インド亜大陸旅行記 -33ページ目

31日目 カニャークマリ

『キリストと俺』


朝からお決まりのスケジュール。
6時に起き、日の出をみて、帰りにチャイを飲み、パンを食べて朝食を済ませ、宿へと戻る。
しばらく休憩したら部屋の掃除をし、終わったらおもちゃ問屋へ行って兄ちゃんたちと話をし、10時半に最南端のネットカフェへ。
1時間経ったらバスターミナルまで海沿いを歩いて散歩。
食堂でミールスを食べ、兄ちゃんたちと雑談し、夕方になったら夕日を見に行く…。

これが最近のルーティンである。
なんて時間に余裕があるスケジュールだろう。
日本では、年金生活のお年寄りにもなかなかできないような生活だ。
でも、そんなゆったりとした時の流れがカニャークマリにはぴったりなのだ。
忙しいのはチャイ屋のオッサンくらいで、誰もシャカリキ働いていない。
こんなのんびりとした場所で一生過ごしたい…というのは無理なので、今を満喫することに。

カニャークマリに来て毎日“日の出”と“日の入り”を見ているが、一日として同じ太陽というものがない。
気候、見る場所など、様々な条件で雰囲気が変わってくる。
今までじっくりと太陽を見ることがなかったので、日本にいるときにはこんな単純なことに気づきもしなかった。
太陽が神として崇められる訳も理解できたし、こんなに素晴らしいものだとは思わなかった。



いつものように、おもちゃ問屋で雑談していると、宿屋の髭オヤジがやってきて「一緒に教会に行かないか?ミサがあるんだけど。」と誘ってきた。
特に予定もなく暇だったので連れて行ってもらうことに。

フロントで出発を待っていると、髭オヤジが「これ持ってけ。」と聖書を渡してくれた。
しかし、中を見てみるとタミル語の聖書だった。
読める訳がないので、「読めない!」と髭オヤジに返す。
オッサンは俺をインド人と勘違いしているのだろうか?

次に英語版の聖書を渡してくれたのだが、最初の2、3ページ読んだだけで飽きてしまった。
宗教に入信するのも一苦労である。
読みもしない重い聖書を持ち、髭オヤジと共に教会へとむかった。

宿から10分くらいの距離に立派な教会が見えたので、そこへ行くのかと思いきや、30分ほど歩かされて、ほったて小屋みたいな教会に連れて行かれた。
映画に出てくるような教会とは程遠かったのでガッカリしたが、中に入ると参加者が5人しかいなかったのでさらにガッカリした。

しばらくして、太鼓とシンバルを使ったミサが始まった。
ゴスペルとまでは期待してなかったが、老人達の詩吟クラブみたいな雰囲気だったので、さらにブルーになる。
演奏も手拍子もバラバラ。
もしキリストが見ていたら、どんな事を思うだろう。

演奏が終わると、今度はひとりのオッサンが大声で何やら言い始めた。
しかも、その時間が長い。
眠たくなってきた。
「早く終わらないかな…」と、ウトウトしながら、1番前で座っているここの長、俺をこの教会へ連れてきた髭オヤジを見てみると

既に寝ていた。

絶対にクリスチャンだけにはならないことをキリストに誓い、ミサの途中ながら教会を後にしたのだった。