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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「Songs of an Unknown Tongue」ZARA MCFARLANE

 

 

  UKジャズ新世代を代表するシンガー、ザラ・マクファーレンの最新アルバム『Songs of an Unknown Tongue』がジャイルス・ピーターソンが主宰する〈BROWNSWOOD〉からリリースされた。UKジャズ新世代とは言っても彼女にとっては4枚目のフルアルバム(ファーストアルバムは2011年リリース)であり、キャリアも、経験も申し分ない。しかし、予想外とも言える電子音の大胆な導入により鮮やかにバージョンアップされた本作を聴いて、まさに新世代ジャズと呼ぶにふさわしい音楽だと思った。前作には残っていたジャズ・シンガーらしい技巧やライブ感は大幅に抑えられてはいるが、そのせいでザラ・マクファーレンというアーティストの個性が逆に光る作品となっている。

 サウスロンドンのニーナ・シモンとも称される彼女を他のジャズ・シンガーと隔てるもの。それは彼女のルーツであるカリブ音楽へのこだわりだ。レゲエやクミナをはじめカリブ音楽からの影響は前作でも聞きどころの一つだが、今作は過去作においてジャズへと翻訳したカリブ/アフリカ音楽を、さらにエレクトロニクスにより再構築するという高度な試みが為されており、どこからどこまでが民族音楽の引用で、どこからどこまでが純粋にエレクトリックな発想から生まれたサウンドであるかが分からないほどにシームレスに融合している。

 サウンドの鍵を握るのは太古の祝祭的ポリリズム(あるいは呪術的ポリリズム)を想起させるドラムだ。プリミティブでありながらもフューチャリスティックな響きを持つドラムプログラミングはモーゼス・ボイドを意識しているように思えてならない。前作『Arize』でドラマーにモーゼス・ボイドを起用しているだけに、穿った見方でもないだろう。ドラムマシーンはKwake Bassgaが担当しているが、サウンドの構想はザラ本人の手になるものと思われる。ヌバイア・ガルシアの新作もそうだったが、これからはモーゼス・ボイド風のドラムがサウスロンドンの基調音となっていくのだろうか。

 まず、①「Everything Is Connected」のイントロからしてぞくぞくするのだが、ローレル・ヘイローやアルカとビョークのコラボのような⑤「Saltwater」、艶やかなエレクトロの⑦「State Of Mind」、ア・トライブ・コールドクエストの初期作を思い出さずにはいられない湿り気を帯びたビートが印象的な⑧「Native Nomad」など、民族音楽からの影響のみならず、UKならではの多様な音楽のアマルガムとなっており、聴く度に新たな発見がある。要所要所でフェンダーローズやフルート、サックス、トランペットがジャズバンドとは違ったかたちで隠し味的に使われているのも効果的だ。それでいて、ビックバンドの大作を聞き終えたような不思議な充実感もある。ザラ・マクファーレンは、このアルバムによって、サウスロンドンのシーンを着実に前へと推し進め、さらに自らのジャズに地球規模のスケール感を与えることにも成功している。 

 

 

 

 

 

 

 

「Breathe Deep」OSCAR JEROME

 

 

  南ロンドンからギタリスト、オスカー・ジェロームのデビューアルバムが届いた。先日リリースされたヌバイア・ガルシアのファーストアルバムでバックを努めていたココロコのメンバーでもあるオスカーは、ヌバイア・ガルシアはもとより、ジョー・アーモン・ジョーンズやモーゼス・ボイドとの共演歴も持つのだが、南ロンドンシーンにおいては比較的地味な存在であり、ジョー・アーモン・ジョーンズが参加した本作でもその印象は変わらない。シンガー・ソング・ライター色が強いオスカーの立ち位置は、南ロンドンのシーンとは一定の距離を置いており、南ロンドンの人脈が密になっている現在、あえて精神的なディスタンスを取って我が道を行くという行為は、一時のムーブメントに安易に感染しないぞという意思の表れなのかも知れない。

 プロローグ的な1曲目に続く②「Sun the Somone」を聴いただけでも、歌ものならではのポップさに加え、ヒップホップ風のビートメイク、意表を突いたギターソロなど、南ロンドン産というブランドを取り払っても十分に自立できるスタイルを感じる。やや荒削りではあるが、ループするサックスが往年のオリジナルラブを思い出させる③「Give Back  What U Stolefrom」、フォーク調の弾き語りからの合唱、ブラスバンドによるアフリカ風オーケストレーション、さらにラップ、サックスによるブロウと曲が目まぐるしく変化していく中に南ロンドンっぽさが漂う④「Your Saint」など、単なるプレイヤーではなくコンポーザーとしての確かな個性を感じる。⑦「Graitate」などは、どストレートなブロークンビーツを基調としながらも、ギターのからみ方が独特で、オスカーにしか作れないトラックと言っても過言ではないだろう。Lanne La Havasとのデュエットが印象的なアコースティックナンバーの⑨「Timeless」は、終盤にトランペットと打ち込み風ドラムの登場で一気に転調する。

 この人、歌が上手いのか、下手なのかまったく分からないのだが、曲によってはマイケル・フランクスやプリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンのように聞こえたり(言い過ぎか?)、結構多彩な顔を持っている。ただし、全体的に「いなたさ」みたいなものが漂っているのも事実。アメリカのテラス・マーティンあたりだったら、もう少しそつなく仕上げるんだろうけど、それじゃ面白くない。オスカーの“やりたいことが多過ぎて、消化不良を起こしている感じ”は悪くない。そこのところは、やはり南ロンドンのDNAをしっかり受け継いでいるのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「What Kinda Music」TOM MISCH & YUSSEF DAYES

 

 

 2018年にデビューアルバム『Geography』をリリースしたギタリスト兼シンガーのトム・ミッシュ。日本でもブレイクを果たし、2020フジロックにも招聘(新型コロナで中止)、あの星野源(!)ともコラボするなど、サウスロンドンのアーティストとしては桁違いの成功を収めた。そのように幅広く一般性を勝ち得たのは、彼がサウスロンドンに多い〈ジャズの人〉ではなく、〈ロックの人〉であったことが大きい。その事実を見るに付け、ロックは一般大衆に受け入れられやすいと改めて思わずにはいられないのだが、それは今に始まったことではない。例えば、あいみょんの「君はロックを聴かない」は逆説的にロックの力を示唆している。トム・ミッシュの活躍を目の当たりにして、ジャズのマイナーさを嘆いてみても仕方がない。むしろ、サウスロンドンシーンの懐の深さ、層の厚さを証明していると考えるのが妥当だろう。

 〈ロックの人〉といっても昨今は一筋縄では行かない。このトム・ミッシュにしても、ヒップホップやソウル、ジャズのスパイスが至る所にちりばめられており、ロックの一言では語り尽くせない。そうした雑食性は十分に認識してはいたつもりだが、トム・ミッシュとユセフ・デイズのコラボレーション・アルバムがリリースされたと知り、異色のコラボの誕生に驚かされた。

  ユセフ・デイズはサウスロンドンのドラマーで、2016年に鍵盤奏者のカマール・ウィリアムスとユセフ・カマールのユニット名により、ジャズ・アルバムの傑作『Black Focus』を世に送り出している。ジャズファンクやアフロビート、ブレイクビーツをミックスしたサウンドは、新世代ジャズ激戦区サウスロンドンにあっても、とりわけスタイリッシュであり、必聴盤といってもいい。そのユセフ・デイズが、すでに完成しているとも言えるトム・ミッシュの世界とどう渡り合っていくのか、想像もできなかった。

 『What Kinda Music』の第一印象は、ポップでエネルギッシュなトム・ミッシュのファースト『Geography』と比べて、随分ダークでアンニュイなアルバムというもの。しかし、何度も聞いているうちに重厚なドラムとミステリアスな歌唱が絶妙にマッチしていることに気づき、細部の音まで丁寧にコントロールされていることに唸らされた。『Black Focus』よりもダイナミックなドラムは聴きどころが多く、ブレイクビーツの①「What Kinda Musik」からドラムンベースの②「Festival」、ブロークンビーツの③「Nightrider」と続く冒頭から圧巻。サマーブリーズなフュージョン風の⑧「I Did it For You」やサンダー・キャットが歌いそうな⑨「Last 100」、ブレイクビーツフュージョンの⑩「Kyiv」と続く3曲はスモーキーなのにトロピカルという珍しい展開。ポストロック調の⑪「Julie Mangos」も渋イイ。そして、最もジャズ色が濃いのがラストに配された⑫「Storm Bfore」であり、サックスがフィーチャーされている。

 ロックでもない、ジャズでもない、ポップスでもない、音楽としかいいようのないもの。強いて言うなら、ニューウェーブの感触か?アルバム全体にリバーブの靄がかかったような地味なアルバムではあるが、その奥に隠された派手さこそを堪能したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「Becoming」KAMASI WASHINGTON

 

 

 カマシ・ワシントンといえば、いわずと知れたジャズ新世代を代表するサックス奏者だが、その名前には、常にどこか怪物的なイメージが付きまとう。それは3枚組に及ぶ壮大なデビュー作や、スピリチュアルジャズ然としたルックス、神秘性を湛えたアートワーク等に拠るところが大きいのだが、彼のミュージシャンとしての本質は、精神性の高さでもなく、神業的なテクニックでもなく、メロディメーカーとしての律儀とさえ言える仕事ぶりにあると思うのだ。

 今回、そのことを裏付けるような珠玉の作品がリリース(配信)された。NETFLIXで公開されたミシェル・オバマ前大統領夫人に密着したドキュメンタリー映画『Becoming』のサウンドトラックであり、映画のために新たに書き下ろされたオリジナル曲と再録された既存曲から構成された全15曲31分足らずの小品集なのだが、カマシが全曲の作曲とプロデュースを手がけている。

 冒頭の「Shot Out Of a Cannon」に象徴されるように、アルバムを通して70年代のヨーロッパB級映画を彷彿とさせるメロディやサウンドが耳に心地よく、リズミカルで切れの良い演奏は「黄金の7人」で有名なイタリア映画音楽作曲家のアルアンド・トロヴァヨーリあたりにも共通する。まず、マービン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」やバリー・ホワイトの「「愛のテーマ」のように、天空へと舞い上がるが如き高揚感を伴う②「Becoming」、⑧「Announcement」、⑫「Connecttions」の3曲が素晴らしい。惜しむべきはいずれも短すぎること。いちばん長尺の②「Becoming」でも2分8秒しかない。リリカルなピアノと優美なサックスがスモーキーな印象を刻む⑦「Song For Fraser」も味わい深い。そして白眉は、ストリングスがロマンチックなメロディをひとしきり奏でた終盤、満を持して登場するカマシのサックスに酔いしびれる、⑭「I Am Becoming」。聴いているだけで心がほころんできて、幸せな気持ちになってくる。まさに、恩寵のような音楽たち。映画は観ていないので、これらのスコアが映画の中でどんな使われ方をしているかは皆目見当も付かないが、カマシ・ワシントンの起用により、ミシェル夫人の印象が上がったのは間違いないだろう。

 皮肉なのはここで聴かれるジャズが、アンサンブルを重視したクールジャズに近い、つまり白人の音楽に近い音楽であること。しかし、そんなことはカマシ・ワシントンにとっては皮肉でも何でもないのだろう。何しろ、これは映画音楽なのだし、映画の伴奏に変な主張やギミックはいらない。カマシは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 音楽民俗学部門を卒業した音楽エリートである。当然、ポップスやクラシックの知識や方法論も身に付けているし、それは過去2作のアルバムにも反映されているだろう。そこが、宗教家じみたジョン・コルトレーンやファラオ・サンダース、サン・ラーとは袂を分かつところであり、良い意味で器用な職人肌のミュージシャンなのである。3枚組の大作から15曲31分の小品集へ。その振れ幅の大きさにこそ、カマシ・ワシントンというアーティストの底知れない魅力は存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Source』NUBYA GARCIA

 

 

 ジョー・アモン・ジョーンズ、サンズ・オブ・ケメット、ネリヤ、モーゼス・ボイド、マイシャ、スウィンドル、マカヤ・マクレイヴン、松浦俊夫グループ・・・。南ロンドンを拠点に、名だたるアーティストやバンドの代表作にサックス奏者として、あるいはメンバーとして参加してきたヌビア・ガルシア。まさに、UKジャズの中心人物といえる彼女だが、今回、アメリカのレーベル〈concord〉と契約し、ファーストアルバム『Source』がリリースされることとなった。とはいえ、筆者の認識ではファーストアルバムは、すでに2017年にUKのレーベル〈Jazz Re:Freshed〉から『Nubya's 5ive』のタイトルで発売されており、今作はセカンドアルバムということになるのだが、プレスシートによると『Nubya's 5ive』はフルアルバムではなく、EPの扱いになるらしい。このあたり、プロモーション戦略上のきな臭さを感じてしまうのだが、別に『Nubya's 5ive』が彼女にとっての黒歴史ということもないだろう。(メディアにおけるアーティスト名のカタカナ表記も、ヌビアからヌバイアに改められているのだが、しっくりこないので、ここではヌビアの表記を使わせていただく。)『Nubya's 5ive』は早過ぎた南ロンドン作品とでも形容したくなる一枚で、ヌビアと共にUK新世代ジャズを牽引する鍵盤奏者のジョー・アモン・ジョーンズやドラマーのモーゼス・ボイドも参加している。マッコイ・タイナーのカヴァーも収録されていることからも伺われるようにコルトレーンの流れを汲む硬質でスピリチュアルなサウンドが聴けるが、同じ新世代サックス奏者のシャバカ・ハッチングスやカマシ・ワシントンのリーダー作と比べるとクセが弱くやや物足りない感じがするのも否めない。しかし、いっけんオーソドックスな演奏の中にも、揺らぎながら躍動するモーゼス・ボイドのドラムとの絡みなど後の南ロンドンシーンの隆盛につながる萌芽を見て取ることは難しくはないだろう。

 今作のタイトルが『Source』であり、「Roots」でないのは、恐らく彼女の音楽が自らの出自のみに依拠するものでないことを表現しているのだろう。トリニダード・トバゴ出身の父とガイアナ出身の母を持つヌビア・ガルシアにとって、中南米はひとつのアイデンティティの拠り所であるかも知れないし、実際に本作にはレゲエ/ダブ、クンビアなど、カリブや南米の民族音楽が採り入れられている。しかし、それらは、ヌビア・ガルシアにとってアイデンティティの一部に過ぎず、彼女の属するジャズ教育機関トゥモロウズ・ウォリアーズを始めとする南ロンドンの音楽コミュニテイや、その演奏スタイルにおいて少なからず影響を受けたであろうジョン・コルトレーンの音楽、さらにバップからクールジャズ、フリージャズ、フュージョンまであらゆるスタイルのジャズやソウルミュージック、ダンスミュージックと等価である。ジャケットに描かれているように、意識や関心をニューロンや植物の枝のように様々な領域へと広げ、演繹法的に見出された複数のソース(源泉)を帰納法的に手繰り寄せてホストコンピューター的に集約することで出来上がったのが本作だといえば、いい過ぎだろうか。

 『Source』においてガルシアと共同プロデュースを手がけるのは、ソランジュやボビー・ウーマックのプロデューサーとして知られるクゥエス。さすがにエレクトリック・ミュージックにも造詣の深いプロデューサーだけに、テクノロジーによって音響空間が広がった印象だ。意外なのは先行シングルにジョー・アーモン・ジョーンズが参加しているのを除いて、人脈的にはいわゆる南ロンドンのど真ん中をあえて避けているように見えること。南ロンドンのジャズ・バンド、KOKOROKOの3人、コロンビアのトリオ、La Perla、US出身のシンガー、Akenyaなどが参加メンバーとしてクレジットされているのだが、驚くべきは、南ロンドンの中枢を起用した『Nubya's 5ive』以上に、これぞサウスロンドンというサウンドが展開されていること。ドラムンベースを導入した①「Pace」から、高速ブレイクビーツとエレクトリックピアノが高揚感をもたらす②「THe Message Continues」へと続く出だしから快調だ。欲をいえば、さらにエレクトリックの比重がさらに増したアルバムを期待したいが、本作がさまざまな音楽を融合したエクレクティックな傑作であることを否定するものではない。