続・習近平は「失脚」したのか
習近平の不昇格人事(あるいは昇格の未発表)をめぐる分析が世界中のメディアで始まっている。チャイナウォッチャー諸氏のコメントから、何か見えてくるものはあるだろうか。
米ブルッキングス研究所の中国研究者として有名なチョン・リーはAP通信の取材に対し、「習は未だに後継者序列1位の位置にいると思う」と断ったうえで、次のように今回の事態を分析している。
「(今回の事態は)彼が自分の地位を、社会の安定維持にうまく生かせなかったことに対する一定の不満があることを示している」「軍事委副主席就任の遅れによって、習は李克強により多くの権力を譲り渡さざるをえなくなる」
なるほど、特に胡錦涛の留守中に起きたウイグル騒乱が減点材料になった、というわけだ。確かにそうかもしれない。
米フォーリンポリシー誌などにコメントしているノースウエスタン大学(イリノイ州)のビクター・シーは、ブルームバーグへのコメントで割に突っ込んだ見方を示している。
「習の軍事委副主席就任を遅らせることによって、2017年に完全引退するまでの間、胡錦涛は軍事委主席のポストを維持できる」
要するに習の背後にいる江沢民vs.胡錦涛の綱引きの結果、ということなのだが、何かすっきりしない、と思っていたら、思わぬところから思わぬ情報が送られてきた。
■□驚愕の香港情報□■
情報源は尊敬する宮崎正弘センセイのメルマガ「国際ニュース・早読み」2720号(すごい発行数だ)。前号で「多維新聞網が報じたところでは、四中全会で、習近平(国家副主席、政治局序列第六位)の軍事委員会副主席就任が承認されたもよう」と書いたにもかかわらず、「第十七期四中総会で確実視された習近平の軍事委員会副主席入りは実現しなかった。多くの華字紙の予測もはずれた」とあっさり流すあたりはご愛嬌として、この2720号の後段に重要な香港情報がサラリと記述されている。曰く、
「奥の院の権力闘争は、こうしたバランスの上に成り立っており、香港誌『開放』九月号は、習近平が一時辞表を提出した動きがあったことを伝えている」
習が辞表!? 手元に記事のテキストがないので詳細は不明だが、ウェブサイトで同誌の表紙を見る限り、「習が婉曲に胡錦涛の後継者になることを断り、地方での仕事に戻ることを求めた。理由は『亡国の君』になることを恐れたからで、中央はこれを認めなかった(?原文:堅持原意)」とある。

もちろん、習が「中国皇帝」になることに本当に悩んでいたかどうかは分からない。辞表を出していたとしても、それも一つのパフォーマンスかも知れない。ただ、昨日毎日が報じていた「病気」情報と妙に符号する。なるほど身体の病気でなく心の病気、か。そういう眼で見れば、習の過剰なまでの低姿勢も、やる気のなさの発露に見えてくる。
ただ、この段階に及んで尻込みするヤワな人間が、中共中央政治局常務委員まで上りつめるだろうか。嫌ならいくらでも途中で辞められたはずだ。無理やりトップに据えられたといえば華国鋒だが、習は華よりずっと知恵も胆力もありそうに見える。
しかし、「亡国の君」とは。中国に未来がバラ色とは思わないが、習の眼には、われわれに見えない「何か」が見えているのだろうか。
米ブルッキングス研究所の中国研究者として有名なチョン・リーはAP通信の取材に対し、「習は未だに後継者序列1位の位置にいると思う」と断ったうえで、次のように今回の事態を分析している。
「(今回の事態は)彼が自分の地位を、社会の安定維持にうまく生かせなかったことに対する一定の不満があることを示している」「軍事委副主席就任の遅れによって、習は李克強により多くの権力を譲り渡さざるをえなくなる」
なるほど、特に胡錦涛の留守中に起きたウイグル騒乱が減点材料になった、というわけだ。確かにそうかもしれない。
米フォーリンポリシー誌などにコメントしているノースウエスタン大学(イリノイ州)のビクター・シーは、ブルームバーグへのコメントで割に突っ込んだ見方を示している。
「習の軍事委副主席就任を遅らせることによって、2017年に完全引退するまでの間、胡錦涛は軍事委主席のポストを維持できる」
要するに習の背後にいる江沢民vs.胡錦涛の綱引きの結果、ということなのだが、何かすっきりしない、と思っていたら、思わぬところから思わぬ情報が送られてきた。
■□驚愕の香港情報□■
情報源は尊敬する宮崎正弘センセイのメルマガ「国際ニュース・早読み」2720号(すごい発行数だ)。前号で「多維新聞網が報じたところでは、四中全会で、習近平(国家副主席、政治局序列第六位)の軍事委員会副主席就任が承認されたもよう」と書いたにもかかわらず、「第十七期四中総会で確実視された習近平の軍事委員会副主席入りは実現しなかった。多くの華字紙の予測もはずれた」とあっさり流すあたりはご愛嬌として、この2720号の後段に重要な香港情報がサラリと記述されている。曰く、
「奥の院の権力闘争は、こうしたバランスの上に成り立っており、香港誌『開放』九月号は、習近平が一時辞表を提出した動きがあったことを伝えている」
習が辞表!? 手元に記事のテキストがないので詳細は不明だが、ウェブサイトで同誌の表紙を見る限り、「習が婉曲に胡錦涛の後継者になることを断り、地方での仕事に戻ることを求めた。理由は『亡国の君』になることを恐れたからで、中央はこれを認めなかった(?原文:堅持原意)」とある。

もちろん、習が「中国皇帝」になることに本当に悩んでいたかどうかは分からない。辞表を出していたとしても、それも一つのパフォーマンスかも知れない。ただ、昨日毎日が報じていた「病気」情報と妙に符号する。なるほど身体の病気でなく心の病気、か。そういう眼で見れば、習の過剰なまでの低姿勢も、やる気のなさの発露に見えてくる。
ただ、この段階に及んで尻込みするヤワな人間が、中共中央政治局常務委員まで上りつめるだろうか。嫌ならいくらでも途中で辞められたはずだ。無理やりトップに据えられたといえば華国鋒だが、習は華よりずっと知恵も胆力もありそうに見える。
しかし、「亡国の君」とは。中国に未来がバラ色とは思わないが、習の眼には、われわれに見えない「何か」が見えているのだろうか。
習近平は「失脚」したのか
4中全会が18日終了した。コミュニケの中に、習近平の中央軍事委員会副主席就任の記述はなかった。香港の明報網は、「すでに昇格は原則決定済みで国慶節明けの拡大中央軍事委員会で公表される。ただしこのような経過をたどるのは極めて異例」と報じている。
さて、この「異常事態」を日本メディアはどう報じているか。
<胡錦濤総書記が自らの政権基盤固めを優先し、現時点で「ポスト胡」の確定を避けたためとみられる。(中略)習氏ら高級幹部の子弟「太子党」が勢いを増し、政治抗争が水面下で激しくなるリスクも考慮したもようだ>(日経)
<建国60周年を前に、国民の党不信、党離れへの対応に躍起で、(中略)当面、胡錦濤氏を中心に党の結束を図ることを優先したとみられる。(中略)来春の5中総会では軍事委副主席人事が行われるとの説が有力になっている>(産経)
<中国筋によると、(中略)党内の一部に習氏を胡主席と同じように昇進させることに抵抗があったという。(中略)習氏の健康問題など外部には伝わりにくい要因も取りざたされそうだ>(毎日)
<胡主席は、早期に後継者を確定させることによる求心力低下を懸念、自身の軍の完全掌握を優先させたとみられる>(共同)
<胡氏が人事案をあえて覆した可能性がある。これは江氏の影響力が低下し、胡氏が確実に党と軍の人事を掌握したことを意味する。後継選びは今後、習氏のほか、胡氏と同じ共産主義青年団出身の李克強(リー・コーチアン)・副首相(54)らとの間で駆け引きが激化する可能性がある>(朝日)
各紙とも、基本的には胡錦涛がレームダック化を嫌ったため、というトーンだ。そもそも人事自体が先送りになったのか、決定されたが発表が見送られただけのかについて、はっきり書いているところはない。朝日が「後継闘争激化へ」と最も突出しているが、ニュースソースが示されておらず、やや先走っている感じもする。毎日がさらりと習の健康問題について書いているが、おそらく火のないところには何とやら、なのだろう(どれほど深刻かはそれこそ知る由もないが)。
ただ、いずれも「なぜ今回のコミュニケに昇格人事が記載されなかったか」については、「想像」でしかなく、ニュースソースを明示した説明はない。その点で明報の具体性に軍配が挙がるように思える。
■□習は「後継者失格」なのか■□
コミュニケを読めば分かるが、<新たな形勢下における党建設の強化・改善に関する重大問題に関する中共中央の若干の決定>の討論稿の説明者として、胡錦涛の次に習近平の名前が挙がっている。後継者失格の烙印を押された者の名前を、公式文書の中で最高指導者の次にあえてもってくるバカはいない。だからObservingChinaとしても、習の「接班人」としての地位は基本的に揺らいでいないと考える。
もちろん、今回の事態が胡錦涛サイドの巻き返しであるという見方はまったく正しい。ただその巻き返しが、それこそ今やランキング3位にまで落ちたとされる李克強のトップ再昇格にまでつながるかと言われれば疑問だ。既定路線を覆すにはそれなりの根拠(たとえば、習の腐敗問題)か、あるいは異常事態(たとえば、天安門事件)が必要だが、今の胡錦涛体制に既定路線を覆すだけの力はないように見える。一応、国情も安定もしている。
微妙ではあるがニュースがぶれるのは、結果は一つなのに、記者が話を聞いている相手が胡錦涛派か江沢民派かによって、その解釈が異なるからかもしれない。三角柱は横から見ると三角形だが上から見ると四角形、というやつである。
産経中国総局の伊藤正支局長の記事によれば、「胡錦濤氏は『太子党』(有力者の子女)の習近平氏と肌が合わないとの説がある」という(そりゃ、そうだろう)。中共内で小競り合いはずーっと続いてきたし、これからも絶えることはない。ただ、ここまでプレゼンスが大きくなった国なので、権力闘争が「小競り合い」の範囲を超え、既定路線を変えることは考えにくい。
それはそうと、産経は「中国筋は、(中略)既定の人事を覆せばむろん、引き延ばしても権力闘争激化を招きかねないとの見方を示した」と書き、日経は「(人事引き延ばしたのは)習氏ら高級幹部の子弟『太子党』が勢いを増し、政治抗争が水面下で激しくなるリスクも考慮したもようだ」と分析している。
どっちやねん!

気のせいか、習近平が不機嫌なような…↑
さて、この「異常事態」を日本メディアはどう報じているか。
<胡錦濤総書記が自らの政権基盤固めを優先し、現時点で「ポスト胡」の確定を避けたためとみられる。(中略)習氏ら高級幹部の子弟「太子党」が勢いを増し、政治抗争が水面下で激しくなるリスクも考慮したもようだ>(日経)
<建国60周年を前に、国民の党不信、党離れへの対応に躍起で、(中略)当面、胡錦濤氏を中心に党の結束を図ることを優先したとみられる。(中略)来春の5中総会では軍事委副主席人事が行われるとの説が有力になっている>(産経)
<中国筋によると、(中略)党内の一部に習氏を胡主席と同じように昇進させることに抵抗があったという。(中略)習氏の健康問題など外部には伝わりにくい要因も取りざたされそうだ>(毎日)
<胡主席は、早期に後継者を確定させることによる求心力低下を懸念、自身の軍の完全掌握を優先させたとみられる>(共同)
<胡氏が人事案をあえて覆した可能性がある。これは江氏の影響力が低下し、胡氏が確実に党と軍の人事を掌握したことを意味する。後継選びは今後、習氏のほか、胡氏と同じ共産主義青年団出身の李克強(リー・コーチアン)・副首相(54)らとの間で駆け引きが激化する可能性がある>(朝日)
各紙とも、基本的には胡錦涛がレームダック化を嫌ったため、というトーンだ。そもそも人事自体が先送りになったのか、決定されたが発表が見送られただけのかについて、はっきり書いているところはない。朝日が「後継闘争激化へ」と最も突出しているが、ニュースソースが示されておらず、やや先走っている感じもする。毎日がさらりと習の健康問題について書いているが、おそらく火のないところには何とやら、なのだろう(どれほど深刻かはそれこそ知る由もないが)。
ただ、いずれも「なぜ今回のコミュニケに昇格人事が記載されなかったか」については、「想像」でしかなく、ニュースソースを明示した説明はない。その点で明報の具体性に軍配が挙がるように思える。
■□習は「後継者失格」なのか■□
コミュニケを読めば分かるが、<新たな形勢下における党建設の強化・改善に関する重大問題に関する中共中央の若干の決定>の討論稿の説明者として、胡錦涛の次に習近平の名前が挙がっている。後継者失格の烙印を押された者の名前を、公式文書の中で最高指導者の次にあえてもってくるバカはいない。だからObservingChinaとしても、習の「接班人」としての地位は基本的に揺らいでいないと考える。
もちろん、今回の事態が胡錦涛サイドの巻き返しであるという見方はまったく正しい。ただその巻き返しが、それこそ今やランキング3位にまで落ちたとされる李克強のトップ再昇格にまでつながるかと言われれば疑問だ。既定路線を覆すにはそれなりの根拠(たとえば、習の腐敗問題)か、あるいは異常事態(たとえば、天安門事件)が必要だが、今の胡錦涛体制に既定路線を覆すだけの力はないように見える。一応、国情も安定もしている。
微妙ではあるがニュースがぶれるのは、結果は一つなのに、記者が話を聞いている相手が胡錦涛派か江沢民派かによって、その解釈が異なるからかもしれない。三角柱は横から見ると三角形だが上から見ると四角形、というやつである。
産経中国総局の伊藤正支局長の記事によれば、「胡錦濤氏は『太子党』(有力者の子女)の習近平氏と肌が合わないとの説がある」という(そりゃ、そうだろう)。中共内で小競り合いはずーっと続いてきたし、これからも絶えることはない。ただ、ここまでプレゼンスが大きくなった国なので、権力闘争が「小競り合い」の範囲を超え、既定路線を変えることは考えにくい。
それはそうと、産経は「中国筋は、(中略)既定の人事を覆せばむろん、引き延ばしても権力闘争激化を招きかねないとの見方を示した」と書き、日経は「(人事引き延ばしたのは)習氏ら高級幹部の子弟『太子党』が勢いを増し、政治抗争が水面下で激しくなるリスクも考慮したもようだ」と分析している。
どっちやねん!

気のせいか、習近平が不機嫌なような…↑
中国紙に劣る朝日Globe
2003年は北京で南方日報系のタブロイド紙「新京報」が生まれた年だ。「ワンパオ!」の北京晩報に加えて01年に人民日報系のタブロイド紙「京華時報」が参戦。「基地外」新聞の環球時報、北京青年報も交えて、北京の街角の新聞スタンドは実に華やかで賑やかだった。
新しいメディアが雨後のタケノコのように生まれるなか、それでも知識人たちの支持を一手に集めていたのが「南方週末」だった。南方日報が発行するこの週刊紙、ネタの選び方から記事の視点、写真のチョイス、デザイン、文章の風格にいたるまで、「ホントに中国の新聞?」と思うほど洗練されていた。
まさに「中国の奇跡」なのだが、南方週末がかかる発展を遂げたのは、香港に隣接する広東省の新聞であることと無縁ではなかろう。発行元の南方日報グループには優れた記者も多い。その代表が南方都市報の編集長として、SARS報道と26歳の若者が広東省当局に不当拘束・暴行され死亡した孫志剛事件のスクープを指揮した程益中だ(彼は05年に国連の世界報道自由賞も受賞している)。北京では日刊の南方都市報が読めないこともあって、代わりに南方週末が人気を集めていた。
■□新華社が仕掛けた南方週末いじめ□■
その南方週末が昨年6月、四川地震をめぐる報道で新華社から「南方週末よ、その色眼鏡をとれ!」とお叱りを受けた。地震直後にスーパーに入り込んでミネラルウォーターやらカップラーメンを根こそぎ持ち去る被災者の姿を書いたら、それが国営通信社のお気に召さなかったらしい。記事で新華社は「(地震によってもたらされた)一切の輝かしく偉大な出来事を無視している!」と、全世界から突っ込みを入れられるような主張で南方週末をこき下ろしていた。
その後、グループが「上」からネジを巻かれたかどうか定かでないが、少なくとも南方都市報(ウェブ版)は広東省委員会書記の汪洋をほめ讃える記事がトップを飾る露骨な紙面づくりが続いていた。
さて最近の南方週末はどうなっているか、と思って同紙のサイトを見ていたときに見つけたのが、先日触れた内モンゴルの経済発展の記事だった。石炭の増産がもたらす暗黒面について触れていない点は気になるが、それでもテーマのチョイスや他紙と差別化された視点、工夫された文章は健在だった。
最新号の朱鎔基本をめぐる記事も同紙の優れた編集力を表している。例の朱鎔基本に採録されたインタビューを行った記者に再取材しているのだが、インタビュー記事に載らなかった裏話や朱鎔基の人となりを表すディテールを中心に取材・構成していて、これもただ本の内容を要約しただけの他紙の記事と見事に差別化できている。
■□Globeがつまらない理由□■
長々と南方週末について書いてきたのは、同紙の素晴らしさを紹介したかったからだが、同時に国情とメディアの関係性について問題提起したかったからでもある。ご存知の通り、中国は一党独裁国家だ。南方週末が素晴らしく輝いてみえるのは、一つは「掃き溜めにツル」な状況にあるからだが、逆にメディアが優れた報道をするかどうかは国の体制とは必ずしも関係ない、とも言える。要はそのメディア(および各編集者、記者)の挟持次第、独裁国家のメディアだから内容がしょうもない、ということは必ずしもない。
さて自由な国、日本に朝日新聞という老舗メディアがあって、そこが最近Globeという別刷を本誌にくっつけて配布している。要は国際ニュースを今までの新聞記事とは違う読み物として提供します、というコンセプトの新メディアである。その内容に相応しく、かどうか分からないが、紙面のレイアウトは外部デザイナーが作っていて、今までの日本の新聞とは違った洗練されたデザインになっている。いかにも英字紙を強く意識しました、という印象だ。
ただ、その内容は洗練された「器」に相応しいものかどうか分からない。むしろ、昨秋の第1号以降、回を追うごとに悪くなっているように感じられる。最新号は世界の教育をテーマにしているが、まるで取材先の言うまま縦のものを横にしましたという内容で、驚きも複層的な視点も従来の記事との差別化も何も感じられない。
例えば、冒頭の韓国の教育事情の話。年収の2倍のカネを子どもの海外留学に投資している「キロギアッパ」に取材しているのだが、「子どもには資産より経験を多く残してあげたい」というコメントからも分かる通り、とにかく内容が表面的なのだ(「取材を断られまくった」というのは朝日新聞ではつまらない記事を書く理由になるのだろうか)。
■□目指すべきはNYタイムズ、なのか□■
こうなる理由は明白だ。日本の新聞記者は、取材については入社直後から徹底的に(時には軍隊的に)訓練を受けるが、「記事をおもしろく書く」ことについてまったく教育を受けない。それどころか、「おもしろく書こう」という努力は「美文家はいらない」と一刀両断にされる。
必ずしも、「面白い文章=美文、名文」ではない。ほかと異なる視点を提供したり、みなが気づいているのにだれも口にしないことを書いてくれる文章も、読者は「面白い」と感じるだろう。日々「市場」にさらされているメディアの記者なら、だれもが身に染みて知っていることで、過酷なマーケットで日々商売している南方週末の記者・編集者も同じはずだ。再販制度に守られた日本の新聞記者は、ついぞ「読者」のことなど考えたことがないから、ついつい無意識のうちにつまらない文章を書いてしまう。
Globeが面白くないのは、すべて「ニュースこそ(日本の)新聞の命」という構造に由来している。日本の新聞記者諸子が読み物を書けないのはある意味当然である。ただ、新聞が未来永劫、消費者がカネを払いたいと思うものを書けない(あるいは書かない)メディアでいいのか。
Globeは主筆肝いりというから、例え「赤字」になってもしばらくはなくならないだろう。どうせなくならないのなら、船橋主筆さん、中国語もお出来になるのだからニューヨークタイムズではなく南方週末を参考にされてはいかがか。意外な発見があると思いますよ。
新しいメディアが雨後のタケノコのように生まれるなか、それでも知識人たちの支持を一手に集めていたのが「南方週末」だった。南方日報が発行するこの週刊紙、ネタの選び方から記事の視点、写真のチョイス、デザイン、文章の風格にいたるまで、「ホントに中国の新聞?」と思うほど洗練されていた。
まさに「中国の奇跡」なのだが、南方週末がかかる発展を遂げたのは、香港に隣接する広東省の新聞であることと無縁ではなかろう。発行元の南方日報グループには優れた記者も多い。その代表が南方都市報の編集長として、SARS報道と26歳の若者が広東省当局に不当拘束・暴行され死亡した孫志剛事件のスクープを指揮した程益中だ(彼は05年に国連の世界報道自由賞も受賞している)。北京では日刊の南方都市報が読めないこともあって、代わりに南方週末が人気を集めていた。
■□新華社が仕掛けた南方週末いじめ□■
その南方週末が昨年6月、四川地震をめぐる報道で新華社から「南方週末よ、その色眼鏡をとれ!」とお叱りを受けた。地震直後にスーパーに入り込んでミネラルウォーターやらカップラーメンを根こそぎ持ち去る被災者の姿を書いたら、それが国営通信社のお気に召さなかったらしい。記事で新華社は「(地震によってもたらされた)一切の輝かしく偉大な出来事を無視している!」と、全世界から突っ込みを入れられるような主張で南方週末をこき下ろしていた。
その後、グループが「上」からネジを巻かれたかどうか定かでないが、少なくとも南方都市報(ウェブ版)は広東省委員会書記の汪洋をほめ讃える記事がトップを飾る露骨な紙面づくりが続いていた。
さて最近の南方週末はどうなっているか、と思って同紙のサイトを見ていたときに見つけたのが、先日触れた内モンゴルの経済発展の記事だった。石炭の増産がもたらす暗黒面について触れていない点は気になるが、それでもテーマのチョイスや他紙と差別化された視点、工夫された文章は健在だった。
最新号の朱鎔基本をめぐる記事も同紙の優れた編集力を表している。例の朱鎔基本に採録されたインタビューを行った記者に再取材しているのだが、インタビュー記事に載らなかった裏話や朱鎔基の人となりを表すディテールを中心に取材・構成していて、これもただ本の内容を要約しただけの他紙の記事と見事に差別化できている。
■□Globeがつまらない理由□■
長々と南方週末について書いてきたのは、同紙の素晴らしさを紹介したかったからだが、同時に国情とメディアの関係性について問題提起したかったからでもある。ご存知の通り、中国は一党独裁国家だ。南方週末が素晴らしく輝いてみえるのは、一つは「掃き溜めにツル」な状況にあるからだが、逆にメディアが優れた報道をするかどうかは国の体制とは必ずしも関係ない、とも言える。要はそのメディア(および各編集者、記者)の挟持次第、独裁国家のメディアだから内容がしょうもない、ということは必ずしもない。
さて自由な国、日本に朝日新聞という老舗メディアがあって、そこが最近Globeという別刷を本誌にくっつけて配布している。要は国際ニュースを今までの新聞記事とは違う読み物として提供します、というコンセプトの新メディアである。その内容に相応しく、かどうか分からないが、紙面のレイアウトは外部デザイナーが作っていて、今までの日本の新聞とは違った洗練されたデザインになっている。いかにも英字紙を強く意識しました、という印象だ。
ただ、その内容は洗練された「器」に相応しいものかどうか分からない。むしろ、昨秋の第1号以降、回を追うごとに悪くなっているように感じられる。最新号は世界の教育をテーマにしているが、まるで取材先の言うまま縦のものを横にしましたという内容で、驚きも複層的な視点も従来の記事との差別化も何も感じられない。
例えば、冒頭の韓国の教育事情の話。年収の2倍のカネを子どもの海外留学に投資している「キロギアッパ」に取材しているのだが、「子どもには資産より経験を多く残してあげたい」というコメントからも分かる通り、とにかく内容が表面的なのだ(「取材を断られまくった」というのは朝日新聞ではつまらない記事を書く理由になるのだろうか)。
■□目指すべきはNYタイムズ、なのか□■
こうなる理由は明白だ。日本の新聞記者は、取材については入社直後から徹底的に(時には軍隊的に)訓練を受けるが、「記事をおもしろく書く」ことについてまったく教育を受けない。それどころか、「おもしろく書こう」という努力は「美文家はいらない」と一刀両断にされる。
必ずしも、「面白い文章=美文、名文」ではない。ほかと異なる視点を提供したり、みなが気づいているのにだれも口にしないことを書いてくれる文章も、読者は「面白い」と感じるだろう。日々「市場」にさらされているメディアの記者なら、だれもが身に染みて知っていることで、過酷なマーケットで日々商売している南方週末の記者・編集者も同じはずだ。再販制度に守られた日本の新聞記者は、ついぞ「読者」のことなど考えたことがないから、ついつい無意識のうちにつまらない文章を書いてしまう。
Globeが面白くないのは、すべて「ニュースこそ(日本の)新聞の命」という構造に由来している。日本の新聞記者諸子が読み物を書けないのはある意味当然である。ただ、新聞が未来永劫、消費者がカネを払いたいと思うものを書けない(あるいは書かない)メディアでいいのか。
Globeは主筆肝いりというから、例え「赤字」になってもしばらくはなくならないだろう。どうせなくならないのなら、船橋主筆さん、中国語もお出来になるのだからニューヨークタイムズではなく南方週末を参考にされてはいかがか。意外な発見があると思いますよ。