「ON VACATION」TILL BRONNER & BOB JAMES
ドイツ出身のトランペット奏者ティル・ブレナーと、ジャズ・フュージョン界の大物鍵盤奏者ボブ・ジェームス。世代を超えた共演から生まれた本作『ON VACATION』は、まさに大人の余裕としかいいようのないエレガンスとリラクゼーションに溢れたアルバムだ。コロナ禍においてのヴァケーションは、感染拡大のリスクを伴うものだが、彼らのヴァケーションは密を排した隠れ家的な場所で過ごす憩いの時間のようだ。
クラブジャズを通じてジャズの世界に入った筆者にとって、ティル・ブレナーはクラブジャズとジャズをつなぐ特別な存在で、とりわけジャズの名門〈Verve〉から2000年にリリースされた『Chattin' With Chet』は今改めて思い返してみても衝撃だった。ドラムンベースを導入したコンテンポラリーなラテンジャズから、フリューゲルホーンがノスタルジーへと誘うヴォーカルチューン、さらにはミュージカル風の軽快なナンバーまで、ロマンチシズムを前面に打ち出したその音楽は、イージーリスニングのようでもあるが、ディープなリスニングにも耐え得る新鮮なものだった。その2年後にはヒップホップを全面的に採り入れた『Blue Eyed Soul』をリリースするなど、ティルとクラブミュージックとの蜜月はしばらく続いた。しかし、ティルのロマンチックな演奏スタイルとヒップホップとの相性は決して良いとは言えなかったと思う。それ以降も、ロック調であったり、カントリー調であったり、ブラジリアンであったり、アルバムや曲ごとにスタイルを刷新しながら、時には迷走もしつつ、今回のボブ・ジェームスとの共演に至っている。
猫の目のようにくるくると表現のスタンスが変わるティル・ブレナーだが、それは彼がトランペッターであると同時にヴォーカリストとであることとも関係しているのだろう。本作においてもマイケル・フランクスばりのヴォーカルをフィーチャーした爽快なボサノバナンバー②「Lemonade」を筆頭に、ボブのリリカルなピアノが耳になじむ⑦「I Get it From you」、煌びやかでスウィンギーなアレンジが光る表題曲⑩「On Vacation」の3曲で、ヴォーカルを披露している。(にも関わらず、クラブジャズ系シンガーのホセ・ジェイムスもカバーしたスタンダード曲である①「Save Your Love For Me」がインストゥルメンタルというのは予定調和へのささやかな抵抗か?)
このアルバムは御年80歳を越えるボブ・ジェームスへのリスペクト的な意図が強く、いわゆる晩年の花道的なアルバムだから、新しさや派手さには欠けるかもしれない。でも、かつて『One』でドン・ゼベスキーと共にクラシックのジャズアレンジを試みたり、そのタイトルもずばり『ラモー』というバロック音楽を演奏したアルバムを出したりしているボブ・ジェームスだけに、近年の流行であるクラシック的なジャズに肉薄していて、単なる老人の手慰みになっていないところが面白く、ティル・ブレナーもそのあたりを意識してボブを起用したのかも知れないと思うと興味深い。
ティル・ブレナーは印象的なヴォーカルや甘いマスクに加え、カバー曲の存在から、同じトランペッターのチェット・ベイカーに喩えられることが多いが、意外に男臭いチェットとはやや異なり、ティルというアーティストの本質はミーハーとロマンチシズムにあると思う。なにしろ1998年に発売されたタイムズスクエアの夜景と自身のポートレイトをジャケットに用いたデビュー作のタイトルが『LOVE』なのだから。個人的には『LOVE』も大好きなアルバムだが、ティル・ブレナーが音楽監督を担当した写真家ウィリアム・クラクストンのドキュメンタリー映画「ジャズ・シーン/カメラが聴いたジャズ」のサントラ盤もシネマティックなティルの資質が活かされていて最高だ。
過去作『Chattin' With Chet』より
デビュー作『LOVE』より



