サードキャリア世代と家族の健康

 

2024年11月2日  大圖健弘

 サードキャリアを考える年になってくると、自分自身を取り巻く環境も今までと変わってくる。勿論自分自身もある程度の年齢になってくるし、家族もそれなりに年齢を重ねてくる感じになる。家族といっても、夫婦や子供たちだけではなく親が存命であればそれこそ、高年齢者であり、何らかの支援を自分が行っていかないとならないことも多くなってくる。

 このような中で、サードキャリアにこうした家族の健康がもたらす影響について少し考えてみたい。セカンドキャリアを過ごしている時期は多くの方は、自分の健康にも、家族の健康にもそんなに気にしないで過ごしてこられていると思う。健康ということが所与の条件のもとに自己が成長し、あるいは自己が望む目標に向かってある意味、不自由なく邁進し、成果を上げることができてきた。たとえ、家族が健康を崩すといっても、普通の場合は通院等で済むことが多く、日常活動の支障になることはそんなに多いことではない。しかし、サードキャリアを歩む時期になると、自分自身の健康にも陰りの見える人も出て来はじめ、それだけではなく家族の健康にも気を使わなければならない可能性も大きくなってくる。サードキャリアの世界はこうした制約条件の中で、個人が何を目指し、どのようにその条件と折り合ってキャリアを積んでいくかを考える世界であるかもしれない。

 この中で、自分の健康についてはまだしもそれぞれの個人が気を付け、あるいは鍛錬すること等によって管理することが可能で、また、損ねたからといって自分のことだから、という意識がある為、それが自身の行動内容に影響をもたらされても、さほど意識的な負担にならず、過ごしていけるかもしれない。事実、筆者も食事等の制限を受けているがそれがサードキャリアを積んでいく過程で大きな障害に感じることはない。しかし、家族の健康の問題となるとなかなか厄介である。勿論、家族の中のどの存在の健康かということや、その程度によっても随分違いがあるが、いずれにしても、まず、自分自身がコントロールできないということが大きな課題となる。家族が健康を損ねると、時間的にも、金銭的にも自身が管理できないところでの問題となり、行動が制約される可能性が高い。今まで何も気にしていなかったことが、急に重くのしかかってくるのである。筆者が所属している合唱のサークルでもメンバーに高齢者が多いため、配偶者が介護を必要としているためなかなか練習に参加できないといったことが、結構話題になり、それぞれのメンバーはそういったことに対処しながら活動している。勿論、配偶者ではなく親の面倒で、制約を受けるといったことも逃れにくい課題で、特に遠隔地の高齢の親を抱え、その面倒のために時間も金銭的な負担も大きく降りかかってくるということはよく耳にする問題である。

 私たちは、こうした問題がサードキャリアを歩んでいくときには避けて通れないものだということをなるべく早い時期から認識し、例えば、セカンドキャリアを選択する時においても、サードキャリアを歩むころはこうなっているということを考慮しながらその行動について考えていくことも必要なのではないだろうか。日頃、なかなか考慮されない事項であるが、一度立ち止まってこうしたことにも目を向けてみることも、人生100年世代に実りあるサードキャリアを過ごすために有用かもしれない。

 

 

                              以    上

親の健康、介護

 

2024年10月31日 鈴木 友之

 

 家族の健康や介護の問題には、親だけでなく子供や兄弟についてもある。特に大変なのが子供の介護やケアが必要なケースがあげられる。一人で抱えるのでなく周りの支援、特に学校や地域、勤め先の理解を得てサポートを得ていくことが肝要だ。そのようないろいろな問題の中で、セカンドキャリア、サードキャリアになると、特に親の健康や介護、所謂老々介護の問題が大きく浮上する。

 

 実際、私自身も親の介護に直面したのはセカンドキャリアのころだった。母親は元気だったから日常的な介護は母親が見ていたが、それでもひとりではとても面倒を見切れないから、それまでのマンション住まいから同居に引っ越した。妻はフリーランスの日時を調整して手伝い、私も時に車いすでの散歩や通院などをした。もちろん、母親の介護疲れを軽減するために地域のデイサービスのお願いもした。父親が他界して介護の必要が無くなった時には、今度は母の介護が始まった。父と母の二人同時に介護が必要になったのでなくて随分と救われた。母は人の世話になりたくない気持ちが強かったから随分と一人で頑張っていた。しかし、女性に多いといわれる腰椎圧迫骨折をした後からは動くのも大変になり急速に衰えを感じるようになり、日々の食事の準備だけでなく入浴などのいろいろな動作も厳しくなり、急速に衰えて息を引き取った。

 

 一方の妻の両親は我々夫婦の住むところから飛行機か新幹線で5時間かけて訪ねるところに住んでいた。両親二人で生活していたもののサポートが必要になってからは、地域のケアサービスにお願いするようになった。私がサードキャリアに入ったころに、日常のすべての動作に二人ともサポートが必要になった。妻の妹と妻がひと月交代で同居してサポートをするようになった。夫である私と妻の妹の亭主も、それぞれに1週間くらいは実家に行って力仕事などを行った。そのような日々が数年経ったところで、妻の母は胃がんに罹っていたが、これが進行して入院してから間もなく他界した。そうなると父親一人となり、母親が担っていた食事の準備や入浴等を妻の妹と妻が交替で同居して行うことになった。しかし、とても母親がしていたようにはサポート出来ないと限界を感じて父親に相談。幸い、認知症はそれほどではなかったから、妹と妻の困難な状況に理解を示してくれて、我々が住む地域の老人ホームに転居することができ、老人ホームで最期を迎えた。

 

 ながながと私たちの両親の健康と介護の経緯をご紹介したが、幸いにも両親4人の介護が順番に発生したので、大きな波乱や困難もなく乗り越えることができた。もし二人以上が一度に発生したらと思うと、とても想像できない困難があったに違いない。地域の介護サービス等の基本は同じでも、個々の事情をよく説明して相談していく必要がある。自分の時にはそのような事態にならないよう、子供たちにも自分が親の介護をどのように工夫したか話して、自分が自律的な生活を目指しても、どうしても出来ないことに何があるか想定して、その時にどんなサポートして欲しいか整理して一緒に考えるよう始めている。

 

 これは、つとに言われている終活の始まりだろうと思う。その中には、大きく健康上の問題、特に介護が必要になった時にどのようにサポートをして欲しいのかといった問題から、延命治療といった問題への考えも整理して、配偶者は勿論、家族にも相談する形で伝えることが重要に思う。

 

 私自身は、その手始めに、まずはXデイの連絡先、手続き書類の保管状況といったことの整理から始めている。また、健康管理面から病気の現状とかかりつけ医のリストや、いろいろなネット会員登録のIDとパスワードなどのデータを、随時更新する様に一層心掛け始めた。

 皆さまは、どのようにお考えだろうか。

 

以上

2024年9月29日
延川和治


サードキャリアで、超えるのが大変難しい壁の一つに「周囲の目の変化」があると思います。自分は従前と変わりなく、あるいは、従前から積み上げてきた力を発揮し、あるいは発揮しているつもりでも、ある日突然に、周りの人から、従前とちがう自分が今ここにいることを教えられることがあると思います。

それまで良く慕ってくれていた周りの人が、自分を見る目が変ります。 年老いたね、無理する必要はないよ、身体壊すといけないから大事にしてね、とか。
確かに物忘れは日に日に多くなるようにも自分で感じ始めるし、話をしていても、名前が出てこない、適切な言葉がでてこない、他人の話を聞く集中力が続かない、など自分で自分が老いてきていることを感じてはいます。 でも、だから何、と思う自分がいると思います。

一方、「周囲の目」が気になる気持ちもなんとなく大きくなってくるのも、正直なところではないでしょうか。 自分もこの歳になり、まあもういいかと。 でも、なんとなくいまいち納得が。

体力、気力を出し切った、引退すると納得されておられるなら、それはそれでいいと思いますが、もやもやされている方には、「あなたの人生はあなたのもの」「人生は旅、他の人とどうのこうのではない」「自分はやれる」「自分の次のページを開くことができるのは自分しかいない」などの言葉はいかがでしょうか?

同年の人と話をして、その人が実にのびのびとその人なりのサードキャリアを進めていることを知ると、羨ましくもあり、それに対して自分はなんとも、と思い、落ち込むこともあるかと思います。
けど「あなたのサードキャリアを作るのは、あなたしかいない」、落ち込んでいるだけでは何も生まれない、また次への挑戦を再開してと気を取り直すのはいかがでしょうか?
他の誰のものでもない、ご自身のキャリアですので。

 

以上
 

自分が見る自分と周りが見る自分のギャップ

 

2024年9月28日 鈴木 友之

 

仕事に限らず、日常生活や外出する時などでも、若い時の様には行動出来ない。体調良いにもかかわらず変化を感じた第一の経験は、電車の乗り換えの所要時間の問題。外出する際に電車を利用する時は、「乗換案内」で乗り換え時間を調べる。以前は「普通に歩く」に設定して乗るべき電車を検索していた。すると、人込みの中や階段を徒歩で移動するような場合、乗るべき電車に間に合わないことがあった。2,3回失敗を繰り返して、気づいた。乗り換えの所要時間が以前と違って、ギリギリなのだ。その問題に気づいてからは、「ゆっくり歩く」に設定を切り替えて、余裕をもって乗り換えることができるようになった。

 

 仕事でも、以前は複数の仕事を並行してするのは当たり前だったが、今では、一つの仕事が一段落してから次の仕事へと順番に取り組まざるを得なくなった。作成する資料の仕上がりまでの時間に余裕を持たなくてはならない。並行処理が出来ないことに加えて、誤字脱字などのケアレスミスも多くなっているので、確認時間に余裕を持つ必要が前以上にある。ということは、仕上がり予想時間を伝える時に、余裕を持った時間を織り込むことが肝要になった。本人は大変申し訳なく思って伝えても、周りはそう理解していないようだ。「それで大丈夫ですか? もう少し余裕をもって良いですよ」などどいたわりの言葉が返ってくる。それではと、相手の言葉に甘えて余裕をたっぷり持つようにする。そうすると、今度は余裕がありすぎて、取り掛かりが遅くなる。まずは、コーヒーを飲んでからと一服したりする。結局、余裕のあまりない状況になるのは困ったものだ。ゆったり時間のリズムに体内時計も変えなければ。

 

 自分の仕事の終わり見込みを人と打ち合わせる時に、相手はどのようなことを根拠に時間に余裕を見てあげようと思うのだろうか。想像するのは、パソコンを使っているにもかかわらず誤字脱字が多くなったといったことだけでなく、もっと日常的な話し方や行動に変化を感じ取っているのではないだろうか。確かに電車に乗った時、突然に目の前で座っている若い人から「ドウゾ!」と席を譲られたことが何度かあった。妻に、その経験を話して「そんなに老けて見えるかなー?」と問うと、「そんなことはないわよ、まだまだ10歳は若く見える」と励ましの言葉と思しき返事がくる。「ハテ?」「そのような励ましの言葉自体が年取ってきたと見ていることの裏返しではなかろうか?」と疑心暗鬼になる。

 

 そこまで考えて気がついた。年寄りに見えるとか、席を譲られるのは不本意だ、などと思うことは、自身の気持ちはまだ若い証拠。そうだ、以前のペースで行動できなくても、少しでも行動スピードを維持しようという気持ちだけでなく、実際に無理のない運動や読書・趣味をして、体力と思考力を「それなりに」維持しよう。一方で、周りの目の変化を味方にして、余裕をもって行動して、体力・思考力のありたい気持ちと現実のギャップを少しでも埋めようと考えた。

 

 以上

キャリアチェンジと周囲の目

 

2024年9月27日 大圖健弘

 キャリアチェンジは本人の意思決定に基づくもので周囲の目を気にしながら行うものではないことは言うまでもないことである。この中で周囲の目について考えることにはどのような意味があるだろか。実は、キャリアチェンジをする度に当然のことながら自身の取り巻く環境は変わってくる。この中で周囲の目といっても、その周囲はそれぞれ違うメンバーであり、そういう意味では周囲の目(例えば周囲からの評価等も)もリフレッシュされる。周囲の目を意識する場合、こうした周囲の環境が変わることを認識しながら考えていく必要がある。又、これまで幾度か触れているように、サードキャリアの世界ではこれまでのキャリアと違って、個人の目標とするところも変わってくるし、その属する組織の目標も今までのように一様ではなく、所属するメンバーによって考え方が様々になってくる。この為、この世界では、評価基準もメンバーによってさまざまである可能性があるし、当然のことながら自分自身と異なっていることが多い。

こうした環境下において周囲の目について意識する必要は何であるかを考えてみたい。まず、組織に共通の目標がないわけであるから、目標に対して何か突き進んでいる姿勢を評価される必要性は少ない。勿論、短期的な目標(例えば、その組織がある時までに開催を予定しているイベントのような目標)を成功させるために積極的に参画することは、共通の目標がある為、重要なポイントである。しかし、それとても、これまでのキャリアの世界のように我武者羅に頑張っているところを評価される必要はないかもしれない。むしろ、周囲の足を引っ張らない程度に頑張り、メンバーと一緒にこの短期的な目標を達成できるように行動することが必要とされるようである。こうして考えるとこういった短期的な目票達成の場面においても、目標達成への積極的な姿勢より協調性やメンバーの和というものへの理解が重要になっている。これまでのキャリアの世界で、売り上げや利益、変革といった組織目標の設定とその達成に対するひたむきな姿が評価される周囲の目とは明らかに違う周囲の目がここに存在するように思う。

こうした周囲の目の中で、自分がうまくやっていくための行動とは何かを考えた場合、これまでのキャリアの場合以上に、組織のメンバーに目を向け、協力して組織を盛り上げていくことはないかと思う。これまでも、そうしてきたと考えてられる方も多くいらっしゃると思うが、これまでのキャリアの中では、組織に共通の目標があり、その達成のためという枠組みの中で、協調性を持って行動をされてきた方が多いと思う。しかし、サードキャリアの世界では組織の目標をして考えるものが、メンバーによって異なって認識されている。この中で、協力して組織を盛り上げるためには、各メンバーそれぞれに注意を払い協力的に行動していく必要がある。それと共に、自分自身も、このキャリアを選択してよかったと思えるよう、サードキャリアの世界を満足されるように行動することも重要となる。こうして、今までと違い多様性を重視し、幅広い観点で自分の行動を考えていくことが必要になるのではないだろうか。

 よく、若い頃「尖がって」いた社員が、年を取って違うキャリアに入ったのち、元の仲間から「随分丸くなった」とか、「人が変わった」とか言われることを耳にすること太がある。これは勿論、年を取って体力、気力その他の変化から性格的な変化がみられるということも多くあるのかもしれないが、今回述べたように、これまでと違うキャリアに入って、考え方が大きく変わることによる、行動の変化もあるのではないだろうか。

皆様も、是非、キャリアの変化による周囲の目の変化とそれに対応した、個人の行動の変革に就いて一度考えてみてはいかがだろうか。

 

                              以   上

 

 

 

サードキャリアでの地域の交流

 

2024年8月24日 鈴木 友之

 

 仕事以外も含めたライフキャリアと言う観点において、サードキャリアにはいると仕事の比重は減るとともに仕事関係の人々との交流も減り、相対的に地元で過ごす時間が増え、居住地域での活動と交流の機会が多くなると思う。私自身と知人の範囲で知る事例を4つ紹介して、セカンドキャリアまでとの違いを抽出してみたい。

 

 私事から始めると、偶さかの縁で町内会の組長を引き継ぐことになった。前任者が急逝されたためなので引き継ぎ無しで始まった。町内会長から町内会の目的と年間行事予定、組長の役割などの説明を受けて確認しながら仕事を始めた。仕事自体は難しいものではなく、時間的にもさほど取られることもなく順調に始められた。しかし、町内会の役員や組長との交流に戸惑った。実にいろいろな人がいる。男女、年齢は様々。自己紹介で言及はしないが生業とする職業や退職者の職業経験も様々と推察され、それぞれの価値観も大分違う様だ。それでも、皆でにこにこと浅い交流を続けている。そのようなメンバー構成の中で、町内会においては主に中年齢層の女性からの発言が多いことに気づく。内容も具体的な根拠を示しての納得感のある説明。それだけ日常的な町内の課題に目が行き届いている証拠と思う。結果、ファースト及びセカンドキャリア時代は、平日朝に出勤して夜遅くに帰宅する生活からは知りえなかった地元を改めてみる視点を数多く戴いている。それをどう組長としての活動に生かせるか、更には自分のライフスタイルに繋がるか分からないが、組長を続けていこうと思う。

 

 音楽を趣味にしている知人の事例。彼は音楽の趣味はエレクトーン演奏だった。定年後の活動として、それまで歌ったことはなかったが、地元のコーラス団体に参加してみた。メンバーがみな高齢者というだけでなく、多くが歌の初心者ばかりで気後れすることなく参加できた。持ち前の人懐っこさもあり、いろいろと教えを請い行動し、気づいたらグループに溶け込んでいて、数年後にはメンバー最年少にも拘らず団長に推薦されて、現在に至っている。

 

 市民農園で野菜作りを始めた知人。ゴルフが趣味で毎週のようにゴルフに出かけていたが、それだけではと市民農園を借りて野菜作りに挑戦した。野菜作りには中々の難しさがあり、同じ市民農園を利用する周りの人たちに教えてもらいながら一歩一歩学んでいった。野菜作りは毎日の面倒見が大切で、気づいたらゴルフからは遠のき、毎朝早く市民農園に行く日々。野菜の世話をした後は、野菜作りを話題に周りの人たちとのお茶する仲間に入っていた。今ではゴルフ会員権も手放して野菜作りに専念している。お陰でゴルフでのプレーの良し悪しに影響された一喜一憂はなくなった。一方で、野菜作りの研究と工夫を重ねる中で仲間と話し、新鮮でおいしい野菜を食卓に提供し、安定した生活リズムも出来て、体調もメンタル的にも快適な日々を過ごしているという。

 

 最後に仕事に繋がった事例を。ある知人Aさんは定年後、再就職せずに町内会に参加した。活動では、いろいろな役割を選り好みせずに積極的に引き受けていた。そのような活動を見ていた町内会長が、ある時、会長の知人でいくつかの保育園を経営する経営者から、新しい保育園長を探していると相談された。町内会長は即座にAさんを思い浮かべて、声をかけた。Aさんはそれまで管理職経験はあったものの保育園は全くの門外漢で躊躇し、奥さんと相談した末に、清水の舞台から飛び降りる覚悟で引き受けた。実際に園長の仕事に就いてからは、戸惑いながらも持ち前の積極性を発揮して保育園経営者の指導を受け、他の保育園長に相談して、管理職としての人との接し方や計数管理などの経験を生かして1年後には立派に安定軌道に乗せることができた。

 

 いかがでしょうか。4つの事例を紹介しましたが、その中で見いだせるサードキャリアの道を進むうえでの大切なことは何か?

 私が考えるには、サードキャリアで地域との交流に軸足が移っても、やることはセカンドキャリアまでと変わらない、未来志向に支えられたPDCAに替わる「インプット、アウトプット、振り返り、新たな行動」と思いますが、皆さまはどの様にお考えでしょうか。

 

 以上

2024年8月23日

延川和治

 

皆様がこれから迎えられるサードキャリアでも、独りよがりではなく、社会とつながり、周囲のニーズに応えて、まわりの方々の笑顔を、日々一緒に見られるキャリアを送りたいと思われておられるのではないでしょうか。

 

一方、ファーストキャリア、セカンドキャリアと進むにつれて、環境もかわり、置かれる立場も変化、肉体的精神的体力も減少し、自然と他人との接触も少なくなり、自分の活動範囲が以前とくらべて相当に狭くなっていることに気付かされる方々も少なくないのではないでしょうか。

 

御自分でその変化を意識され、交際関係を維持され、培われてこられた幅広い人脈を活用されている方々は、その普段の積極性とともに、サードキャリアでも、おそらく御自分のご希望に向かって、周囲の方々と一緒に、邁進されておられるのではと想像します。

しかし、そうしたいけれど、なかなかできない方々も大勢おられるのではないでしょうか。

 

コンサルタントからも、御家族、友人、元同僚、元客先、元仕入先、これまでに出会われたいろいろな方々を振り返られ、接触されてみられることをよく勧められるかと思います。 これはこれで良いと思いますが、結果、御自分のこれからに対して、なにか物足りなさを感じられることも多いのではないでしょうか。

 

御自分の独自の判断だけでなく、いろいろな方々との接触を通して、世の中の動き、ニーズの変化、いろいろな考えなどを得て、総合的に判断し、これからのサードキャリアの展開を、より実のある物に進めて行かれたいご希望は、何とか工夫して叶えていきたく思います。

 

そのときの盲点になっている情報源に、区議会議員があると思います。

サードキャリアを組み立てていくときのいろいろな情報を得る助け、キャリア展開の場所・必要な協力者との繋がりなどを得るのに有効な接触先と思います。

お住まいの場所によって市議会議員、町議会議員などとその呼び方は変ると思いますが、

要は、お住まいの地域の課題を知り、人脈をもち、相談者の相談に乗ってくれる意思や姿勢のある人達(議員)です。

 

現に、サードキャリアとして英会話教室を開こうと思い立った元商社マンが、区議会議員に相談を持ちかけ、英会話教室の教師の紹介、教室の開催場所の紹介を受け、開催に漕ぎ着けた実例を見ています。 その商社マンはその区議会議員だけに頼った訳ではないのですが、依頼をうけた区議会議員は、その顔の広さから、別件で接触がある人達に、このような教師ができる人を探している、このような場所を知らないかなどと、機会有る毎に聞き、そこから得た情報を元商社マンに流してくれ、最終的にそれら情報が開催のカギになっていました。

もちろん区議会員本人にもよるとは思いますが、このように協力的な区議会員もいるということは、一つのご参考になるかと思います。

 

このような区議会議員に加えて、「おしごとカフェ」と称して、職業紹介ハローワーク、キャリアカウンセリング、各種セミナー、メンタルケア相談など行っている区もあります。

またこれらを通して、コミュニティへの参加もご希望されれば、紹介を頂けるようにも感じます。 

御自分の情報ソースが狭まったと感じられている方々、今お住まいの地区の議員をご活用いただくのも一手かと思います。 試されてみられては如何でしょうか。

 

以上

サードキャリアと地域のかかわり

2024年8月22日  大圖健弘

 

 セカンドキャリアの活動を終え、あるいはセカンドキャリアの活動と共に、新たにサードキャリアの活動を考えた場合、地域の果たす役割はかなり重要なものになるかもしれない。特に、その活動が、ビジネスではなく、趣味や社会活動といった活動であった場合には地域の果たす役割は大きなものになることは容易に想像される。

 社会活動では、身近なところでは地域の自治会活動から、それを基にした、コミュニティー全体にかかる活動、趣味に関して考えると、絵画や写真など、芸術関係では絵画教室や写真サークルでの研鑽といった、初歩的なことから、それを基にした展示会、展覧会への出品など自分のキャリアを深める機会の獲得等、音楽関係では声楽、器楽に関する合唱、合奏における研鑽やそれを基にした演奏会活動、その他、学問や文学等においても、自分一人でキャリアを深めることももちろんあるが、その結果を発表する機会の獲得や、研鑽内容に関する仲間とのコミュニケーションの機会等キャリアを深める活動がサードキャリアの活動として考えられ、これらは結構地域の仲間を通して行われることが多く行われている。セカンドキャリアまではビジネス領域で活躍されてきた方にとって、今まで地域の方々と触れ合う機会が少ないことが多く、サードキャリアで地域の方々と付き合うことになるといってもピンとこないこともあるかと思う。かく言う筆者も、ある時期まで、地域との付き合いといっても見当がつかなかった。しかし、ある年齢になって、地域の合唱サークルに加入してこうした活動の在り方に気づかされた。ここで注意を要するのは、地域というのは、必ずしも隣近所という意味ではなく、もう少し広い幅で考える地域であるということだ、例えば居住している市域、あるいはもう少し広いエリアが地域として考えられる。いわばこれまでの職場という付き合いではないということを指していると考えてもいい。

 こうした地域の仲間とサードキャリアを重ねていくために、重要な考え方の変化は何であろうか。特に、今までのキャリアの考え方の違いを考えておく必要があることは何かを考えてみたい。

①    これまでの経験は役には立つが歓迎されない。

   これまでのキャリアの中で個人個人が果たしてきた役割、その経験はもちろん個人     の活動に生かされるが、これを地域の活動の中でひけらかすことは全く歓迎されな  

   い。セカンドキャリアにおいて前職での経験を自慢げに語ることを「ではの守」と

   いって避けるべきこととされていることはよく聞くが、このサードキャリアの世界

   では、活動する分野も今までと異なり、また多様な経験を経たメンバーが集まって

   いる世界であるので、セカンドキャリアの世界以上に今までの経験を自ら語って何

 かを行うことには注意を要する。勿論、組織に課題があるというメンバーの共通の

 認識があり、その解決のために自身の経験が生かされることが明確な場合は、歓迎

 されるかもしれないが、それとても、同様の経験を持っているメンバーがいるかも

 しれず、積極的に開示するのではなく、周囲を見渡しながら、控えめに開示するこ

 とが望ましいのではないかと思う。

②    構成メンバーのゴールは必ずしも一致しない。

  セカンドキャリアまでをビジネスの世界で過ごされている方々であれば、活動の

 ゴールが利益貢献であったり、売り上げ極大化であったりという組織目標であるこ

 とが多く、構成メンバーの目指すゴールなりベクトルが同一の方向であることが多

 いと思うが、サードキャリアの世界では必ず下そうとは限らない。同じ趣味の世界

 でもあっても、ただ、その団体に属して研鑽を積めばいいと思っているメンバーも

 いれば、例えば展覧会で賞を受けることを目標にしているメンバーもいる。それぞ

 れ、思惑が違うのでそうしたことを前提に考えて付き合っていく必要がある。それ

 ぞれのメンバーが互いにほかのメンバーを認め合いリスペクトして活動することが

 必要なのである。

③    独りよがりな活動は法度

  上記とよく似た話であるが、「自分がこう思う」ということだけでの行動はご法

 度である。サードキャリアの世界ではメンバーの経験だけでなく年齢等も必ずしも

 同一のグループではないことが多い。この為、自分ができることでも他のメンバー

 には難しいこと、逆に自分には無理と思っても他のメンバーでは簡単にできること

 等、自分の物差しで測れない事柄が多く存在する。こうしたことを考えると独りよ

 がりな考え方、行動はサードキャリアの世界では全く用をなさない。

 

  要は今まで以上にキャリアにかかわる人たちのことを大切に考え、行動することが重要なのである。こうしたことは、今までのキャリアの世界でも、よく注意を喚起された事項ではある。しかし今までのキャリアの世界では組織の目標やゴールといったものがとても大きく、重要で、メンバーの人間関係のようなものは、ともすれば矮小化される傾向が強かったのに対し、サードキャリアの世界では組織の目標等といったものが非常に相対化されることになり、それよりもメンバーそれぞれを重要視しなければならない環境になるという大きな変化があり、その世界に入っていく我々はその変化に気づき、対処していくことが重要な意味を持ってくる。今まで地域という異文化とかかわってこなかった者にとってこうした変化はなかなか対応しづらいものかもしれない、しかし、その世界に慣れてみると、自分を相対的に見ることができるようになったり、今まで考えてもみなかった発想を得ることができたり、なかなか自分の中に有益な経験をすることができる。是非、地域との交わりをうまくキャリアに生かしていきたいものである。

 

                              以   上

 

 

                                  

2024年7月26日
延川和治

 

どの世代であっても、キャリアを形成していくときの重要な要素の一つに、アンラーニング(Unlearning)があると思います。
ここではアンラーニングを、自己認知の取捨選択(learn to give up)と、これからへの学びと定義したく思います。

一人一人には、置かれている環境の変化が、常にあります。 年齢、年代、時代の変化、あるいは市場の変化などの時間による環境変化、また配置換え、昇進、転勤、異動、転職、退職などによる物理的環境変化が、あると思えます。

この環境変化に対応して、自分のキャリアを作りあげて行くのに、今までに習得した知識、価値観、判断基準などを、洗い直し、取捨選択、これからの自分に不要なものは捨て、必要な物を学んでいくということがアンラーニングと理解します。

いわば環境の変化に対する対応能力で、非常に重要な要素と思いますが、これが実行は、言うは易く、行うは大変難しいと思います。 特にキャリアが進んで、セカンドキャリア、サードキャリアを考えるに従い、難しさが増大してくると思います。 ご自身の意識(無意識)のなかに、ご自身の環境理解、その理解に基づく判断にいままで間違いがなく、これでやってきて実績を残している、何もいまさら変える必要がないとの意識(無意識)を強く持たれている方々には、このアンラーニングのご理解・実行は大変むずかしいと思います。

いままでに経験され、築き上げられてこられたことが、ご本人の強みと言われます。
この強みが、これからも強みとなるのでしょうか?
これが、アンラーニングの最初の質問と思います。 

ロボット、生成AIの活用、等進み、今まで従業員だけを対象に生産性を上げてこられた経験は、これからは、人・ロボット・生成AIをとりまとめて生産性を上げていかなくてはいけない環境に対面すると思います。 ロボットのモチベーションを上げ、生成AIにやる気を起こさせるとは何でしょうか?
常に変化を続ける環境、その必要ニーズも以前からは変ってくるこれからにおいて、今までの強みが、新しい環境・ニーズのなかでもさらなる強みとして生きのこるには、何が必要になるでしょうか?

これから進まれようとするキャリアに、何が求められているのか、いままでの強みの何を残し、何を改善し、何を学んで行けば、さらなる強みを作り上げ、新しい環境でも、御自分のキャリアを築き上げていけることになるのか。

ご自身でまずこれを考えることが必要と思います。 そして、その環境やニーズの変化の捉え方、それに対応するのに必要な能力、知識は何かについては、第三者の意見、客観的意見が大変大事と思えます。 独りよがりの解法ではなく、客観的に認められるものでないと世の中には通用しないと思えるためです。

御自分の価値観、知識、経験の棚卸しがステップ1、次に今後も活かせると思うものを選択し、新たに必要と思われるものを確認するのがステップ2,そしてその新たなに必要なものを獲得していくのがステップ3、これがよく言われているステップと思います。

客観性を得るには、同僚とか、上司とか、異業種の方々とか、コンサルタントとか、第三の目が、経験が、意識が、意見が必要と思います。
このため、とくにセカンドキャリア、サードキャリアと進まれるにつれ、他人とのかかわりを常に持つことが大変重要になってくると思います。

サードキャリアを考えるときも、御自分で考えられることに加えて、いろいろな年代の第三の方々との日頃の接触を絶やさず、常日頃からアンラーニングを意識されることが、より充実したサードキャリアへのポイントになるように思います。

                                                                                                                     以上
 

リスキリングとブラッシュアップ(能力の変化に備えて)

2024年7月27日 大圖健弘

 

 サードキャリアを考えていく上で避けて通れないものに個人の能力の変化がある。能力の変化といっても本人の備えている能力の変化だけでなく、本人に求められる能力の変化もある。

 まず、個人が保有する能力の変化が考えてみる。この中には記憶力の低下や個人が保有している知識等の陳腐化といったこれまで保有していた能力の変化に加え、加齢に従ってやる気の減退、疲れやすさの進行など新たな能力の変化が現れる。しかし、それでだけでなく、サードキャリアに伴う新しい世界に目を向けようとする好奇心や、キャリアの積み重ねを全うしようとする使命感などという、前向きの能力変化も少なからず影響を持ってくる。

 これに対し、キャリアを積んでいく中で、求められる能力も絶えず変化してくる。まず、今までのキャリアの延長上で活躍することを考えていても、社会自体が変化していき、新たに学ばなければならないことが否応なく増えてくる。又、今まで考えられていなかったものが新たに付け加わって、これまでのキャリアの延長上で今までの知識レベルでは対処できない事柄が発生したりする可能性もある。又、サードキャリアを新しい分野で切り開こうと思うのであれば、当然、今まで保有している能力だけでは対処できず、新しい知識の獲得を含めた新しい能力の開発を図っていく必要が出てくるのである。

 ここで、こうした能力の変化に備えて必要になるのがブラッシュアップとリスキリングではないかと思う。筆者が保有している「国家資格キャリアコンサルタント」の資格では5年ごとに資格更新のための勉強を結構な時間を割いて行わなければならない。この資格に限らず、実務で使用されている資格の中には、更新のためにこうした勉強を行わなくてはならない資格が少なからずある。「いつも使っている知識なのだから、そんな研修などいらないのではないか」と考えられる方もいらっしゃるかもしれないが、新しい知見や制度の変化を学ぶ必要が出てきたり、何よりも「長年自分流の行動」だけを繰り返しているとでついつい行動や考え方が偏ってしまうこと弊害が発生し、こうした偏りを是正するためにも資格に求められる能力の更新を行う必要が出てきたりすることも大きい。こうしたことも大きな意味での「能力の変化」であり、これを防ぐために「ブラッシュアップ」をすることで、能力の再開発することが重要な役割を果たすことになる。資格更新は、こうした「ブラッシュアップ」の非常に良い機会なのである。

 また、新しい世界に飛びこむにはその世界に必要な知識能力を身に着けることが必要でこれらのための勉学努力は広い意味での「リスキリング」に他ならない。私たちには、サードキャリアを実りあるものにするためにもこうした「能力に変化」に備えた「ブラッシュアップ」「リスキリング」を折に触れて行っていくことが大切になると思う。昨今、政府の声掛かりでリスキリングが結構ブームになっている。大上段に振りかぶって行う必要はないのだが、日常生活の中でこうしたことの重要性を理解しながら折に触れ「ブラッシュアップ」「リスキリング」に取り組んでみることが、サードキャリアにおける「能力の変化」に対応できる一つの手段かもしれない。

 

                                                  以   上