半径3メートルから宇宙の果てまで -33ページ目

火葬場の帰り道

昨日、フェレットの遺体をタオルにくるんで小箱に入れ、行政がやっているペットの火葬へ申し込んだ。

受け入れ窓口は、市のリサイクル事業の窓口と一緒。つまりは粗大ゴミ受付と同じだ。だが、遺体そのものはそこから府中の動物病院を経由して慰霊されるらしい。まさかゴミと一緒に燃やそうなんてことにならない程度には、社会は情があるということか。法的にはペットを殺しても「器物損壊罪」ということらしく、飼い主も「所有者」となるのだが。

仕事を結局は半休扱いにしてもらい、タクシーで窓口へ向かった。ついてみると、大きな箱をカートに乗せてやってきていた女性がいた。中身はゴールデンレトリバーの遺体らしい。僕は犬を飼ったことはないが、イタチ一匹でもこんなに悲しいんだから、犬のように愛情深く飼い主との関係を作るものは、飼い主のダメージも尋常じゃないだろうと悟られた。

窓口の取りつなぎに過ぎないスタッフに、何度もお願いしますと頭を下げるその女性は、ちらりとこちらを見ると、手に持った小箱にすぐ目をやり、僕の顔を見て、小さく会釈をした。お互いに今の気持ちはわかるとでも言うようだった。「お寂しいでしょうね」というところか。

僕も結局、窓口にいた作業服の男性に書類を渡し、火葬料を払って、「お願いします」と言った。

何をだ? しっかり焼いてくれということか? どういう慰霊をしてくれるんだ? 気になって仕方なかった。

写真はその帰り道、バス停まで歩く途中。
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命の灯

もうだめだろうと先日書いたばかりだけど、5月27日日曜日の午後、フェレットのほていが永眠した。

午後、ヨメが「ねぇ、うごいてないみたいだよう・・・」と、固い声で知らせに来て、見に行ってみると、眠るようにしてハンモックの中で死んでた。
覚悟はできていたものの、抱き上げたその瞬間に、涙があふれ、しゃくりあげて泣いてしまった。こんな泣き方をしたのはいつ以来だったろう。

ヨメも隣で、もっと可愛がってあげればよかったと声をあげて泣いていた。
可愛がってなかったわけじゃなく、もう可愛がれないのが悲しいという意味だ。パソコンで何かやっていると、膝のうえで眠ってくれるのがうれしいのだと言って、脚が痺れるのを我慢していたくらい可愛がってくれていた。

僕よりも帰宅の早い彼女は、常々一人でいるときに死んでしまうことを不安がっていた。きっと自分は死体をさわれないし、かといって何もできないのも嫌なのだと。

僕らが流した涙には悲しみはもちろん、もう一つ、安心が混じっていた。生きているうちに死を恐れて泣いてしまうと、本来よりも早く死んでしまったりするんじゃないかという不安があったから、衰弱していく様もじっと見ているしかなかったのだ。しっかり見なくてはいけないような気がしていた。それがもう泣いてもいいのだという安心。ちゃんと看取ってやれたという安心だ。

そんな僕らの気持ちを知ってか、フェレットは僕ら二人がいる日曜、逝った。

だめだとなってから、本当に早かった。
一日一日次第に動作が小さくなり、昨日できたことが今日できなくなるということを繰り返し、最期は静かに眠ったまま逝った。前日少し元気が出て、よたよたと台所の床を歩いては休み、歩いては休みしながら僕とヨメと少し遊んだが、あれはもしかしたら僕らへの最期のサービスだったのかもしれない。
命をろうそくの炎にたとえるが、本当に小さな炎が消えるような、静かな死だった。
病んで苦しんだりせず、静かに眠るように天寿を全うしてくれたことは僕らにとっても救いだった。

スピリチュアルなものを無闇に信じるほどおめでたくはないが、人間のようにあわてたり騒いだりすることなく、こんな小さな体で生と死という自然の営みを超然と受け入れる姿に、何か深い、敬意というのか、厳かで、神聖なものを感じずにはいられなかった。何か命を司る存在というものがあるのだろうかと思ってしまうほどに。

短いその一生を一緒に過ごしてくれてありがとう。安らかに。


with my wife, originally uploaded by Nohch.



これはもっとも元気だった頃、一緒にベッドで遊んでいた時のスナップ


My Friend, originally uploaded by Nohch.


家族

仕事を通じて知り合ったデザイナーが家族で我が家訪問。結婚して初めての来客である。

デザイン会社を運営し、自らもセンスあるデザイナーである旦那と、サバけた勇ましくも可愛い奥さんと2歳の娘さん。

見るからに幸せそうな家族だ。


「2歳ってナニを喰うんだ?」 と想像しながら買い物して料理をこしらえる。
やがて3人がやってきて、昼食会が始まった。

ああだこうだと何か話しているのだが、いまいち何を言っているのか、我々にはわからない。しかしママさんは普通に通じているらしく、「ああもうダメっていってるでしょ」とか「そうだね~ おいしいね~」とやりとりしている。

とてもおいしいと言っているようには見えなかったが、2才の子供の相手なんてまともにしたことないので、こっちとしてはちんぷんかんぷん。喜んでいるのか、ぐずっているのかは分かる。なんだペットと同じじゃないか。

ペットとえいば、フェレットに興味津々で近寄ってはみるものの、自宅で飼っているという猫との違いにとまどっているらしく、触ろうとはしない。初めてみる動物で先入観はないはずなのに、2才ともなると「なんとなくイヤ」という感情があるらしい。フェレットの方も見慣れない人間の幼児に興味はあるようで、ヒゲを動かしたり、横目でちらっとみたりして気にしている。

うちも来年あたり子供を作ろうかと思っているので、今のうちに赤ん坊に触れておくのは無駄じゃないだろう。

しかし、子供を持とうと思うと今まで気にしたことのなかったことが次第に気になるようになってきた。自動車免許を持ったとたん車が欲しくなるのと同じか。

保育園はどうすればいい?

学校は?
いじめにあったらどうしよう。
健康と肉体作りのためにスポーツはやらせよう。
命の大切さを教えるためにペットを飼おう。
歩いて5分の所にお爺ちゃんとおばあちゃんがいるから何かと安心だ。
まさかお受験するとか言い出さないだろうな(ヨメが)
大学は国公立にして欲しい。
物心ついたら「北の国から」のDVDをみせよう。
などなど、ユメは広がるのである。

ペットとともに

6歳を過ぎたフェレットに、最期の時が近づいている。

医者は「もう治療というよりは、介護だと思って最期までかわいがってください。すみません」と言ったきり。もう死を待つだけだということを、なかなか優しい表現にしてくれるもんだと感謝した。

食事の量が突然減りはじめたのは1ヶ月ほど前。2ヶ月前まではごはんの時間になると、急かすように空腹をアピールしていたが、次第にそういう仕草もしなくなり、食べ残すようになった。

先週、固形のフードを食べてしばらくすると苦しそうに吐いた。
今ではもう自力でエサを食べられない。ものすごいスピードで死に向かっている。こっちの心構えが追いつかない。
病院でもらったペースト状のエサに切り替え、それすらぬるい湯で溶いて、スポイトで飲み込ませる。
こいつをペットショップから連れて帰ってきた頃も、同じようにお湯で溶いたエサを食べさせたことを思い出して涙がとまらなくなった。

先週まではハンモックにも自力であがっていたが、今週はそれも弱々しくなり、今朝見たらついにハンモックの下で眠っていた。

一度、副腎腫瘍を患って、丸裸になったが、体が小さいので手術に耐えられないかもしれないと言われ、一度は死を覚悟したことがあったが、ある日突然毛が生えてきて、みるみる元気に復活した強運の子だった。しかし今回ばかりはそういうわけにはいかないようだ。

最期まで看取ってやりたいと思う。

Photo 夕陽を浴びて眠る

sleep in the light, originally uploaded by Nohch.

デジカメ

初めて買ったデジカメは、カシオのレンズ回転式のやつ。150万画素で5000円くらいので、秋葉原の露店で売ってたヤツを衝動買い。

当時はバッテリーも貧弱で、とても持ち歩いて使えるようなものじゃなかった。

何より役立ったのは、ヨメと付き合い始めた頃、メールにデジタル写真を貼付してやりとりするという刺激を感動的に享受したものだった。

彼女が使っていたのがニコンのレンズ回転式のでかいやつ。こいつは仕様なのか個体不良なのか電池の持ちが信じられないくらい悪かった。新しい乾電池入れて10枚くらいでバッテリー切れ。
メーカーに出したらとくに問題はないと返ってきたが、いまだにあれはおかしいと思っている。

そのあと買ったのは新聞記者の知人に勧められて、ソニーのサイバーショットUを中古で購入。

これでやっぱり写りがある程度ないと使う気が起きないことを学んだ。
考えてみれば物書きが重宝しそうな、映像メモ的なものならこういう小さいのがいいって選択肢はわかりやすい。

そんで初めて自ら選択眼を持って選んで買ったのが、フジフィルムのF710
これ、いいカメラで生産終わってから2年経つ今も全然現役。絵もフィルムカメラみたいな風合いがあってなかなかしぶくていい。
しかしやっぱり現行機から見ると隔世の感は否めず、バッテリーの持ちや画素の少なさがなかなか辛いところがあるのも確か。
それと、このフジフィルム独自のxPictureカードっていうメディア、ユーザーにとっては全くメリットがなく、ただただ企業の都合でしかない、こういう独自路線は本当に迷惑。もう全部SDカードでいいんじゃないか?

シグマのDP1も大いに気になるし、何よりもαのまともな一眼ボディーが出るようなのでそっちに金を回した方が結局は・・・っていう算段。
α100のようなエントリー機はシンクロケーブルが使えず仕事でも使えないので、はやくまともなボディーを・・・と待っている状態。

結局こういうあれこれ迷っているのが楽しいってだけなのだ。

下の写真はF710で撮った渋谷の交差点。


Red Car, originally uploaded by Nohch.