「投信、配当しすぎ歯止め」との見出しは、今日の日経の1面記事です。
「投信、配当しすぎ歯止め」 日経1月27日
毎月分配型投資信託の分配競争や、それに伴う説明不足、トラブルの増加への対応措置を金融庁が検討しているとのことです。
先日のFP勉強会での講師のお話の中で、顧客の分配型投信の報告書を見せてもらったところ、分配原資のすべてが、利益部分の分配である「普通分配」ではなく、自分の元本の返却部分である「特別配当」であったことが分かり、顧客が驚き、さらに腹を立てたということを聞きました。さもありなん!
その矢先にこうした記事が出た訳です。
「配当しすぎ」という表現は、実は、購入する個人の立場からすれば、おかしな表現です。
元本を徐々に取り崩して使って行くという行動は、何らおかしくないのです。問題は、「分配として入って来るものが利益部分だけで、元本は減っていないのだ」と顧客が思っている場合です。返ってくる元本を含めて、毎月の支出に備えるという考え方の顧客であれば、分配型投信の分配で元本が返ってきても、,全然おかしくはないのです。むしろ、利益部分と元本部分を合わせて、一定額になるような設計の商品があれば、それはそれで商品価値はあるのです。
問題が起こったときの役所の対応は、今回がそうであったように、いつも「規制」や「歯止め」です。
しかし、本当にそれで良いのかという疑問があります。本来は、そうではなく、金融機関が自分のニーズに合わないものを奨めてきたら、自分の判断でNoと言える消費者をつくることが、根本的な解決法だと思います。これをやらないままだと、また新手の商品が出て来たら、またそれを規制するしかない。過去の歴史は、まさに規制と規制緩和の歴史でしょう。
こうした賢い「お金の消費者」をつくるには、お金の教育をするしかない。そして、元本の変動するリスク商品の購入には、免許を要するとする「免許制」が必要だと、これまで、さまざまな場面で書いてきました。金融庁のお役人も読んでくれないかと密かに願いながら。。。今までのところ、その様子はありません。
こうした免許制を、すでに60~70歳になった人に、今更適用せよというつもりはありません。例えば、投資教育を中学、高校時代に行って、卒業単位に組込む。卒業時に免許を交付。これでどうでしょう。そして、自動車免許をまったく同じく、数年毎の更新(もちろんその度に講習等を行う)をする。認知症が出たら、更新しない。
中学、高校の教育では、例えば、株式投資とはどんなものか、応援したい企業があったら株式投資というかたちでの応援も出来るよとういうことを教える。こうしてアプローチに併せ、応援のために投じたお金が何倍にもなってお礼してくれる場合もあれば、残念ながらそうず、なくなってしまう場合もあるという説明もする。
応援してもらう企業は、ちゃんと自分の会社でやっていることを、応援してくれている人やこれから応援してくれる人に、包み隠さず言わなくてはいけない。こういうことを積み重ねれば、賢い「お金の消費者」が出てくるのではないでしょうか?そうすれば、「交通事故」も減る。成熟した投資家のいる社会になります。
車には、利便性もある。しかし、リスクもある。
金融商品にも、まったく同じ事が言える。
どっちのリスクが大きいのでしょう。
あまり変わらないのなら、どちらも免許制にすべきではないでしょうか?
皆さんのお考えが聞きたいと思います。