キャリアチェンジ・ナウ

 

2023年5月16日

大圖 健弘

 

 

 サードキャリアを考えていく上で、避けてはいけないことがある。それはキャリアチェンジ。新しいキャリアに調整するのだからキャリアチェンジが起こることは当然なのだが、このキャリアチェンジが大変なことだ。「仕事が変わって大変ね」というただそれだけの事であれば、たいしたことがないように思えるが、仕事が変わるという事によって、これまで当たり前に思っていた職場環境や、仕事に対する考え方、人間関係など、多くのことがリセットされ新しい環境が用意されることになる。ともすれば、これまで自分が培ってきた価値観をも覆しかねない事態になる。こうした中で、私たちはどうすればよいのだろう?

 ここまで言及すると何かキャリアチェンジがおどろおどろしいことに感じ、しり込みをされる方もいらっしゃるもしれないが、実はそんなに大変でないかもしれない。事実、そんなに大変なことであったら、世の中にキャリアチェンジをしようとする人材がこんなに多いことは無いはずである。キャリアチェンジをする世界というのは確かに自分を取り巻く環境が合わる世界であるが、それはとりもなおさず、自分が学び変わっていく世界であるからだ。このキャリアチェンジの世界では、人は新しい人と出会い、新しい考え方に触れ、新しい行動指針を得ることができる。これらは、一つの世界にとどまっていたのであればなかなか得られない世界である。確かに友人や職場の先輩、後輩等からいろいろ学ぶこともあるが、どうしても同じ環境下にある場合、類似した発想、行動規範に基づいたことが多くなる。これに対して、キャリアチェンジ後の世界ではこうした環境が一新される。こうした新しい世界を脅威と捉えず、なかなか得難い経験として自分の中に取り入れることが出来れば、キャリアチェンジが自分にとっての良い経験と感じられ、おどろおどろしいことに感じなくなくなれるのではないだろうか。

 確かに、今まであったこともないような人物に出会う事もあり、これまで簡単に事が運んでいたものが、運ばなくなることもあるかもしれない。選んだキャリアが仕事でなく、趣味の世界だったりすると、メンバーが目指すところがまちまちでまとまりをつけるのに苦労することもあるかもしれない。しかしそうした中で得られる経験が、これからの自分の人生の中で生きる肥やしだと思って、キャリアチェンジを楽しむことも人生の醍醐味かもしれない。

要するに、チャレンジ精神をもって、新しい環境を楽しむ姿勢で取り組むことが大事である。自分の意識を変化させ、飛び込めるのはチャンスがここにある。是非楽しんでいってみようと思う。

 

                                以  上

転職とは新しい革袋と思え

 

2024年4月21日 鈴木 友之

 

中高年の転職面接で戸惑う質問の一つに、「あなたのパソコンはWindowsだそうですが、当社のパソコンはマックですが、大丈夫でしょうか?」と質問された時に、どう答えるかだそうだ。Windowsとマックの違いを即座に気が付いて答えることができれば良し、はて何の質問かと戸惑う人が多いと聞く。

 

新しい革袋に入れば、当然新しい仕事の仕方だけでなく新しいオフィス環境があるわけで、フレッシュな気持ちで取り組む姿勢が必要だ。かつて企業の人事関係に携わった経験から、特に中高年の再就職の方々にはいろいろな姿勢がみられて興味深かった。なかでも極端な例には、何でも人事や総務に頼めばやってもらえるという感覚の人がいた。仕事の環境を整えるまではサポートするが、例えばコピーを取るのは自前だということを理解していない人がいた。最初の1-2か月は、丁寧に説明するが、人に頼むのが当たり前と言う感覚から抜けきることの難しさを感じた。

 

かつて、米国の現地法人を立ち上げた会社で、いろいろな会社から転職してきた人々が、新しいオフィス文化を作っていった経験を思い出す。偶さかかもしれないが、米国人の社長が、毎朝、コーヒーを入れに自らカフェテリアにやってきていた。秘書がいるにもかかわらず。日本企業から出向した役員の中には自室にこもっていて秘書にコーヒーを入れてもらうのを好む人もいた。。勿論、どちらが良くてどちらが悪いということでもないが、それまでの習慣を変えられない部分もあると感じた。半年もすると、自然と新しいオフィス文化が形成されていた。

 

大事なことは、自分流という、換言すると、前の会社で馴染んできた仕事の仕方が染みついてなかなか変えられない自分に気づくことだろう。会社ではチームワークが大切、パスプレーが出来なければ得点には結びつかない。即ち、自分のやりかたを捨てるのではなく周りとのスムーズなパスプレーが出来るよう意識のチェンジして、新しい革袋、ならぬ新しいオフィス文化に昇華させることと思うがどうだろうか。

 

以上

 

2024年4月20日

延川和治

 

四月、入社してすぐに、入社前に聞いていたことと違う、配属先が自分の希望に合わない、などとして、会社との妥協点も見いだせず、退職エージェントを通して、退職をしていく若者がそこここにいると聞く。

一方、自己のキャリアプランを立て、実践し、会社にとらわれず、むしろ会社を自己のプラン達成への足がかりや段階の一つとして利用し、キャリアアップを図っていく考え方の講習を大学で学び、実践し始める若者もいることも聞く。

人それぞれであるが、いつれにしても、若者には、これから、紆余曲折を経ながら成長発展していく豊富な時間がある。 

 

一方、キャリアの教育など受けず、サラリーマンとして一心不乱に頑張り、気がつけばサードキャリアに突入している御仁には、もうそんな時間はない。 

いや100年人生、あと30年あると言われる。 

けど、若者のこれからの30年と、我々のこれからの30年は文字は同じでも、中身は全く違う感覚がある。 成長の30年と衰退の30年。 どうあがいても変えようのない寂しい感覚。 もう終わりに向かう時間しかない。

 

なんとか組織の中で頑張ってきた。 定年、再雇用、契約社員、顧問契約、組織にすがってきた。 けど最近、周りの態度、言動、雰囲気から、もうご苦労様でしたを感じる。 皆の役に立つと思うこちらの一言が、もう要らん一言らしい。 周囲からの諸事連絡もれも出始めている。 連絡しておかねばならない一人にはもう入っていないようだ。 もう要らない人間らしい。

 

昔一緒に頑張ってきた先輩、後輩、同期も、今となってはバラバラ、どこでどうしておられるのか。 友好を暖める必要性・重要性を分かりながらも、眼前の仕事に没頭し続けてきて、気がつけば、自分は今、一人。

 

話をしている最中でも、人の名前がでてこない、言わなくてはいけないことを忘れてしまう、相手の話の中身をしっかり覚えている時間が短くなっている。 立ち上がろうとすれば、やれどっこいしょ、階段は苦手、歩くスピードは遅くなり、左右に揺れながら歩く自分を感じている。 目も見えにくく、ろれつも回りにくくなり、身体が、体力が衰えてきていることをはっきり感じる。 

 

これからどうするのか。 耐え難き孤独感。

 

こんな方々、

もう一度御自分を見直してみませんか?

御自分の今までのご経験、そのなかでの多くのご苦労、嬉しかったこと、達成感を感じたこと、 そんなご自身の今までを、コンサルタントにお話始められてはいかがでしょうか?

 

サードキャリアを考えるスタート。 

100年人生の残り30年、コンサルタントと一緒に考えてみませんか?

サードキャリアは意識のチェンジから

 

2024年4月16日 大圖 健弘

 現在、私たちはサードキャリアをどのように過ごしていくかについていろいろ考えている。実りあるサードキャリアを暮らしていくために、何を考えておかなければならないだろうか。こうした事を考えるにあたって、そもそもサードキャリアってどういう事だろうかという原点に立つことが必要だと思い当たった。筆者の認識では、サードキャリアとは今まである程度キャリアを積んできた人物が一旦そのキャリアを終了し、新た挑戦するキャリアのことだと理解している。ここで新たなキャリアは仕事でもいいし、趣味やボランティア等の活動でもよく、要するに人生100年時代に、生き生きと暮らしていくために何らかのキャリアを積み上げていく活動であると考えている。

 こうしたサードキャリアを充実したものにするために私たちが考えなければいけないことは何だろう。こう考えるときに、まずはこのキャリアに臨む意識をどのようにしていくかといいう事が大事なのかと思い当たる。これまでのキャリアでは、仕事にしろ、趣味にしろ、そのキャリアに打ち込み、成果を出そうとしていくことが多かったのではないだろうか。例えば仕事であれば、その仕事を全うすることで例えば新しい製品の開発、売り上げの達成、契約の締結といった具体的に目に見える成果を上げ、趣味であればコンクールでの入賞、展覧会での入選などここでも何らかの成果を上げ、人に認められる。これによってあわよくばさらに高いステージに自分を引き上げる、といった目標をもってキャリアに挑んできた方が多いのではないかと思う。

 しかし、サードキャリアの世界では、こうした成果中心の考え方ではなかなかやっていけない。第一、サードキャリアを開始する年齢は、早くともそれまでのキャリアを定年やそれに近い年齢でリタイアした後になる。人生の中いくら100年時代だからといって、この年齢になった時点で、若い時と同様に頑張ったら、健康的にも持たなくなってしまう。長くサードキャリアの中で充実するにはもう少し違った考え方が必要になる。また、サードキャリアを積み上げる世界は、必ずしもしっかりした組織とは言えない。このため、組織での上下関係や先輩後輩の秩序といったものは必ずしも大きな規範にならない。むしろ、水平的な組織的つながりであり、指揮命令ではなく、協調、協力で成り立つ世界であることが多い。こういった世界では、高圧的に自己を主張しても意味がなく、一緒に活動している仲間が、多彩なキャリアを経てきているので、「自分の所属していた組織ではこうだった」といったことを披露する「ではの守」などは全然役に立たない世界になっている。そうではなく、経験に裏打ちされた、普遍的な知識をお互い持ち合う事で、それぞれのメンバーが補完しあってお互いのキャリアを充実される世界である。こうした世界に足を踏み入れたことを十分に理解して、意識のチェンジを図っていく必要がある。

 これまで、自身の意識のチェンジについて考えてきたが、サードキャリアの歩みは周囲の人からはどう見えているのだろうか。これまで、所属する組織の中でそれなりの存在感を持って活躍してきたキャリアの方も、いらっしゃると思うが、こうした活躍はサードキャリアの中ではあまり評価されないかもしれない。全く知らない世界に踏み入れて新たにキャリアを積み上げていくわけだから、新しいキャリアの世界では新人である。加えて、年齢も重ねている。周囲からは、そういった外観がまず評価され、「この人はどのような人かな」とある意味、興味の的となって見られているかもしれない。この中であまり張り切りすぎても「年寄りの冷や水」とある意味奇異な目で見られ、逆に無責任な行動をとると「経験者のくせに」と非難されたり「これだから年寄りはダメ」などといわれもない烙印を押されたりする危険性がある。つまり、立場をわきまえて良識的な態度をとることが求められる。これまでとはやはり意識を変えて臨まなくてはならない世界に入りこんでいることが実感されるのである。

こうしたことをしっかりと意識の中において、サードキャリアを実りある中身に仕立て上げていきたいものである。

 

                                  以  上

 

サードキャリアがそれまでのキャリアと異なることは

 

2024年3月22日 鈴木 友之

 

 サードキャリアにおける大きな課題の一つに健康がある。セカンドキャリアに至るまでも健康は一番大事だが、その趣旨は健康維持にあった。しかし、サードキャリアの年齢になると、健康維持では済まない病気に直面することになる。特に基礎疾患の病気を嫌でも発症するという覚悟が必要だと思う。基礎疾患とは、呼吸器、心臓、腎臓、肝臓、血液、内分泌、悪性腫瘍、リウマチ・膠原病、等々にかかわる慢性の病気を指す。例外的に、毎年の健康診断で異常なしと言われる人がいると奇人扱いされるくらい、病気を抱えていない人はいないのが現状だ。

 

 そのような健康状態では、例えば風邪ひきで病気になったらまず休んで治し、治ったら再び働くというのではなく、病気の治療をしながら働く「共生」がポイントになる。病気の状態に耐えることも大変だが、それだけでなく病院に通う時間はとてつもなく長いのが現状、通う頻度も増えるだろう。例えば、慢性腎疾患が進行して人工透析となれば週に3回半日の通院を要する。病気の種類によっては、常に補助が必要な場合もある。それでも、仕事をする意味は何か、人それぞれにその意味を考え納得して、仕事に向かう意欲、向かえるだけの健康状態を確保することは重要だ。

 

 そのような病気の状態が普通のサードキャリアで、実際に発症した時の留意点を、3つあげたい。

1に、自分自身の病気をよく理解し、仕事を出来る条件を明確にして目標を設定すること。

2に、病気を周囲にも説明し理解を得て、良い仕事の成果に必要な協力をお願いすること。

3に、病気との「共生」を新たな生き方として受け入れて、明るく過ごす、よう努めること。

 

 この3つの留意点のうち、第1点と第3点は当然として行動しやすいと思うが、第2点は人によっては言い出し難い、或いは一種のアウトカミング的感覚で抵抗がある方もおられると思う。しかし、良い仕事をするには周囲の理解と協力がなければ成り立たたないのが現実であり、周囲の人も病気の人の実情を知らずに仕事ぶりや成果に不満を持つのではチームワークも成り立たない。詳細な説明が重要ではなく、病気の実態と仕事をする上での制約条件などを理解してもらい協力を得ることに目的に置けば、快く耳を傾けてもらえると思う。その説明する行動自体が、自分自身の意欲をより高めることにもつながると期待する。

 

以上

 

2024年3月22日

延川和治

 

人生100年と言われている。 けど本当のところ狙うのは健康100年では。

 

サードキャリアを考える年代になると、なにかと健康に問題を抱えてくる人が多い。

寄ると触ると健康の話になる。 どこそこで苦労しているとか、何が効くとか。

 

そうでない人も、日頃の生活の中から、身体のさらなる劣化に気づいている。 視力や筋力、記憶力などの低下、仕事をしていても、そのスピードの遅さ、資料を読む力の低下、面談中の物忘れなど、加えて疲労の回復に時間が若いときの2倍、3倍かかる。

 

身体が、無意識のうちにも、劣化してきていること、これがさらに続くであろうことは、

まず我々サードキャリア年代の現状認識のベースと思う。

 

筋肉はいくつになっても付くと聞く。 ただ20歳代200~300%付くと言われたものが70歳代では50~150%と半減するらしい。 一方劣化のスピードは何もしなければ、日増しに速くなるように感じられる。

 

1日1%の増加も、60日続ければ81.7%増に計算上はなる。 普段使わないところの柔軟性は落ちるも、使っているところはなんとか保てるのも実感にある。 若いときからずっと走っている人は、この年になっても走ることができるのではと思う。

 

普段が大事なのだろう。

お手軽トレーニングジムも増えてきている。 自宅での5分間トレーニングメニューの紹介記事もあちこちにある。 健康サプリメントもいろいろ。

 

サードキャリア作りと同様、健康作りに目標を明確化し、プラニングし、意識を変え、

必要あればリスキリングし、目標達成していくことも、サードキャリアをより充実したものにしていく支えになると思う。

 

サードキャリアと健康作り、この裏表二つに挑戦していきましょう。

 

 

以上

サードキャリアのキーワードは健康

 

2024年3月12日 大圖健弘

 

 サードキャリアを考えていこうとするときに健康について考えることを抜きには語ることは難しい。ミドルエイジまではどのような仕事についても、かなり無理もきき、自分の健康を気遣って仕事を考えたり、趣味の世界を考えたりすることはそんなに必要なことではない。しかし、サードキャリアを切り開いていく年代に至ると、健康は避けて通れない話題として登場する。よく3大疾病と称される疾患をはじめとした、身体の不調が顕在化するようになるのもこの時期からが多く、そのような大きな問題ではなくとも加齢に伴って体力が減衰し、昔なら無理なくできていたものができなくなったり、記憶力の衰え等、能力的な問題に気付いたりするのもこの時期であるかもしれない。

 本人の健康もさることながら、本人を取り巻く環境も大きな変化が起こってくる可能性がある。家族の加齢による変化が本人にも影響を与える可能性も考えられる。親の介護、家族の健康不安等、ここでもミドルエイジまであまり考えていなかった問題が少しずつ顕在化してくるように感じられる。環境という意味では、同級生など本人と同世代の人たちもその付き合いの中で健康を話題にするようになってくるのもこのころの特徴かもしれない。逆に言うとそうした健康の話題が付き合いの中で話題に上るようになればサードキャリアについて考えていく年代になったという事になるかもしれない。

 そこで、こうした環境下に差し掛かった中で、サードキャリアを充実したものにするためについて何を考える必要があるのだろうか。

①    無理をせずほどほどの活動

まず重要なのが、ほどほどの活動である。最初に考えたように、サードキャリアの活動を行う時期には、自分の状況がこれまでと異なってきている。これに気付かず、従来通りの活動をしようとするとどうしても無理をすることになってしまう。無理をすると知らず知らずのうちに健康に影響が生じる危険性がある。自分の体のよく理解し、ほどほどの活動に心がけることが重要である。

②    これまでと思考パターンに変化を

活動パターンが無理をしないものに変わってくるためには仕事にせよ、趣味にせよ、これまでと違う考え方で遂行する必要がある。特に本人がこれまで責任を一身に背負い、組織の牽引車として活躍されていたとすれば、そのままの姿勢でサードキャリアに入るとすると大いに無理が生じる。前項のほどほどの活動で継続的な活動を考えるのであれば、行動にあたっての思考パターンも見直し、組織を牽引するのではなく、組織をサポートしたり、組織内で潤滑油的存在になったりと一歩身を引いた形での活動を行ってはいかがかと思う。新しい組織にチャレンジする場合も責任を負う立場ではなく1メンバーとしての活躍を考えることが重要である。勿論、それぞれの立場における責任を果たすことはこれまでと同様であるが、要は気持ちの持ち方の変化が重要となる。

③    競争より協調

上記の様な行動はとりもなおさず競争中心の考え方から、協調の考え方への方向転換といえる。いかに組織員と協調して行動できるかがカギとなる。そもそもこれまでもこうした考え方の人生を送ってきたという方がいらっしゃれば、それはそれで継続していただければと思うが、これまで絶えず緊張の連続でキャリアを積み重ねてこられてきた方は、サードキャリアを考えるにあたって是非こうした方針転換を考えてみていただきたい。

④    環境への配慮

ここで環境というのは、地球環境の様な大きなテーマでなく、自分の周りを取り巻く状況である。冒頭述べたように、家族で会ったり、周りの人間であったりが生活に不自由を感じながら生活するような事態が訪れないとは限らない。これまでならば、ともすると、自分のキャリア優先でこうした周りの変化には目をつぶってきたことも多かったのではないか。サードキャリアを充実するものにするためには、こうした周りの健康にも留意しながら活動することが求められる。

 

健康にサードキャリアを送るための方策をここまで考えてきたが、そもそも健康を実現するためのサードキャリアの活動を検討される方もいらっしゃると思う。体を鍛える、体を整える等の活動を行おうという事である。非常にいい試みではないかと思う。しかし、この活動においてもやりすぎ、無理な活動は逆効果になる危険性がある。ここでも協調し、ほどほどの活動を継続的に行うことに心がけていければと思う。

 

                               以  上

サードキャリアを考える意義

2024年2月17日

延川和治

 

AIの普及速度はすさまじく、いろいろなところでAIの話を聞くようになりました。

そのAIがもたらす環境変化のスピードも大変速いと感じます。

これからは更に加速度が付いて、私達の環境はますます大きく変っていくことと思います。

 

100年生きる我々。 65才、70才過ぎても、まだまだ35年、30年あります。

無為に過ごすには、もったいない時間に感じられます。

でも、これからの環境は、いままでの環境ではないでしょう。 その早いスピードで変っていく環境の中で、我々高齢者は、これから生きていく充実感をどこに求めるのでしょうか。 

 

自分なりに喜びを感じ、それを他の人と共有できる世界、自分の能力を向上成長させ、目標を達成、社会貢献につながり、共に働くコミュニティの中で、お互いを認め合い、絆を結び、共に何かを創造していく喜び、そして健康作りの喜び。 そんな充実感を得られる場所がどこにあるのでしょうか。

 

先ずはお金が必要で、つべこべ言わすにまずお金と言う方も、あるいは、もうしんどいことはしたくない、ゆっくりのんびりしたいと言われる方もおられるでしょう。

 

つまり人はそれぞれ。 それを思うと、先ずはそれぞれが思う充実を目指し、それぞれの道を行く、それぞれの方がご自分の充実感を、それぞれに作りだしていく、この重要さを感じます。 必要とされるのは、おそらく、ご自身のご自身による自己クラフティング。

 

これには準備も必要、作りだして行く時間も必要、そして常にそれを意識することも必要。  自分の幸せを、充実感を得る為には、これからもボーッと生きている暇はないように思います。

 

今サードキャリアを向かえておられる方々は、会社貢献で育ってきておられる方が多いのではと思います。 激変の環境の中にご自分を作り出す準備もなく、この環境に入ってしまっておられるのではないでしょうか。 必死に貢献してきたその会社から離れ、個人がご自分を設計することが必要になっている環境に、準備する暇も無く入って来られているのではないでしょうか。

 

そのような方々が、どのようにご自分の喜び、満足、充実感を、これから得て生きていかれようとするのか、まさにサードキャリアを考える意義がここにあると思います。

 

以上

サードキャリアを考える意義

2024年2月17日 大圖健弘

 

 私たちは中高年のキャリアについていろいろ考えてきている。この中で、セカンドキャリアについて考えることについては、昨今の労働市場の状況や、個人の生活のための選択、あるいは自己のキャリア充実を図る上においても、近年多くの人がその意義を認め、実際に自分のセカンドキャリアについて真剣に考え、充実したセカンドキャリアを形成するためにいろいろな努力をされているように感じる。しかし、サードキャリアについて考えるといった場合に、何故それが必要なのかと疑問を呈する方も少なからずいると思っている。ここでは、いわゆる労働年齢と呼ばれる年齢期間中に何度か転職する場合のキャリアの事ではなく、ある程度年齢が経った時点での次のキャリアのことを指している。こうした時点でなぜ、次のキャリアについて、考えていく必要があるのだろうか。

 人によっては、「もうその時点になったらのんびり過ごすことが目標で、またここでキャリアを考えても意味がない」とか」「またこの期に及んで、あくせくキャリアのことを考える必要があるのか」という意見を持たれるかともおられると思う。しかし、一旦、本当にそれでいいか考えることが必要である。これまで、目標をもってキャリアを形成してきた方が、急にこれからのキャリアは考えなくてよいとなった場合に、人はどのように変化するのだろう。筆者には経験がないので明言はできないが、筆者の周りの人の状況を見ると、結構無気力になったり、活力が無くなったりしていることが多くみられる。ここでサードキャリアとは必ずしも仕事人生を指すのではなく、趣味でも勉学でも勿論仕事でも構わず、平たく言うと、自分の生きる目標であったり道筋であったりというものである。こうした道筋が明確でないと人はなかなか活力を見いだせられないようだ。この為、サードキャリアと名付けるかどうかは別として、自分のキャリアについて考えていくことは人生の活力を付ける意味で重要なことと考える。

 筆者は、それなりの年齢になったことから、地域の合唱グループに入っているがここでも、それぞれのメンバーが目標を持ちながら活動をしている。そしてこうして目標をもって活動している方々は、年齢を重ねても、活力が見られ若々しい人が多い。自分が生き生きと暮らしていくためにもサードキャリアについて考えておくことは重要である。考えてみると、のんべんだらりと老後を過ごしても、目標をもって同じ老後を過ごしても時間は同じように経過する。しかし、目標なく過ごしていった場合、人生の終焉において「果たして自分は何をしてきたのだろう」と後悔することになる危険性が高い。そうした時にはもう遅い。

 「少年老い易く学成り難し」ではないが、サードキャリアを考える年齢になった人はもっと老い易く、残された時間はそんなに長くない。自分に与えられた時間を有効に過し充実した人生にするためにも、サードキャリアについて、是非、具体的にイメージし、それを実現するための道筋、手段、使える資源等について日頃から考えていくことが重要であるように思う。    

 以前にサードキャリアについて居場所を見つける、現役時代から次のキャリアを考えることについて述べてきたが、こうしたことはすべて、サードキャリアを実り多く過ごすための手段になっている。そして、それは充実した人生であったと最終的に思えるための布石である。是非、こうしたことを念頭に置いて、サードキャリアについて考える方が増えることを願っている。

 

                          

                                 以 上

サードキャリア、人生のフロンティア

 

2024年2月15日 鈴木 友之

 

 仕事のキャリアを考える時、企業に勤める者にとっては定年までをファーストキャリアとしている。定年後は、同じ企業に再雇用で働く、別の企業に再就職、或いは個人事業主等で起業することをセカンドキャリアとしてきた。このセカンドキャリアは、年金制度で年金受給開始する65歳を節目に考える人が多いが、70歳まで繰り下げられることから70歳を節目に考えている人もいる。そのあとは、年金受給を織り込んで、別の仕事をしたり、資産運用で生活を支えつつ、人それぞれの価値観と健康状態、老々介護といった家族の事情などに応じて様々なのが実態であり、総称してサードキャリアと称することにする。70歳過ぎても働くのは生活維持のためとかやむを得ない事情でするものという受け止め方をする人々もいる。

 

 では、サードキャリアでの仕事は「やむを得ない」という受け止め方で良いのだろうか。ライフキャリアと言う観点から言えば、仕事は人生の大きな時間を占めるが、時間の過ごし方で言えばいくつもある中の一つであって、ライフキャリアのすべてではない。例えファーストキャリアにおいても、ライフキャリアは仕事だけを指すのではなく、仕事以外の時間をどう過ごすか、趣味や家族との時間はどうか、それらは仕事との相互関係があり仕事の成果に影響する大きな問題でもある。

 

 サードキャリアを考える難しさの背景には、自分自身の経験を織り込んで考えると、仕事を選ぶにも、年齢と共に発症し易くなる基礎疾患含めた体力と、ストレス耐性といった精神の両面での健康問題からの制約があると考える。例えば、大型トラックの運転手は、かつては体力的制約が大きく、体力のある男性の世界だった。いまではパワーステアリングやパワーブレーキの進歩、トイレといった労働環境の改善から、体力のある男性の職場というバイアスが下がり、中高年男性や女性も多く働くようになってきている。しかし、70歳以降については、基礎疾患含めた体力だけでなく精神的にストレスの多い環境での耐性が低下する傾向は無視できず、年齢と共に仕事の種類は減少してくる。

 

 それは、老人は死なずとも消え去る存在、ということだろうか。そんなことはない、ライフキャリアと言う観点に広げれば、体力やストレス耐性と言ったハンディを乗り越える活動の分野を切り開くことはできる。かつて人生60歳、長生きする人で70歳、女性なら80歳、というのは昔の話。その時代には70歳以降の時間の過ごし方のノウハウがなかっただけ。人生100歳の時代には70歳以降の過ごし方を、「ライフキャリア」と言う観点から、新たに切り開くべき人生のフロンティアなだけだ。

 

 では、どのように切り開けばよいか、新卒での就職では、或いはセカンドキャリアでの再就職や起業で考える視点に挙げられる3つのキーワード「Will、Can、Value」において「ワクワク」を手掛かりにすると良いことは、サードキャリアでも同様だ。ただ、その時にサードキャリアでは考える仕事を収入につながることに拘らなければ良い。もちろん、収入を得てはいけないということではない。いまや複業(not=副業)の時代、収入を得る方法は多様だ。視点は最近のテレビドラマで取り上げられている東京ブギウギの歌詞に「こころズキズキ、ワクワク」だ。単にワクワクでなく、こころにズキズキと突き刺さるくらいのワクワクなら、体力の衰えた身にも行動を促す推進力になるだろう。ワクワクには種類が3つある。一つは経験の中からのワクワク。2つ目は未経験ながら人がやっていることでやってみたいと思うワクワク。3つめは、誰もやっていないことだが、ふと思いついたやってみたいとワクワクする事。この3つめにチャレンジすることは未知へズキズキしたワクワクがあり魅力的だ。ニューヨークの弁護士たちが始めたというプロボノはこの好事例だ。70歳以降は先人で歩いた人の少ない世界、人生のフロンティアなのだから、誰もやってないといって躊躇することはない。先陣として、失敗も経験のうちとチャレンジして、後輩の選択肢を広げようではないか。

 

以上