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「司令部を砲撃せよ」

胡錦濤の息子、胡海峰(38)が以前会長を務めていた「威視技術公司」とナミビア政府の取引をめぐる詐欺・贈収賄事件がナミビア政府の捜査対象になり、容疑者3人が今月上旬に逮捕された。英デイリーテレグラフ紙と南アフリカのメール・アンド・ガーディアン紙が相次いで報じている。

事件そのものは、ナミビア政府と威視公司の間のコンテナ透視装置納入をめぐる随意契約に絡んで、ナミビア政府が威視に支払った契約金の一部が当地のコンサルティング会社にそのまま流れ、コンサルティング会社を所有する3容疑者(1人は威視のアフリカ代表でもあるYang Fangという中国人)がそのカネを私的に流用した――という筋。契約金の一部はナミビアの政治家周辺にも流れたとメール・アンド・ガーディアンは書いている。

胡海峰自身はすでに威視公司の会長から親会社である清華同方集団の党委員会書記へ転出済み。捜査責任者は「(海峰は)容疑者ではないが参考人として話を聞きたい」と話しているが、「テフロン小公子(メディアからの隔離ぶりに由来する海峰のあだ名だとか)」が聴取されることなど1000%ありえないだろう。

とはいえ、である。この事件の着手はナミビアにとって事実上、胡錦濤への永訣宣言ならびに中国への宣戦布告を意味する。中国とナミビアの力関係を考えれば、常識的には「見て見ぬフリをする」のが正しい判断だ。なぜ、ナミビアは胡の半径1メートルに砲弾を落とすようなまねをしたのか。何の担保もないとはとても思えない。

■見え隠れする「上海」の影

胡に照準を定めているのは、アフリカ大陸からの「ICBM」だけではないかもしれない。シドニー・モーニング・ヘラルド紙は7月15日、オーストラリア政府外交筋の話として、リオ・ティント職員が逮捕される数日前まで、キャンベラの中国大使館と豪政府が李克強の訪豪について協議していた、と報じた。

同紙は7月13日、胡錦濤が国家安全部によるリオ・ティント事件の捜査を「保証」している、とも報じていた。

子飼いの李克強の訪豪を検討していたとすれば、少なくとも事件の着手前に胡が積極的に関わっていたということはありえない。「保証」したのは事後承諾でやむを得ず、と読むのがむしろ自然。逆に李の訪豪を知ったうえで誰かが事件に着手させたのだとすれば、胡―李ラインへの嫌がらせ以外の何ものでもない。

李に関しては、博訊網が7月9日に「胡錦濤がラクイラ・サミットから緊急帰国したのは、新疆対応ではなく李克強の2人の秘書が中南海で逮捕されたため」という記事を掲載していた。

いずれも真偽は定かでないし、この時期に相次いだのは偶然かもしれない。ただ火のないところに煙は立たず、が中南海情報の原則である。ナミビアの周辺関係は不明だが、リオ・ティント事件と李の秘書逮捕情報の背後には「上海」が見え隠れする。そういえば、「あの方」夫妻が乗った列車が湖南省で衝突事故を起こしたのは、先月末のことだった。

いまは下火になったが、北戴河会議が開かれていたのは7月。毛沢東が「司令部を砲撃せよ」と題した文書を人民日報に掲載、劉少奇ら走資派に対する奪権闘争を開始したのは1966年の8月のことだった。夏は中国の政治の季節である。

チャイナ・デイリーの奇妙な人権報道

西側諸国の場合、当地の母国語以外の外国語で発刊されている新聞や雑誌にそれほどスクープは載らない。当然ながら母国語メディアに比べて圧倒的に読者が少なく収益が上がらないため、十分な取材体制が組めないことが最大の理由だ。つまりは競争原理、である。

ところが、中国の英字紙チャイナ・デイリーにはときおり、人民日報や新華社が報じないスクープが載る。それも政府によるリーク臭がする記事が多い。国内向けには情報を流さず、海外にだけ中国政府の意向や政策の方向性を示して反応を見るまさに観測気球だが、だから北京駐在の海外メディア諸子も毎日同紙をチェックしている(はずだ)。

そのチャイナ・デイリー(ウェブ版)に18日、意外な記事が載った。見出しは“Legal help group told to pack up”。かいつまんでいうと、昨年のメラミン混入ミルク事件などで被害者救済に尽力した北京の「公盟法律センター」が「適切に登録されていなかった」として、当局から今月17日に閉鎖を命じられたという内容。イェール大学など海外からの寄付を申告していなかったとして、142万元(約2000万円)の罰金も科せられることになった。

奇妙なのは、記事がまるで西側メディアのようなタッチで、当局の不当な弾圧とセンターのこれまでの活躍ぶりについて書いていること。「世界に中国を知らしめ、中国を世界に向かわしめる」という創刊方針に反し、まるであえて中国の恥を世界に垂れ流すとしか思えない書きっぷりである。

共産党の「所有物」である同紙がなぜこのような報道をしたのか定かではない。同紙はこれまでも鄧玉嬌事件など人権問題を報じたことはあるが、それでも当局の引く「線」を超えるものではなかった。記事は弁護士の言葉を借りながら、閉鎖を命じた北京市の民政当局(市民グループを管理する部門らしい)を「証拠がまったくない」と批判している。ちなみに現在の編集長である朱霊は全国政治協商会議委員も務めている。

18日付の香港各紙もこの事件を報じていて、メンバーは「政治的報復だ」と話しているという。記事は政治的報復に対する政治的報復、なのかもしれない。

死刑執行猶予制度はなぜ生まれたか

刑法の授業では、刑罰には(1)被害者の応報感情を国家が代行する(2)一般人に罪を犯すとどうなるか警告する(3)刑罰を通じて犯罪者を再教育する(4)犯罪者を一般社会から隔離する――という目的・機能があると教えられる。執行猶予は上記1から4の目的・機能を無能力化するので、少なくとも日本では重い刑と極端に軽い刑には科されない。日本で執行猶予が付くのは「3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金刑」のみである。

ところが、中国では究極の刑罰である死刑に執行猶予が付く。7月15日、北京第2中級人民法院はシノペックの前会長、陳同海に汚職の罪で執行猶予2年付き死刑判決を言い渡した。

中国刑法によれば、2年の執行猶予中に「故意に罪を犯さなければ(だから過失犯はOK)」、無期懲役に減刑される。さらに「重大な功績があれば」、15年以上20年以下の有期懲役に刑が軽くなる。

死刑がほとんど意味をなさなくなる、とてもとても寛容な制度だと言っていい。

なぜこんな奇妙な制度が生まれたのだろう。武漢大学法学部教授の馬克昌が99年に書いた「死刑執行猶予を論ず」という論文は次のように指摘している。

「死刑の執行猶予制度の是非については、毛沢東同志の評価が明確な答えを示している」。毛曰く、「(前略)この政策によって反革命勢力を分裂させることができ、反革命の徹底的な殲滅に利益がある。労働力も失わずにすみ、国家建設にとっても有用である(後略)」。おそらく毛のこの発言が、現政権が死刑執行猶予制度を残している最大の根拠に違いない。

毛のこの指示は1951~52年にかけて複数回出されたものらしい。時は建国直後、まだ国民党との内戦の硝煙がくすぶっているような時代である。前年の50年6月には朝鮮戦争も始まり、人民志願軍が10月に参戦している。人はどれだけいても足らなかったはず。だからこそ、「人間リサイクル」とも言うべきこの制度が生まれたのだろう。

死刑!だけど殺さない――何とも人を喰った制度である。だが、同時に「メンツを立てて実もとる」というある意味とても中国的な制度のようにも映る。「中国的合理性」にかなりマッチしているからこそ、50年前の制度が淘汰されず今も残っているのだろう。

もちろん、中国国内にもこの矛盾した制度に対する批判はあるようだ。だが、中国政府に改める気はないらしい。4月に初めて発表した国家人権行動計画の中で、「死刑の執行猶予制度を完全に実行して死刑を減らすことが人権保護にかなう」と打ち出しているからだ。

統計がないので印象に過ぎないのだが、死刑執行猶予制度は「政治犯」に適用されることが多いように思う。江青を飼い殺しにした制度と人権を結びつける――中国的合理性をもってしても、かなりウルトラCなロジックではある。