィルム・ノワール フランス映画篇
署名ピクピュス [DVD]

¥3,024
Amazon.co.jp
ジャケ写スチールの右側が
アルベール・プレジャンの
メグレです。
ミステリ映画としては
それなりによく出来ているので
興味がおありの方は
観てみてはいかがでしょう。

「メグレと謎のピクピュス」(1941)を原作とする
映画『署名ピクピュス』(1943)は
日本では劇場未公開で
今回のDVDが初お目見えかと思います。
メグレを演じたのは
アルベール・プレジャンという役者で
ルネ・クレール監督の
『巴里の屋根の下』(1930)に
出演しているそうですが
そちらは観たことがありません。
YouTube に同映画の
冒頭部分(?)の映像がありましたので
貼り付けておきます。
上の映像で
最後の方に出てくる若い男が
アルベール・プレジャンです。
メグレ警視を演じた役者として
もっとも有名なのはジャン・ギャバンで
前回アップした『EQ』の表紙で
トランプのカードに描かれているメグレも
ジャン・ギャバンを基にしてます。
(たぶん。それっぽいし)
ジャン・ギャバンのメグレは
やや太り気味の中年男性で
それに比べると
アルベール・プレジャンのメグレは
りゅうとした感じの粋な紳士で
『六人の最後の者』(1941)や
『犯人は21番に住む』(1942)で
ヴェンス警部を演じた
ピエール・フレネーを
思わせるところもあります。
当時の名探偵型の警官イメージは
こういう感じだったんでしょうか。
映画は原作のプロットを借りて
換骨奪胎したという感じで
真相はほぼ同じなのですが
原作にない要素を
いろいろと付け加えています。
たとえば
原作は最初に本命の
女占い師が殺されるだけなのに
映画では最初に間違い殺人があり
その目撃者を窓越しに射殺する事件があり
本命の事件のあとにも
人死にがあったりしますし
ピクピュスが新聞に
第二の犯行の予告状を送る
という展開になります。
本命の被害者である女占い師は
すぐには死なず
ダイイング・メッセージを残す
というおまけまで付いています。
原作には出てこないキャラクターである
小説家のベダリユーは
レッドへリングのつもりなんでしょうけど
あまり意味があるとは思えない。
ベダリユーに説明するという形で
ダイイング・メッセージの謎ときが
なされるわけですが
そのためにだけ
必要だったのか知らん(苦笑)
脚本はジャン=ポール・ル・シャノワという人。
後に映画『レ・ミゼラブル』(1957)で
監督と脚本を務めるようで
それがいちばんの代表作なのかな。
よく分かりませんが
『署名ピクピュス』の脚本から判断するに
ミステリに手馴れているような感じです。
メグレは
上司から「直感の王」と言われ
ライヴァルの警視(?)と並べて
「メグレは直感
アマデューは証拠が味方だ」
と言われる場面もあります。
もちろん、原作のメグレも
直感型探偵として知られた存在ですが
ここまで直感が強調されるとは
思いもよりませんでした。
映画はそもそもメグレが身分を秘して
休暇で、ある村に来ているところから始まり
そこへ部下のリュカが呼びにきて
ピクピュス事件への出馬を要請される
というところから始まります。
当時は釣りをするにも
許可証が必要だったようで
メグレが地元の漁師(?)から
難詰されているところへ
リュカが警察の人間として
メグレをしょっぴく、という場面があり
原作がはらんでいた
夏場の暑さも伴って醸し出される緊張感とは
全体的に無縁な感じですね。
ユーモアが強調されている感じというか。
ユーモアということでは
エレベーターをめぐるやりとりが
多いのも印象的でした。
映画の冒頭、リュカと共に
現場にやってきたメグレが
階段を昇る途中で
「犯罪現場には
なぜかエレベーターがない」
と言うのを皮切りに
事件が起きた現場を借りにきた
新婚の妻とのやりとりで
もっと日当りのいい物件がある
とメグレが言ったとき
アマデューが
エレベーター付きだ
と付け加える場面や
本命殺人の現場の
台所で発見された老人の家に
初めて行ったとき
家は5階でエレベーターはない
と聞いて
「仕方ない、君のせいじゃないさ」
と言う場面などなど。
当時のパリ住民にとって
アパルトマンのエレベーターが
ジョークのネタになるくらい
階段昇降が
悩みのタネだったことがうかがえて
興味深いと同時に
笑いを誘われました。
メグレの部下であるリュカは
原作シリーズにも
たびたび登場しますが
さほど能無しという印象は受けません。
ところが映画では
徹底して能無しの扱いを受けていて
上司に意見を言った際
「君は会うたび頭のネジが緩くなる」
と言われたり
スリがあるものを届けにくるシーンでは
腕のつながった切り紙人形を作って
暇をつぶしている様子が描かれたり
散々ですね。
パリへ行く車中で
リュカが事件の概要を説明する場面では
画面が上下に二分割されて
さらに下の部分が左右に二分割され
その右側4分の1の部分が
死体が発見されるまでの
再現フィルムになるという
凝った演出を施しています。
自分は、さほど
映画通というわけではありませんが
こういうの、初めて観たなあ。
この他には
原作の冒頭に置かれていた
メグレが通信指令室で事件の通報を待つ場面は
映画の中盤に出てきますが
(だからメグレの待つ事件は
原作とは異なります)
パリ市の大地図の前で
イライラと歩き回るメグレ
という絵柄は
大画面で観たくなるくらい
印象的なシーンでした。
監督はリシャール・ポティエという人。
オーソン・ウェルズ主演の
『ダビデとゴライアス』(1959)が
知られているそうで
日本で公開されたのも
これ一本だけのようですね。
今回の『署名ピクピュス』が
日本紹介の二本目となります。
本映画が作られたのは
フランスがドイツに
占領されていた頃で
本作品の製作会社は
ドイツ資本のフランス映画会社
コンティネンタル・フィルムです。
DVD-BOX のリーフレットに載っている
吉田広明の解説によると
ドイツに売り上げを送るための
国策映画会社ではあったけれども
戦時プロパガンダ映画よりは
純粋な娯楽映画が多かったそうです。
中でもよく作られたのが
低予算で済む犯罪映画だったようで。
映画を観ていると
当然といえば当然ですが
ドイツに占領されているという雰囲気は
微塵も感じられません。
劇中でメグレが
「自転車部隊だけが警察ではない」
と言う場面が出てきますが
これはドイツ軍の方なのか
フランス軍の方なのか
気になるところです。
ドイツ軍の方だとしたら
それが唯一、占領下であることを
感じさせる描写で
にもかかわらず
検閲で通ったわけですから
露骨なテーマのもの以外は
意外と大らかだったんですかね。
なお、本映画を収めたDVDは
単品でも買うことができます。
フィルム・ノワール フランス映画篇
署名ピクピュス [DVD]

¥3,024
Amazon.co.jp
ジャケ写スチールの右側が
アルベール・プレジャンの
メグレです。
ミステリ映画としては
それなりによく出来ているので
興味がおありの方は
観てみてはいかがでしょう。
