いってくるんだぜ
つーわけで、近々ハバナにさとがえり(?)してまいります。
残念ながらあいにくおそれいりやのこんこんちきではございますが、私信などはお預かりいたしかねまする。
(だって行って見たらトンでもなく遠い場所だったりして・・・空港の近くだっていうから立ち寄ったのに・・・・なんだよ~・・・
タクシーの運ちゃんたらそりゃ正反対の方角だぜっていうし・・・あたしだったら地図くらいつけて人にお願いするよな・・)
いえなんせ短期間の滞在ですから、時間が惜しい。やるこたぁいっぱいあるのです。
ま、その分あっちこっちに結果を反映させたいもんですわい。
あー、トロントは寒いんだろうな。
仙台営業記(余談)わだすの知っているはんいのとうほぐのアヅさについで
ジャンルはラテンじゃないんだけどね。
20代はじめから、東北のジャズ喫茶めぐりをひとりでやっていた。
ハタチくらいのときに、盛岡の「伴天連茶屋」というジャズスポットに入り勝手に店のピアノを
いじっていたら番頭さんたちがやってきて「あ、そのまま弾いててください。今入りますから」
と言っていきなりお仕事放棄して昼からセッション、なんていう展開に遭遇したのだった。
いきなり行っていきなり初対面の人々と「straight,no chaser」を演れるという、そうだ曲さえ
知っててそこにメンバーが揃えばどこでだってこおゆう事は可能なんだよなぁ!
こわいもんなしのハタチの学生はそう理解して興奮したもんだった。
それから古い「ジャズ批評」なんかを見つけて各駅停車在来線を乗り継いではそういう店に
行ってみる旅を始めた。なにも毎回セッション目当てじゃなかったけれど。
そんな風にして歩いていると、自分の知り合いの店に連絡しててやっから行ってみらぇんと
言うオヤジあり、そうして迷いながら行くと夏場にはそーめん茹でて待っててくれたりして、
あるいは入るなりコップ酒冷やで一杯つけてくれたり。
在来線を乗り継ぎ、県境を越えて行く先に誰かのコネクションの糸口がある。
とうほぐジャズ・スポットのネットワークてのがあるんだわ、距離関係なく。
なんだかそれはすごーく熱いもんだなぁとワカモンだから今より余計に感動した。
そのうち、そんな旅をバイト代ができるたびに繰り返すうちにセッションにも顔出すようになった。
半年に一回とかしか行かないけども「あれ、前にもいたな」という人もでてきた。
(ま、常連といえばそうなんだろうが)
話をしてみると、えっと驚くような距離の場所からやってきている。
県南・北なんてもんじゃなく。
「いや~クルマでぁ夜とばせば2.3時間で帰れるからねぁ~」と秋田な発音でさらっと答えたりする
彼らは「だってぇ他に演れっとこないものぉ」というのだった。
東京に住んでると、まあセッションやる店ってのはいくらでも(当時は)あるもんだったが。
周りに同好の士・密度が低いということが物理的距離をかるく越えさせるもんなのね。
ある意味、無駄に便利な場所より熱い。
使うの恥ずかしいような言葉だけれどハングリーっていうやつ。
それならね。
ラテンにおいてもそうなんじゃないかって考えていたのでした。
そうはいうものの、どういう糸口があるんだろう?という見えない部分もたくさんあるし。
そこにヴィレッジヴァンガード@仙台さんからのアプローチがあったのね。
だから。
うちのオーナーのいう「イマイチっていう話らしいっすよ」はわたしにとっては「んだいかねぇ?」
(そーですかねぇ=私はそうは思わない)と東北的ニュアンスで反論していたのだった。
ま、口で言っててもしょうがないので実際に行って感じるしかないだろうと。
だから行こうぜっていったんだよ、金ちゃん。
仙台営業記(1)
「東北ではラテンはいまいち売れない、ってのが定説らしいっすよ」
と、中南米マガジン・金安オーナーはよく言う。
らしいっすよ、が気になるじゃないのさ。
それってホントなわけ????
先月のある晩、高田馬場OLEで経営企画会議と称して飲むまえに、金安オーナーが
黄色い紙を数枚出してきた。
「仙台のヴィレッジヴァンガードの店長さんが送ってきたっすよ。POPを書いてくれということ
らしいんだけど、代わりに書いてくれないっすか」
「は?いいですけど。でも、先方は金安オーナーの字でキメてほすいのでは」
「ニガテっすよ、字は」
「じゃあ預かっておきましょう」
「ヨロピクです」
しかしさあ、預かってみたはいいけれど、丸投げかよ、カネちゃんよぅ。
オイオイ、「全部買い取り」「面陳」「ほぼ無期限?店長様のお気のすむまでフェア開催」
これだけのありえねー条件を用意していただいてるんだぜ。
こちらから提示したってそうそう実現しないことなのに。
もうちょっと、何か熱いアプローチをしてあげよーとかしないわけぇ?
わたしは、この店長さんて人に会ってみたいなぁと思った。
こんなガッツのある企画をこしらえてくださるなんて、ともかく一回生でお話したい。
でもって、面陳のディスプレイもみてみたい。
それから、ナンカお役に立ちそうな工作でもご提供できたらいいな。
そんでもなぁ。いきなり単独で行ってもどーよ、って感じだろうしなぁ。
数日後、夫婦でばんめし(ぶりの照り焼きとほうれんそうのおしたしその他と庄内の日本酒など)を
やりながらこんな話をした。
「でもねー、カネちゃんたらさぁ、”トーホクでラテンはイマイチって話らしいっすよ”ってゆうのよぉ。」
「金安さん、仙台行ったことあるのかな」
「最近はないみたいよー。関西には時々いってるみたいだけど。大体、”らしいっすよ”じゃないってのよ。
自分で見たんかい、人に会ったんかい、て言いたいわけよ、あたしは」
「ふーむ。そうですか。じゃあ、ラチって連れてくしかないですね。都合どうなのか電話してみたら」
「そうだねえ、してみようか」
仙台ヴィレッジヴァンガード!で
ごみんなさい。
詳しくは本家にて、画像つきでお話ししておりやす。
こっちね。↓
http://plaza.rakuten.co.jp/satchumino/
熱いスピリットをお持ちの店長さまにお会いできて、うれしぅございました。
地底レコードさんとの出会いとは。
- 酒井俊
- 満月の夕べ
- 酒井俊
- 満月の夕べ
中南米マガジン・裏表紙の全面広告は「地底レコード」。
さて、その貴重な広告スペースを割いてまでお祝いのことばをいだたいてしまった。
(詳しくは書店さんで実物をごらんください)
地底さん、ありがとう。
でもって。
地底さんとの出会いについて。
あれはいつだったでしょう、2000年前後のある日。
総武線各駅停車で終点・三鷹駅についたとき、車内の網棚にLHケースに似た厚紙の封筒がのってた。
中身を見たら「地底レコード」レーベルの新譜らしきもののジャケット入稿データらしきものが。
ついでに住所もかいてある。
なになに、ふーむ。歩いていけるとこじゃん。
じゃあ、届けてあげましょう。
「地底レーベル」ならばわたしの好きな「酒井俊」さんのなんかも出してるしなぁ。
そう思って、てくてく歩いた。
ほんとにここなのかなぁ。
いや、番地には確かにそう書いてある。
恐る恐るベルを鳴らす。
しばらくして御茶ノ水博士ふうのかたが「はーい」と出ていらした。
「あのう、これ、総武線でひろいました。」
あやしい感じしてもいやなので名刺(中南米マガジンの)を出す。
博士ふうのそのかたは、名刺をみるなり
「ああ。中南米マガジン。知ってますよ」
「え!ほんとですか!」ちょっとほっとする。
それからちょっと話をし、酒井俊が好きだってこととか。
帰り際に「これどうぞ」と差し出された酒井俊の「満月の夕べ」のCD。
あとで別のアレンジのも出たけれど。きどなつきさんと一緒にやってる録音が好き。
この曲は、その前の年に友人のやってるジャズ・スポットで酒井俊ライブを行い、そのあとで
聞かせてもらったのだった。それからずっといいなぁの曲。
説明できないおかしな縁だなぁふふふと笑いながら帰った。
それからしばらくして、金安編集長から「ちていさんて人から手紙がきたよ」と連絡が。
それ以後はもう、中南米マガジンは地底さんにお世話になりっぱなしだ。
なにかライブがあるといってはマガジンを売らせてもらい、
果ては全面広告までいただき。
ありがたいことです。
なにがどーなるか、人と知り合うことにはいつも未知の展開があるもんだ。
それが楽しくってやってるんだけどね。
やっとなんとか
昨日は飯田橋のデザイナー・安齋さんの事務所にて作業。
いや、作業1割、おしゃべり7割、酒2割くらいのかんじだったかな。
このメンバーで顔あわせるのは、タモリ倶楽部の打ち合わせ依頼。
みんなで金安オーナーの苦悩な話を肴にちょっと酒もやる。
作業するのも大事なんだが、この仲間と集まってごじゃごじゃなんかやってる時間て、
わたしはすごく好きだ。
それを楽しみに行ってるようなもんでもある。
イラストや写真の指定も終わり、全部手放してあーやったぜ~、な気分。
自宅の近くの駅についたら、ものすごく寒い。
残業大魔王の夫がバイクで駅前まで来ていた。ほぼ、予想通りの到着時間。
らーめんぽいものを食べたいなぁとこちょっと歩く。
途中、この界隈に増加しつつあるキャバクラの呼び込みをしている小男が、あたしを見上げて
「どーすかッ!これから!」
だってよ。
どうするもなにも、あーた。
あたしがねーちゃんと遊びたいとでも思ってるのか。
せっかくの開放気分を無駄に消費したくないので、「どうしろってんだよ。このチビ」と短めにののしり
その場を去る。
あの連中、ほうきで掃いて捨ててやりてーぜ。
人の見方もままならぬようでは、あの男の呼び込み人生もそう長くはないだろう。
ともあれ、締め切りあとの豆板醤味もやしらーめんはしみた~。
締め切りから開放されたあとの2.3日がとても好きだ。
この開放感込みで、やはり雑誌つくりはいいもんだなと。
がんばってるぜ、もうちょっとだぜ多分
なんだかこれじゃあ金安オーナーみたいだなぁ、いかんいかん(笑)
えーと、本日は写真につけるキャプションを大急ぎで考え、ついでに
イラストにスクリーントーンを張り込む作業をおうちでやったのだよ。
BGMはビル・エヴァンスだったりするのだが、まーラテンばかり聴いてるわけじゃないもんで。
大体、足腰が踊ってたらトーンナイフなんかまっすぐ引けないしな。
こういうときは気持ちが静かになるエヴァンス・トリオが一番。
いやいや、十分emotionalな音なんだけどね。
こないだ買ったDVDプレイヤー再生している、けっこういい音。
音の霊媒師度アップ、スピーカーの向こうにエヴァンス・トリオが「ちょっとだけ、いる」かんじ。
今度は何の音源でためしてみようかな。
と、まあなんとか次号も(あたしのとこだけは)形になりつつありますですぜ。
相棒の淹れてくれるコーヒーとエヴァンスの音で、はかどった。
うーむ、感謝してまする。
店でばったり
まだまだONAIR効果は続く。
金曜日、神保町「書肆アクセス」に行く。
「見たわよぉ、番組!」
「あたしはねちゃったのよぉ」
「・・・・!」
面識のない方にまで「あっ、いた!」と言葉を発していただく。
むはー、そういうもんですか。
日曜日、遅くおきた昼に固定電話が鳴る。
実家の親からだ。
「なんか、あんた、出たんだってぇ?」
「なんのことだよ」
「美容院の人にきいたのよぉ。さちさんがでてたってよろこんでたわよぉ」
「はっ、そうですか」
(ちきしょー、これだからな。あの連中・・・)
騒ぐだけじゃなく定期購読とか、店に置くとか具体的な支援ポルファボールですわん。
ゲバラ入浴剤を置いてくれてもよくなくない?
なんつってさ。
親戚なんかにまで連絡網が回ってもうざいので、そこらへんは黙っていたのだが。
自分のやってる行動は、まあ控えめに表明しているというのが実際のところだ。
もしもごらんになった方がいらしたら。ぜひとももう一歩立ち入っていただきたいもんでがす。
巻末の「赤振」(加入者負担の振込み用紙。これがあれば振込み手数料はかかりません)で
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- すずき さち, 金安 顕一, 安斎 徹雄
- 中南米マガジン第8号
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- 中南米マガジン第8号
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次号に向けてあれこれ
中南米マガジン・次号の製作中なのだ。
今回から新しいデザイナー氏のお世話になることになった。
昨日は、その彼との初打ち合わせ。
初対面ながらも本題からどんどん話は飛躍し、ご近所話からハバナでの話まで。
こういう未知の人との遭遇がこの雑誌に腰まで浸かっていることの楽しみでもある。
ついでに、
新しい視点、別な方向からの風を入れることで雑誌の鮮度をキープしていくのは重要なことだと思う。
すでに流れがナニゲに決まっているところに入っていくのもきっと最初は「どんなもんだろ」感が強いだろう。
でも、良くも悪くも「低予算の強み」をフルにぶんまわしてお互いが面白くなれば、それでいいのでは?
デザイナー氏もどうか、楽しんでお仕事できますようにと願っちゃうのだ。
そして、手にとってくださる人々も楽しんでくだされば。(ヨロピクです~!)
つーわけで、あれこれやってる途中。
なのだ。
(このところCATVで75年版-だったっけ?-元祖天才バカボンを見ているので、語尾がどうしてもパパなのだ。)