インド亜大陸旅行記 -5ページ目

59日目 ドゥリア→シルプール

『タイトル』



今日はゆっくり寝て、昼過ぎにでも出発しようと思っていたのに、7時に目が覚めた。特に見に行くような観光名所もないようなので、早めにチェックアウトする事に。


バススタンドに着き、インドール行きのバスはどれかと訪ねると、「無い。」と言われた。あるからわざわざドゥリアまで来たのに、無いと言われても困る。とりあえず北上しろと言われたので、マハーラーシュトラ州とマディヤ・プラデーシュ州の境にある町“シルプール”まで行くことにした。ものすごく先行き不安である。


1時間ほどハイウェイを北上し、小さな町シルプールに到着。バスを降りてインフォメーションでインドール行きのバスはあるか聞くと、「10時半だ。」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。とりあえずインドールへは行けそうなので安心である。


この町もドゥリアと同じように旅行者が珍しいらしく、大人から子どもまでたくさん集まってくる。中学生の少年が英語を話せたのでいろいろ会話していると、マンドゥまでの行き方を聞いてきてくれたり、乗るバスを教えてくれたり、お菓子くれたり、新聞を買ってきてくれたりと親切にしてくれた。少年の優しさに感動し、ちょっと泣きそうになった。「アリガトウ」という日本語を彼に教えてバスに乗り込んだ。


席に座ると、隣の兄ちゃんが話しかけてきた。名前はパティル、26歳で彼もまたインドールへ行くそうだ。パティルは俺以上に英語がヘタクソで、「俺はヒンディー語理解できないよ」と言ってるのに、すぐヒンディー語で話しかけてくるので大変である。最初のうちはパティルが何を言ってるのか理解しようと思ったが、面倒になってきたのでこちらも日本語で受け答えするようになった。しかし、それが何だかとても楽しくて、訳わからないまま二人で大笑いしていた。奇妙なコミュニケーションである。


インドールまでの道は険しく、大きな峠を2つほど越えたのだが、トラックなんかは歩いたほうが早そうなくらいのスピードで登っていた。デカン高原から離れ、ヴィンディア山脈に入る。風が冷たくなってきた。
とうとう北インドへ戻ってきてしまった…


ナルマダー河に架かる橋に差し掛かると、バスの乗客が皆ザワザワし始めたので、何が始まるのか見ていると、次から次へと河に向かって賽銭し始めた。パティルに「これは何の儀式?」と聞いてみるも、要領を得ないヒンディー語による説明だったので詳しい事が分からず。おそらくヒンドゥー教の神か何かが住む河なのだろう。

本当に最近、バスに乗りっぱなしなので腰と尻が痛すぎてじっと座っていられない。
でも、列車で旅するよりも楽しいからバスの旅はやめられない。


残り1ヶ月となった旅のことをいろいろと考えていると、17時にインドール到着。パティルは別れの挨拶もせずさっさと自分の荷物をまとめて降りてしまった。いったいどういうことだ?とりあえず、今晩泊まる宿を探す。

インドールの街はとても空気が汚い。晴れているのに空が暗く見えるほど排気ガスで汚染されている。デリーに匹敵するほどの汚さだ。空気を吸うのも嫌な気分で歩いているのだが、肝心の宿が見つからない。適当に入ってフロントで料金交渉するのだが、どこの宿も高額で、安い宿を紹介してもらっても500Rsもしてしまう。結局ガイドブックに載っていた『SURYA HOTEL』で頼みこみ、なんとか300Rsで泊まれる部屋を用意してもらった。


部屋はさすが中級ホテルだけあって、ベットメイキングもちゃんとしており、新聞も付いてきた。一番感動したのが、お湯がジャブジャブと使えるシャワー。気が済むまでいい湯加減でシャワーを浴びれたのは日本の自宅以来だったので、不覚にも泣きながらシャワーを浴びた。お湯って本当にありがたいし、お湯が好きなだけ使える日本は本当に素晴らしい国だ。


夕食はホテルのレストランで贅沢に食べる。久しぶりにビール(King Fisher)を飲みながら、カバブとチキンフライドライスを食べた。夕食代が値切った宿代と同じだった。日本ではなかなかありえない事だが、インドでは往々にして食費の方が宿代よりも高いのである。


明日はようやくマンドゥに到着できそうである。北インドのバスは南インドのバスに比べてボロいので、気合を入れて乗らねばならないようである。