インド亜大陸旅行記
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63日目 ボーパール→サーンチー

『仏国土』



ラブホテル風のベッドはインドには珍しく掛け布団が付いていたので、ぐっすりと眠れた。気分爽快にサーンチーへと行くことができる。


バススタンドまで行き、サーンチーへ行くバスを尋ねると、ガバメントバスは運行してないとの事だったので、プライベートバスに乗る。外の気温は10℃を下回っており、霧も立ち込めている。「あぁ、とうとう北へと来てしまったな。」と寒さを体で感じながら、旅の終わりが近づいて来てるのが漠然と理解できた。


ボーっと窓の外の風景を見ていると、バスが止まった。乗客が全員降りているので、どうやら乗り換えのようである。外に出て、「サーンチーまではあとどれくらい?」と車掌に聞くと、「あれ?サーンチーはもう通ったよ。」というではないか。どうやら俺を降ろし忘れたようである。仕方なく今まで乗ってきたボーパール行きの折り返しバスに再び乗ることに。


少し戻って無事サーンチーに到着。降りたところは何の看板もバスストップさえもない、ただの交差点。本当にこんな場所に世界遺産があるのか心配になってくる。


駅前のバザールで朝食を食べ、ストゥーパ群の見学へ。入場料5ドルを払い、中へと入る。5分ほど小高い山を登ると第一ストゥーパへ到着。観光客は欧米人が3人しかいないせいか、まわりはすごく静かでとても落ち着いた雰囲気の場所である。空気も澄んでいて、深呼吸をすると気持ちがいい。


ストゥーパの横に立っているアショーカ王の石柱は見逃しそうなほど普通の柱で特に彫刻もなくあっさりとしていた。しかし、磨き上げられた表面は今でもつややかで、とても何千年前に建てられたものだとは思えないものだ。


次に第二ストゥーパへ。ストゥーパを囲む柵にレリーフが施されており、しばらく見ていたがとても面白いものだった。ひととおり公園内を見学し終えてから博物館へ行く。アショーカ王の石柱の頭の部分にあたるライオン像が展示されていたので「これって、インドの紙幣に印刷されている部分だよね?」と近くで暇そうにしていた警備員に聞いてみると、「違うよ。紙幣に印刷されているのはサルナートにある石柱だよ。」と教えてくれた。

その後もいろんな展示品の説明をしてもらったので「これはガイド料取られるな?」と思っていたが、何も請求してこなかったので「ありがとう。」とお礼を言い、博物館を後にした。ボーパールへ帰るバスを来たときに降りた交差点で待っていると、タバコ屋のオッサンが話しかけてきて仲良くなった。タバコから菓子からいろいろくれて、お金を払うと言っているのに受け取ってくれないし、こんな人はインドでは珍しい。お互いの家族の話をして楽しい時間を過ごした。


バスに2時間ほど揺られ、ボーパールへ帰り、すぐにホテルをチェックアウトする。バスでカジュラホまで行くと言うと、「バスは大変だから列車で行け」としきりに薦めてきた。しかし、最南端カニャークマリからずっとバスで来ているので、列車に乗る選択肢など最初からない。「のんびりバスで行くよ。」といい、ホテルを出た。


バススタンドに着きバスの出発を待ちながら周辺の英語ができる人々と話していると、しきりに何度もヒンディー語で話しかけてくるオッサンがいた。何を言ってるのか分からないので、隣にいたインドの大学生に通訳してもらうと、「俺はカジュラホ行きのドライバーだって言ってるよ。」と教えてくれた。相変わらずドライバーのオッサンは何を言ってるのか分からなかったが、とても楽しそうにしているので、こっちもなんだか楽しくなってきた。


出発時刻になったので真ん中辺りの席に座っていると、運転手のオッサンが俺に向かって「こっちへ来い。」と呼んでいる。意味が分からないまま行ってみると、運転席真横の座席に「座れ。」という。仕方ないので座ると、バスは勢いよく走り出した。バスの運転席なんて座ったことがないので、そこから見る景色はとても楽しいのだが、ダート道を物凄い勢いで飛ばすし、対向車とはぎりぎりで擦違うし、寒いのに窓が壊れていて半開きだし最悪の席である。


とにかく、寒いし、怖い。事故を起こしたら間違いなく死ぬ。それは俺にも分かる。

これは大変な移動になりそうだ。

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