インド亜大陸旅行記 -63ページ目
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インド1日目 名古屋→バンコク→デリー

『どうしてインドに行くの…?』
 


次の日へと日付が変わる頃、TG316便はインディラ・ガンディー国際空港に到着した。

ゆっくりと飛行機から降り、人の流れに沿って歩き出す。
ガラス張りの出発ロビーの横を抜け、エスカレーターで階下へと進み、入国審査の列に並ぶ。
バックからパスポートと入国カードを取り出し、虚ろな目でこれから行われるやりとりを見つめた。

軽く後悔していた。
「あぁ…初海外旅行はインドじゃなくて、東南アジアあたりにしておけばよかった」…と。

インドに入国する前から、インドとの戦いは既に始まっていた。

 


 

 


タイのドンムアン空港でデリー行きの搭乗を待っていると、まだ搭乗時刻でもないのにインド人が搭乗ゲートへ続々と集まっていた。

 

しかも、我先にと言わんばかりの押しかけようである。
「ウムム…なぜだ?飛行機は全席指定のはず。急いでもあまり変わりないと思うのだが…」と、インド人の様子を静観していたが、段々と不安になってきた。
「あれだけ押しかけると言うことはきっと何か理由があるはず…ここはインド人の振る舞いに従うべし。」ということで、大和魂に火がつき、押し合いに加わった。

「ここでインド人に負けてはならん!」と、気合を入れて集団の中へ身を投じる。
普段は押されたら、悪くもないのに「あっ…スイマセン。」と謝るくらいの腰の低さだが、ここでは押されても押し返すくらいの強気で挑む。
一体、何がこんなに強気にさせるのか?

しばらくすると搭乗案内のアナウンスが流れ、さらに押し合いが激しさを増し、皆一斉にゲートへとなだれ込む。負けずに、やや困惑気味の係員にパスポートを見せ、急いで飛行機へと乗り込んだ。
すばやく自分の席を見つけて一息つき、周りを見渡す。
ところが、他の飛行機内と変わった様子もなく、先ほどまで我先にと急いでいたインド人たちもそれぞれの席へと落ち付いて腰掛けている…
あの押し合いは、いったい何だ?なぜ急ぐ必要があったんだ?

インド人の奇々怪々さに呆然としていると出発時刻となり、飛行機はデリーへと飛び立った。
夜間飛行なので、俺の座っている窓側の席からは、眼下にある街の灯りがきれいに見える。
しかし、夜景に感動している暇はなかった。
突然、通路側の席にいたインド人のオッサンが身を乗り出し、窓の外を覗き始めたのだ。
オッサンの顔との距離、わずか10センチ。
…ありえない。
完全に平静でいられるパーソナルスペースを侵害している。
この近さは尋常な距離ではない…

しかし、どうすることもできないので、視線を合わせないように外を見ているフリをすることに。
早く顔をどけてくれることを心の中で願いながら泣きそうになっていると、オッサンは何事もなかったように自らの席に腰を落ちつけて座った。
助かった。
…と思いきや、次の都市の上空に差し掛かると、また身を乗り出し、外を覗くために顔を近づけてくる。
ああ、できるなら日本語で話して、席を代わってあげたい…。
しかし、目の前にある顔はどうみても日本語を知らないインド人。
どうこうした所で、なんとかなりそうにもない。
寝たふり作戦なども実行するが、目の前に顔がある状態では落ちついて目も閉じることができない。
これはまさに拷問である。いったい、インド人って、何者だ?


 

 


 

 

 

 


「あの…日本の方ですよね?」


背後から聞きなれた言語を耳にした。
振り返えってみると、大きな荷物を抱え、「服着すぎ!」と、突っ込みたくなるくらい着膨れしている40代後半の女性がいる。
この人は間違いなく、ただの旅行者ではないが、悪い人ではなさそうなので話すことにした。

彼女(以下、Cさん)は、深夜に空港からデリー市内まで移動は危険なので、空港の待合室で夜を明かし、朝に市内へと移動するはずだったけど、一緒にタクシーをシェアして市内まで行けば、二人なら安全だし、泊まるホテルも紹介してあげるよ…、ということを提案してきた。
確かに、空港からデリー市内までのタクシーはトラブルが絶える事がなく、危険だということを知っていたので、俺も空港の待合室で夜を明かすつもりだった。
しかし、今夜中にデリー市内に着いて、ホテルも探さなくていいなんて、初海外旅行の俺にとってはありがたい話である。
ということで、タクシーをシェアして一緒にデリー市内まで行くことにした。

無事、何事もなく(というか、なにも質問されず)入国審査を済ましホッとする。
「おいでやすインド…」と心の中でつぶやきながらの入国。
手荷物チェックを受け、預けたリュックをターンテーブルから取る。
次に、この国で生活する為の通貨(インドルピー)を手に入れようと銀行へ行こうとすると、Cさんが、空港内の銀行はレートがよくない上、トラブルが絶えないから、市内で両替した方がいいということを教えてくれた。
Cさんの好意に甘え、お金は貸してもらい、両替は市内ですることに。
Cさんは何度もインドへ来ているので、ルピーを持っていたのだ。

タクシーに乗るため、空港の外へ出ようとしてゲートを通ると、ものすごい人だかりが一斉にこちらに目を向ける。
深夜だというのに、何百人という人が通路の両側に押し寄せている。
ただでさえ不気味なのに、その集団は静寂に包まれており、いっそう気味が悪い。
集団の重い視線を潜り抜け、プリペイドタクシー乗り場に着く。
Cさんがデリー市内にあるメインバザールまでの二人分の料金と荷物代を払い、タクシーに乗りこんだ。
インドのタクシーはアンバサダーというガタガタの国産車でシートも堅い。
少年が勝手に車の窓を開け、チップを要求してくるがあっさりと断わり、二人を乗せたタクシーはメインバザールへと向かった。

後部座席からタクシーの運転をずっと見ていたのだが、インドの運転はすごいのひとことに尽きる。
まず、とにかくクラクションは鳴らしっぱなしなのである。
前方に人が歩いていようものならプップーっと鳴らし、前が渋滞で詰まっていようものならプップーと鳴らし、どんな時でも、どの車でも、プップーとクラクションを鳴らす。
日本で同じことをやり始めたら、至る所でトラブルである。
国民性の違いがよく分かる。

次に驚くべきは、車間距離が全くないところである。
前に遅い車が走っていると、追いまわすように接近する。
前の車がブレーキを踏んだら間違いなく衝突である。
狭い道をすれ違う時も、対向車とギリギリの距離でかわすという荒業を当たり前のようにやっている。
平静を装って乗っていたが、内心ヒヤヒヤの連続であった。

そんな感じで、何かちょっとした絶叫系アトラクションのように、デリーの街をタクシーは荒々しい運転で突き進み、目的地であるメインバザールに到着した。
『メインバザール』というだけあって、賑やかで大きな通りを想像していたが、全く期待はずれで、道も舗装されていない、まるで不況の煽りをモロに食らった商店街のようだった。
あちこちで野良犬がうろついており、タクシーを止めたすぐ横では、数人のインド人が真っ暗な路地をツルハシで掘り起こしている。
ああ、この鬱蒼とした雰囲気がインドなのか…

タクシーの兄ちゃんがしきりにチップを要求してくるのを断わり、荷物を抱えて歩き出す。剥き出しの電線が頭上を覆いつくしている狭くて暗い路地を少し進み、今晩の宿である『Hotel Sweet Dream』に到着した。

ドアをノックすると、中から小柄なインド人が出てきて、二人を迎え入れてくれた。
彼の名はフセイン氏。このホテルのオーナーである。
すでに夜中の1時をまわっていたので眠たそうだったが、ニコニコしながらチェックインの手続きをしてくれた。
しかし、俺は極度の英語コンプレックスと緊張で、フセイン氏の質問がほとんど分からず、パニックになっていた。
本当に3ヶ月もインドにいて、生きて日本に帰れるのかと激しく不安になった。

なんとか必殺スマイルで会話をごまかしながらチェックインを済ませ、部屋へと案内してもらう。
シャワー、トイレ付のシングルで175Rs(約440円)という部屋に通された。
日本の物価と比べたらはるかに安い。
正直驚いた…が、「シャワーは壊れてるので外からお湯を汲んでこなければ使えないよ。」と言われる。
だから安いのか?それとも壊れていようが、壊れてなかろうが値段は一緒なのか?
聞こうと思ったが、ベットに腰を下ろした瞬間、安心したせいか、急に眠たくなった。
シャワーの事などどうでも良くなったので、フセイン氏にお礼を言い、鍵を受け取り横になる。

それにしても中身の濃い一日だった。
これからも何が起こるかわからない毎日が続くと思うと、旅をする嬉しさよりも今はまだ、不安な事ばかりが浮かんできて憂鬱になる。
とにかく、早くインドに慣れなければ…
隙間風だらけの無機質な部屋でインド一日目の夜は過ぎていった。

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