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柔道が足りてない!

昨今、柔道人口の減少が深刻みたいなので、皆様にちょっとでも興味を持って頂けるような柔道ネタなど書いて行ければと存じます。

先週10/16、10/17と、パリ・グランドスラムが開催され、日本からも多くの選手が派遣されましたので、感想を述べたく存じます。

印象的だったのは、パリ五輪を目指す若手選手達の活躍。

中でも強烈なインパクトを残したのが、今一番勢いのある選手、81kg級の佐々木健志選手でした。

東京五輪での活躍も記憶に新しいカッセ選手(ベルギー)やグリガラシヴィリ選手(ジョージア)らを圧倒。


この日の5試合オール一本勝ち、かつ全て1〜2分程度で仕止める圧勝振りで、会場に集まった満員のパリの柔道ファン達も、あまりの強さに呆気に取られているようでした。

 

一方、現状の厳しさを突き付けられたのが、男子重量級。

 

100kg級に飯田選手、100kg超級に佐藤選手、小川選手が派遣されましたが、いずれも初戦敗退。

 

三者三様に敗因はあったと思いますが、個人的な印象を挙げると、

 

・飯田選手は、急に間合いを詰められて咄嗟に下がるところに足技を合わされる負けパターンを克服できず。

 

・佐藤選手は、強引に大外刈を掛けた際にしがみつかれて両手を放してしまい、裏投を食らって轟沈。

恐らく100kgを超える佐藤選手を裏投でブン投げるパワーの持ち主は日本国内には少ないと思われ、国際試合の経験不足が原因と推察しました。

 

・小川選手は、相手の瞬発的なパワーとスピードについて行けていない印象で、2、3度前に引き崩されて膝を付く場面が見られ、最後も引っ張り出されて一本背負投で投げられてしまいました。

 

重量級に関しては、今までの強化のやり方を根本的に変える必要があるように感じました。

 

3人とも、恐らく所属先ではトップレベルの選手なので、自分より格上の相手と稽古する機会に恵まれないのではないかと。

 

理想は海外の重量級選手達とガンガン稽古する事ですが、地理的に難しいのであれば、例えば国内の重量級トップレベルが日常的に集う稽古の場を設けるなど、何らかの思い切った対策をしない限り、重量級が低迷する現状の打開は難しそうな気がします。

近年、柔道の国際ルール(IJFルール)は大幅に変更が加えられてきました。

特にオリンピック後は、それまでのルールを踏まえて新しいルールが施行され、次のオリンピックまでの期間にルールの微調整をしていく傾向が強いようです。

ルール変更の方向性としては、観戦者を強く意識した変更になっている印象。
つまり、「観戦者に分かりやすいルール」、「観戦者にとって柔道が面白く感じられるようなルール」という前提に沿ってルールが検討されている印象です。

2007年、ビゼール氏がIJF会長に就任して以降、この流れは顕著になっています。

これまでの主なルール変遷を振り返ってみますと、

2008年北京以降
・「効果」の廃止
・「足取り」を部分的に禁止
・「ベアハグ」禁止

2012年ロンドン(組み合わない試合が頻発した大会)以降
・両手で相手の組み手を切り離す行為は「指導」
・「足取り」を全面的に禁止
・旗判定の廃止
・抑え込みの時間短縮
・延長戦の時間無制限化

2016年リオ(リネール選手が「指導」差で逃げ切り勝ちした大会)以降
・「指導」差での決着を廃止
・試合時間を4分に短縮
・「有効」の廃止と「合わせ技」の廃止(後に「合わせ技」は復活)
・「反則負け」を「指導」4回から3回に変更



「足取り」禁止「指導」差決着の廃止は、タックルを連発して相手に技を出させず指導差で逃げ切りなどといったセコい戦術を駆逐し、組み合って投げ技で勝負させるためのルール変更ですし、旗判定の廃止「有効」の廃止は、微妙な決着を減らし、より分かりやすいルールとするための変更と考えられます。


一方で、今回の東京五輪で個人的に気になった部分もありました。
(あくまで個人的に感じた印象であり、客観的な統計などに基づくものでは無いので、その点ご了承の上、お読み頂ければと存じます)


実力が拮抗しすぎているため綺麗に投げが決まらず、かつての「効果」相当の技であっても「技あり」判定となる傾向が強くなった。

選手の実力が拮抗してきますと、どうしても投げ技が綺麗に決まり辛くなる傾向は避けられないように思われます。
東京五輪も大会序盤からこの傾向は見られましたが、大会が進むにつれて今のは「技あり」無かっただろというような微妙な技がポイントとして認められるケースが増えていった印象を受けました。

加えて、近年のルール変更は、「足取り」、「ベアハグ」、「立ち関節」といった、いわゆる奇襲技を禁止する方向に進んでいることも、技が綺麗に決まり辛くなる傾向に拍車を掛けているように思われます。

こうした状況でもっと技が決まりやすくなるようなルールを考えるとしたら、「足取り」を条件付きで復活させるのが良いのではないかと個人的には考えています。


もちろん、「足取り」を無制限で解禁すると、かつてのタックル連発作戦まで復活してしまい宜しくないので、足取りの「指導」は残して連発を禁じた上で、足取りによる投げの効果は認めるなど、制限付きでの復活が良いように思います。

「ベアハグ」や「立ち関節」も同様のルール適用で復活させると良いかもしれません(というよりは、復活させてほしいという個人的な願望に近いです)。


大会を通じて審判が技による勝敗を企図しすぎるあまり、3つ目の「指導」が中々出されず、延長ゴールデンスコアが延々と続く試合が多発。

これは五輪前に行われた、阿部一二三選手vs丸山城志郎選手のワンマッチが影響しているように思います。あの試合で、投げ技での決着を見るために天野審判員が3つめの「指導」を出さなかった事で、国際審判員の間でも「この方針で行こう」となったのではないかと。

確かに技による決着が好ましい事は分かるのですが、あの試合は一試合限定という特殊な状況でしたし、それと同様の方針をトーナメント方式の五輪で採用するのは、あまりにも過酷すぎる気が致します。

 

酷いものだと、相手の袖口を絞って持ったり、場外に出たりといった明確な反則行為に対しても、3つ目の「指導」になるからという理由?でスルーされた試合も見受けられました。

それ以上に、消極的である咎で「指導」を出すタイミングが審判によってバラバラだと、ある時は積極的に技を出す選手が有利になったり、またある時は守りに徹して一発勝負する選手が有利になったりといった事が起こり、競技としての公平性を欠くように感じられます。

「指導」を出すタイミングについて、もう少しルールとして客観的な基準を設ける必要があるのではないかと思いました。



「ダイナミックな柔道」を標榜して寝技から立ち技への移行を可能としたが、ルール自体が分かり辛く、寝姿勢なのか、寝技の返しなのか、投げ技なのか、判定基準が不明確だった。

今回のルールで、個人的に最も不満だったのが、この「寝技から立ち技への移行ルール」です。


なにしろ、ビデオ判定ありきのルール。主審も自信なさげに取り敢えず判定を出した後、お決まりのようにビデオ判定を要求する(「これっくらいのお弁当箱に♪」みたいな仕草の)ジェスチャー。

「ビデオ判定の結果だから」という理由付けをすることで、選手の反論を無理やり封じているような印象を受けました。

 

やはり、趣味として柔道競技をやっている立場の人間にさえ、ルールの判定基準が明確には分からないという状況は、大いに問題があると思います。

柔道経験の無い人達にアピールするには、柔道経験者が考える以上に明確で分かりやすいルールが求められます。
前述の「観戦者に分かりやすいルール」という観点からすると、今回のこのルールに関しては失敗と言って良いと思います。


組み合って勝負するようルールを適用してきたが、それでも組み手争いで勝敗が決する試合が散見された。

 

これは、個人的な感想というよりは、SNSで多くみられた五輪柔道競技に対する一般の人のコメントが元になっています。


本件に関しては、柔道というジャンルがどういう方向性を目指していくべきなのか、といった壮大なテーマに繋がってくる問題なので、もう少し自分の考えをまとめて別の機会に投稿できればと考えています。

新型コロナの緊急事態宣言も明け、個人的にもワクチン接種を完了しておりますので、これまでずっと自粛しておりました柔道の稽古に、約一年半振りに行って参りました。

自粛中、あれこれと組み手や技のアイデアを溜め込んでいたのですが、実際に組み合うと改めて思い通りにはいかない事を実感。


組み手では相手の圧力をもろに受けて組み負け、

事前に考えていた連絡技は、最初の技を掛ける際に自分のバランスが崩れてしまって繋がらず、

意を決して飛び込んだ右体落は左の内股で切り返され、

そうこうしているうちに息が上がって動きが止まり、為す術なく巴投で回され、

といった感じで内容はボロボロでしたが、それでも久々の柔道!

この一年半の間、味わう事のできなかった充実感と心地良い疲労感がありました。


そして、久々に組んでみて改めて感じたのは、
五輪で永瀬選手が海外の強豪たちと当たり前のように組み合って勝負していましたが、それがいかに難しい事だったのか、という事。

「定石通りの組み手をすれば組み勝てるはず」と、言うのは簡単ですが、当然相手だってそれをさせないようにしてくるわけです。

組み手の圧力が強い事を、「柔道力(じゅうどうぢから)が強い」などと言ったりしますが、組み負けないよう膂力を鍛えるだけではなく、相手の組み手をいなし掻い潜る技術、組み手を維持する持久力、相手のどこを持てば効率的に力が伝わるのかといった知識などの複合的な要素を地道に向上させていく事で、強い組み手を獲得する事ができるのだと思います。


ともあれ、まずは怪我に気を付けて、体力を取り戻すところからやっていきたいと思います。

永瀬選手の強さの秘密に迫ろうとするこのシリーズも、今回でひとまず完結です。


モラエイ選手(モンゴル)

イスラエルの選手との対戦拒否を強要する祖国(イラン)に反発し、国籍をモンゴルに変更した経緯を持つモラエイ選手。

この日は準々決勝で強豪グリガラシヴィリ選手(ジョージア)を逆転で下すと、準決勝はこの日絶好調のボルチャシヴィリ選手(オーストリア)に得意の「居反り風の肩車」を決めるなど合わせ技一本で勝ち上がり、決勝進出。

永瀬選手の準決勝の相手だったカッセ選手がラスボス感を漂わせていたとすれば、この日のモラエイ選手は主役感が漂っていました。

さて、左組みのモラエイ選手の基本戦術としては、


.釣り手で上から背中を持ったり脇を抱え込む形から接近戦に持ち込み、得意の肩車に潜り込む。

 

.接近戦に持ち込ませないために釣り手で前襟を突いてくる相手には、その袖を掴んで両袖の状態から「居反り風の肩車」。

 

.接近戦を嫌がって下がる相手には、大内刈風に足を払っておいて支釣込足で追撃。

 


対する永瀬選手、については自分が先に上から釣り手を持つ事によって肩車を封じる作戦。


当然、モラエイ選手は釣り手を巻き替えて上から持とうとしてきますが、永瀬選手はモラエイ選手の釣り手を左手で外に弾きながら支釣込足で崩したり、釣り手を巻き替え返して再度上から持ったり、下から持った場合であっても前襟を突いて間合いを確保したりして、モラエイ選手に得意の形を作らせません。




また、に関しても、モラエイ選手が両袖を持つ形が「居反り風の肩車」のトリガーになる事は認識済み。
 

組み手争いの中で、モラエイ選手がさりげなく永瀬選手の釣り手の袖を持ち、一瞬両袖の形を作りかけますが、永瀬選手もすぐに引き手を切って難を逃れていました。

以上のように間合いを確保し、接近戦をさせない戦い方ができているため、の支釣込足も効果は不十分。




モラエイ選手が攻めあぐねる形ながらも、展開としては一進一退のまま試合は進みました。

しかし、延長に入りモラエイ選手に消耗が見え始めた辺りから、永瀬選手が徐々に釣り手と引き手を持って組み勝つ場面が増えてきます。


そして延長1分30秒を回った辺り、永瀬選手が釣り手と引き手を確保し十分の組み手。

遠間からまず大外刈を打ち、相手が凌いだと思った瞬間に間髪入れずに膝付きの足車!「技あり」で決着。


大外刈を凌いだ直後、意識が足元から離れる一瞬を突かれた上に、大外刈との高低差を付けた一撃で膝から下を払われ、さすがのモラエイ選手も捌くことができませんでした。


この試合の永瀬選手は、モラエイ選手対策が完璧にできており、モラエイ選手の得意な形をことごとく封じていた印象でした。


そして、今大会を通じて、延長を戦い続けても競り負けないスタミナは、間違いなく永瀬選手が優勝できた要因の一つだったと思います。



ここまで永瀬選手の強さの秘密を探ってきましたが、総括すると
・リーチの長さや懐の深さを活かして自分の間合いを維持しているため、相手の技が効かない。
・特殊な事をしているわけではないが、効果的な組み手で相手の自由を封じ、優位に試合を進める。

無尽蔵のスタミナで追い詰め、相手が消耗して集中が切れたところで仕留める。

・最後の決め手となる技は、そこに至るまでに掛けていた技がフェイントになっている場合が多い。

といったところに秘訣があると感じました。

 

永瀬選手の強さの秘密に迫るこのシリーズ、いよいよ準決勝です。

 

カッセ選手(ベルギー)

81kg級の世界ランキング1位。先日の世界選手権も優勝しており、ラスボス感を漂わせるカッセ選手が準決勝の相手です。

カッセ選手は左右どちらでも組む事ができ、両方向への背負投を軸に多彩な攻撃を展開してきます。
また、返し技も得意としているので、中途半端な技は禁物です。


序盤の永瀬選手、一手目に釣り手で相手の襟を持つ、ケンカ四つの定石手順で組みに行きます。
これに対してカッセ選手は、フリーになっている右手で永瀬選手の奥襟を取り、右組みのスタンスで対応してきました。


このやり取りを踏まえて、永瀬選手はすぐに方針を変えてきます。

長いリーチを生かして、引き手でカッセ選手の右袖を最優先に確保する、相四つ相手を意識した手順

 

この方針が奏功し、試合は永瀬選手が主導権を握ります。

具体的には、

1.永瀬選手が引き手でカッセ選手の右袖を真っ先に確保。

2.カッセ選手は左手で永瀬選手の右前襟を突いて間合いを確保。

3.永瀬選手、釣り手を伸ばして奥襟を狙う。

4.カッセ選手、両手で永瀬選手が伸ばしてきた釣り手を掴まえに行く。

5.永瀬選手、素早く釣り手を引いて、掴まえさせず(この間、永瀬選手は引き手を保持したまま)。
といった展開が繰り返され、永瀬選手有利の時間帯が続きました。

特に印象に残ったのは、永瀬選手の引き手の強さ。最初に掴んだカッセ選手の右袖を簡単には離さず、カッセ選手も必死に切ろうとするのですが、それでも離さないといった場面が何度も見られました。

カッセ選手としては、ここで再度左組みスタンスに戻して勝負する選択肢もあったように思われますが、相四つでの組み手争いに付き合った事で、上記の展開から打開できないまま試合は進みます。

そうは言ってもさすが世界ランキング1位のカッセ選手。永瀬選手が得意とする「いなす動作」からの小外刈に対して咄嗟に左を差し返し、左の大腰から小内刈とつないでヒヤリとさせる場面を作りました。

そして、この試合も延長2分30秒を回った辺り、それまで組手で自分の形を作れていなかったカッセ選手が引き手と釣り手を一息に確保する手順で前進してきたところに、永瀬選手が膝付きの体落から背負投につなぎ、カッセ選手を体側から落とします。

ビデオ判定の結果、これが「技あり」となり決着。永瀬選手が決勝進出を決めました。

 

 

この試合では、

・粘り強い組み手で有利な展開を維持して試合を進めた。

・一度掴まえたら簡単には離さない引き手の強さ。

・前掛かりに出てきた相手の隙を的確に突いた。

という点を、強さの要因として挙げたいと思います。