寺尾聰
ずっと気になっていた寺尾聰のCDを渋谷のTSUTAYAで購入。
小学校の時だったと思うんだけど、寺尾聰のルビーの指環が大ヒットして、小遣いで寺尾聰のLPレコード、『Reflections』を買った。それまではピンクレディー一色だったから、初めて買う大人向けの音楽だった。いや、動機はルビーの指環のイントロが好きでレコード欲しがっただけなのだが、入っている曲がどれもものすごい大人の音楽って感じで小学校五年生くらいで、
♪ 夏は二人甘い蜜におぼれ~ 灼けた肌を重ねる~~
強い酒を呷るような恋に 目眩さえ覚えてぇぇ~~
なんて歌を鼻歌で歌っていた。
とにかく間奏のギターのリフまで完全に暗記するくらい聴きこんだレコードだった。
CDの時代になっても買い直し、なんだか知らないけどボロボロのキズキズになったので、20世紀の名盤シリーズとなって復刻されたときにまた買い直し、そんでもってこのたび、『Re-Cool Reflections』をめでたくご購入。
2006年に全曲撮り直した、いわゆる「今やったら」シリーズだ。
で、感想なんだけど、オリジナル盤に思い入れが強すぎるからか、「う~~~む」って感じだ。
アレンジはJAZZっぽいし、歌い方も力が抜けた感じで、まあかっこつけない格好良さを嫌味なく出せる年齢になったってことで、アリといえばアリなんだけど・・・ いややっぱ、なんか軽く感じてしまうのはなぜだろうか。楽器の音色一つ一つが昔のほうが全然格好いいんだよなあ。やっぱり思い入れが強いだけなのかな。とにかくむやみやたらにシンセを使わないでって言いたくなるんだよな。ここはクラシックギターのナイロン弦で弾いてくれないと、ってのが随所にある。ならオリジナル聴いてればいいじゃんって話なんだが、求めているのは、あのオリジナルの格好良さをの延長戦上にあるものを見たかったのだ。「これが男のダンディズムなんだよ」と断言してほしかったのだ。
寺尾さん、もう一回作り直しましょうよ!
小学校の時だったと思うんだけど、寺尾聰のルビーの指環が大ヒットして、小遣いで寺尾聰のLPレコード、『Reflections』を買った。それまではピンクレディー一色だったから、初めて買う大人向けの音楽だった。いや、動機はルビーの指環のイントロが好きでレコード欲しがっただけなのだが、入っている曲がどれもものすごい大人の音楽って感じで小学校五年生くらいで、
♪ 夏は二人甘い蜜におぼれ~ 灼けた肌を重ねる~~
強い酒を呷るような恋に 目眩さえ覚えてぇぇ~~
なんて歌を鼻歌で歌っていた。
とにかく間奏のギターのリフまで完全に暗記するくらい聴きこんだレコードだった。
CDの時代になっても買い直し、なんだか知らないけどボロボロのキズキズになったので、20世紀の名盤シリーズとなって復刻されたときにまた買い直し、そんでもってこのたび、『Re-Cool Reflections』をめでたくご購入。
2006年に全曲撮り直した、いわゆる「今やったら」シリーズだ。
で、感想なんだけど、オリジナル盤に思い入れが強すぎるからか、「う~~~む」って感じだ。
アレンジはJAZZっぽいし、歌い方も力が抜けた感じで、まあかっこつけない格好良さを嫌味なく出せる年齢になったってことで、アリといえばアリなんだけど・・・ いややっぱ、なんか軽く感じてしまうのはなぜだろうか。楽器の音色一つ一つが昔のほうが全然格好いいんだよなあ。やっぱり思い入れが強いだけなのかな。とにかくむやみやたらにシンセを使わないでって言いたくなるんだよな。ここはクラシックギターのナイロン弦で弾いてくれないと、ってのが随所にある。ならオリジナル聴いてればいいじゃんって話なんだが、求めているのは、あのオリジナルの格好良さをの延長戦上にあるものを見たかったのだ。「これが男のダンディズムなんだよ」と断言してほしかったのだ。
寺尾さん、もう一回作り直しましょうよ!
ある風俗嬢との恋
僕のブックマークには数人の風俗嬢の日記が入っている。営業モノもあれば名前や店を明かしていないものもある。
ここ10年以上風俗へは行ってないので、日記の女たちと会ったことはないのだが、客に本気で惚れられてしまうエピソードを読むたびに、僕の中にもある思い出が蘇ってくるのだ。恥ずかしながら、僕も過去にナンバーワンソープ嬢に恋をしたことがある。ソープ嬢に恋するなんて、99%、彼女たちの営業テクニックにはまっているだけに過ぎないんだが、わかってても惚れてしまうんだからどうしようもないのだ。
大学に入った頃、時代はバブルだった。 アルバイト先では経営者だけでなく、社員までがアルバイトの学生を風俗遊びにつれていくような時代だった。元来好奇心旺盛な性格もあって、会員制のクラブのような、完全にオトナの男の遊び場を覗いたのもこの時期だった。そうやって連れて行かれるうちに風俗への抵抗は無くなり、バブリーな時代背景に便乗し、短い期間だったが、風俗遊びをしていた。なんせ1日1時間程度、ギャラリーの絵を倉庫のものと入れ替えるだけで福沢諭吉が数人財布に転がり込んでくるのだ。未だにあの頃を懐かしむ人が多いのも仕方ない。
ある日、僕は飛び込みで入ったソープランドで、ある女の子と出会った。茶色い髪の背の高い女の子だった。
会話の途中で、彼女はポロっと自分を「スミコってねえ」と呼んでしまった。そこでの源氏名は違う名前だ。本人はなんとか取り繕おうとし、僕もなんとなく聞き流すふりをしたが、白々しくなる一方で、結局、彼女はスミコは自分の本名だと笑いながら白状した。
スミコなんてちょっと古くさい名前だなと思ったが、そのせいで一気に僕は彼女に親しみを覚えてしまった。
僕はそれから、21歳のスミコちゃん、いや実はたぶん30近いスミコさんに会いに店に通うようになった。いい年して自分を名前で呼ぶってどういう神経してるんだと思いながらも、たぶんもうその時点で好きになってしまっていたのだと思う。
客を本気にさせない程度にはまらせるというのが、風俗に限らず水商売系の最上級の接客テクニックだと思うが、勘違いしやすい人ってのは独りよがりなもので、いくら女の子が気をつけていても勝手に良いように解釈してその気になってしまうのだ。ましてや二十歳そこそこの男など、青臭い自意識で生きているようなものだから、百戦錬磨の風俗嬢にとってはその気にさせることなど赤子の手を捻る以上に簡単だろう。実際僕も彼女の自分への接し方は、他の客にはない特別なものがあるんじゃないかという錯覚にいた。おめでたくて悲しい錯覚だ。笑うしかない。
僕はどうせ駄目モトだと思い、彼女にデートを申し込んだ。 最初は、そうだね、いつかね、と、はぐらかされていただけだったが、何度目かの申し込み(というかもう懇願)の結果、彼女は一度だけならと承諾してくれた。粘り勝ちだ。
風俗嬢と学生のカップル。ただ、いくらのぼせ上がっていたとは言え、彼女が自分に本気なってくれるなどとは思っていなかったので、一度デートしてくれたらまた普通の客の一人でいい、くらいに思っていた。
僕らは電車に乗って水族館へ出かけた。何を見たとか、どんな話をしたとか、ほとんど覚えていない。あっという間に一日は過ぎ、駅の近所で軽く食事をして、少し酒を飲んだ。 今日はありがとうと礼を言ったら、彼女が「もう帰るの?」と訊いてきた。 それがセックスはしないのかという意味だと分かったが、若さゆえのカッコつけか、今日は客じゃないという気持ちで居たかったので、またお店に行くよと答えた。 彼女は「そう?」と言って、帰って行った。
それから2ヶ月ほど、気持ちに整理をつけるためにクヨクヨと過ごし、持ち直せたと思った頃、再び彼女の店に行った。
「もう来てくれないかと思ってた」と迎えてくれた彼女は、髪型を変え、ますますキレイに見えた。諦めようとしているところに、また胸が締め付けられるような切ない気持ちになった。
彼女と風呂に浸かりながら、あんまり覚えてないくせに、一緒に行った水族館の話をしていると、彼女が驚くべきことを言った。
「今度はわたしの車で出かけようか?」
想像もしなかった二度目のデートが実現することになった。
言葉通り、彼女の運転する車で出かけることとなったが、はっきり言ってそのデートは、とても息苦しいものだった。 彼女の明るく楽しそうな会話や笑顔に対して、常に「それも営業スマイルだよね?」という、疑念がわいてきてしまうようになってしまっていたのだ。本気になりすぎて全く余裕がなくなっている。自分で望んでいたことなのに、いじけているのだ。なんという身勝手。若いってのは本当に自分しか見えていない
僕らは帰り道、ラブホテルに寄った。そんな形でセックスをしてしまったものだから、ますます独占欲がわいた。 笑われるんじゃないかと思い、つきあってほしいとまでは言えなかった。「大人だからこういうこともあるさ」ということにしておきたかったのだ。大人じゃないくせに。本当に我ながら痛いヤツだと思う。
その後も何度かお店に行ったが、会えない日は、「彼女は今日も初対面の客と─」と考え出すようになり、これはとても僕には耐えられないと悟った。
ついには客として彼女と接することは完全にできなくなってしまい、僕は彼女に会いにいくのをぱったりとやめ、彼女とはそれっきりだ。
こうして思い出してもなんとも身勝手な話だが、スミコさんの気持ちはどんなものだったんだろうかと未だに思う時がある。ほとんど営業の一環か、もしくは同情もあったかくらいのことだとは思うが、疑似恋愛ってのはなかなか難しいものだということを学んだ。なので、知ってか知らずかはまっていく客の気持ちも理解できたりするので、こういうのって仕方ないことなんだろうなと、へんに悟った気持ちになったりする。自分ではわりとサバサバした方だとは思っているが、やっぱり理屈だけで生きているわけではないので仕方ない。
ネットで見る限り、客との恋愛なんてあり得ないという嬢の方が多い。客は金と断言するほどではなくとも、それが仕事なのだと思ってやっているのだということは肝に銘じておくべきだな。とはいえ、男の立場としても単なる性欲処理だと言い切るのもなんだか寂しいと思ったりして、じゃあ結局どうしたいんだと言われると、そのへんの微妙なラインを躊躇したり踏み越えたりするのが楽しいのかもねとしか言いようがない。
こんなふうに風俗嬢の日記を楽しんで呼んでいる男もいるので、嬢のみなさんはがんばってこつこつと更新していただきたい。
ここ10年以上風俗へは行ってないので、日記の女たちと会ったことはないのだが、客に本気で惚れられてしまうエピソードを読むたびに、僕の中にもある思い出が蘇ってくるのだ。恥ずかしながら、僕も過去にナンバーワンソープ嬢に恋をしたことがある。ソープ嬢に恋するなんて、99%、彼女たちの営業テクニックにはまっているだけに過ぎないんだが、わかってても惚れてしまうんだからどうしようもないのだ。
大学に入った頃、時代はバブルだった。 アルバイト先では経営者だけでなく、社員までがアルバイトの学生を風俗遊びにつれていくような時代だった。元来好奇心旺盛な性格もあって、会員制のクラブのような、完全にオトナの男の遊び場を覗いたのもこの時期だった。そうやって連れて行かれるうちに風俗への抵抗は無くなり、バブリーな時代背景に便乗し、短い期間だったが、風俗遊びをしていた。なんせ1日1時間程度、ギャラリーの絵を倉庫のものと入れ替えるだけで福沢諭吉が数人財布に転がり込んでくるのだ。未だにあの頃を懐かしむ人が多いのも仕方ない。
ある日、僕は飛び込みで入ったソープランドで、ある女の子と出会った。茶色い髪の背の高い女の子だった。
会話の途中で、彼女はポロっと自分を「スミコってねえ」と呼んでしまった。そこでの源氏名は違う名前だ。本人はなんとか取り繕おうとし、僕もなんとなく聞き流すふりをしたが、白々しくなる一方で、結局、彼女はスミコは自分の本名だと笑いながら白状した。
スミコなんてちょっと古くさい名前だなと思ったが、そのせいで一気に僕は彼女に親しみを覚えてしまった。
僕はそれから、21歳のスミコちゃん、いや実はたぶん30近いスミコさんに会いに店に通うようになった。いい年して自分を名前で呼ぶってどういう神経してるんだと思いながらも、たぶんもうその時点で好きになってしまっていたのだと思う。
客を本気にさせない程度にはまらせるというのが、風俗に限らず水商売系の最上級の接客テクニックだと思うが、勘違いしやすい人ってのは独りよがりなもので、いくら女の子が気をつけていても勝手に良いように解釈してその気になってしまうのだ。ましてや二十歳そこそこの男など、青臭い自意識で生きているようなものだから、百戦錬磨の風俗嬢にとってはその気にさせることなど赤子の手を捻る以上に簡単だろう。実際僕も彼女の自分への接し方は、他の客にはない特別なものがあるんじゃないかという錯覚にいた。おめでたくて悲しい錯覚だ。笑うしかない。
僕はどうせ駄目モトだと思い、彼女にデートを申し込んだ。 最初は、そうだね、いつかね、と、はぐらかされていただけだったが、何度目かの申し込み(というかもう懇願)の結果、彼女は一度だけならと承諾してくれた。粘り勝ちだ。
風俗嬢と学生のカップル。ただ、いくらのぼせ上がっていたとは言え、彼女が自分に本気なってくれるなどとは思っていなかったので、一度デートしてくれたらまた普通の客の一人でいい、くらいに思っていた。
僕らは電車に乗って水族館へ出かけた。何を見たとか、どんな話をしたとか、ほとんど覚えていない。あっという間に一日は過ぎ、駅の近所で軽く食事をして、少し酒を飲んだ。 今日はありがとうと礼を言ったら、彼女が「もう帰るの?」と訊いてきた。 それがセックスはしないのかという意味だと分かったが、若さゆえのカッコつけか、今日は客じゃないという気持ちで居たかったので、またお店に行くよと答えた。 彼女は「そう?」と言って、帰って行った。
それから2ヶ月ほど、気持ちに整理をつけるためにクヨクヨと過ごし、持ち直せたと思った頃、再び彼女の店に行った。
「もう来てくれないかと思ってた」と迎えてくれた彼女は、髪型を変え、ますますキレイに見えた。諦めようとしているところに、また胸が締め付けられるような切ない気持ちになった。
彼女と風呂に浸かりながら、あんまり覚えてないくせに、一緒に行った水族館の話をしていると、彼女が驚くべきことを言った。
「今度はわたしの車で出かけようか?」
想像もしなかった二度目のデートが実現することになった。
言葉通り、彼女の運転する車で出かけることとなったが、はっきり言ってそのデートは、とても息苦しいものだった。 彼女の明るく楽しそうな会話や笑顔に対して、常に「それも営業スマイルだよね?」という、疑念がわいてきてしまうようになってしまっていたのだ。本気になりすぎて全く余裕がなくなっている。自分で望んでいたことなのに、いじけているのだ。なんという身勝手。若いってのは本当に自分しか見えていない
僕らは帰り道、ラブホテルに寄った。そんな形でセックスをしてしまったものだから、ますます独占欲がわいた。 笑われるんじゃないかと思い、つきあってほしいとまでは言えなかった。「大人だからこういうこともあるさ」ということにしておきたかったのだ。大人じゃないくせに。本当に我ながら痛いヤツだと思う。
その後も何度かお店に行ったが、会えない日は、「彼女は今日も初対面の客と─」と考え出すようになり、これはとても僕には耐えられないと悟った。
ついには客として彼女と接することは完全にできなくなってしまい、僕は彼女に会いにいくのをぱったりとやめ、彼女とはそれっきりだ。
こうして思い出してもなんとも身勝手な話だが、スミコさんの気持ちはどんなものだったんだろうかと未だに思う時がある。ほとんど営業の一環か、もしくは同情もあったかくらいのことだとは思うが、疑似恋愛ってのはなかなか難しいものだということを学んだ。なので、知ってか知らずかはまっていく客の気持ちも理解できたりするので、こういうのって仕方ないことなんだろうなと、へんに悟った気持ちになったりする。自分ではわりとサバサバした方だとは思っているが、やっぱり理屈だけで生きているわけではないので仕方ない。
ネットで見る限り、客との恋愛なんてあり得ないという嬢の方が多い。客は金と断言するほどではなくとも、それが仕事なのだと思ってやっているのだということは肝に銘じておくべきだな。とはいえ、男の立場としても単なる性欲処理だと言い切るのもなんだか寂しいと思ったりして、じゃあ結局どうしたいんだと言われると、そのへんの微妙なラインを躊躇したり踏み越えたりするのが楽しいのかもねとしか言いようがない。
こんなふうに風俗嬢の日記を楽しんで呼んでいる男もいるので、嬢のみなさんはがんばってこつこつと更新していただきたい。
映画評
ベオウルフ ★★
あらすじ;
モンスターにおびえる小さな国を救いに、勇者ベオウルフがやってくる。しかし彼はモンスターの正体のあまりの美しさに王を裏切り、モンスターと契約を結んでしまう。はたして王国はベオウルフのものとなるが、やがてまたモンスターの陰が王国を脅かす。しかしそれはベオウルフとモンスターの間に生まれたの息子だった・・・
何の予備知識もなく観てびっくり。これCGアニメだったのな。キレイといえばキレイなんだが、もうこの手のファンタジー系CGには完全に耐性ができてしまっているので、今更何のために作ったのか疑問だ。テクノロジーへの挑戦?
これを観て得た印象は、CGは美しいものは比較的美しく再現するが、汚いものは全然リアルに勝てないなということだけだった。アンジェリーナ・ジョリーもリアルのほうがエロい。
花よりもなほ ★★
あらすじ;
主人公の若侍は父の仇討ちを果たすために生きている。が、剣の腕はめっぽう弱い。そんな中、ついに父の仇と思われる男が現れて・・・
いい加減ジャニーズ俳優のドラマなんて見る気はなかったのだが、宮沢りえが出ているのと、あらすじに興味をもって観てしまった。思っていたよりも全体的に小粒。期待はずれだった。登場人物のキャラがそれぞれ立っているのだが、そのキャラが物語に上手く絡めず役立っていないせいだと思う。キムタクの武士の一分のほうがやっぱり面白かったな。
デジャヴ ★★★★
あらすじ;
大量の死者を出したフェリー爆破事件を追う捜査官ダグ。やがてダグは政府の秘密機関での捜査に加わるが、そこで目にしたものは過去を見られる装置だった。しかもそれは現在と同じ時間軸にあり、その映像の中に干渉できるのだ! ダグはすでに起こってしまった事件を防ぐことができるのか・・・
デンゼルワシントンが好きだからという理由で観たのだが、予想以上に面白かった。途中までは犯罪捜査ミステリーだと思って観ていたのだが、途中からあれよあれよとものすごいハイテクSFになっていって驚いた。しかし物語は破綻することなく、一定のテンポを持続するので全然飽きない。この作品はタイムスリップという概念に1つの解釈を示せたと思う。デンゼルワシントンはこういう役が合っていると思う。ヒゲモジャでスラム出身の犯人役とかよりも、しっかりヒゲを剃って、スーパーエリートじゃないが、しっかりしたモラルに生きているような役がしっくりくる。
ボーンアルティメイタム ★★★★
ジェイソンボーンシリーズの完結編(?) 自らの出生の謎を解くべく秘密の確信にs迫っていく・・・
ストーリーとしてはこれだけなんだが、最後まで見せてくれる。ボーンシリーズはアクションが面白いのだが、その中でも今作はもっとも迫力がある。カメラワークのせいだろう。
香港スターのような、「はい、ここ見せ場!」といわんばかりのスローモション何度も再生なんてものがいかに恥ずかしいか思い知らせてくれる。ジェット・リーもこの路線に行った方が将来があると思う。
墨攻 ★★★
あらすじ;
紀元前の中国で忽然と姿を消した思想集団・墨家の物語。
趙と燕の国境にある梁城が趙の大軍攻め込まれようとしていた。墨氏の革離がたった1人で10万もの趙軍を相手に墨家の戦術を駆使して立ち向かっていく。
もう10年くらい前、原作のコミックを買いそろえるほど好きな漫画だった。原作ファンとしては当然映画化には厳しくなってしまうが、あんな地味な劇画が映画になったことに驚く。革離がアンディラウというのも合っていないようで、観ているうちに違和感がなくなった。いい俳優だと思う。映像のスケール感も中国物っぽい。
日本の俳優にやらせるとして、原作のテイストを生かしたいとすれば、西村雅彦なんかいいかもしれない。地味すぎて興行的にムリか・・・
あらすじ;
モンスターにおびえる小さな国を救いに、勇者ベオウルフがやってくる。しかし彼はモンスターの正体のあまりの美しさに王を裏切り、モンスターと契約を結んでしまう。はたして王国はベオウルフのものとなるが、やがてまたモンスターの陰が王国を脅かす。しかしそれはベオウルフとモンスターの間に生まれたの息子だった・・・
何の予備知識もなく観てびっくり。これCGアニメだったのな。キレイといえばキレイなんだが、もうこの手のファンタジー系CGには完全に耐性ができてしまっているので、今更何のために作ったのか疑問だ。テクノロジーへの挑戦?
これを観て得た印象は、CGは美しいものは比較的美しく再現するが、汚いものは全然リアルに勝てないなということだけだった。アンジェリーナ・ジョリーもリアルのほうがエロい。
花よりもなほ ★★
あらすじ;
主人公の若侍は父の仇討ちを果たすために生きている。が、剣の腕はめっぽう弱い。そんな中、ついに父の仇と思われる男が現れて・・・
いい加減ジャニーズ俳優のドラマなんて見る気はなかったのだが、宮沢りえが出ているのと、あらすじに興味をもって観てしまった。思っていたよりも全体的に小粒。期待はずれだった。登場人物のキャラがそれぞれ立っているのだが、そのキャラが物語に上手く絡めず役立っていないせいだと思う。キムタクの武士の一分のほうがやっぱり面白かったな。
デジャヴ ★★★★
あらすじ;
大量の死者を出したフェリー爆破事件を追う捜査官ダグ。やがてダグは政府の秘密機関での捜査に加わるが、そこで目にしたものは過去を見られる装置だった。しかもそれは現在と同じ時間軸にあり、その映像の中に干渉できるのだ! ダグはすでに起こってしまった事件を防ぐことができるのか・・・
デンゼルワシントンが好きだからという理由で観たのだが、予想以上に面白かった。途中までは犯罪捜査ミステリーだと思って観ていたのだが、途中からあれよあれよとものすごいハイテクSFになっていって驚いた。しかし物語は破綻することなく、一定のテンポを持続するので全然飽きない。この作品はタイムスリップという概念に1つの解釈を示せたと思う。デンゼルワシントンはこういう役が合っていると思う。ヒゲモジャでスラム出身の犯人役とかよりも、しっかりヒゲを剃って、スーパーエリートじゃないが、しっかりしたモラルに生きているような役がしっくりくる。
ボーンアルティメイタム ★★★★
ジェイソンボーンシリーズの完結編(?) 自らの出生の謎を解くべく秘密の確信にs迫っていく・・・
ストーリーとしてはこれだけなんだが、最後まで見せてくれる。ボーンシリーズはアクションが面白いのだが、その中でも今作はもっとも迫力がある。カメラワークのせいだろう。
香港スターのような、「はい、ここ見せ場!」といわんばかりのスローモション何度も再生なんてものがいかに恥ずかしいか思い知らせてくれる。ジェット・リーもこの路線に行った方が将来があると思う。
墨攻 ★★★
あらすじ;
紀元前の中国で忽然と姿を消した思想集団・墨家の物語。
趙と燕の国境にある梁城が趙の大軍攻め込まれようとしていた。墨氏の革離がたった1人で10万もの趙軍を相手に墨家の戦術を駆使して立ち向かっていく。
もう10年くらい前、原作のコミックを買いそろえるほど好きな漫画だった。原作ファンとしては当然映画化には厳しくなってしまうが、あんな地味な劇画が映画になったことに驚く。革離がアンディラウというのも合っていないようで、観ているうちに違和感がなくなった。いい俳優だと思う。映像のスケール感も中国物っぽい。
日本の俳優にやらせるとして、原作のテイストを生かしたいとすれば、西村雅彦なんかいいかもしれない。地味すぎて興行的にムリか・・・
スピリチュアル考
江原啓之 コッソリ大学教授を辞退していた。
大学教授なんて、ニセ科学をヤっている人たくさんいるのに、江原さんちょっと気の毒。
江原の失墜は、メディアが賞味期限が切れたと思ったのが原因なんだけれど、これは最近の偽装食品問題などの影響もあるように思う。世間の目が根拠の怪しいものに対して厳しくなりつつある中で、マスコミ不信へ繋がるようなものを少しでも排除したかったという感情が働いてもおかしくない。
江原の否定派と擁護派の論点は、最初からずれているので非常に始末が悪い。
否定派は霊能の科学的根拠を問題にして、ありもしないことで人心を惑わして、利益を得るのは詐欺であるというのが主な主張だが、擁護派ははなから科学的根拠などには問題にしておらず、実際に江原の言葉に救われたとかの実体験をもとにしている。これは水にありがとうと言ったら味が変わるという話とまったく同じだ。片方はインチキだと言い、片方は本当に味が変わったと感じている。
ウチの母は江原大好きのアンチ細木だ。その理由は江原の言葉には愛があるが、細木にはないというものだ。霊能や占いに科学的信憑性などを求めていないのだ。
江原はカウンセラーとしては優秀だと思う。彼の言葉に慰められた人は多いだろう。ただし、霊能という看板の力を借りずにここまで盛り上がることはなかった。単なるカウンセラーのような資格職業ではエンタメ性が低すぎる。
スピリチュアルはテレビや出版といっしょい上手にオカルトに弱い女性を取り込んだ。ただ、こうなる以前からこの手の世界に関心を寄せていた人たちは、数あるオカルトのうちの一つとして愉しむ余地があったが、テレビに露出する江原をきっかけにして、そこに救いを求めた人たちは、江原の本しか読んでおらずどっぷりつかってしまい、心酔してしまう。構図としてはこういうことだろう。なのでこういう人に限って「あなたは江原さんの本を読んだことないでしょう」となる。こちらとしては、守護霊とか前世とかいうキーワードが出てきた時点でもう十分なのだが。
ただ面白いのが、この手の話になると僕の周りには男のファンは一人も見あたらないことだ。オカルト全般女性のほうが“競技人口”が多い気がするが、ここに科学的根拠はあるのだろうか?
霊能者を名乗った人はみな同じ道をたどっている。テレビに取り上げられて盛り上がったら、それは荒唐無稽で人を騙しているとバッシングする。
マスコミの姿勢は確かにあざといが、姿勢そのもは一環している。マスコミはオカルトは所詮エンタメとしか見ていない。科学的根拠はあるのかとテレビに問うたところで、それは「ないです」と言うしかないのだ。
フジテレビの味方する気は全くないが、テレビメディアとはそういうものだとして、三輪明弘の存在はどうなのだろう。彼はもともと精神世界に傾倒しているタレントだ。「心の在り方」と説くという意味では、彼の言動は僕は嫌いではなかった。が、江原といっしょになって守護霊や前世や神についてリアルに語り、神を見たとまで言った(これについてはなかなか微妙な表現だったが)。週刊誌ではゲストについて調べさせたりという暴露話まで出ている。
フジテレビは「スピリチュアルは荒唐無稽」だと言った。まさに今更だが、これはすなわち江原のみでなく、三輪明弘も同じという意味でとっていいという意味か。
「分からない人には永遠にわからない世界」なのは、こちらも彼らの言い分が全くのインチキだと証明できないかわりに、彼らも彼らの言う世界が真実だと証明できない以上、ここで言っても始まらない。実際に不利益を被った人がでてきたところで、初めて言及されたという点では正しい流れだとも思う。そう、被害者がいなければオカルトも楽しいエンターテイメントなのだ。
宜保愛子やマクモニーグルが、事件捜査に協力したところで、彼らの能力が解決に繋がったことなど、ただの一度もなかった事実を見ると、彼ら程度の能力では現実を動かすにはまだまだ足りなかったか、はなから本人の思いこみか、所詮インチキだったかのどれかだ。ユリゲラーにできたのはスプーンを曲げただけだった。Mr.マリックのほうが多彩だ。
実際はこういった霊能者というのは、周囲の環境でなんとなくそういう空気の中にいる人たちなのだと思う。いわば、その空気が届かないサイズになるとなかなか通用しないということだ。いったんバッシングを受け始めると、それを跳ね返す力はどんな霊能者にもない。それを阻止するには、池田大作のようにカルト的な求心力を作り、政治に絡んで攻撃の矛先が届かないような現実的対処をする以外に手段はない。
そもそもが、こういった怪しげなものに対して反感を示すというのは、社会としては健全だ。よくわからないものを目の当たりにして、その現象だけを見て信じ込むというのは、印鑑や壺や洗剤を買わされる人と何も変わらない。
個人的にこういったオカルトの類は、全く信じていないが、かといって世の中から無くしてしまうべきようなものでもないと思っている。生きていく中でのいろいろな彩りの一つとして見れば、楽しめる要素もたくさんある。値段が同じならマイナスイオンが出る掃除機のほうが夢がある。大事なのは値段が同じなことであって、根拠のよくわからないマイナスイオンに付加価値が付くのは詐欺だと思うからだ。買う側が納得すればいいというのは乱暴な話で、それは無知な人はいくら騙されても仕方ないというのと同じだ。
うまくまとめられてないが、現時点での考えとしてアップしておく。
大学教授なんて、ニセ科学をヤっている人たくさんいるのに、江原さんちょっと気の毒。
江原の失墜は、メディアが賞味期限が切れたと思ったのが原因なんだけれど、これは最近の偽装食品問題などの影響もあるように思う。世間の目が根拠の怪しいものに対して厳しくなりつつある中で、マスコミ不信へ繋がるようなものを少しでも排除したかったという感情が働いてもおかしくない。
江原の否定派と擁護派の論点は、最初からずれているので非常に始末が悪い。
否定派は霊能の科学的根拠を問題にして、ありもしないことで人心を惑わして、利益を得るのは詐欺であるというのが主な主張だが、擁護派ははなから科学的根拠などには問題にしておらず、実際に江原の言葉に救われたとかの実体験をもとにしている。これは水にありがとうと言ったら味が変わるという話とまったく同じだ。片方はインチキだと言い、片方は本当に味が変わったと感じている。
ウチの母は江原大好きのアンチ細木だ。その理由は江原の言葉には愛があるが、細木にはないというものだ。霊能や占いに科学的信憑性などを求めていないのだ。
江原はカウンセラーとしては優秀だと思う。彼の言葉に慰められた人は多いだろう。ただし、霊能という看板の力を借りずにここまで盛り上がることはなかった。単なるカウンセラーのような資格職業ではエンタメ性が低すぎる。
スピリチュアルはテレビや出版といっしょい上手にオカルトに弱い女性を取り込んだ。ただ、こうなる以前からこの手の世界に関心を寄せていた人たちは、数あるオカルトのうちの一つとして愉しむ余地があったが、テレビに露出する江原をきっかけにして、そこに救いを求めた人たちは、江原の本しか読んでおらずどっぷりつかってしまい、心酔してしまう。構図としてはこういうことだろう。なのでこういう人に限って「あなたは江原さんの本を読んだことないでしょう」となる。こちらとしては、守護霊とか前世とかいうキーワードが出てきた時点でもう十分なのだが。
ただ面白いのが、この手の話になると僕の周りには男のファンは一人も見あたらないことだ。オカルト全般女性のほうが“競技人口”が多い気がするが、ここに科学的根拠はあるのだろうか?
霊能者を名乗った人はみな同じ道をたどっている。テレビに取り上げられて盛り上がったら、それは荒唐無稽で人を騙しているとバッシングする。
マスコミの姿勢は確かにあざといが、姿勢そのもは一環している。マスコミはオカルトは所詮エンタメとしか見ていない。科学的根拠はあるのかとテレビに問うたところで、それは「ないです」と言うしかないのだ。
フジテレビの味方する気は全くないが、テレビメディアとはそういうものだとして、三輪明弘の存在はどうなのだろう。彼はもともと精神世界に傾倒しているタレントだ。「心の在り方」と説くという意味では、彼の言動は僕は嫌いではなかった。が、江原といっしょになって守護霊や前世や神についてリアルに語り、神を見たとまで言った(これについてはなかなか微妙な表現だったが)。週刊誌ではゲストについて調べさせたりという暴露話まで出ている。
フジテレビは「スピリチュアルは荒唐無稽」だと言った。まさに今更だが、これはすなわち江原のみでなく、三輪明弘も同じという意味でとっていいという意味か。
「分からない人には永遠にわからない世界」なのは、こちらも彼らの言い分が全くのインチキだと証明できないかわりに、彼らも彼らの言う世界が真実だと証明できない以上、ここで言っても始まらない。実際に不利益を被った人がでてきたところで、初めて言及されたという点では正しい流れだとも思う。そう、被害者がいなければオカルトも楽しいエンターテイメントなのだ。
宜保愛子やマクモニーグルが、事件捜査に協力したところで、彼らの能力が解決に繋がったことなど、ただの一度もなかった事実を見ると、彼ら程度の能力では現実を動かすにはまだまだ足りなかったか、はなから本人の思いこみか、所詮インチキだったかのどれかだ。ユリゲラーにできたのはスプーンを曲げただけだった。Mr.マリックのほうが多彩だ。
実際はこういった霊能者というのは、周囲の環境でなんとなくそういう空気の中にいる人たちなのだと思う。いわば、その空気が届かないサイズになるとなかなか通用しないということだ。いったんバッシングを受け始めると、それを跳ね返す力はどんな霊能者にもない。それを阻止するには、池田大作のようにカルト的な求心力を作り、政治に絡んで攻撃の矛先が届かないような現実的対処をする以外に手段はない。
そもそもが、こういった怪しげなものに対して反感を示すというのは、社会としては健全だ。よくわからないものを目の当たりにして、その現象だけを見て信じ込むというのは、印鑑や壺や洗剤を買わされる人と何も変わらない。
個人的にこういったオカルトの類は、全く信じていないが、かといって世の中から無くしてしまうべきようなものでもないと思っている。生きていく中でのいろいろな彩りの一つとして見れば、楽しめる要素もたくさんある。値段が同じならマイナスイオンが出る掃除機のほうが夢がある。大事なのは値段が同じなことであって、根拠のよくわからないマイナスイオンに付加価値が付くのは詐欺だと思うからだ。買う側が納得すればいいというのは乱暴な話で、それは無知な人はいくら騙されても仕方ないというのと同じだ。
うまくまとめられてないが、現時点での考えとしてアップしておく。
聖火リレーをめぐるフランスのおもしろさ
<北京五輪>「北京開催は賢明な選択、後悔していない」IOCロゲ会長が発言—シンガポール
北京五輪の国際聖火リレー、IOC理事らが継続支持を表明
Flickrには世界のどのプレスよりも多くの現場写真が上がっている。
北京五輪の国際聖火リレー、IOC理事らが継続支持を表明
Flickrには世界のどのプレスよりも多くの現場写真が上がっている。
