#我が家のヘルシーレシピ 【豚肉の煮たやつ アレンジ編 春雨ヌードル 】 | ツムツムとヤフオクの部屋(時々仕事)

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はい。みなさんこんにちは。

今回はヘルシーレシピという事で、春雨ヌードルです。

 

私が「小麦粉が良くない。」と聞いたのは、3年くらい前かな?

それ以来、なんだかんだグルテンフリーの生活、

いや、グルテンフリー寄りの食生活をしているわけですが、

やっぱりラーメンが食べたくなるのですね。

 

そこで今回は(2/6)に書いたブログ

#今日の飯テロ 【豚肉の煮たやつ 名前はまだない。】

で、紹介した、「豚肉の煮たやつ」をアレンジして

味を濃くして、春雨ヌードルのスープにしました。

 

脂分や塩分は高めかもしれませんが、

小麦粉の麺を使ってないので、私にとってはヘルシーレシピです。

 

 

 

 

ところで、昨夜は「君を愛したひとりの僕へ」というアニメ映画を見ました。

このアニメを見終わった後で私は

【男の自己満足と責任感の話】という言葉を思いつきました。

どういうことなのか書いてみようと思う。

 

アニメのストーリーをざっくりと書く。

パラレルワールドを使ってヒロインを助けよう!という話である。

難しい言葉が沢山出てくるので、間違っている点もあるかもしれない。

ご了承ください。

 

※ネタばれ注意。

 

小学生時代に出会った主人公A男とヒロインB子。

思春期にお互いの気持ちを確認出来た後で、

このままでは二人は結婚できない。という事件が起こる。

 

二人はパラレルワールドの研究施設に忍び込み、

そこにあった機械で二人が理想とする異世界へと旅立つ。

しかし、B子は異世界で交通事故にあって亡くなってしまう。

 

現世界に戻ってきた主人公A男は、B子の異変に気付く。

現世界のB子の身体は脳死状態になってしまうが、

意識は、交通事故のあった交差点に幽霊として現れる。

 

やがて年月は過ぎ、A男はパラレルワールドを研究する施設に入社し、

B子を助けるために日夜研究に没頭する。

幽霊のB子とは時々会話をしている。

 

そして、B子を助けるためには、現世界の自分と会う前の時間の

自分と会わない異世界に行くしかないと気付く。

自分と会わない異世界の、自分と会う前の時間?

 

そして、B子にB子を助けるためには、二人が会わない世界に行くしかないと告げる。

A男はすでに老人である。

「もう絶対に会えない」と聞かされたB子は泣き始める。

ちなみに幽霊のB子は亡くなった時のまま少女の姿である

 

A男はB子に

「新しい世界で66年と一か月後に、この交差点で会おう」と約束をして、

研究施設の異世界に行く装置に入る。

 

と言った流れである。

ただ、パラレルワールドを行き来するシーンや時間軸がその都度ずれるので

ストーリーがあっているかは自信がない。

 

 

と言うのも、

1:05:40位から時間が戻った異世界のシーンが始まるのだが、

この異世界のシーンがA男とB子が会わない世界かと思いきや、その流れで老人になったA男と

幽霊のB子が話すシーンになるのだ。

もう一度見ないとわからないかもしれないな。

 

タイトルの「君を愛したひとりの僕へ」の「ひとりの僕」は、

パラレルワールドにたくさんいる僕の中のひとりという意味だろう。

 

 

ここからは、私の感想だ。

B子を助けたいから頑張った。A男はB子を愛していたから人生をかけた。

そう考えてもいいはずだが、私はこの物語は恋愛物語ではないと思った。

私が思う所の男性に多い【自己満足と責任感の話】なのだ。

 

なぜ、A男はB子に執着しているのか?

B子に「B子が困っていたら絶対に助ける。」と言ったからである。

言ったことを実行しただけの話である。

 

そして物語後半にA男は、「B子を不幸にした自分が許せない。」と言っている。

しかし、B子の心情や幸せ、あるいは他の人については考えていない。

この辺が自己満足の話だな。と思わせる一因であろう。

 

B子の幽霊と「新しい世界で66年と一か月後に、この交差点で会おう」

と言った時、A男は余命一か月。

約束はしたけど会う気は無い。とも取れる。

泣くB子に対して、その場だけを治める為に口先から出た嘘。と言える。

 

つまり、A男の考えを単純化して考えると、

A男と会う事によってB子が交通事故で亡くなるのは不幸。

A男と会わない世界で生きるのが、B子にとって幸せ。

 

そうだろうか?

B子にとって何が幸せなのだろうか?

そう考えた時、ある歌詞が浮かんできた。

ラッツ&スターの【Tシャツに口紅】である。

「これ以上、君を不幸に 俺出来ないよ。とぽつりとつぶやけば、

不幸の意味を知ってるの?なんて ふと顔を上げて、なじるように言ったね。」

 

詩に対する考え方は人それぞれだと思うが、私にはこの詩は、

男性は、俺と一緒にいたら君は不幸になる。と言ってて

女性は、私の不幸はあなたと一緒にいられない事なの。と言ってるように聞こえる。

もしかしたら、ここに男女の恋愛や幸せの差があるのかもしれない。

 

二人が会わない世界で、愛し合った記憶がない二人が、

66年と一か月後に会ったとして、何が生まれるだろうか?

 

そしてもう一つ、これは恋愛の物語ではないと感じた出来事がある。

A男はC子と結婚して子供もいるし、孫もできたようだ。

 

小学生から70歳過ぎまでの物語なので、思春期の恋愛観を持ち出してしまうのも、

どうなんだろう。と思うが、B子はずっと少女のままの姿なのだ。

思春期の恋愛観を持ち出しても罰は当たらないだろう。

B子は、A男が結婚したことについて、どう思っているんだろう?

 

恋愛の物語であれば、B子にとって、A男が自分以外の人と身体の関係を持つというのは、

たとえ自分が触れることのできない幽霊の姿であっても、断腸の思いだった筈である。

その辺の描写は一切ない。

 

前述の通り、A男は結婚する。

B子への想いを秘めたまま誰とも付き合わずに、独りでB子を助けるために生きた話でもない。

 

恋愛の物語であれば、A男とB子のそれぞれのあるいは二人のストーリーが

あっていいのだけど、B子は亡くなってしまうので、

その後のA男のストーリーでしかない。

やはり、恋愛の物語と言うより、パラレルワールドを使った自己満足の物語だと思うのだ。

 

この物語、続き【僕が愛したすべての君へ】があるようだ。

出会わなかった二人が、愛し合った記憶がない二人が、

66年と一か月後に交差点で出会って気付けるのだろうか?

すれ違うだけではないだろう?

何が生まれるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

我が家のヘルシーレシピ

 

 

 

 

 

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