30日目 カニャークマリ
『日本の父』
今日は寝不足で、少しだけ早起きが辛い。
毎晩、蚊がうるさくて眠れないのである。
天井のファンを回せば、蚊をよせつけない効果があるのだが、朝までつけっぱなしでいると、確実に風邪をひくので使えない。
チェンナイで買ってきた蚊取線香も途中で切れてしまうので、朝方には蚊に襲われてしまう。
何か良い対策はないか考えるが、思い浮かばず。
耐えるしかないみたいである。
いつものように日の出を見にコモリン岬へ。
ガート(沐浴場)でインド中から来るたくさんの巡礼者が沐浴している。
男性は上半身裸、女性はサリーのまま海へと入り、両手で水を3度すくい、頭の先まで3回海に浸かる。
儀式を見ていると「宗教って一体なんだ?」と考えてしまう。
宗教を心の拠り所にする方が幸せに生きれるんだろうか?
俺も何か信仰した方が、安らかに生きられるのだろうか?
宿に帰り、部屋で寝ていると、行商のシャフィとショエブが遊びにきた。
いつも二人でフラフラしているのを目撃するので、本当に仕事をしてるのか疑問である。
本人達に仕事のことを聞いてみても、「一日4時間だけ働けばいいのさ。」なんて言っている。
でも、よくよく考えてみると、4時間働くだけで生きていけるのだから、それでいいのかもしれない。
遊んでいたらお昼近くになったので、海岸沿いを歩きながらバスターミナルの食堂へ行く。
昨日と同じようにミールスを食べ、美味いので2杯おかわりした。
その後は、兄ちゃんたちによる質問タイムに。
中でも一番難しかったのは、「日本の“父”と言えば誰なの?」という質問。
インドの“父”といえば、当然ながらマハトマ・ガンディーであるが、日本の“父”と言われても、ガンディーほどの偉大な人物が見当たらない。
日本の基礎を作った聖徳太子?それとも初代総理大臣の伊藤博文?などと考えたが、あまり下手なことは言わない方がいいと思い、「知らない。」と答えてしまった。
インド人にしてみれば、国父を知らないなんて非国民なやつだと思ってるのかもしれない。
俺は日本人でありながら、日本の“父”を知らない…
4時間ほど話をしていたが、だんだんお金のことしか聞かれなくなり、うんざりしてきたので退散。
今日はいつもと違う場所で夕日を見ようと、ちょっと遠出をしてみることに。
コモリン岬から離れた人気のない海岸は、人糞もゴミも落ちてないキレイな砂浜だった。
周りには誰もいない、波音だけが聞こえる場所で、地平線に沈みゆく夕日を独り占めしているような贅沢さ。
俺はこの風景を一生忘れないだろう…
最高に幸せな気分で宿へと帰っていると、数日前に写真を撮ったジーンズ屋の兄ちゃんに捕まり、また写真を撮るようにとせがまれる。
丁寧に断わると、「この前おごったチャイ代3Rs返せ!」と脅されたので、負けじと「じゃぁ、3Rs返すから、この前撮った写真代100Rs返してくれる?」と、いやらしいことを言ってみた。
ジーンズ屋の兄ちゃんは、さすがにこれには困ったようで、何も言わずに去ってしまった。
インド人の理不尽にキレずに、対等にやりあえた自分がちょっと嬉しかった。
宿に着き、部屋でゴロゴロしていると、シャフィとショエブが遊びにきたので、日本語を教える。
試しに日本から持ってきた“味噌汁”を飲ませてみたが、本気で二人とも気持ち悪がって、すぐに吐いていた。
やはり、味噌は口に合わないらしい。
インドでも、豆はダール(豆カレー)として食べられているので大丈夫だと思ったのだが。
夕食は『Hotel Maadhini』のレストランへ。
ここの料理は食堂に比べると高いが、ゆっくりと落ち付いて食べることができるので気に入っている。
今晩食べたチキンカレーと焼き魚も絶品だった。
6日にはラーメーシュワラムへと向かうので、カニャークマリ滞在もあと2日。
長期滞在すると良いこともあるし、悪いこともある。
インドがどんな国なのか少しだけ分かってきた。
今日は寝不足で、少しだけ早起きが辛い。
毎晩、蚊がうるさくて眠れないのである。
天井のファンを回せば、蚊をよせつけない効果があるのだが、朝までつけっぱなしでいると、確実に風邪をひくので使えない。
チェンナイで買ってきた蚊取線香も途中で切れてしまうので、朝方には蚊に襲われてしまう。
何か良い対策はないか考えるが、思い浮かばず。
耐えるしかないみたいである。
いつものように日の出を見にコモリン岬へ。
ガート(沐浴場)でインド中から来るたくさんの巡礼者が沐浴している。
男性は上半身裸、女性はサリーのまま海へと入り、両手で水を3度すくい、頭の先まで3回海に浸かる。
儀式を見ていると「宗教って一体なんだ?」と考えてしまう。
宗教を心の拠り所にする方が幸せに生きれるんだろうか?
俺も何か信仰した方が、安らかに生きられるのだろうか?
宿に帰り、部屋で寝ていると、行商のシャフィとショエブが遊びにきた。
いつも二人でフラフラしているのを目撃するので、本当に仕事をしてるのか疑問である。
本人達に仕事のことを聞いてみても、「一日4時間だけ働けばいいのさ。」なんて言っている。
でも、よくよく考えてみると、4時間働くだけで生きていけるのだから、それでいいのかもしれない。
遊んでいたらお昼近くになったので、海岸沿いを歩きながらバスターミナルの食堂へ行く。
昨日と同じようにミールスを食べ、美味いので2杯おかわりした。
その後は、兄ちゃんたちによる質問タイムに。
中でも一番難しかったのは、「日本の“父”と言えば誰なの?」という質問。
インドの“父”といえば、当然ながらマハトマ・ガンディーであるが、日本の“父”と言われても、ガンディーほどの偉大な人物が見当たらない。
日本の基礎を作った聖徳太子?それとも初代総理大臣の伊藤博文?などと考えたが、あまり下手なことは言わない方がいいと思い、「知らない。」と答えてしまった。
インド人にしてみれば、国父を知らないなんて非国民なやつだと思ってるのかもしれない。
俺は日本人でありながら、日本の“父”を知らない…
4時間ほど話をしていたが、だんだんお金のことしか聞かれなくなり、うんざりしてきたので退散。
今日はいつもと違う場所で夕日を見ようと、ちょっと遠出をしてみることに。
コモリン岬から離れた人気のない海岸は、人糞もゴミも落ちてないキレイな砂浜だった。
周りには誰もいない、波音だけが聞こえる場所で、地平線に沈みゆく夕日を独り占めしているような贅沢さ。
俺はこの風景を一生忘れないだろう…
最高に幸せな気分で宿へと帰っていると、数日前に写真を撮ったジーンズ屋の兄ちゃんに捕まり、また写真を撮るようにとせがまれる。
丁寧に断わると、「この前おごったチャイ代3Rs返せ!」と脅されたので、負けじと「じゃぁ、3Rs返すから、この前撮った写真代100Rs返してくれる?」と、いやらしいことを言ってみた。
ジーンズ屋の兄ちゃんは、さすがにこれには困ったようで、何も言わずに去ってしまった。
インド人の理不尽にキレずに、対等にやりあえた自分がちょっと嬉しかった。
宿に着き、部屋でゴロゴロしていると、シャフィとショエブが遊びにきたので、日本語を教える。
試しに日本から持ってきた“味噌汁”を飲ませてみたが、本気で二人とも気持ち悪がって、すぐに吐いていた。
やはり、味噌は口に合わないらしい。
インドでも、豆はダール(豆カレー)として食べられているので大丈夫だと思ったのだが。
夕食は『Hotel Maadhini』のレストランへ。
ここの料理は食堂に比べると高いが、ゆっくりと落ち付いて食べることができるので気に入っている。
今晩食べたチキンカレーと焼き魚も絶品だった。
6日にはラーメーシュワラムへと向かうので、カニャークマリ滞在もあと2日。
長期滞在すると良いこともあるし、悪いこともある。
インドがどんな国なのか少しだけ分かってきた。