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続チャイナ・デイリーの奇妙な人権報道

およそ1カ月前、大陸の政府系英字紙チャイナ・デイリーが西側メディアのようなタッチで当局の人権団体抑圧を報じている、と書いた。そのチャイナ・デイリー紙がまた、中国の恥を世界に晒すとしか思えない人権記事をウェブ版に掲載している。タイトルは“Activist on trial for subversion”、テーマは譚作人裁判である。

記事自体は「事件」の経過と譚側の主張について淡々と記述した中立的な内容になっている。しかし中立的な姿勢を装いながらも、譚側の支援者の主張をこれでもかと並べているため、記者の、そして発行元である中国日報社の主張(というか狙い?)が否応なくにじみ出ている。コワモテで知られる譚作人の弁護士、浦志強先生も大喜びだ。

最近は中国政府のプロパガンダ・メディアも何やら「パトロン」からの支援が減らされて大変なのだ、と聞く。曰く、よく売れるメディアには補助金を重点配布するが売れないと減らされる……というやり口なのだそうである。

ただ、一連のチャイナ・デイリーの「人権報道」は、西側読者の部数増を狙ったキャンペーンではないと思う。政治的リスクと商業的利益を比較考量した場合、リスクの方が圧倒的に大きいからだ。

チャイナ・デイリーの本来の役割を鑑みれば、今回の記事も西側へ向けた観測気球と考えるのが一番筋が通っている。ただ、その場合に何を「観測」するのか。中国政府の人権弾圧ぶり?(そんなこととっくにみんな知っている) フリー・メディア化への予兆?(まさか!) 

人権弾圧に不感症な中国政府が影響力をもつ政府系外国語メディアが政府の人権弾圧を非難する記事を書く――相当に込み入った多元連立方程式だが、その解はやはり「権力闘争」にある気がしてならない。

アイ・ウェイウェイ:全身芸術家

昔、原一男監督の「全身小説家」というドキュメンタリー映画があった。作家の井上光晴(先日、直木賞を取った井上荒野の父親だ)の癌に侵されゆく晩年を偶然に追うことで、井上が「嘘を書くのが仕事」たる小説家の存在そのものといっていい、「嘘つきみっちゃん」であったことを図らずしも明らかにする面白い映画だった。

いま、日本海を隔てた中国大陸に「全身芸術家」といっていい現代アーティストがいる。第一世代の詩人、艾青の息子である艾未未(アイ・ウェイウェイ)である。なぜか日本の新聞は扱いが冷たいが、このアイ・ウェイウェイ、昨年末から四川地震の「おから建築」校舎の下敷きになって死んだ子供の名簿を作ろうという活動を続けていて、当局からブログ閉鎖やら「強制追尾」といった嫌がらせを受け続けていた。

そのウェイウェイが12日、ついに当局に身柄を拘束された。同じく四川地震で死んだ学生に関するデータベースを作ろうと父母に呼びかけ、なぜか国家政権転覆煽動罪で3月に逮捕された活動家譚作人の公判支援に訪れた成都で他の10人とともに捕まったらしい。

未だに「艾青の息子」という語られ方をするウェイウェイだが、もはや父の存在を遥かに超えるアーティストになっていると思う。
なにせ、これ↓である。

Observing China

ただこれ↑だけでなく、野外展示作品が開会前に壊れても「自然の力」とそのまま展示◆北京五輪に無批判に参加した張芸謀(彼は国策監督だと思う)らを批判する一方で、自分が関与した鳥の巣は「デザインが好き」と受け入れる……と、他を寄せ付けないスケール感で活動を続けている。

その存在は小手先ではない、まさに「全身芸術家」である。そして、最近の彼の四川地震への入れ込みぶりを見ていると、この活動自体がかれのアート作品であるようにも思えてくる。もちろん、活動は彼なりの正義感の発露であり、決して売名行為ではないはずだが(鳥の巣のデザイナーが今さらその必要もない)、どうにも彼が「中国」というカンバスに自らの身体を打ち付けているように見えてならない。さしずめ、「人拓」のようなものか。

ウェイウェイが欧米メディアに好意的にとり上げられるのは、そして人権に敏感に反応するのは、彼が24歳から36歳までアメリカで過ごしたことと無縁ではなかろう。彼を痛めつければ、欧米メディアのシンパたちが胡錦涛非難の大合唱を始めるのは火を見るより明らかだから、当局は今回「旅館に軟禁」という措置にとどめている。

「十一」を前に、中国政府は人権活動家や弁護士の拘束を続けている。鄧玉嬌事件のように、いまの政府は人民のガス抜きに使えるネタはあっさり自由な報道を認める傾向にあるので、逆にネットで削除対象になっている事件を見ると、中国政府がいま何がヤバいと感じているかを知ることもできる(その「ライン」は時間によって刻々と変化するのだが)。期待の若手である副首相サマが主担当された四川地震ネタは、少なくとも中南海あたりでは今はとても敏感な話題であるらしい。

現在、東京でアイ・ウェイウェイ展が開催中である。日本の涼しげな美術館で中国と中国人の暑苦しい未来について考えるのは、何だか皮肉な気がするが。

頼昌星の帰国:団派の反撃?

10年ひと昔——世の中の大勢的には、365日を10回も繰り返すといろんなことが大きく変化することになっているらしい。本当にそうだろうか。ちなみに今から10年前の1999年のニュースを俯瞰してみると、携帯電話の11ケタ化(1月)、ソニーAIBO発売(6月)、法輪功の非合法化(7月)、郷ひろみ渋谷でゲリラライブ(8月)、マカオ返還(12月)……と、あまり古さを感じない(でも97年の香港返還は遠い前のように思えてしまうのはなぜ?)。

中国的に言えば、法輪功弾圧と並ぶ10年前に起きた大事件が頼昌星の遠華案である。表面上は貧農出身の成り上がりである頼が起こした巨額密輸・脱税案件だが、むしろ江沢民が軍への影響力拡大を図って事件着手しながら、子飼いの賈慶林に波及しそうになってやむなく追及の手を弱めた……という込み入った政治闘争のコンテクストで語られる事件だ。カナダ逃亡10年になるその頼が、多維網の最近の取材に「帰国したい」と答えている。「逃亡十年圧力很大」なのだそうである。

前段として、一緒にカナダに逃亡していた頼の前妻がすでに福建省に帰国した、という同じく多維網の報道があった。この10年間、返すの返さないので中国とカナダの関係を険悪にしてきた頼が突然「帰る!」と言い出したのは、ただの郷愁からではないはず。何らかの「担保」があると見ていいだろう。

頼が帰って来てまずソンをするのは、もちろんナンバー4氏(とその妻)。その背後におわします上海のご隠居様もおもしろくはないはずで、最近「包囲戦」で釘付けにされていた胡錦涛軍の反撃と読めなくもない。4中全会前に果たして帰国できるのかどうか、両派の綱引きを(そして、十八大人事の行く末を)占う一つのバロメーターになると思う。

陳良宇事件以降の高官逮捕ラッシュで、頼昌星事件の「値打ち」は99年当時とは比べ物にならないほど下落している。なるほど、10年ひと昔という言葉もあながち間違いではないかもしれない。