優しくできない男はろくでなしなのだ、ろくでなしブルースなのだ、豆腐の角に頭をぶつければいいのだ。
北川悦吏子。
かつて一世を風靡したドラマ“あすなろ白書”や
“ロングバケーション”を書いた脚本家です。昔この人のエッセイに、こんな話がありました。
“とても優しい人と付き合ったことがあります”
北川さんは若かりし頃、付き合った男性に対して必ずする質問があった。
「わたしがもし夜道で強姦に襲われたらどうする?」
そう訊いて、男性から「犯人を探し出して、ひどいめに遭わせてやる」だとか、「ぶっ殺してやる」だとか、そんな期待通りの答えが返ってくると、北川さんは自分が恋人から大切に想われていると実感し、満足していた。
そしてある時、何人めかにこの質問をした彼からは、意外な答えが返ってきた。
例の如く「どうする?」と訊いた北川さんに彼はひとこと。
「…なぐさめる。」
北川さんはそれ以来、誰かにこの質問をしなくなったそうだ。
かく言うわたしも優しい人と付き合ったことがある。
というか有難いことに、優しい人としか付き合ったことがない、くらい。こう言ってしまうのも難だけれど、女性に母性があるように 男性は、女性に優しくするようにできている。
小さいころから「女の子を泣かしたらいけません」と育てられ、潜在意識の中に「女の子には優しくするもの」とすり込まれているためか、ある一定ラインまでの優しさは皆持っているように思う。しかも人は好きな異性に対してなら尚更、優しくしようと努力しなくても自然と優しくなるものだ。
だから本当の意味で、女性に微塵の優しさも見せない男性がいるとしたら、そもそも女性が嫌いか、よっぽどのロクデナシか、どちらかだとすら思ってしまう。
でも思いやりは違う。思いやりは人のためでしかなくて、形にするのが難しい。だから努力で身に付けるのはたぶん難しい。
あるか、ないか。持って生まれたもののような気がする。あれば自然と滲み出てしまうもの。
北川さんの言うこの彼は、とても優しいのはもちろんの事、思いやりのある人、だったのだと思う。
犯人を探しに行って敵をとろうとする人は優しい。でもそこに「俺の女に何しやがる」という憎しみが少しでもあれば、それはすでに自分のためにしていることだ。
その間に一人で待つ彼女の気持ちを考えて、何よりも先に気遣えるのが思いやり。大事なのは、自分以外の誰かの身になれること。
たとえば誕生日には夜景の見えるレストラン、車のドアをさっと開けてくれたり、バッグを持ってくれたり、欲しいものをプレゼントしてくれたり、本当にそれらを幸せに感じる女の子はたくさんいるだろうし、そんなこともすてきなのかもしれない。けれどそれは、冷奴でいえば上に乗せた生姜や葱であって、肝心の豆腐の質には何の関係もない。あれば風味が増すかもしれない、でも本当に美味しい豆腐なら何も乗せなくても、豆腐の味そのものだけで、人を感動させられる。
こんなことを言っているわたしが、ホンモノの豆腐の味を判る味覚もなく味わう資格もない人間だったら最高にかっこ悪いので。
日々、努力する。自分が思いやりのある人間かどうかはわからないけど、努力で優しさがたくさんたくさん重なれば、それに似た何かにならないかな。
何よりも先に気遣ってもらえるには、それ相応にかけがえのない人でなくちゃいけないはずだし、そういう人でありたいと思う。
思いやったり思いやられたりして、生きていたい。
どんなに困難でくじけそうでも辛いものが辛くても八つ当たりしてはだめ、大人になるってそういうこと。
3連休の中日。(←ドラゴンズではない。)
夜に、チュ~ゥリップの恋模様~♪と歌いながら、トイレを磨いたり洗濯物を干したり小踊りしたりしていたら、妙にテンションがあがって、眠れなくなってしまった。
なんかおなかも空いたような気がする。
1日中家にいて、そういえばかっぱえびせんしか食べていない。 一人でいると、ついうっかりごはんを食べるのを忘れてしまう。
おなかがいっぱいになれば眠くなるかな~と思い、あさったら出てきたのが、“トムヤムラーメン”。
鍋を火にかけ、冷蔵庫にあったもやしを煮て、麺を煮て、スープを入れて、器に盛って、ハムを乗せて、はい出来上がり。
どれどれ。…チュルチュル…。
ハッ!…か、辛い!えっ?もうひとくち。チュルチュル。
から…辛ッ!!!辛ーッ!!怒!!
唇も口の中も痛いし、喉まで痛い。辛い。辛いってば!!
わたし辛いものだめ。韓国人とかインド人とかほんともう、ばかなんじゃないかと思ってしまう。
毎日毎日あんな真っ赤っ赤なものばっかり食べて、一体何がしたいんだ!これ
でも読めば気持ちがわかるかしら?
キムチもわさびもタバスコも、辛いものが一切だめなわたしんちの食料庫に、そもそもなんでこれがあるのか。
いつの間にあるのかも定かではない。
たぶんいつか酔っ払った帰りにスーパーに寄り、怪しげなパッケージに惹かれて、おいしそうな何かと勘違いして買ったのに違いない。そのとき頭の中に流れ出すあのメロディ。
ど~んな~に困難でー くーじーけーそーおーでーもー♪
何?なんでKAN?
なんでもいいけど、とにかく辛い。そして辛い。
一口ごとにお茶を飲みつつ、意地で半分近くまで食べて、これ以上は粘膜がやられると判断し、断念。
鼻水が出てきたので鼻をかんだら、なぜかティッシュから魚みたいな匂いがした。もうさー…なんで?うちって魚屋だったっけ?
そんなはずはない、どう見てもただの賃貸アパートだよ。気のせいかしら?だとしても、“ティッシュが魚の匂いする気”ってどんな“気”だ。病気ですか?アハハ!自分がコワイよ!
ああもう何もかもすべて、このトムヤムラーメンのせいだ。
辛いなら辛いって書いとけ!「エビ味」じゃなくて「すごい辛いエビ味」って書いとけー!そしてもやしとハム返せー!!
か・え・せ!も・や・し!か・え・せ!ハ・ァ・ム!
やり場のない怒り。無差別に誰かに電話して、「辛いんだけどー!!」ってやつあたりしようかと思ったけど、やめておく。
フウ。大人になるって、こういうことかもね。
そして、完全に目が覚めてしまったことに気がつく。
…にょーん(・Д・)
芸のためなら女房も泣かしちゃうようなやつはオッチーが泣かしちゃうんだから。
先日実家に帰った際に、両親と3人でカラオケへ行きました。
突如、採点機能にハマり出した母。
自分や私が歌い終わるたびに「何点!?今の何点!?」と、はしゃぎまくり。そして、“歌いたい歌”よりも“高得点の出る歌”に選曲のポイントを絞り始めた。
どこで聞いたんだか、“女性が男性の歌をうたうといい点がでるらしい”という、信頼度2%の知識をもとに選んだ曲は、『与作』。渋いイントロが流れ出したと思ったら、ボソッと一言…。
「これ、“ヘイヘイホー”のとこしか知ラネんだよな…。」
うん、なんかもう、いろいろ間違っていてすごい。
一方、カラオケに行く前からすでにかなり酔っ払っていた父。
酒と娘が生き甲斐である。最近じゃ年と共にますます涙もろくなり、わたしが何かを歌うたびに、隣で涙。
恋愛の歌であろうが友情の歌であろうが、詞の内容を自分と娘に置き換えてひたすら感動。
歌:「頑張っているからねっ~て♪強くなるからねっ~て♪」
父:「うんっ、うんっ、頑張れっ!頑張れっ!ウッウッ・・・(涙)」
歌:「ひとりじゃないから~♪わたしが君を守るから~♪」
父:「うんひとりじゃないっ!ひとりじゃないぞっ!ウウッ・・・(涙)」
…ものっそい歌いづらいんですけど。
そんな父がカラオケで必ず歌う大好きな曲が『浪花恋しぐれ』。
「芸のためなら女房も泣かす~♪」で始まる、“三歩下がってついて来い!はいアナタ”・・・的な、昭和の夫婦を象徴するデュエット演歌である。
曲中の、「・・・つべこべ抜かすな、酒や!酒持って来ーい!!」というセリフ部分を熱演する父に、「うっせえ、ジジイ!!!」という、趣を一切無視した母のアドリブ(もちろんマイクon)が花を添える。
次に父が一人で歌おうと、選んだ曲は『娘よ』。嫁いでゆく娘への、男親の思いを歌った曲である。
嫌な予感はしていたが、最初の一行を歌った時点で早くも、歌詞が心に響きすぎてしまったらしい。嗚咽しながら「やめとけってぇぇ~!!(泣)」を連発するという、奇抜な展開に。
そして泣きじゃくって歌えない父の代わりにマイクを持ち、しれっと歌う母。ナイス・メオトプレイ。父は最後まで、「やめとけってぇぇ~!!やめとけってぇぇ~!!」と叫びながら号泣し続けた。嫁ぐ予定など微塵もナッティンなわたしには最後まで、何を「やめとけ」ば良いのかは解らなかった。
歌い(?)終えた父が「俺、めぐが結婚するとき、披露宴でこの歌かあちゃんと歌うんだ!」と無邪気に言った。それこそこっちが「やめとけってぇぇ~!!」である。
楽しいひとときを過ごして、上機嫌になり飲みすぎた父。帰る頃にはろくに歩けない状態になっていた。
父は、足が悪い。障害者ではないけれど、片方がうまいこと動かないのだ。
年のせいもあって最近は、酒に酔うと特に歩くのが困難になる。
階段は一段ずつゆっくりでないと降りられないし、平らなところでも躓いてしまう。いつもは見守る程度だけど、その日は何となく父と腕を組んで、支えながらカラオケ屋を出た。
駐車場で父は、ふと言った。
「今日はありがとう。帰ってきてくれてありがとう。お父さん楽しかった。」
そう遠くもないくせに、気まぐれにしか帰ってこない娘に好きなものを食べさせてやり、カラオケに連れて来てやり、父は、「ありがとう」と言った。
父のことを、なんて豊かな気持ちを持っている人なんだろうと思った。わたしは「こちらこそ」と小さく言うのが精一杯だった。
いつかお嫁に行く日がきたら、この日のようにお父さんと腕を組んで、バージンロードを歩くと思う。お父さんに似て涙もろいわたしは、色んなことを思い出して入場するときからもう、泣いちゃうんだ。
せっかくのお化粧も崩れちゃって、お父さんもわたしと一緒になって泣いちゃって、「あらら親子して…」って笑われちゃうんだ。でもいい。二人で泣きながら歩こう。
そのときは、「今日までありがとう。」ってわたしの方が先に、お父さんに言いたい。