カーディル会見:知力の攻防(その2)
紺のスーツに身を包んだ巨体の人民日報・干青東京支局長は、ゆっくりとした動作で記者会見場のマイクを握った。「カーディルさんに伺うが、さきほどから聞いていると(騒乱当日に関する)非常に臨場感のある、まるでその場にいたかのような証言をしているが、アメリカ在住なのにどのようにして情報を把握しているのか」。これが質問の第一点。第二点は「1949年以降(の共産党支配で)ウイグルの平和な生活が破壊されたというのなら、あなたがビジネスで成功したのはどういうわけか」
茫洋とした雰囲気を装いながら、干青支局長は日本人記者の聞かない(というか、聞けない)論点に切り込んでいった。会場のかなりの部分を占めた在京中国メディア特派員の聞きたいこと(というか、言いたいこと)を代弁していたように思う。カーディル女史は質問の第一点について、「7月5日のデモ直後、世界各地のウイグル人が電話で現地から情報を引き出した」と答えた。これは、つまるところ情報の真偽に関する水掛け論なのであまり面白くはない。
★☆女史の「変節」を巡る論戦☆★
問題は質問の二点目である。全国政協委員まで務めたカーディル女史の「変節」は、中国メディアがしつこく追及してきたポイントだ。女史曰く、「たしかにカネは儲けたが、民族に還元もしていた。それで私の存在感が一気に高まり、そのことに気づいた共産党が言うことを聞かせるため、私を政治の世界に連れて行こうとした。共産党を信じていたが、97年のグルジャ大虐殺を見て共産党の犯罪を知らせる動きをしたところ、監獄へ送られることになった」
「自分も以前は共産党とうまくやっていたではないか」という批判をカーディル女史は一応、かわしている。女史は2時間を超える会見中、終始精力的にしゃべり続けた。こういう会見では往々にして質問者の聞きたいポイントと答えが食い違うことがあるのだが、それもまったくなかった(あった場合は気づいてちゃんと修正していた)。非常に頭の回転の速いやり手の人物だと思う(62歳とは思えないほど肌もピカピカしていた)。対する人民日報支局長もいかにも老練という印象だった。
特に死者数に関する世界ウイグル会議側の情報の正しさを確認できないので、カーディル女史とその主張の真偽を今の段階で断定することはできない。ただ、女史が中国政府とときには和合し、時には切り結ぶだけのしたたかさを持ち合わせた人物であることは確かだ。「漢人に比べれば、(世界中の)すべての民族は少数民族だ」という名言(?)もあった。
ただ、違和感を覚えた発言もある。発言の最後のほうで、女史は「87年以前、東トルキスタンに子供の泥棒や売春はなかったが、そこ(87年)から状況が一変した」と述べた。87年が何を指すのか今ひとつ定かでないが、経済成長のベンチマークなのだとして、泥棒や売春が増えた地域は新疆だけではない。大紀元氏への答えの中にもあったが、会見を通じて、ウイグルの被害をフレームアップしようとする印象を受けなくもなかった。
そして、カーディル女史によれば、ウイグルは「中国政府との対話を求める」が、「目指すのは民族自決」で「ダライ・ラマがだまされ続けている高度な自治ではない」のだという。高度な自治がありえないのなら、民族自決が目指す先は独立しかないが、さてそれは現実的なのか。
過度な原理主義は往々にして人を破滅の道へと誘う。それは歴史が証明している。
(この項終わり)
茫洋とした雰囲気を装いながら、干青支局長は日本人記者の聞かない(というか、聞けない)論点に切り込んでいった。会場のかなりの部分を占めた在京中国メディア特派員の聞きたいこと(というか、言いたいこと)を代弁していたように思う。カーディル女史は質問の第一点について、「7月5日のデモ直後、世界各地のウイグル人が電話で現地から情報を引き出した」と答えた。これは、つまるところ情報の真偽に関する水掛け論なのであまり面白くはない。
★☆女史の「変節」を巡る論戦☆★
問題は質問の二点目である。全国政協委員まで務めたカーディル女史の「変節」は、中国メディアがしつこく追及してきたポイントだ。女史曰く、「たしかにカネは儲けたが、民族に還元もしていた。それで私の存在感が一気に高まり、そのことに気づいた共産党が言うことを聞かせるため、私を政治の世界に連れて行こうとした。共産党を信じていたが、97年のグルジャ大虐殺を見て共産党の犯罪を知らせる動きをしたところ、監獄へ送られることになった」
「自分も以前は共産党とうまくやっていたではないか」という批判をカーディル女史は一応、かわしている。女史は2時間を超える会見中、終始精力的にしゃべり続けた。こういう会見では往々にして質問者の聞きたいポイントと答えが食い違うことがあるのだが、それもまったくなかった(あった場合は気づいてちゃんと修正していた)。非常に頭の回転の速いやり手の人物だと思う(62歳とは思えないほど肌もピカピカしていた)。対する人民日報支局長もいかにも老練という印象だった。
特に死者数に関する世界ウイグル会議側の情報の正しさを確認できないので、カーディル女史とその主張の真偽を今の段階で断定することはできない。ただ、女史が中国政府とときには和合し、時には切り結ぶだけのしたたかさを持ち合わせた人物であることは確かだ。「漢人に比べれば、(世界中の)すべての民族は少数民族だ」という名言(?)もあった。
ただ、違和感を覚えた発言もある。発言の最後のほうで、女史は「87年以前、東トルキスタンに子供の泥棒や売春はなかったが、そこ(87年)から状況が一変した」と述べた。87年が何を指すのか今ひとつ定かでないが、経済成長のベンチマークなのだとして、泥棒や売春が増えた地域は新疆だけではない。大紀元氏への答えの中にもあったが、会見を通じて、ウイグルの被害をフレームアップしようとする印象を受けなくもなかった。
そして、カーディル女史によれば、ウイグルは「中国政府との対話を求める」が、「目指すのは民族自決」で「ダライ・ラマがだまされ続けている高度な自治ではない」のだという。高度な自治がありえないのなら、民族自決が目指す先は独立しかないが、さてそれは現実的なのか。
過度な原理主義は往々にして人を破滅の道へと誘う。それは歴史が証明している。
(この項終わり)
カーディル会見:知力の攻防(その1)
日本の記者会見はよく「微温的」と言われる。質問者が被質問者を気遣ってほとんど厳しい質問を投げかけないからだが、そうなるのは質問者と被質問者が構造的に持ちつ持たれつの関係にあるからにほかならない(非統治者か統治者かと問われれば、日本メディアは明らかに統治者側に立つ「第四権力」である。「弱者の味方」というのは、オタメゴカシか新米記者の幻想に過ぎない)。
29日に日本記者クラブで行われたラビア・カーディル会見は、日本の記者会見には珍しく微温的でない、責める側と守る側の知力の攻防がみられる「エンターテイメント」だった。会見は最後の質問に立った人民日報vs.カーディルでクライマックスを迎えるのだが、その前に質問に立った日本人の記者諸氏の切り口も、珍しく(失礼)無駄も自己顕示欲もない整理されたものだった。
「日本人記者優先で」と主催者にクギを刺されているにも関わらず、敢えて挙手した大紀元氏の質問も、会場からは失笑が漏れていたが決して悪い内容じゃなかった(確かに彼の日本語はつたなかったが、それをものともせず対象に迫る姿勢は心を打つものがあった。決してせせら笑う場面じゃない)。それどころか、「中国全土で起きている暴動の背景と、今回のウイグル騒乱の背景に共通するものはあると考えるか」という問題提起は、今回の事件の本質を突いていたと思う。
今回の騒乱について、世界ウイグル会議は一貫して「中国当局の虐殺」というスタンスを採ってきた。抑圧者vs.被抑圧者という構造でとらえれば、中共によって(政治的、経済的に)抑圧されている漢族もウイグル人も立場は同じはずである。だがこの大紀元氏の質問に対し、カーディル女史は「背景はまったく違う」と答えた。曰く、「漢人に言語や居住地選択の強制、および強制労働はない。暴動に対しても、ウイグル人相手のように軍を動員して無差別発砲することはない」
漢族の農民はいまだに戸籍制度で(建前上ではあるが)居住地選択の自由を制限されているし、89年の天安門事件では漢族の軍隊が漢族の市民に対して水平射撃をしたのは周知の事実、ウイグル人の「強制労働」についてはまだ議論がある――と揚げ足をとるつもりはない。ただ、カーディル女史が「背景はまったく違う」と切って捨てたことが、今回の事態が「階級の衝突」でなく、「文明の衝突」であることの何よりの証左であるように思う。漢族との共闘をはじめから排除するのは、自らを袋小路に追い込む行為だ。
そして主催者が「最後なので、ぜひ中国メディアの方の質問を」と呼びかけると、人民日報の干青東京支局長がその巨体を記者席からゆっくり起こし、マイクに向かっていった。(続く)
29日に日本記者クラブで行われたラビア・カーディル会見は、日本の記者会見には珍しく微温的でない、責める側と守る側の知力の攻防がみられる「エンターテイメント」だった。会見は最後の質問に立った人民日報vs.カーディルでクライマックスを迎えるのだが、その前に質問に立った日本人の記者諸氏の切り口も、珍しく(失礼)無駄も自己顕示欲もない整理されたものだった。
「日本人記者優先で」と主催者にクギを刺されているにも関わらず、敢えて挙手した大紀元氏の質問も、会場からは失笑が漏れていたが決して悪い内容じゃなかった(確かに彼の日本語はつたなかったが、それをものともせず対象に迫る姿勢は心を打つものがあった。決してせせら笑う場面じゃない)。それどころか、「中国全土で起きている暴動の背景と、今回のウイグル騒乱の背景に共通するものはあると考えるか」という問題提起は、今回の事件の本質を突いていたと思う。
今回の騒乱について、世界ウイグル会議は一貫して「中国当局の虐殺」というスタンスを採ってきた。抑圧者vs.被抑圧者という構造でとらえれば、中共によって(政治的、経済的に)抑圧されている漢族もウイグル人も立場は同じはずである。だがこの大紀元氏の質問に対し、カーディル女史は「背景はまったく違う」と答えた。曰く、「漢人に言語や居住地選択の強制、および強制労働はない。暴動に対しても、ウイグル人相手のように軍を動員して無差別発砲することはない」
漢族の農民はいまだに戸籍制度で(建前上ではあるが)居住地選択の自由を制限されているし、89年の天安門事件では漢族の軍隊が漢族の市民に対して水平射撃をしたのは周知の事実、ウイグル人の「強制労働」についてはまだ議論がある――と揚げ足をとるつもりはない。ただ、カーディル女史が「背景はまったく違う」と切って捨てたことが、今回の事態が「階級の衝突」でなく、「文明の衝突」であることの何よりの証左であるように思う。漢族との共闘をはじめから排除するのは、自らを袋小路に追い込む行為だ。
そして主催者が「最後なので、ぜひ中国メディアの方の質問を」と呼びかけると、人民日報の干青東京支局長がその巨体を記者席からゆっくり起こし、マイクに向かっていった。(続く)
カーディル来日という「快挙」
世界ウイグル会議のラビア・カーディル議長が28日午後、来日した。と思ったら、米議会下院外交委員会の聴聞に応じるという理由で、30日夜の講演会をキャンセルしてトンボ返りするのだとか。日本での実質的な活動日は本日29日だけになった。
中国政府がダメ出しをする人物に日本外務省がビザを発給するのはかなり意外な気がするが、これまでにも李登輝、ダライ・ラマ14世の来日は認めている。ただ李登輝の場合は「個人的な旅行」、ダライ・ラマの場合は政治活動なしという条件をつけることで中国政府の体面を守って来た。07年に魏京生が入国拒否されたのは、その存在が政治的でしかありえないからだ。
同じく今の時期、「政治的存在」でしかありえないカーディルの来日を寛容にも、そして勇気をもって日本外務省が認めたのはなぜか。兒玉和夫報道官は「通常の手続きに則って」ビザ発給した、と誇らしげにコメントしているようだが、それならどうして2年前には「適切な手続きに則って」魏京生の入国を認めなかったのか。
今回外務省がカーディル入国を認めたのは、ウイグルの悲劇に同情したからでも、ついに「暴支」を「膺懲」しようと改心したからでもない。おそらく、日本政治が事実上の政権移行期という「真空状態」にあって、だれにも決定権がないため(だから責任も問えない)、政治家から圧力がかからなかったのが最大の理由だと思う。中国政府も日本側に決定権者がいないので、本格的な圧力をかけられなかったはずだ。
総選挙を前に、「政治の不在」を嘆く必要はないのかもしれない。今回の出来事は、政治家がいないと意外と物事が進むという何よりの証拠だ(同時に、それは危険なことでもあるのだが)。
中国政府がダメ出しをする人物に日本外務省がビザを発給するのはかなり意外な気がするが、これまでにも李登輝、ダライ・ラマ14世の来日は認めている。ただ李登輝の場合は「個人的な旅行」、ダライ・ラマの場合は政治活動なしという条件をつけることで中国政府の体面を守って来た。07年に魏京生が入国拒否されたのは、その存在が政治的でしかありえないからだ。
同じく今の時期、「政治的存在」でしかありえないカーディルの来日を寛容にも、そして勇気をもって日本外務省が認めたのはなぜか。兒玉和夫報道官は「通常の手続きに則って」ビザ発給した、と誇らしげにコメントしているようだが、それならどうして2年前には「適切な手続きに則って」魏京生の入国を認めなかったのか。
今回外務省がカーディル入国を認めたのは、ウイグルの悲劇に同情したからでも、ついに「暴支」を「膺懲」しようと改心したからでもない。おそらく、日本政治が事実上の政権移行期という「真空状態」にあって、だれにも決定権がないため(だから責任も問えない)、政治家から圧力がかからなかったのが最大の理由だと思う。中国政府も日本側に決定権者がいないので、本格的な圧力をかけられなかったはずだ。
総選挙を前に、「政治の不在」を嘆く必要はないのかもしれない。今回の出来事は、政治家がいないと意外と物事が進むという何よりの証拠だ(同時に、それは危険なことでもあるのだが)。