インド亜大陸旅行記 -55ページ目

インド9日目 デリー

『ファーストフード』



デリーの夜は寒い。
必ず寒さで目が覚めるので、気持ちの良い睡眠はまだ一度も経験していない。
日本の冬のように、昼と夜の気温差がほぼ一定なら過ごしやすいのだが、ここデリーでは日中は半そでで過ごせるほど暑く、夜は毛布がいるほど寒いという感じで気温差が激しく、調節が難しい。
気候に慣れるのに時間がかかりそうだ。
体調も悪化する一方なので、動くのも苦痛だが、インドに一日でも早く慣れるため、無理矢理外出することにした。

財布の中のお金(ルピー)が減ってきたので両替屋へ行き、100$を4770Rsしたのだが、すべて100Rs札(47枚)で受け取ったので財布がお札でパンパンに膨らんだ。
日本では決して味わうことのできない、ちょっとした金持ちの気分である。
そして、お金が手に入ると、買い物したくなるのが人間の性というもので、自分も多聞に洩れず、エンポリウム(政府の物産展)へと買い物に出かけることにした。

地図で場所を確かめると、メインバザールから2キロほど離れた場所にあったので、オートリクシャーを使って行くのが妥当であった。
しかし、また騙されて変な所に連れて行かれるのも怖かったし、サイクルリクシャーのオッサンに行き先を告げても、「知らない」みたいなことを言われてしまったので、歩いて行くことにした。

駅前を通り、ハイソなお店が並ぶコンノートプレイスを抜け、エンポリウムに向かって歩いていると、体がだるくなり、冷や汗も出てきて、体調が悪化してきた。
やっぱりボられてもリクシャーに乗ってくるべきであったと後悔しながらフラフラと歩きつづけること1時間、ようやくエンポリウムに到着した。
苦労して歩いてきたので、何かお買い得なものがあったら買おうと、弱っている体にもかかわらず、精力的に全フロアを見てまわったが、全てがメインバザールの商店価格よりも高く、何も買う気になれなかった。
だんだんと気が遠くなり倒れそうになったので、しばらく売り物のソファで休憩してから、向かいにあるマックへと移動した。

インドのマックには、入り口にドアを開けてくれる人が立っており、とてもファーストフードとは呼べない雰囲気であった。
店内へと入り、メニューを見ると、ビーフのハンバーグは、牛肉がヒンドゥー教で食べるのを禁止されているので無い。
そのかわり、すべて鶏肉と野菜のハンバーガーである。
値段も、セットを頼むだけで、インドで初めて食べたターリーが10食も食べられてしまうほど高い。
インドの物価を考えると、庶民にはなかなか食べられない代物のようである。

「マックって、高級料理店だったけ?…恐ろしい。」なんて思いながらチキンバーガーセットを食べていると、女子高生の集団が店内に入ってきた。
彼女達は一人ひとつずつハンバーガーを買い、席につくと、「Happy birth day to you…」と合唱しはじめた。
どうやら誕生日パーティーのようである。
日本のマックで見かけたらおかしな光景だが、インドのこれはちょっとニュアンスが違ってくる。
おそらく、高級料理店であるマックでハンバーガーを食べることは彼女達にとって、ちょっとした贅沢なのであろう。
しばらく彼女達を見ていたが、とても微笑ましいひとときだった。

休憩したおかげで、体調も少し回復したので、また歩いてホテルまで帰ることにした。
途中、2日目にきた本物の政府観光局に寄り、無料のデリー地図をもらった(前に来た時とは雰囲気が全く異なり、親切に応対してくれたので驚いた)。

なんとかメインバザールまで戻ってくると、日本人3人組に出会った。
2人はネパールに行ってきた人達で、もう1人はギリシャから8ヶ月かけて旅してる人だった。
メインバザールでは多くの日本人を見かけるが、明らかにジャンキーなので声をかけにくかったり、「日本人ッスよね?」と聞いても「違います。沖縄人です。」と答える「俺、最高!」っていう変な勘違いが多いので困っていたが、出会った3人はすごくいい人達で、話しも弾んだ。
日が暮れるまで話し続けたが疲れてきたので、お互いの旅の無事を祈り、ホテルへと戻った。
その後は、テレビでインド映画を観ながらダラダラと過ごし、一日を終えた。

明日は何をしようか?
ページが破られて紛失してるガイドブックを日本で購入してきたことにいまさら気づき、虚しい気持ちになりながら眠りについた。