インド亜大陸旅行記 -56ページ目

インド8日目 デリー

『バクシーシ(喜捨)』


今日も相変わらず、昨日からの体調不良が続いている。
しかも、下痢、咳、寒気の3点セットと症状が悪化しているので、変な病気に感染したのでは?とか、アグラーで蚊に刺されすぎたからマラリアになったのでは?など、いろいろ悪いことを考えてしまう。
病院で検査した方がいいのかもしれないが、英語で症状をうまく説明できないし、保険の使い方も分からないので、病院には死ぬ直前までは行きたくない。
とにかく重病にはならないことを祈りながら生活するしかない。

そんな状態の中、駅にある外国人用ツーリストオフィスへ、次の目的地であるバラナシまでのチケットを買いに行く。
今日は町の雰囲気にも慣れきたせいか、歩いていても不安感がない。
メインバザールの人ごみを楽々と抜けて駅に着くことができた。

オフィスに入って、前日に時刻表で調べておいた列車番号と、列車クラス(エアコン付き寝台車、寝台車、座席のみ、など様々なクラスがある)、名前、パスポート番号などを、置いてある専用の用紙に記入し、窓口へと持っていく。
窓口で担当の人に記入した用紙、パスポート、両替のレシート(ルピーで払う場合、これがないとチケットが買えない)を提出すると、わずか3分で発券してもらえた。
これなら旅行会社にチケットの手配を頼まなくても、自分でできそうなので(「133人待ち」なんてウソ言われるし)、これから先も自分で手配しようと思った。
どうも他人に頼むと、インドではトラブルの原因になりそうな感じである。

無事に列車のチケットを買うことができ、自分の力で前進した気分になったので、いろいろやってみようとメインバザール以外の場所を散策してみることにした。
迷子にならない程度に細い路地を見つけては進んでいく。
すると、そこにはメインバザールの喧騒や、旅行者慣れしたインド人とはまったく違った、静かでゆっくりとした時間の流れている場所と人々が存在した。
当たり前の事だが、驚いた。
家の軒先でクルター(服)を作っているテイラー。
穀物を倉庫に運ぶ人々。
ヒンドゥーの神に祈りを奉げる女性。
野良牛にいたずらして遊んでいる子どもたち。
素のインド生活を垣間見ることができたようで、うれしかった。

ツアーでは決して見ることのできない風景を楽しみながら、2時間ほど裏通りを散策し、喧騒のメインバザールへと戻った。
相変わらず体調はすぐれなかったが、気分は良かったので、インドレベルを上げようと、民族服であるクルターを着ることにした。
さっそく服屋で良さそうなクルターを見つけ、値段交渉をする。2枚で200Rsのクルターを150Rsで買おうと頑張ったが、相手も商売のプロなのでうまく行かず失敗。
結局160Rsで妥協し、購入した。

さっそくホテルに帰って試着しようと歩き出すと、前からボロボロの服を身にまとったおばあさんが近づいてきた。
そして、目の前で立ち止まり、「お金をください」と言って右手を差し出しながら迫ってきた。
いつもの物乞いなら、知らないフリをして素通りしていたが、そのおばあさんは本当に何も食べてなさそうで、心の底から困っているような気がした。
この人には喜捨しなければいけないと思った。
しかし、喜捨することができず、結局、その場から立ち去ってしまった。
罪悪感に苛まれ、そのおばあさんの事を想うと、つらくて涙が出てきた。
どうして喜捨しなかったのか?するべきだったのか?いろいろ考えたが、答えが見つからなかった。

部屋に戻り、ヘコんでいると、ホテルの雑用をしている少年が「オーナーが宿代を払えって呼んでるよ」と、伝言を伝えに来た。
早速、フロントへ宿代を払いに行こうと部屋から出ると、2人の少年が一枚の毛布に包まり、冷たい大理石の床の上に寝ていた。
衝撃だった。
彼らに部屋はないのか?
彼らのことを思い、また泣きそうになった。

フロントで宿代を払い終えて戻ると、相変わらず少年達は部屋の前で寝ていた。
無視して横を通るつもりだったが、憐れみの気持ちだろうか、気づいたら二人に5Rsづつ、チップを渡していた。
しかし、部屋に入ってから自分の行為を後悔した。
自分は何様だ?
なぜチップをあげたのか?
憐れみでチップをあげるのは怠慢ではないか?
彼らにあげるなら、なぜおばあさんに喜捨しなかった?

しかし、自分でもよく分からないし、どうしていけばいいのかも分からない。
結局、これからも気分次第であげてしまう自分ままなのか?
答えの見つからない自問自答を繰り返し、デリーの夜は更けて行く。