インド亜大陸旅行記 -22ページ目

42日目 ポンディシェリー→約100Km(バスで2時間、33Rs)→マハーバリプラム

『調理2時間のレストラン』


静かな場所で寝られたのに、いつものクセで5時に起床。
しかし、する事が無いので、テレビでダラダラとクリケットを観戦することに。
かなりクリケットのルールも分かってきて、だんだんと面白くなってきた所で、出発時刻の10時になってしまい、荷物をまとめて宿をチェックアウト。
ちょうど宿の前で休憩していたリクシャーに乗り込み、バススタンドヘ向かった。

バススタンドに着くと、すぐにマハーバリプラム行きのバスを見つけ、乗車。
座って、ふと思ったのだが、ここまで一度も長いバス待ちをしたことがないのである。
インドの乗り物は遅れて当たり前だと思っていたが、待っても10分ほどで、何時間という遅れは経験していない。
おそらく、南インドはバス交通網が整備されているので、遅れる事も少ないのだろう。
列車やバスが遅れるのは、北インドだけなのかもしれない。

しばらくすると、バスが動き出した。
しかし、バスはハイウェイとは逆方向の、車庫らしき場所へと向かった。
バスが故障でもしたのだろうか?と考えていると給油所へ。
客を乗せたまま給油を始めた。
「普通、客乗せる前に給油してくるだろ!」と文句でも言いたい気持ちだったが、ここはインド。
大人しく、待つことに。
しばらくして、75リットルを給油したバスは、ようやくマハーバリプラムへ向けて出発した。

ポンディシェリー~マハーバリプラム間はハイウェイになっており、道が舗装されていて、バスは快適な乗り心地である。
海沿いを走るので、窓からの風景も南国リゾートそのものである。
まぁ、車内はインド人だらけなのだが…

気持ちのいい2時間を過ごし、マハーバリプラムへと到着。
この地は数々の世界遺産がある村なのだが、ベンガル湾を望むリゾート地としても有名なので、当然の如く、バスを降りると共に大勢の客引きが集まってきた。
適当にあしらいながら海に近い目的のホテルを探すことに。

重いリュックを背負いながら10分ほど歩き、ホテルに到着。
早速フロントのオッサンに空室があるかどうか聞いてみると、満室だと言われてしまった。
またホテル探しに出かけなければいけないと思うと、うんざりしてきたので、何とかならないものかと長期宿泊をアピールしてみた。
すると、「なら、別館に泊まれよ。」と言われ、別館のオッサンを呼んでくれた。
助かった。

しばらく待っていると、バイクに乗ったオッサン登場。
「俺の宿はここから2分くらいの所にある。」と言われたので、歩いていこうとすると、「後ろに乗れよ。」と無理矢理バイクに乗せられた。

明らかに2分を過ぎ、バイクで5分ほど走った村のはずれにある家の前に下ろされる。
「ここが宿だ。後のことは中の人に聞いてくれ。」と、オッサンは言い残し、バイクに乗って立ち去ってしまった。
「これは騙されたな…」と思いながら、家の中へ。
すると、オバサンが出てきて、「アンタが泊まる場所はこっちよ。」と案内してくれた。
案内された場所は、家畜小屋みたいな、窓も無い暗い部屋。
全く泊まる気になれない。
値段を聞いてみると150Rsとメチャメチャ高い。
やっぱり騙された。
オバサンに「ありがとう。」とお礼を言い、再び重い荷物を背負ってバイクで来た道を戻る事にした。

汗だくになりながら30分かけて最初にバスで到着した場所に戻り、再び宿探しを始める。
しかし、いろいろ宿を周って聞いてみるが、どこも満室で部屋が無いようである。
ちょうどフェスティバルの最中らしく、旅行者がここに集まってきているらしい。
これはヤバイと思い、手当り次第、出会った人に聞いてみることにした。

海沿いを歩いていると、レストランからひょっこり顔を出しているオッサンがいたので、「どこか安くていい宿を紹介してくれない?」と聞いてみた。
するとオッサンは「いい宿がある。」と言うので、ついていくことに。

着いた所は、大きな庭のあるコテージみたいなプライベートハウス。
庭は椰子の木や植物が生い茂っており、夏のような気候の中でも涼しげな感じで、庭の先には門があり、その先には砂浜、さらに先にはベンガル湾が広がっている。
部屋には大きなダブルベットが備え付けてあり、シャワーはお湯も出るし、清潔である。
これはどう考えても予算の200Rsでは泊まれないことは明らかである。
「一泊700Rs(1750円)位するよなぁ…」と思いながら値段を聞いてみると、「一泊400Rs(1000円)だ。」とオッサン。
プライベートハウスなんてなかなか泊まれないし、400Rsは出せない額ではないので、泊まることに決めた。
その後、「3日泊まるから、1200Rsを900Rsにしてくれ!」と長々と交渉するも、オッサンがキレ始めたので1100Rs(2750円)で決着。
日本で海辺のコテージを借りたら何万もするが、ここでは2750円で3日もコテージが借りられるのだから素晴らしい。
っていうか、このオッサン…何なんだ?

予想外の出費の為、すぐさま両替屋へ。
レートが良くなかったので、チェンナイまで我慢したかったが、仕方ないので両替する。

プライベートハウスに戻り、夕方までテラスに備え付けてあるイスに腰掛け、海を眺めながらボーっとし、日本の家族に手紙を書くことにした。

18時になったので、村の中心部にある広場へと行く。
両替した帰りに、現地の兄ちゃんに「今日はダンスフェスティバルがあるよ。」と聞いたので、見に行くことにしたのだ。
会場に着くと、「150Rs払えば前で座って見れるよ。」と言われたので、どう考えても高いが150Rs払ってチケットを購入し、前の席へ。
やはりと言うか、前の席に座っているのは金持ちの欧米人ばかりで、アジアな人は俺だけだった。

しかも、ダンスのショーが始まると、欧米人達は一斉にカメラやビデオを取りだし、撮影ばかりしている。
みんな立って移動しては撮影、戻ってきては撮影でダンスそっちのけで動くので、邪魔で仕方がない。
子どものお遊戯会を見に来た御父兄さんのようである。

ダンスの方は、1組目のダンスは素晴らしかったが、2組目は明らかに練習不足でバラバラなダンスのため、見ている人達がすごく不機嫌になっていた。
さすがインド。
踊りも適当である。

その後、夕食を食べに、プライベートハウス近くのレストランへ。
シーフードが食べたかったので、“シーフードチャーハン”を注文した。
すると、店員の少年は、「ちょっと待ってて。」と言って、客である俺を独り残してどこかへ出かけてしまった。
ひょっとして…

30分後、少年は魚やエビの入ったザルを抱えて戻ってきた。
やっぱりであったが、材料調達に行っていたようである。
さすがインド。
レストランもマイペースである。

少年が料理を作ってる間、暇なのでウェイターらしき少年とチェスをすることに。
チェスのルールを知らなかったので、少年に教えられながらの対戦だが、なかなか白熱した展開に。
いつの間にか料理中の少年は、俺の隣に座ってアドバイスしてくる。

結局、料理が出てきたのは2時間後。
たくさんの小骨が入ったシーフードチャーハンを食べながらチェスを続けることに。

30分後、チェスの対戦がウェイターvs料理人に変わっており、俺は見ているだけに…
夕飯も食べ終わったので帰ることにした。
二度とこの店には来ないと思う。

プライベートハウスに帰り、シャワーを浴び、洗濯をして、寝ることに。
無駄に部屋が広く、ベットも大きいので、なんだかとても寂しい。
急に人恋しくなった。