アスリートの涙
北島康介の2冠はその圧倒的な勝利が久々に痛快だった。かみしめるようなインタビューも印象的で、4年前の「超うれしい」のような感激っぷりがないぶん、いろいろあったんだろうなと察するに十分だった。
女子柔道も、谷本歩実の決勝での一本勝ちはこれ以上ない美しい一本だった。君が代斉唱のときの涙に僕も感激。
男子柔道はもう節目といわれているように、日本式の柔道が通用しなくなってきたのかもしれない。欧米ではジャケットレスリングと言われているように、競技そのものの捉え方が違ってきているとすれば、一本勝ちにこだわりすぎると、なかなか勝つのは難しくなるのも仕方ないだろう。ただ、残念だけど、鈴木桂治のような負け方はそういう次元でもないか。
政治的にはなんだかんだ思う部分はあるのだが、やっぱり選手一人一人を見ると、応援したくなるのが人情。確実に見る側は日の丸を意識するし、朝日新聞ですらそれは否定すまい。
オリンピック級のアスリートを育てる環境ってのは、驚くほど後れてるというか、貧乏くさい苦労話がいっぱいなのと、やっぱり両親が子供に完全に入れ込んで、家族の運命がかかっているような世界で、ここまでやらないと感動秘話にはならないのかとちょっとゲンナリしている。浜口親子 のレスリングなんて僕は完全にひいてしまう。親が子供に入れ込みすぎる姿そのものが、どうにも不健全な気がするんだよな。他人事だけれども。
女子柔道も、谷本歩実の決勝での一本勝ちはこれ以上ない美しい一本だった。君が代斉唱のときの涙に僕も感激。
男子柔道はもう節目といわれているように、日本式の柔道が通用しなくなってきたのかもしれない。欧米ではジャケットレスリングと言われているように、競技そのものの捉え方が違ってきているとすれば、一本勝ちにこだわりすぎると、なかなか勝つのは難しくなるのも仕方ないだろう。ただ、残念だけど、鈴木桂治のような負け方はそういう次元でもないか。
政治的にはなんだかんだ思う部分はあるのだが、やっぱり選手一人一人を見ると、応援したくなるのが人情。確実に見る側は日の丸を意識するし、朝日新聞ですらそれは否定すまい。
オリンピック級のアスリートを育てる環境ってのは、驚くほど後れてるというか、貧乏くさい苦労話がいっぱいなのと、やっぱり両親が子供に完全に入れ込んで、家族の運命がかかっているような世界で、ここまでやらないと感動秘話にはならないのかとちょっとゲンナリしている。浜口親子 のレスリングなんて僕は完全にひいてしまう。親が子供に入れ込みすぎる姿そのものが、どうにも不健全な気がするんだよな。他人事だけれども。
XACTIゲッツ
Xactiというデジカメを買った。サンヨーのピストルタイプのヤツ。これの売りは写真というよりも手軽なビデオ撮影。そして防水。この防水が何ともいえず便利。
早速自宅から徒歩5分の多摩川へ行って、ざぶざぶと川に入って水中を撮影してきた。動画は後日アップする予定。
今やこのサイズでもHDムービーが撮れる時代なんだけど、所詮このサイズのレンズで本当にまともな絵が撮れるとは思わないので、今回はHDは選択肢に入らなかった。そもそもHDで、防水で、広角に強くて、10万円以下のハンディムービーがあったら馬鹿売れ間違いなし。
動画をメモのように撮れるってのはかなりおもしろいことです。動画なら今時どんなコンデジにもついてる機能ですが、人間の行動として、普通のカメラを向けられるよりも、ローライのような二眼カメラのほうがリラックスした表情をするというのを写真を好きな人には経験的に知っていて、映像もいわゆるカメラタイプのものを向けられるよりも、ビデオっぽいものを向けられたほうが「動い ていいんだ」と思えるそう。
CANONのG7から、今じゃすっかりXACTIが鞄の常備カメラになっている。
早速自宅から徒歩5分の多摩川へ行って、ざぶざぶと川に入って水中を撮影してきた。動画は後日アップする予定。
今やこのサイズでもHDムービーが撮れる時代なんだけど、所詮このサイズのレンズで本当にまともな絵が撮れるとは思わないので、今回はHDは選択肢に入らなかった。そもそもHDで、防水で、広角に強くて、10万円以下のハンディムービーがあったら馬鹿売れ間違いなし。
動画をメモのように撮れるってのはかなりおもしろいことです。動画なら今時どんなコンデジにもついてる機能ですが、人間の行動として、普通のカメラを向けられるよりも、ローライのような二眼カメラのほうがリラックスした表情をするというのを写真を好きな人には経験的に知っていて、映像もいわゆるカメラタイプのものを向けられるよりも、ビデオっぽいものを向けられたほうが「動い ていいんだ」と思えるそう。
CANONのG7から、今じゃすっかりXACTIが鞄の常備カメラになっている。
ヨメ退院!
ヨメに子宮筋腫と卵巣膿腫が見つかったのが去年の初夏、初めて受けた職場の人間ドックだった。すぐに検査をして、摘出手術を受けることが決まったのが、その夏で、手術は一年待ちといわれた。僕は子宮筋腫というものを、単純に子宮ガンの一歩手前くらいの認識しかなかったので、かなりうろたえたが、実際は女性にとっては非常にポピュラーな疾病であることを知って、落ち着いた。
ホルモン治療で腫瘍を小さくしてから腹腔鏡手術を受けるため、年明けから半年間、投薬治療を受けてきた。更年期障害のような症状があると聞いてはいたが、注射の回数が増えるとともにその症状も重くなり、みていてちょっと可哀相だった。
突然の体温上昇(ホットフラッシュ)や、粘膜の乾燥、激しい倦怠感(これがすごかった)などなど、ネットでちょっと調べるとすぐに出てくる症状の例のほとんどを発症しており、手術間近い頃は、毎晩背中や腰をもんでやったりしていた。一日の活動でこれほど体がくたびれているのかと驚いたが、考えてみれば一瞬で体温が2度とか上昇するんだから、そりゃすさまじいエネルギーを使っているはずだ。くたびれて当然だろう。
手術を一年待つというのは、けっこうやきもきする。その間に歯も治療しろとか他にできる治療は全てすませておけと五月蠅く言った。手術の時に歯が悪いってのはいろいろと余計な問題が出てくるということを知っていたからだ。
卵巣膿腫ってのは今回初めて知った名前で、簡単に言うと、ブラックジャックに出てくるピノコのことだと理解した。人によっては毛髪や爪、歯などが入っているらしい。人体の曖昧さというか、けっこう適当な余力を持っているのだなと、ちょっと感心してしまった。
だって、人体の中に別の組織が入っているのに、何の影響もなく成長できるのだから、いい加減なもんだ。
彼女の場合、子宮筋腫は病院でもなかなか聞いたことがないほど数が多く、写真に写っているだけで20個近い。20個という数に、知人の女性は「嘘でしょ!?」と驚いていたが、本当だ。今後筋腫になる芽もあるだろうから、実際はもっとあるはずということだったのだが、手術後に説明を受けるときに、摘出した組織を見せてもらったら、まあ驚いた。肉屋のケースで売られていてもいいんじゃないかっていうくらいの数の白い筋肉の切れっ端のようなものがビニールに入れられていた。
腹腔鏡手術の負担の軽さは目を見張るものがある。手術直後はさすがに麻酔のせいでぐったりしているが、翌日からもう歩き出し、腹の傷(2センチくらいの切り傷が4カ所)を庇いながらなら、シャワーも浴びられるという状態だった。そして3日後に退院である。とにかく無事に済んでよかったよかった。
医療崩壊とか言われているけど、国ももっと良質な医療を維持できる仕組みを考えて欲しいもんである。いやほんと。
ホルモン治療で腫瘍を小さくしてから腹腔鏡手術を受けるため、年明けから半年間、投薬治療を受けてきた。更年期障害のような症状があると聞いてはいたが、注射の回数が増えるとともにその症状も重くなり、みていてちょっと可哀相だった。
突然の体温上昇(ホットフラッシュ)や、粘膜の乾燥、激しい倦怠感(これがすごかった)などなど、ネットでちょっと調べるとすぐに出てくる症状の例のほとんどを発症しており、手術間近い頃は、毎晩背中や腰をもんでやったりしていた。一日の活動でこれほど体がくたびれているのかと驚いたが、考えてみれば一瞬で体温が2度とか上昇するんだから、そりゃすさまじいエネルギーを使っているはずだ。くたびれて当然だろう。
手術を一年待つというのは、けっこうやきもきする。その間に歯も治療しろとか他にできる治療は全てすませておけと五月蠅く言った。手術の時に歯が悪いってのはいろいろと余計な問題が出てくるということを知っていたからだ。
卵巣膿腫ってのは今回初めて知った名前で、簡単に言うと、ブラックジャックに出てくるピノコのことだと理解した。人によっては毛髪や爪、歯などが入っているらしい。人体の曖昧さというか、けっこう適当な余力を持っているのだなと、ちょっと感心してしまった。
だって、人体の中に別の組織が入っているのに、何の影響もなく成長できるのだから、いい加減なもんだ。
彼女の場合、子宮筋腫は病院でもなかなか聞いたことがないほど数が多く、写真に写っているだけで20個近い。20個という数に、知人の女性は「嘘でしょ!?」と驚いていたが、本当だ。今後筋腫になる芽もあるだろうから、実際はもっとあるはずということだったのだが、手術後に説明を受けるときに、摘出した組織を見せてもらったら、まあ驚いた。肉屋のケースで売られていてもいいんじゃないかっていうくらいの数の白い筋肉の切れっ端のようなものがビニールに入れられていた。
腹腔鏡手術の負担の軽さは目を見張るものがある。手術直後はさすがに麻酔のせいでぐったりしているが、翌日からもう歩き出し、腹の傷(2センチくらいの切り傷が4カ所)を庇いながらなら、シャワーも浴びられるという状態だった。そして3日後に退院である。とにかく無事に済んでよかったよかった。
医療崩壊とか言われているけど、国ももっと良質な医療を維持できる仕組みを考えて欲しいもんである。いやほんと。
楽器やりたい
5歳から16歳になるまで、先生についてピアノを習っていた。小学生のときはさして興味もなく、苦痛な練習を続けていた。母曰く「あんたがやりたいと言ったから習わせているのよ」と言うのだが、そんなこと言った記憶がない。「やってみる?」と言われて「うん」と答えた記憶なら、ある。
しかし中学に入ったところ、同級生だった杉本君が上手にピアノを操るのをみて、目から鱗が落ちた。杉本君は流行っているアニメの主題歌を楽しげに弾いていた。僕は好きな音楽を弾くということになぜか頭が回らず、やれハノンだやれツェルニーだと練習曲にうんざりしていたので、新鮮な驚きだった。やっていることはコードバッキングに短音のメロディーを弾くだけという、とってもイージーな演奏なんだが、とにかく楽しそうだった。
高校時代は先生につくのはやめて、好きな曲を好きなように弾くだけだった。色気づいてきてオフコースなんかを弾いてみたりするも、弾き語りはどうもなじめなかった。よほど歌が上手くないと、自分の歌のマズさに興ざめしてしまうのだ。
で、この年になってまた楽器をやりたくなってきている。おとなしくピアノ弾いてればいいんだが、なんかこう、新しい楽器をやってみたいのだ。そう、たとえばフルート。メロディ楽器がいい。ボサノバに入ってくるフルートなんてもう大人っぽさのエキスがダラダラと垂れあふれてくるようでたまらない。
バイオリンを弾く知人が言うには、楽器を始めるなら可能な限り高価な楽器を買うべきだと教えてくれた。良い楽器は音もよく、練習の質も上がり、結果上達も早まるというのだ。そしてそれを正しいと経験的に思えることがあった。
僕が最初ピアノを習い始めた頃、5歳の時だが、そのときはテーブルの上に鍵盤の絵を描いた画用紙を置いて、手を乗せてぴょこぴょこを指を動かすことからはじめ、本物のピアノは高価だったので、次にエレクトリックピアノがうちにきた。音はピアノとは全く違うが、ヘッドフォンをつけて夜中も弾けるので、でたらめな現代音楽風の演奏に戯れていた。やがて小学校高学年に近い頃、やっと初めての本物のピアノが我が家にやってきた。中古のドイツのピアノだった。そこで僕はかなり戸惑ったのが、キータッチの違いだった。エレピのキータッチは非常に軽かったのに対して、本物のピアノはキータッチが重く、鍵盤の返りもいくぶん遅い感じがして、非常に不快だったのだ。
ことあるごとに鍵盤が重いので、指が疲れてイヤだと訴えていたが、慣れてみると、やっぱり楽器としての表現力は電気モノの比じゃないことを知り、それまでよりも練習も楽しくやることができた。
まあ、そういうことなんだろうと思う。
しかし中学に入ったところ、同級生だった杉本君が上手にピアノを操るのをみて、目から鱗が落ちた。杉本君は流行っているアニメの主題歌を楽しげに弾いていた。僕は好きな音楽を弾くということになぜか頭が回らず、やれハノンだやれツェルニーだと練習曲にうんざりしていたので、新鮮な驚きだった。やっていることはコードバッキングに短音のメロディーを弾くだけという、とってもイージーな演奏なんだが、とにかく楽しそうだった。
高校時代は先生につくのはやめて、好きな曲を好きなように弾くだけだった。色気づいてきてオフコースなんかを弾いてみたりするも、弾き語りはどうもなじめなかった。よほど歌が上手くないと、自分の歌のマズさに興ざめしてしまうのだ。
で、この年になってまた楽器をやりたくなってきている。おとなしくピアノ弾いてればいいんだが、なんかこう、新しい楽器をやってみたいのだ。そう、たとえばフルート。メロディ楽器がいい。ボサノバに入ってくるフルートなんてもう大人っぽさのエキスがダラダラと垂れあふれてくるようでたまらない。
バイオリンを弾く知人が言うには、楽器を始めるなら可能な限り高価な楽器を買うべきだと教えてくれた。良い楽器は音もよく、練習の質も上がり、結果上達も早まるというのだ。そしてそれを正しいと経験的に思えることがあった。
僕が最初ピアノを習い始めた頃、5歳の時だが、そのときはテーブルの上に鍵盤の絵を描いた画用紙を置いて、手を乗せてぴょこぴょこを指を動かすことからはじめ、本物のピアノは高価だったので、次にエレクトリックピアノがうちにきた。音はピアノとは全く違うが、ヘッドフォンをつけて夜中も弾けるので、でたらめな現代音楽風の演奏に戯れていた。やがて小学校高学年に近い頃、やっと初めての本物のピアノが我が家にやってきた。中古のドイツのピアノだった。そこで僕はかなり戸惑ったのが、キータッチの違いだった。エレピのキータッチは非常に軽かったのに対して、本物のピアノはキータッチが重く、鍵盤の返りもいくぶん遅い感じがして、非常に不快だったのだ。
ことあるごとに鍵盤が重いので、指が疲れてイヤだと訴えていたが、慣れてみると、やっぱり楽器としての表現力は電気モノの比じゃないことを知り、それまでよりも練習も楽しくやることができた。
まあ、そういうことなんだろうと思う。
バウハウス展に行ってきた。
芸大美術館でやっているバウハウス展を観に行った。
バウハウスはとっくに過去のもので、モダンデザインというレトロなネーミングにぴったりな1カテゴリーだ。それを芸大の美術館でやるというのは、とっても「らしい」。
最終日ということもあり、入り口には約10分の入場待ち。
入り口にはいると、「なぜ今、バウハウス?」という説明がまず最初に掲示してある。主催もわかっているのだな。
バウハウスってのは結局のところ学校なわけで、デザインを学ぶ学生の色面構成やら立体造形の習作レベルのものが並べられている。特にみるべきものもないけど、美術史上での価値ではある。
とはいえ、ぼくも学生時代にはバウハウスのいろんなエピソードを聞いては、素直に感動したりして、勉強にはなっていた。けれどバウハウス関連の作家にはそれほど興味もなく、完全にブランドであり、一つのムーブメントとしての認識していた。
バウハウスの家具や建築のデザインは、当時のとても斬新だったんだろうが、座り心地の悪い椅子に椅子としての価値はないと思うし、機能性と美観の両立に価値が見いだされたのは最近というわけじゃないだろうし、ちょっと謎である。当時の価値観でいえば、奇抜であることは間違いないと思うのだが、それ以外の価値が不勉強な僕には見いだせなかった。
それ以前、家具、たとえばベッドや机などは猫脚だったり装飾的にレリーフが彫られていたりしたものに、バウハウスはシンプルな試作を試みているが、これも今見ると収容所のような趣がある。まるで社会主義の公舎のような。
一緒に行ったヨメも、バウハウスでみたかったのは建築だけだとはっきり言って、こっちとしても見所を絞れて効率よく回れた。
結論として、バウハウスはこれからも節目節目にこうやって展覧会などを開ける商業的ネタであるってことか。
バウハウスはとっくに過去のもので、モダンデザインというレトロなネーミングにぴったりな1カテゴリーだ。それを芸大の美術館でやるというのは、とっても「らしい」。
最終日ということもあり、入り口には約10分の入場待ち。
入り口にはいると、「なぜ今、バウハウス?」という説明がまず最初に掲示してある。主催もわかっているのだな。
バウハウスってのは結局のところ学校なわけで、デザインを学ぶ学生の色面構成やら立体造形の習作レベルのものが並べられている。特にみるべきものもないけど、美術史上での価値ではある。
とはいえ、ぼくも学生時代にはバウハウスのいろんなエピソードを聞いては、素直に感動したりして、勉強にはなっていた。けれどバウハウス関連の作家にはそれほど興味もなく、完全にブランドであり、一つのムーブメントとしての認識していた。
バウハウスの家具や建築のデザインは、当時のとても斬新だったんだろうが、座り心地の悪い椅子に椅子としての価値はないと思うし、機能性と美観の両立に価値が見いだされたのは最近というわけじゃないだろうし、ちょっと謎である。当時の価値観でいえば、奇抜であることは間違いないと思うのだが、それ以外の価値が不勉強な僕には見いだせなかった。
それ以前、家具、たとえばベッドや机などは猫脚だったり装飾的にレリーフが彫られていたりしたものに、バウハウスはシンプルな試作を試みているが、これも今見ると収容所のような趣がある。まるで社会主義の公舎のような。
一緒に行ったヨメも、バウハウスでみたかったのは建築だけだとはっきり言って、こっちとしても見所を絞れて効率よく回れた。
結論として、バウハウスはこれからも節目節目にこうやって展覧会などを開ける商業的ネタであるってことか。