映画三昧の週末
SAYURI(原題:Memoirs of a Geisha)
日本を舞台にした芸者という日本文化を扱ったハリウッド映画。日本人俳優は脇役のみと話題になったので興味を持っていた。
観た。
まあこんなところだろうな。アメリカが思っている日本のイメージってこういうことなんだろうな。随所に中国テイストが混ざった日本人から見たらちょっと奇妙な世界。
豆葉(ミシェル・ヨー)はなんだか着物の着こなしがおかしいし、初桃(コン・リー)は置屋では黒い着物を着ているし。黒地に金糸の着物って中国の映画でしか見たことない。
千代(チャンツィイー)が踊りの稽古に行った所は緑色の石の床だったけど、完全にあれ中国の寺でしょ?
日本人にもアメリカとイギリスの厳格な違いがよくわかっていないのと同じことだろうから、アメリカが思っている日本ということで楽しむことにした。
ストーリーなストレートなラブストーリーで、特にどうということはなかった。
チャンツィイーは“水の相”があるという設定で、青いカラーコンタクトをしているのだが、ストーリーにその水の相が何か影響を及ぼすということもなく、ただキャラクターに神秘性を持たせようという演出だったようだが、チャン・ツィ・イーの常に寂しげな、不満そうな瞳の魅力を半減させていただけだった。目の色で神秘性だなんて演出としてもずいぶん安っぽい。実際青い目の芸者なんて、それだけで大騒ぎになって本来の物語に支障をきたす。本当に要らない演出だ。
しかしこうやって顔だけ似たような女優たちが演じる中、桃井かおりだけが日本での演技と変わらないというのは、やっぱりすごい女優なんだなと思った。当然といえば当然だが、畳の上という演技空間での物腰(たとえば正座して三つ指ついて頭を下げるというシーン)は、ミシェルヨーもコンリーも外国人であるという事実を際だたせただけで、置屋のやり手ババアを見事に演じきっていた。ほとんど話題にならなかったのが不思議。頼もしい限り。
ちなみに渡辺謙と役所広司以外の男性陣は全てハリウッドの日系か中国系俳優。みたことのある顔ばかり。
しかしこの映画は欧米で受ければ成功と言っていいたぐいのものだろう。
ミッションインポッシブル3(原題:M:I:III)
2はトムクルーズのプロモーションビデオのようだったが、シリーズ最高傑作と自ら言う通りエンタメ性があがっていて楽しめた。最初のエピソードの頭に埋め込まれた爆弾が破裂したという描写は、あとを引くほどショッキングだった。いま思い出しても・・・ううううう・・・ となる。
これを言ったら根本的に否定することになるかもしれないが、このシリーズ、トムクルーズじゃなかったらもっと面白くなった気がするのだが。
ボーンアルティメイタム(原題:The Bourne Ultimatum)
久々にアクション映画として楽しめる作品だった。このシリーズは全体的に面白いのだが、その大きな原因は、マット・デイモンが普通の兄ちゃんぽいところにある。やけに二枚目だったりオーラのある役者だったりすると、それだけでショーっぽくなってしまう。
この作品の見どころはズバリ、アクション。それも格闘シーン。ハンディカメラを使って役者の動きに遅れたり画面が荒れたり、それがまるで間近で見ているような緊張感のある効果を生んでいた。ジェット・リーやジャッキーチェンにありがちな、「はい、見どころココ!」と突然リプレイしたりスローモーションしたりするのを笑い飛ばすかのような迫力だった。
結局ジェイソンボーンの秘密は意外性ゼロだったのが非常に残念。
七人のマッハ(原題はเกิดมาลุย)
クソ映画。
以上。
日本を舞台にした芸者という日本文化を扱ったハリウッド映画。日本人俳優は脇役のみと話題になったので興味を持っていた。
観た。
まあこんなところだろうな。アメリカが思っている日本のイメージってこういうことなんだろうな。随所に中国テイストが混ざった日本人から見たらちょっと奇妙な世界。
豆葉(ミシェル・ヨー)はなんだか着物の着こなしがおかしいし、初桃(コン・リー)は置屋では黒い着物を着ているし。黒地に金糸の着物って中国の映画でしか見たことない。
千代(チャンツィイー)が踊りの稽古に行った所は緑色の石の床だったけど、完全にあれ中国の寺でしょ?
日本人にもアメリカとイギリスの厳格な違いがよくわかっていないのと同じことだろうから、アメリカが思っている日本ということで楽しむことにした。
ストーリーなストレートなラブストーリーで、特にどうということはなかった。
チャンツィイーは“水の相”があるという設定で、青いカラーコンタクトをしているのだが、ストーリーにその水の相が何か影響を及ぼすということもなく、ただキャラクターに神秘性を持たせようという演出だったようだが、チャン・ツィ・イーの常に寂しげな、不満そうな瞳の魅力を半減させていただけだった。目の色で神秘性だなんて演出としてもずいぶん安っぽい。実際青い目の芸者なんて、それだけで大騒ぎになって本来の物語に支障をきたす。本当に要らない演出だ。
しかしこうやって顔だけ似たような女優たちが演じる中、桃井かおりだけが日本での演技と変わらないというのは、やっぱりすごい女優なんだなと思った。当然といえば当然だが、畳の上という演技空間での物腰(たとえば正座して三つ指ついて頭を下げるというシーン)は、ミシェルヨーもコンリーも外国人であるという事実を際だたせただけで、置屋のやり手ババアを見事に演じきっていた。ほとんど話題にならなかったのが不思議。頼もしい限り。
ちなみに渡辺謙と役所広司以外の男性陣は全てハリウッドの日系か中国系俳優。みたことのある顔ばかり。
しかしこの映画は欧米で受ければ成功と言っていいたぐいのものだろう。
ミッションインポッシブル3(原題:M:I:III)
2はトムクルーズのプロモーションビデオのようだったが、シリーズ最高傑作と自ら言う通りエンタメ性があがっていて楽しめた。最初のエピソードの頭に埋め込まれた爆弾が破裂したという描写は、あとを引くほどショッキングだった。いま思い出しても・・・ううううう・・・ となる。
これを言ったら根本的に否定することになるかもしれないが、このシリーズ、トムクルーズじゃなかったらもっと面白くなった気がするのだが。
ボーンアルティメイタム(原題:The Bourne Ultimatum)
久々にアクション映画として楽しめる作品だった。このシリーズは全体的に面白いのだが、その大きな原因は、マット・デイモンが普通の兄ちゃんぽいところにある。やけに二枚目だったりオーラのある役者だったりすると、それだけでショーっぽくなってしまう。
この作品の見どころはズバリ、アクション。それも格闘シーン。ハンディカメラを使って役者の動きに遅れたり画面が荒れたり、それがまるで間近で見ているような緊張感のある効果を生んでいた。ジェット・リーやジャッキーチェンにありがちな、「はい、見どころココ!」と突然リプレイしたりスローモーションしたりするのを笑い飛ばすかのような迫力だった。
結局ジェイソンボーンの秘密は意外性ゼロだったのが非常に残念。
七人のマッハ(原題はเกิดมาลุย)
クソ映画。
以上。
20年早いスターウォーズ
アメリカ イズ グレイト! と思える数少ない理由の一つは映画スターウォーズを作ったこと。
金を出したのはルーカス個人だったとしても、そのスタッフはアメリカで教育を受けた連中なのだから、それはやっぱりアメリカのおかげだと言ってもいいはず。Youtubeで見つけたこいつはスターウォーズのオープニングを偉大なるソウル・バス(Saul Bass)風にリメイクしたもので、学生の作品だそうだ。
紹介文を読むと、20年早くにスターウォーズが作られていたら、きっとこんなオープニングだっただろうっていう想像を実際に作ったもので、芸術ではなくて楽しみのためだと言っている。アメリカ人にしとくにはもったいないほどの謙虚さである。
モチーフもテイストも借り物だけど、企画力の勝利だな。
音楽もいい。
金を出したのはルーカス個人だったとしても、そのスタッフはアメリカで教育を受けた連中なのだから、それはやっぱりアメリカのおかげだと言ってもいいはず。Youtubeで見つけたこいつはスターウォーズのオープニングを偉大なるソウル・バス(Saul Bass)風にリメイクしたもので、学生の作品だそうだ。
紹介文を読むと、20年早くにスターウォーズが作られていたら、きっとこんなオープニングだっただろうっていう想像を実際に作ったもので、芸術ではなくて楽しみのためだと言っている。アメリカ人にしとくにはもったいないほどの謙虚さである。
モチーフもテイストも借り物だけど、企画力の勝利だな。
音楽もいい。
リアルイラストへの道
ずっと気になったまま放置していたものに最近手を出しはじめた。
イラストレータによるリアルイラスト。言うまでもなく、Adobe社のIllustratorを使って、リアルなイラストを描くのでアル。
仕事上デザイナーにあれこれ注文を出す以上、ツールの限界を知っておくことはとっても大事だ。それがないと、ただ進行管理をしているだけの分かってない人ということになってしまうので、ずっと気になりつつも、グラデーションメッシュの面倒臭さにずっと見て見ぬふりをしてきた。ちょっと気持ちに余裕ができてきたので、つい。
イラストレータでのリアルイラストなら宮本幸男さんだろうということで、早速本屋で買い求める。
・・・なんだこれ・・ どういうふうに出来ているんだ。どの世界でも第一人者というのは一般の水準とはえらい違うものである。感心するしかない。
謙虚なキモチに立ち返り、Flickrから適当な画像をとってきては、それをちくちくとイラストにして遊んでるところ。やっぱりカンタンではない。 観察して頭の中で再構成して・・・、あ、デッサンと同じじゃないか。
今までリアルイラストというのは、テクニカルイラストのことだと思っていたが、そういうわけではなかった、思ったよりもずっと、芸術性すら意識して作られる世界だったりするのは少し不思議な感じがした。デジタルツールも製作者の想定以上の表現を可能にするポテンシャルを持っているんだろうか。こういう細かい作業の蓄積で出す仕事というのは、作業に埋没しない目が常に要求されるので、没頭できるバカさと冷徹な頭脳が必要になる。どちらも自分に備わっているか?
と、未だに自問してみたりする。
なんと言うか、自分流の表現とか、そういうアイデンティティを出せば出すほど、作品ってやつはどんどん鬱陶しくなるもので、抽象的な作品になればなるほど形はシンプルでも、その裏付けはうざったいものだったりする。あとで説明するので、それよりもファーストインパクトを大事にしたりして、結局のところ作品のみで完成することは希なのだ。
営業に来るデザイナーの身勝手な仕事(受注した仕事でなくて、本人が言うところの「作品」ってやつ)を見せられる苦痛は、端から思われている以上に苦痛だったりする。
(これを見て何を言えと?)
別に洗練されてもいなければ訴えかけてくるものもない、マスターベーションの方がまだ普遍的行為だよ。オリジナリティが無条件で優れているなんておかしな話、誰から聞いたのよ。
欧米の美術教育が日本と違って最初からオリジナリティを重要視してるから、その方が正しいんだって話もあるが、正直言って凡人のオリジナリティなどに価値があるのか。ここで言う価値というのは商業的価値である。そうでない価値(というのが何かわからないが)は商業美術には関係ないので考えにいれていない。
未だに石膏デッサンとかチクチクやってる日本が写実表現に長けているのかというと、それもそんなことはなくて、ハリウッド映画なんかの仕事を見ると、日本の同業種との差異は予算の額だけじゃないだろう。たぶんそれは競争であり、つまりは競技人口というのか、それを学ぶ人の層の厚みだろう。映画なんていうのはショービジネスだから単純な競争原理が働く。
一応は、というのは、競争に勝てる連中だけでやってたら、とても世の中すべての需要を満たせないので、それほどでもない人でも職業としてやっていけるという意味。バカにしてるわけじゃなくて、これは社会を作る上で大事なことである。
ちょっと今回は風呂敷を広げすぎて収集がつかなくなった。
イラストレータによるリアルイラスト。言うまでもなく、Adobe社のIllustratorを使って、リアルなイラストを描くのでアル。
仕事上デザイナーにあれこれ注文を出す以上、ツールの限界を知っておくことはとっても大事だ。それがないと、ただ進行管理をしているだけの分かってない人ということになってしまうので、ずっと気になりつつも、グラデーションメッシュの面倒臭さにずっと見て見ぬふりをしてきた。ちょっと気持ちに余裕ができてきたので、つい。
イラストレータでのリアルイラストなら宮本幸男さんだろうということで、早速本屋で買い求める。
・・・なんだこれ・・ どういうふうに出来ているんだ。どの世界でも第一人者というのは一般の水準とはえらい違うものである。感心するしかない。
謙虚なキモチに立ち返り、Flickrから適当な画像をとってきては、それをちくちくとイラストにして遊んでるところ。やっぱりカンタンではない。 観察して頭の中で再構成して・・・、あ、デッサンと同じじゃないか。
今までリアルイラストというのは、テクニカルイラストのことだと思っていたが、そういうわけではなかった、思ったよりもずっと、芸術性すら意識して作られる世界だったりするのは少し不思議な感じがした。デジタルツールも製作者の想定以上の表現を可能にするポテンシャルを持っているんだろうか。こういう細かい作業の蓄積で出す仕事というのは、作業に埋没しない目が常に要求されるので、没頭できるバカさと冷徹な頭脳が必要になる。どちらも自分に備わっているか?
と、未だに自問してみたりする。
なんと言うか、自分流の表現とか、そういうアイデンティティを出せば出すほど、作品ってやつはどんどん鬱陶しくなるもので、抽象的な作品になればなるほど形はシンプルでも、その裏付けはうざったいものだったりする。あとで説明するので、それよりもファーストインパクトを大事にしたりして、結局のところ作品のみで完成することは希なのだ。
営業に来るデザイナーの身勝手な仕事(受注した仕事でなくて、本人が言うところの「作品」ってやつ)を見せられる苦痛は、端から思われている以上に苦痛だったりする。
(これを見て何を言えと?)
別に洗練されてもいなければ訴えかけてくるものもない、マスターベーションの方がまだ普遍的行為だよ。オリジナリティが無条件で優れているなんておかしな話、誰から聞いたのよ。
欧米の美術教育が日本と違って最初からオリジナリティを重要視してるから、その方が正しいんだって話もあるが、正直言って凡人のオリジナリティなどに価値があるのか。ここで言う価値というのは商業的価値である。そうでない価値(というのが何かわからないが)は商業美術には関係ないので考えにいれていない。
未だに石膏デッサンとかチクチクやってる日本が写実表現に長けているのかというと、それもそんなことはなくて、ハリウッド映画なんかの仕事を見ると、日本の同業種との差異は予算の額だけじゃないだろう。たぶんそれは競争であり、つまりは競技人口というのか、それを学ぶ人の層の厚みだろう。映画なんていうのはショービジネスだから単純な競争原理が働く。
一応は、というのは、競争に勝てる連中だけでやってたら、とても世の中すべての需要を満たせないので、それほどでもない人でも職業としてやっていけるという意味。バカにしてるわけじゃなくて、これは社会を作る上で大事なことである。
ちょっと今回は風呂敷を広げすぎて収集がつかなくなった。
GPSロガーを買ってみた
ずっと気になっていた、GPSロガーというものを買ってみた。
衛星から位置情報を受けつつその履歴を保存してあって、時計を合わせた写真を撮って、そのデータに位置情報を書き込むと、いつどの場所でその写真が撮られたかが記録されてるというヤツです。GPSなのでケータイとちがって基本的に圏外というのはない。空が見えている限りは。
以前、デジカメそのものいGPSユニットが搭載されて、その機能は標準的になると読んでいる話を聞いたことがあって、確かに実現したら凄そうだし、ハードルも低かろうと思っていたのだが、いっこうにその気配がない。
GPSユニット自体も片手におさまる程度になってきたのだし、なぜだろうかと思っていたのだが、実際にそういうツールを使ってみて納得。
とにかく電波の受信精度が低いのと、電話をキャッチするのに時間がかかることだ。一度切れた電波は再度捕まえるまで分単位の待ち時間がある。その間に撮りたい絵があったら、もうGPSを持って行った甲斐がない。
山登りやキャンプなどひらけた景色の場所に行かない限りは、都心は陰が多すぎて実用的とは言えないかもしれない。
衛星から位置情報を受けつつその履歴を保存してあって、時計を合わせた写真を撮って、そのデータに位置情報を書き込むと、いつどの場所でその写真が撮られたかが記録されてるというヤツです。GPSなのでケータイとちがって基本的に圏外というのはない。空が見えている限りは。
以前、デジカメそのものいGPSユニットが搭載されて、その機能は標準的になると読んでいる話を聞いたことがあって、確かに実現したら凄そうだし、ハードルも低かろうと思っていたのだが、いっこうにその気配がない。
GPSユニット自体も片手におさまる程度になってきたのだし、なぜだろうかと思っていたのだが、実際にそういうツールを使ってみて納得。
とにかく電波の受信精度が低いのと、電話をキャッチするのに時間がかかることだ。一度切れた電波は再度捕まえるまで分単位の待ち時間がある。その間に撮りたい絵があったら、もうGPSを持って行った甲斐がない。
山登りやキャンプなどひらけた景色の場所に行かない限りは、都心は陰が多すぎて実用的とは言えないかもしれない。
年末年始の我が動向
2007年は大きな変化のあった年となった。
一番でかかったのは、やっぱり結婚したこと。
式はしなかったけれど、結婚を実感したのは、新宿の高層ホテルの一室で、母がヨメに
「これからはあなたが持っているべきものよ」
と、僕の成長を写したアルバムを手渡した瞬間だった。
それを受け取る彼女もやや緊張したていたようで、こちらも厳かな気持ちになった。
結婚したことが、人生の中で暮らしを営んでいくということとはどういうことなのかと考える切っ掛けになった。やっぱり知識として知っていることと経験してみることでは全く違う。
年末は比較的のんびり過ごし、イベントっぽいものと言えば府中・大國魂神社への初詣のみ。
大晦日の夜中に行ってみたものの、初詣客が参道にずーーーっと並んでいるのを見ただけで萎えてしまい、そもそも雰囲気を味わいたかっただけなので、お好み焼きを二人で食って、早々に退散。
深夜の電車の車内で、酔って大声でなにか演説をぶっている男に遭遇。車輌中を駆け回り大声で現代日本がどうのこうのとまくしていた。
去年は高幡不動へ初詣に行ったんだが、あっちのほうが敷地がスクエアで山になっているので、夜店などが螺旋状に入り組んで高低差を持ち、密な感じが賑やかさをかもし出していた。山頂の五重塔もなかなか風情がある。来年は深大寺あたりか。
今年も楽しい一年になりますように。
一番でかかったのは、やっぱり結婚したこと。
式はしなかったけれど、結婚を実感したのは、新宿の高層ホテルの一室で、母がヨメに
「これからはあなたが持っているべきものよ」
と、僕の成長を写したアルバムを手渡した瞬間だった。
それを受け取る彼女もやや緊張したていたようで、こちらも厳かな気持ちになった。
結婚したことが、人生の中で暮らしを営んでいくということとはどういうことなのかと考える切っ掛けになった。やっぱり知識として知っていることと経験してみることでは全く違う。
年末は比較的のんびり過ごし、イベントっぽいものと言えば府中・大國魂神社への初詣のみ。
大晦日の夜中に行ってみたものの、初詣客が参道にずーーーっと並んでいるのを見ただけで萎えてしまい、そもそも雰囲気を味わいたかっただけなので、お好み焼きを二人で食って、早々に退散。
深夜の電車の車内で、酔って大声でなにか演説をぶっている男に遭遇。車輌中を駆け回り大声で現代日本がどうのこうのとまくしていた。
去年は高幡不動へ初詣に行ったんだが、あっちのほうが敷地がスクエアで山になっているので、夜店などが螺旋状に入り組んで高低差を持ち、密な感じが賑やかさをかもし出していた。山頂の五重塔もなかなか風情がある。来年は深大寺あたりか。
今年も楽しい一年になりますように。