Observing China -49ページ目

チャイナ・デイリー「暴走」の理由

まただ。また、チャイナ・デイリーがやってくれた。

同紙の24日の報道によると、7月5日に起きたウイグル騒乱の裁判が今週始まる、しかも起訴されるのは公式発表された83人ではなく、200人を超える人数になるのだという。記事はご丁寧にウイグル人170人、漢族20人という弁護士数まで報じていて、起訴される200人の民族構成をはからずとも明らかにしている。

記事はすでに削除済みで,キャッシュでしか見ることはできない。記事によれば、自治区の警察は3318件の物証のほか91本のビデオ、2169枚の写真を証拠として集めていて、裁判に提出するのだという。ここまでディテールが書き込まれた記事が削除されたのは、その内容が間違っているからではなく、逆にあまりに正確すぎたからだろう。

人民日報系の「基地外」新聞、環球時報が25日、新彊ウイグル自治区スポークスマン候漢敏の「今週の裁判開始はない!」というコメントを紹介しているが、彼の言う通り、裁判は今週には開かれないだろう。チャイナ・デイリー紙の報道の影響で延期されたからだ(何だか、東京地検特捜部の事件着手報道をめぐるせめぎ合いみたい)。

BBC中文網が伝える通り、ウイグル騒乱のよう敏感な問題で官制メディアの報道が一致しないのは「異常事態」である。ただし、異常事態が起きているのは中国の官制メディア全体でなく、今のところチャイナ・デイリー1社だけ。なぜ、チャイナ・デイリーがこのところ急に突っ走るようになったのだろう。

■□外国人エディターが明かすウラ事情□■

China Detailというサイトに同紙に関する興味深い情報が載っている。曰く、

「編集長の朱霊が外国人編集者に話したところによると、共産党の政策をサポートするのが同紙の編集方針であり、権力批判が許されるのは、(その権威が)党の方針に反したときだけ」

「ただご多分に漏れずチャイナ・デイリーも政府の補助金カットと収益増に迫られているため、利益優先の(編集方針上の)アプローチを受け入れ、広告増につながる若い読者の獲得を目指している」

チャイナ・デイリーの現場の記者の取材力や人権意識が急に上がった、ということはないだろうから、おそらく今まで書かなかった情報を上層部が書かせるようになったと見るのが正しかろう(China Detailに載った外国人編集者の証言によると、同紙は知り得たことの80%は紙面化できないのだとか)。

ただ商業的な理由(おそらくはウェブサイトのPV数およびUU数を稼ぐため)だとしても、ちょっと政治的に突っ走り過ぎている気がする。かりにそうだとして、そこまでタガが外れているとすれば、この事態は中宣部あたりで起きている地殻変動を反映しているのかもしれない。同紙は調子に乗って、こんな報道までしている。

まさか中国網民の言う通り、「上司が英語分からねーからじゃねーの?!」ということではないだろうが。

マフィア狩りする薄熙来の「度胸」

数年前のこと。ある台湾人女性記者に「中共の幹部の家族ってね、想像よりずっと上品なの」という話を聞いた。彼女は留学先(アメリカだったかイギリスだったか失念した)で薄一波の孫と会ったことがあるのだと言う。「彼らはね、とってもおとなしいの。大きい声なんか出さないしね。それでとっても上品でやさしかったわ」

その「孫」が現在オックスフォード留学中の薄熙来の息子、薄瓜瓜(21歳)であるかどうかは定かでない。ただ台湾の馬英九と並び称される中国人イケメン政治家(!)である薄熙来の息子ならさもありなん、という気がする。で、当のイケメン政治家が熱心に取り組んでいる重慶のマフィア摘発である。チャイナ・デイリーの特ダネ(また!)によれば、1500人の逮捕者の中には市公安局の幹部6人も含まれているのだという。

現公安部長は孟建柱。前公安部長の周永康・政治局常務委員は江沢民の子飼いである。となると、イケメン書記の今回の「打黒行動」はにわかに9月の4中全会をにらんだ政治色を帯びてくる。

蒼蒼社刊「中国指導者相関図」の薄熙来の欄に、興味深い記述がある。曰く、

「(1992年の南巡講和で鄧小平が江沢民の保守政策を批判すると)薄一波は宮廷権力闘争にどっぷりと漬かったやり手だったため、この噂を聞くと直ぐにうごめきだし、一部の人間と連絡をとって江沢民追い落としを企てた。(中略)この企ては未遂に終わったが、江沢民はこのことで薄一波とその家族に不満を感じ、警戒するようになった。情勢の変化を感じ取った薄熙来は、1995年6月に江沢民が大連に来ると心をこめて接待し、さらに全国に先駆けて市の中心にある海軍広場に巨大な江沢民の像を建てた」

そして、以下の描写が圧巻である。

「薄熙来は江沢民に忠誠を誓い、父親の薄一波を『老人ボケ』と罵り、江沢民に謝罪するよう父親に進言すると表明した。第15回党大会(1997年)で薄一波は、代表が退席した無人の全人代会場で江沢民に謝罪したと伝えられる」

■□次期トップ9レースで落選するのは誰?□■

この情報が正しいとすると、約10年前に土下座した江沢民に対してブラッシュボールを投げることのできる薄熙来は、とんでもない度胸(もしくは厚顔)の持ち主かあるいは天性の風見鶏、ということになる。

十八大でも政治局常務委員の定数9が維持されるとして、習近平と李克強の2人を除いた残り7席を争うのは、現政治局員のうち1945年以降生まれの王岐山(48年生まれ)、劉雲山(47年生まれ)、李源潮(50年生まれ)、汪洋(55年生まれ)、張高麗(46年生まれ)、張徳江(46年生まれ)、兪正声(45年生まれ)、そして薄熙来(49年生まれ)である。このうち1人が落ちる。

2期連続で政治局員を務めた後常務委員に昇格した例は最近ないので、中宣部長の劉雲山は引退するはずだ。年齢的にも(何だかんだ言って結構この要素が大きい)、薄熙来は張高麗、張徳江、兪正声より有利。昇格がかなり濃厚な薄熙来を待ち構えるのは、周永康ら側近が去って江沢民の影響力がさらにそがれた政治局常務委員会である。今の中国政界は確実に「江沢民レス」な世界に向かって進んでいる。

「風見鶏」には、風を読めなくて息子に「老人ボケ」呼ばわりされることなど思いもよらないのかもしれない。

江沢民劇場

以前、博訊網の信憑性について書いた。確かに情報の確度の点で心もとないところもあるが、「おもしろさ」で言うと博訊網は今、中文ニュースサイト界でピカイチの存在である。以下、あんまり面白いので全文を翻訳してみた。興味がある人は、眉に唾をつけながら読んでほしい。

* * * * * *

江沢民は最近周永康(政治局常務委員)、賈延安(人民解放軍総政治部副主任)、騰文生(元党中央文献研究室主任)を呉志明(江の妻の甥、上海市党委員会政法委書記)の家に集めてメシを食べた。最近全人代や省庁、各委員会の幹部が孟建柱(公安部長)の更迭を要求していることが話題になったとき、江沢民は突然立ち上がって大声で叫んだ。

「孟建柱はせこいヤツだ! 信義に背き義を捨てる男だ!」

場にいた人たちはみな凍りついた。周永康が「公安関係のことがうまく行っていないのは孟建柱が不慣れだからです。みんないろいろ意見があるのもしょうがないでしょう」ととりなしたが、かえって火に油を注ぐ結果になったらしい。

「私が言っているのは仕事のことじゃない!ヤツの人品だ。人品が卑しいヤツは何をやってもうまくいかん!」

その後、その場で口を開く者はいなかった。

呉志明によると、江沢民は鄧小平夫人の卓琳を追悼する会に出席した後だったという。なぜ、呉らを集めて孟の不満をぶちまけたのかは呉にも分からない。

孟建柱はかつて江沢民が抜擢した男だ。農民出身で、1947年に江蘇省呉県で生まれた。71年に入党し、その後嘉定県県長を務め、92年に上海市の副秘書長になった。97年に孟を上海市副市長に引き上げたのは江沢民だったが、孟は常に二股をかける男で、秘密裏に胡錦濤と連絡を取り、さらにはあろうことか内通までしていた。

江沢民は呉志明を使って孟の電話を盗聴させ、その「犯罪資料」を収集。のちにそのことを知った孟は恐れおののき、周永康にとりなしてもらって江沢民に再度忠誠を誓い、江もようやく孟を許したのだという。

最近中共内部の権力闘争がエスカレートしている。江沢民は孟に胡錦濤一派の腐敗・犯罪資料を集めるよう求めていたが、孟がまじめに胡錦濤の「黒資料」を集めていなかったことに江が満足していなかったらしい。

胡錦濤の息子の今回の汚職案件(註:おそらく威視事件)について江が孟に調べさせても、孟は「事実無根、外野が騒いでいるだけです」と答えただけだったので、江は孟が自分を適当にあしらっていると感じていた。確かに、以前に比べて孟がご機嫌伺いに来る回数も減っていた。

公安部は(前公安部長の)周永康が手をつけなかった最大の腐敗組織である。全国の公安は「無法無天(法もなければ道理もない)」状態で、法のねじまげや冤罪、捜査ミスに対する怨嗟の声が巷に満ちあふれている。孟自身も腐敗分子で、党中央紀律検査委員会は何度も孟の腐敗案件のタレこみを受けている。江沢民は以前、呉志明にこう言ったことがある。「どうしてもダメなら、中紀委に調べさせればいい」

江沢民はおおっぴらに十八大の人事に干渉しはじめている。彼は「軍が一番重要だ。公安・検察・司法もおろそかにできない」と常々語っているという。呉志明と賈延安は党中央と軍における江の連絡員であり、呉は現在北京と全国各地で、賈は軍隊内で盛んに「活動」している。