キャリアコンサルタントの役割は

R3.12.11 大圖健弘

 

 ゴールドキャリアクラブで中高年のキャリアについて考え始めて早くも半年以上たった。小生は50歳代半ば以降、新しいキャリアにチャレンジし、10年がたとうとしている。新しいキャリアに挑戦する時にキャリアコンサルタントの方にお世話になることも多く、自身、数名のキャリアコンサルタントの方にお世話になった。

 この体験をもとに、キャリアコンサルタントの役割は何かについて少し考えてみたい。

小生も会社で人事関係の仕事をしていた関係から、キャリアコンサルタントの資格取得を思い立ち、国家資格の2級コンサルタント技能士の資格を取得したのだが、その資格取得において学んだことと、実際にキャリアコンサルタントの方にお世話になった経験では全く異なったことに愕然とした記憶がある。

 確かに新しい仕事を探すために、キャリアコンサルタントの方にお世話になるのだが、毎回、コンサルタントの方にお会いして履歴書、職務経歴書をお渡しして目を通していただいた途端、資格欄にある2級コンサルタント技能士の記載を見て「同業ですね。」とか「資格をお持ちならばわかってらっしゃいますね。」とかという、応答をされ、通り一遍の退職理由(転職理由)を訊かれるだけで、あとは希望職種や仕事紹介に終始することになってしまった。

 当時はそれでもしょうがないかなという感はあったのだが、思いかえしてみると、人事関係の仕事を行ったり、キャリアコンサルタントの資格を持っていたとしても、新しいキャリアにチャレンジすることはほかのキャリアを積んできた人と同じように、背景にある人生の葛藤や、不安といったものがあったのだが、そういったものには殆ど触れられた経験が無い。まるで過去の経歴がそうなのでそうしたものは自分の中で消化できているのだろうという感じでもあった。

 振り返って、今会社で行っている人事の仕事で、中途採用のために人材紹介会社から候補者の推薦を受け、その中で、コンサルタントの見解を見させていただいていると、基本的には当り障りのないことが書き連ねられており、ご本人にどのように面談されているのかと少し懐疑的になってしまう。何かご本人の大きくアピール出来るところはないのかと考えてしまうのである。

 キャリアコンサルタントの役割は、感じるところ、確かに新しいキャリアにつく支援をする仕事であるが、本来的には、面談者に寄り添い、ご本人が安心して新しいキャリアに挑戦できる下地を作っていくことではないかと思う。そして、面談者のアピールポイントを最大限見つける努力をしていただきたい。コンサルタントの方はそうした思いで面談者に向かい、問題を解決していただければより良い役割が果たせのではないかと感ずるのである。

 

                                                                                                                                   以 上

2021.11.23 鈴木友之

オンラインミーティング事始め

 

プレゼンテーションの第一部のあと、一度、数名ずつのグループに分かれてブレイクアウトルームで感想や意見を交換していただきます。終わったところで要点を、グループ毎にどなたか全体にシェアしてください。また出てきた質問はチャットでアップしてください。事務局が集めてプレゼンターから答えるようにします、、、オンラインミーテングの進行要領を確認した。

 

参加者2、30人のオンラインミーティング、コロナ前リアル集合の研究会では、特別の段取り無くても普通に進行できていたグループ討議から発表、質疑応答も、コロナ後はプレゼンテーターと事務局一体となって段取りを事前に打ち合わせが重要。スライド一つとってもリアルならその場の呼吸で投影タイミングを調整できるものが、事前に説明の進行とスライドの投影のタイミングや内容の確認など、目と目で合図などできないもどかしさがある。しかし、これは準備をよりしっかりとする機会と受け止めて頑張っている。

 

このように、オンラインミーティングは、しっかりと準備することが成功のカギとなる一方で、ブレーンストーミングなどでテーマに縛られない自由な発想が求まられるミーティングでは、いま一つ議論が広がらない、深まらない感じがしている。発言者が意図を伝え切れないもどかしい空気感が漂う。特に、一瞬の言葉の選び方が、その選んだ意図がオンラインでは的確に伝わらない可能性を感じて言葉選びが慎重になり、延いては思考のテンポから話すテンポまでも遅れてしまい、結果。議論の流れによどみが発生するように感じている。

 

これからもオンラインミーテイングはなくなるどころか、ビジネスだけでなく文化においてもグローバルな交流が広がる中で、距離を越えたコミュニケーションの強力な技術として活用のレベルをあげることが重要に思う。古いことわざになってしまうが、「習うよりも慣れろ」がカギ」かなと思い直して、不満を述べるよりも、いままででは出来なかったことが可能になる強味を見つけ習熟して、オンラインツールが真の武器になるようしていきたい。

 

コロナ禍とキャリアチェンジ

                                                                                                                                    11.20 大圖 健弘

 

 Covid-19の蔓延はようやく下火になってきており、日々の生活もコロナ禍以前の状況に戻りつつあるかに見える。しかし、この2年間のコロナの中で仕事のやり方も大きく変わってきたように感じる。

 まず、これまで事務所に出社することが原則の業務スタイルから、テレワークを交えた業務スタイルへの急速な移行が進み、また会議や打ち合わせ等が対面方式から遠隔方式に大きく舵を切ってきたことが大きいのではないか。これらの業務スタイルの移行は、従来から在宅勤務として試行が重ねてこられたことではあったが、まだまだ一般に普及されてこなかった。それがこのコロナによる感染防止対策によって急速に広がってきたのである。そして、この傾向はコロナが終息した今後も継続していく可能性が高い。

 この中で、私たちのキャリアに対する姿勢も、少しずつ変わっていくように感じる。まず、仕事に費やす時間の割合が圧倒的に変わる。通勤やオフィスの移動にかかる時間が、テレワーク推進により、大幅に短縮されることになり、その分、仕事に別の付加価値を付けたり、その短縮した時間を活用し、新しいキャリアを開拓する可能性も広がる。また、IT化の推進により社内の稟議制度等の業務スタイルが変革し会社としての意思決定が加速されることになればさらに業務が効率化され、個人の時間利用の多様性が広がることになる。

 これに加え、テレワークの普及により、必ずしも都心のオフィスでの業務遂行が求められなくなると、個人の仕事場が大都市郊外、さらに地方へと大きく変わっていく可能性がある。こうしたことは、Covid-19が広がる以前から話題に上っていたが、まだ何か将来の話のような扱いであった。しかし、コロナ禍によりにわかに現実化しつつある。

 この中で、わたくしたちのキャリアを考えた場合、これまでのキャリアの在り方(例えばあるキャリアが終わればセカンドキャリアに挑戦して行くようなシングルなキャリアライン)からダブルキャリアやマルチキャリアといった個人によって多様な選択肢を持てる社会が到来したように感じる。また、選択対象になるキャリアも、これまで事務、技術的な仕事しか経験できなかった大都市のビジネスマンが、地方で農業等のこれまでと違うキャリアに挑戦することが可能になってくる。こうしたキャリアチェンジが多くのところであたりまえになっていけば世の中もまた様相が変わっていくかに思える。

 小生も、現在の会社勤め以外に個人事業主としての活動等、もう少し幅の広がったキャリアライフを試行していきたいと考えている。

 

                                                                                                                                          以 上

 

延川和治

いまさらでもないですが、皆様コロナの影響をいかが克服されておられるでしょうか?

私ども中高年が、セカンドキャリア、サードキャリアを目指す際、常に気に掛かることは
これから発揮しようと思う私どもの能力が、「これからの世の中に通用するのだろうか?」「世の中を引っ張っていけるのだろうか?」そして、「どれぐらい長く通用するのだろうか?」にあると思います。

「通用する」「引っ張っていける」「どれぐらい長く」との確証をどこから得るのでしょうか?
最先端の技術を駆使されてこられた技術系の方々であれば、その技術そのものに、次のキャリアを築く基礎があると思え、「通用する」「引っ張っていく」「どれぐらい長く」も把握しやすいかと思えますが、財務・経理、人事、総務、業務等文科系の方々はいかがでしょうか?

経営についても、同様と思えます。 ご自分の「経営手法」が、今までと違うこれからの市場にどれだけ通用するのか、常識やマインドも違う社員をどれだけ引っ張って成長させていくことができるのか、その根拠をはっきりと掴むことが、次のキャリアを形成する大きなベースと思います。 そして「今までの日本とは違う日本を作る」意欲と覚悟と思います。

今までの成功体験をベースに、これから作る成功体験を思うとき、これからにいる周囲の人も、向き合う市場も、当たり前の事ながら、いままでとは違う、この当たり前のことを、今一度思い直していただき、誤解のないように願いたく思います。

温暖化で溶け出した極寒の地の氷、そこに眠っていた太古のウイルスの目覚め、コロナが無くなって元の生活スタイルに戻って欲しいとは思うも、これからは“コロナあるいは新しいウイルスと共に”の社会になりそうな気がします。 加えて各方面でのいろいろな新しい動き、SDG's、 脱炭素化、車もEVへ、あちこちでAI含めたDX化、世界各地に貧富二分化された社会等々、変化の多い社会、さらにその変化のスピードも従来よりも遙かに早い世の中の展開、そこに我々のセカンドキャリア、サードキャリアを築いていく覚悟、それが求められていると思います。

御自身の能力・思いの洗い出し、対象市場のこれからの予測、そしてそこに築くセカンドキャリア・サードキャリアの展開ビジョンと具体策、これらを、御自身の次の成功のためにも、もう一度はっきり考え、掴み直されてみることは、いかがでしょうか? 

よろしければ、ご一緒に。

 

延川和治

 

セカンドキャリアを今目指しておられる方々に、その次のサードキャリアのお話をするのも、気が引ける感が無きにしも非ずですが、皆様が将来必ずぶち当たるキャリアの事柄の一つに、このサードキャリアがあると思われ、敢えて呟かせて頂きます。

セカンドキャリアを終えられた方々が、ご自身の趣味、交友関係、地域関係を生かされ、ご自分で家庭菜園、或いは養蜂家、お仲間とゴルフ会、合唱団、またその合唱団でコンサートの開催など、いろいろと楽しんでおられるお姿を拝見します。 ご自身が楽しまれ、またそこでのお仲間ができ、皆様で楽しまれ、と非常に素晴らしい世界を生きておられること、羨ましい限りです。

これからセカンドキャリアに進まれようとされている皆様も、セカンドキャリアを終えられたら、ご自分は何をするとのサードキャリアが見えていらっしゃいますでしょうか?

いやいや、「自分にはセカンドキャリアを目指すのが今は精一杯で、サードキャリアについてはまだ何もない、言われてみれば、そうだな、何をしよう?」と、サードキャリアについて心配を始められる方がおられましたら、以下をご参考頂くのも、良いのかもしれません。

「幸せとは、他の人の為に、その人の付加価値を増やすことにベストを尽くし、その成果をその人と共に見ることができたときの感情」とも言われます。
会社生活を例にすれば、「自社へのリターンの前に、お客様の成長を第一と考え、そのお客様の為に最善を尽くし、その仕事を通じて、お客様の成長を、お客様と共に感じたときの喜び」とも言えると思え、皆様の今までのご実績のなかで、この大きな喜びを思い出して頂けるのではと思います。

これを、サードキャリアを探すベースとされてみられては如何でしょうか?
これからセカンドキャリアで、ベストを尽くされ、日々生活をされる間に、このベースを意識・無意識のなかにもっておられると、ご自分が楽しいと感じられる事柄の中に、ふとご自分の周囲、配偶者、ご家族、ご友人、ご同好の方々、はたまたなんらかの組織、あるいは社会の、これからの成長や改善あるいは幸せへのサポート、他の方々の為に働くことのやり甲斐とそれを為したときの達成感に気付かされる時があることと思います。 
これが、サードキャリアへのきっかけと思います。
もちろん、ご自分の更なる成長や幸せをご自分で支援することも含まれると思います。 ただ幸せの喜びの大きさが大きいのは、他人を対象とするときかと思います。

合唱団に入っておられる方から、歌を歌っているときもそうなのだけれど、発表会を提案し、企画し、プログラムの作成、会場の手配などの準備を、賛同頂いた皆様と一緒に、それぞれの方々のためにしているときが、できあがったときの達成感とあわせ、もっとも楽しい時間と聞きます。
さらに、各地の合唱団と連絡を取り合い、友好を作りあげて行くなどの発展も楽しみとおっしゃっていました。
ご自分の発想、仲間の賛同、共同ワーク、達成感、更なる広がり、ここにサードキャリアの幸せ感があふれるものと思います。

是非ご自分にも、サードキャリアが次にくることを意識されてください。
そして「自分のみならず、他の人の為に動き、一緒にその成果を喜びあえること」この意識が、これから全力でぶつかって行かれるセカンドキャリア生活の中で、次のサードキャリアへのきっかけを見いだすことにつながると思えるのではないかと思います。

サードキャリアへの意識をもちながら、素晴らしいセカンドキャリアへのスタートをお祈り致します。
 

趣味と仕事の間

2021.10.20

鈴木 友之

 

アレ? 何かもの足りない? どう思う? 私は妻に問いかける。妻は小皿に注いだ出汁を一口含んで、もう少し塩を足してみたら、と一言。そうかな~、と言いながら1つまみ、2つまみ塩を足す。1年半前くらいから毎月曜の夕食は私の当番。それが今では、当番以外の時でもテレビや新聞・ネットなどで興味をもった料理を自分でも試すようになった。もともとのアバウトな性格で、調味料を計量カップで測ったりしない。200CCのコップ使った目分量で測ったり。加えて塩は、基礎疾患のため控えるように医者から言われており、少なめに入れ、その分、他の調味料でカバーしようとしている。薄味にも慣れてきているが、それでも仕上げの決めが難しい。

 

もともとは、義父がお世話になっていた老人ホームの介護スタッフの何人かが保育所に子供を預けており、子供の引き取り時間と夕食時間が近くて慌ただしい。その様子を見た妻が食後の洗いなどの手伝いボランティアを毎月曜に始めたことがきっかけで、私が夕食準備を引き受けた。始めたころは、アイデアがないと惣菜を買ってきて済ませたりしたが、だんだん面白くなって、毎回違うメニューを試みるようになった。妻も味に厳しい注文を付けずに美味しいという。褒めて育てる方針を感じつつも、新しいメニューへの意欲を感じて、テレビのクッキング番組などを見てアイデア探しの視点が増えた。

 

これは、趣味なのだろうか。それとも、給料は出ないけれど、専業主婦同様に仕事の一貫だろうか。自分にとっては、最初はボランティア的な仕事に思えていたが、いまでは、楽しんでいる自分がいる。スーパーの食品売り場に立って定番の食材を見れば料理のアイデアが浮かんでくる。珍しい食材を見れば、どう料理するのだろうかとその場でスマホからレシピをチェックする。そして、テレビの料理番組や新聞などの記事に目が止まる。料理したレシピはPDFにしてパソコンに保存、すでに50以上になっている。

 

定年後の過ごしかたの指南本には、かならず趣味を持つことと言う項目がある。趣味を持とうと思うと、やりたいことが見つからず、或いはお金ばかりがかかる時代で、本当に続けられるか考えて辛くなる。趣味と大上段に構えずに、最初からお金をかけて諸々準備したりせず、自然体で、来るもの拒まず、とにかくやってみるうちに、趣味にも変わっていくのではないだろうか。自分にとって料理は、自分が作りたいものを作り、ひと様、とは言っても今のコロナ環境では妻だけだが、喜ばれる趣味の範疇と思っている。

 

                                                        以上

サードキャリアの勧め

 

2021.10.16 大圖健弘

 

ゴールドキャリアクラブは豊かなキャリアライフを過ごすための話題の提供を目指している。ここで「キャリアライフというのは何だろうか?」とふと考えてみたところ、キャリアライフとは必ずしも、仕事をして金を儲けることだけにとどまらないことに気づいた。

ふつう私たちはキャリアというと、仕事生活思い起こす。しかし、ごく一部の人を除けば仕事生活には上限がある。定年もあるだろうし。定年を超えて勤め人をとして活躍したとしても、遅かれ早かれ勤めの限度ということが出てくる。また、経営者として活躍していてもそれを死ぬまで継続できる人は数少ない。

しかし、人生80年とも100年ともいわれる時代になった今、その勤めを終えた後も何か生きがいを持って打ち込めることが必要となる。

若いころから仕事とは別に打ち込める趣味や、テーマをもって、仕事を行いながらそうした面でも何等か活躍している人であれば、仕事が終わったらその趣味やテーマに改めて力を入れなおし、これまで仕事があったためにできなかったことにチャレンジしていくことがサードキャリアの入り口になると考えられるが、なかなかこうした趣味やテーマをもともと持っている人は少ない。

多くの人が仕事を終えたとたん「さて、どうしてこの暇な時間を過ごそうか」と途方に暮れることになるのではないだろうか。筆者の知り合いも何人もの人が、こうした悩みに直面している。

こうしたことにならないため、仕事の現役時代から、何かサードキャリアになれる活動を見つけチャレンジされることをお勧めしたい。

こうしたサードキャリアについては、人文科学や社会科学の研究等、個人でこなしていけるテーマでも結構だ。

ただ、年を取ったとしても人間は社会的な動物である。この為、何か集団で付き合いながら打ち込めることがあれば、またそれも、有効な活動になると思う。小生の元上司はもう80歳を超える年齢であるがテニスに汗を流しているし、かく言う小生もサードキャリアを周りの方から勧められ、仕事をしながら地域の合唱グループで活動をしている。

ゆくゆく、仕事、職場という社会から外れてもまた新しい社会とのかかわりを持てることは一つの生きがいになるのだと思う。

 

 

                                                                           以  上

 

「人の役に立つこと」とは?

2021.10.06

鈴木 友之

 

現在放送中のNHKの連続テレビドラマ「おかえりモネ」では、「『人の役に立ちたい』とは何なのか」に人それぞれが抱える悩みとメッセージを感じて、キャリアコンサルタントの立場からも興味を持って観ている。

 

ドラマの中では、主人公が東日本大震災の時の津波が押し寄せる現場にいなかったことに負い目を感じ、地元に戻ったことの理由を問われて「地元の人の役に立ちたい」と答えると「綺麗事にしか聞こえない」と返されて困惑している。恋人の医者は初めて担当した患者に的確な対応が出来なかったことへの負い目を、主人公の妹は憧れの先輩に寄り添おうとするが受け入れてもらえない辛さを感じている。地元に戻った主人公の職場では、Iターンで働いていた女性が地元に受け入れてもらえずに挫折感を抱いて東京に戻る。新たに登場した中学生も何やら問題を抱えている。人それぞれが働く目的、意味を「人の役に立つこと」というものの、何をすればその目的が叶えられるか分からずに手探り状態で悩んでいる。真の問題は深く悩ましい。

 

就職ガイダンスでは、自己理解・仕事理解での「働くとは」という問いについて、3つの視点から考えてもらっている。①仕事をして収入を得て「生活」を支える、②仕事を通してより高いスキルを身につける「自己成長」、③仕事を通して人々に価値を提供する「社会貢献」。働き始めるきっかけは3つのうちのどれか一つであっても、働き続けるなかでは、3つのうちのどれを外しても成り立たない相互作用が大切な、働くということは、そういう総合的なものだと思う。

 

日本のことわざに「情けは人のためならず」があるが、「人のための情け」は巡り巡って「自分」に還ってくるものと言う。「人のために役立つこと」に拘るあまり、「自分のためはいけない」と自己犠牲を強いると、却ってアンビバレントな状態をさまよう可能性がある。自分はイエスキリストでも釈迦でもないのだから、自分の「やりたいこと」は何か、その中で「(努力して)できること」は何か、それが延いては「人の役に立てば素晴らしい」くらいに考えてはどうだろうか。それらが明確になった時、自己理解・仕事理解が総合的に整理できた時になる。

 

介護福祉での「家族」

2021.9.21

鈴木 友之

 

先日、義父が他界した。自宅から車で15分のところにある老人ホームにお世話になってから1年10カ月、100歳を目の前にした穏やかな日々を過ごさせていただいた。

 

退所する日、介護士や看護師の方々とともに入居する20数名のお年寄りが、皆さん食堂に集まって、お別れの会を開いて下さった。義父を担当された介護士や看護師の方々が、それぞれに義父と接してきた中でのエピソードを交えた思い出や印象が語られた。聴く中で、義父の言葉や行動そして笑顔が鮮やかに浮かび上がった。何よりも介護に取り組まれる方々の人柄と介護への想いの深さを感じる感謝のひと時だった。

 

コロナ禍や気候変動、脱炭素、DX、国際情勢等により進む産業構造の大きな変化の中で、介護福祉関係は常にトップクラスの有効求人倍率に位置している。介護福祉のニーズが増す一方で、離職者も多いと聞く。10年近く前に、高校生の就職ガイダンス講師を務めて東北や信越地方の高校に出かけたとき、その土地のハローワークの職員の方とお話しする機会があった。ある地域では当時すでに高齢者比率が住民の4割近くにだった。地元に就職を希望する高校生の多くが介護福祉関係に進んでいたが、半数近くが離職すると聞いた。

 

人と接する仕事の中でも、お年寄りに接する介護の仕事では、向き不向きと気持ちの持ち方だけでない、介護する人とされる人という立場を越えて、対等の立場で「家族」のような関係が一層重要に思われる。義父がお世話になった施設では、入居しているお年寄りの方々も自発的に、調理補助や配膳などに参加して、「家族」という共同生活の場を形成していた。私の妻も、夕食後の後片付けと保育園のお迎え時間が迫る慌ただしい時間の補助に、ボランティアに行って「家族」の一員に加えていただいた。これからは、GIVEとTAKEのどちらかではなく、両者一体となったライフスタイルを実現する産業構造の進展も必要に思う。

セカンドキャリアと健康管理

 

2021.9.20 大圖健弘

先日、筆者が勤務する会社の社員が肺炎をり患した。37度6分程度の発熱があり、胸が痛いとのこと。すわ!コロナ感染かと小所帯の会社の社員みんながすぐにPCR 検査ができる医者の紹介等の手配にかかり、この社員を支援した。この社員は年齢既に約70歳であり、立派な中高齢社員であった。

幸いなことに、新型コロナ肺炎感染でないことが判明したが、総合病院で検査をしたところ、肺機能が全体的に衰えており、注意が必要とのこと。実はこの社員は、年一度の定期健康診断を全く受けておらず、スタッフが受診を促しても全く言うことを聞かない状態がもう10年以上続いている状況であった。なお且つ喫煙常習者で、お世辞にも健康に気を付けているとは言いづらい状況にあった。

中高年齢層になって、セカンドキャリアの道を目指す、あるいは求める者にとって、健康管理は非常に重要なキーファクターだと感じる。若い間は多少の無理や不摂生があってもリカバーが容易で、体へのダメージが少ない。これに対し、年齢が高くなるに従いその力が衰えていく。しかし、例えば、再就職先の会社がそうした健康管理に明るくなく、えてして労働法で定められた健康診断をもパスしてしまうこともあると感じている。小生の会社も案内は行いほとんどの社員は健診を受診するが、特定の社員はそれをすり抜けてしまっていた。

今回の騒ぎをきっかけにこうした社員も健康診断を受けるように変わってきた。やはり特に中高年齢層にとって、健康は重要であり、きっかけは何でありそれに気づくことは大切だと感じる。

かく言う筆者も健診のたびに新たな問題を提起され、対応に追われている。節制して、支障なく仕事をできる体を作っていきたい。

 

                                                                             以上