60日目 インドール→ダール→マンドゥ
『外から見る日本人』
朝5時、寒さで目が覚める。あらためて北インドに戻ってきたのを身をもって実感。バラナシ以来使ってなかった寝袋を出して包まり、その上から毛布をかぶって再び寝たのだが、7時には目が覚めてしまった。
テレビでサッカーを見てから出発しようと思ったが、スポーツチャンネルではクリケットしか放送されていなかったのでチェックアウトすることにした。市街地から離れたGangwalバススタンドまでリクシャーで。リクシャーのオヤジに「料金交渉無しのメーターで行かないと乗らない。」とつっぱね、メーターで乗る。リクシャーが風を切って市街を走るのだが、寒いうえ、空気が汚いので鬱な気分になる。インドールは嫌いである。メーターで乗ると言っていたが、目的地に到着してみると最初の言い値とほとんど変わらなかったので、オヤジの言い値で払った。どうもハンピあたりから無駄使いしている気がする。
Dhar行きのバスを見つけたので乗り込む。他の乗客の行動を見ていると、どうやら座席指定らしく、近くにいたオッサンに尋ねると、外のチケット売り場で切符を買って来いとの事。短距離なのに車内で切符が買えないなんて珍しい。バススタンド内のチケット売り場で切符を買い再びバスに乗り込んだ。
バスは1時間半でダールに着いた。道がきれいに舗装されていてインドではなかなか体験できない快適な乗り心地だった。売り子の少年にマンドゥ行きのバスを教えてもらい、乗り換える。出発を待っている間、ひっきりなしバナナや落花生のモノ売りがやってくる。無理矢理こちらに持たせて買わせようとするのだが、こちらも意地で絶対に買おうと思わないので、スマイルで拒否。バスが走り出すまでは気が休まらない。
20分後、バスが出発。のどかな平原の中をひたすら走り続けてマンドゥへ向かうのかと思いきや、道をそれて山間の村へ到着。バスのドライバーは降りてしまい、すぐに出発する気配なし。「絶対、飯食ってる」と確信したので諦めて待つ事に。
30分後、腹いっぱいで眠たそうな顔をしたドライバーが戻ってきて、ようやくバスは動き出した。途中の村から乗ってきた、マンドゥで駄菓子屋をやっているオッサンと仲良くなり、宿を紹介してもらった。テレビが見れる宿がいいと要望したのだが、なぜか夜に“計画停電”があるそうで、ほとんど見れないそうだ。
オッサンに教えてもらった“Mandu Guest House ”に荷物を降ろし、昼食を食べに近くの定食屋へ。カレーが食べたかったのでターリーを食べる。北インドではおかわり有料の店がほとんどであるが、この定食屋はおかわりタダなので、腹いっぱいになるまで食べた。
散歩のついでに近くにあった“Jami Masjid”と呼ばれる大きなモスクを見学する。今日は日曜日のはずなのになぜか小学生の集団が社会見学に来ており、当然のようにその集団に囲まれた。俺が身に着けているG-Shockが皆気になるらしく、順番に着けさせてあげた。子ども達を引率していた先生が児童の前で堂々とタバコをせびるのには驚いた。(当然、あげなかった。)
宿に帰り、ひと眠りして起きると、外はもう真っ暗になっていた。何も見えないので電気をつけようとするが、明かりは灯らず。計画停電の影響なのだろうか?
外でタバコを吸いながら星を眺めていると、隣に泊まっているイスラエルの青年がやってきた。ウイスキーを持ってたのでお互いラッパ飲みしながらインドの不便さについて文句を言って憂さ晴らしをした。いろいろ話した中で最も印象的だったのは、俺が「世界中をバイクで周るんだったら、ぜひ日本にもおいでよ。」と言った時に、「お前ら日本人は自由に旅行できて幸せだよな。俺の国では紛争を抱えているから、簡単に旅行はできないんだよ。」と言われた事だ。日本人は勇気さえあれば、ほとんどの国へ旅行できる。それがまた世界中の旅をしている人々の常識だと錯覚していたのだが、中には厳しい審査を通りやっとのことで入国している人々もいるのだ。
完全に平和ボケである。
「ぜひ日本にもおいでよ。」と軽い気分で言ってしまった自分の非常識を恥じた。イスラエル青年は酔っ払って「寝る。」と言い残し帰ってしまったので、駄菓子屋のヨギさんの所へ。ヨギさんは俺に椅子を差し出すと、日本人女性の行動についていろいろと講釈しはじめた。「どうして日本人女性は外国人とすぐエッチするのか?」とか「日本国内でもすぐにエッチするのか?」など。どうやらそういうフシダラな日本人女性が嫌いらしい。国外にいる日本人女性がすべてフシダラな訳ではないので、そういうイメージを持たれてしまっていることは非常に残念である。
「お前は日本人女性について、どう思うんだ?」と聞かれたが、「俺は日本人ではあるが、日本人女性ではないので、ヨギさんと同じように彼女達の考えなんて分からないよ。」と答えるので精一杯だった。冗談で「おそらく、彼女達の行動はニューカルチャーなんだよ。」と言うと、大笑いしていたが…
夕食を食べに行くのに、停電した村内を懐中電灯片手に歩く。本当に真っ暗なうえ、路面もでこぼこしてしるので何度かつまづくのだが、それを家の軒先で見ていた少年に大笑いされた。恥ずかしい気分で定食屋へ。店内も電気はつかないので、当然のように懐中電灯の明かりで飯を食う。こんな事が当たり前の生活に慣れてきたと言う事は、また一歩インド人に近づけたのだろうか?