2011年1月6日(木)
今日は自治政策研究会。博士課程のMU先輩、MD先輩の報告である。のち、MU先輩に夕食をご馳走になる。留年者の集いというところか。ココイチでカレーの後、一揆へと。MU先輩とは久方ぶりにお話ししたが、やはり私は良い先輩に恵まれていると思う。ありがたいことだ。
2011年1月5日(水)
京都へ戻る。なんだか介護帰省になってしまった。しかし、親なり何なりが倒れた場合私が面倒を見ねばならないということだし、介護がいかに大変なのかということも少しの期間なれどもよく分かった。ひるがえって自分を見た場合、はてこのままでよいのであろうかと悩む。兄弟のない人間のつらいところなのか。もっとも、兄弟のある人はどう考えているのか知らないが。
ところで、長屋に戻ると高校の頃の塾の先生から年賀状が届いていた。曰く「同じ中学校の後輩が京都市内で4月からM1をやっているよ」とのこと。あの塾はいつも全体で10人くらいしかいないところで経営が成り立っていないような気がする のだが(個人指導なので実数はよく分からない。もしかしたらもっといっぱいいるのかもしれない)、その少ない生徒の中で院進学が出ているというのは喜ばしいことである。先生自身も院を出られた方であるので自分の生徒が院進学するのを喜んでおられるようだ。時間ができたら先生にもたまには挨拶に行ってみよう。私がちゃんと数学のテストで及第点を取って、高校を卒業できたのもこの先生のおかげであるし。
ところで、長屋に戻ると高校の頃の塾の先生から年賀状が届いていた。曰く「同じ中学校の後輩が京都市内で4月からM1をやっているよ」とのこと。あの塾はいつも全体で10人くらいしかいないところで経営が成り立っていないような気がする のだが(個人指導なので実数はよく分からない。もしかしたらもっといっぱいいるのかもしれない)、その少ない生徒の中で院進学が出ているというのは喜ばしいことである。先生自身も院を出られた方であるので自分の生徒が院進学するのを喜んでおられるようだ。時間ができたら先生にもたまには挨拶に行ってみよう。私がちゃんと数学のテストで及第点を取って、高校を卒業できたのもこの先生のおかげであるし。
2011年1月4日(火)
父の実家に正月の坊さんが来るので着いていく。お経は短いが世間話が長い。のち、病院へ。
21時ごろ東京で働いている友人から電話。いろいろと大変らしい。あちらも悩み、こちらも悩むのだ。
21時ごろ東京で働いている友人から電話。いろいろと大変らしい。あちらも悩み、こちらも悩むのだ。
2011年1月3日(月)
寝正月といいたいところだけれども、母が用もないのに逢坂誠二のツイッターのごとく毎朝3時起きなので、ふすま1枚隔てただけのところに寝ているものはそのごそごそに目が醒める。寝つきが悪いのも続いているので日々ぼんやりした頭。
昼間、本家へ年初の挨拶にいく。本家の小父さん(曾祖母の弟)はもう96歳だが自転車にサンダル履きで1キロくらい離れた我が家までいつも仏壇を拝みに来る。今日もしゃんと正座をしておられる。小母さんも今年90歳ということだが元気なことである。
昼間、本家へ年初の挨拶にいく。本家の小父さん(曾祖母の弟)はもう96歳だが自転車にサンダル履きで1キロくらい離れた我が家までいつも仏壇を拝みに来る。今日もしゃんと正座をしておられる。小母さんも今年90歳ということだが元気なことである。