中南海の権力闘争と中国経済のパラダイムシフト
習近平が22日、黒竜江省で開かれた大慶油田発見50周年祝賀大会に主席して講話を述べた。

大慶油田は単なる資源というだけでなく、革命後の中国経済を正統的に象徴する存在だ。その党のシンボルといっていい巨大プロジェクトの記念大会に、主席が外遊中で不在とはいえ、首相でなく(もちろん経済担当の副首相でもなく)習近平が主賓として出席するのは、とりもなおさず「習後継」の念入りなアピールと見ていい。
一般に、習近平は江沢民が胡錦涛の後継者に押し込んだと言われている。胡と江の時代の違いといえば、それは第一に経済政策のベクトルの違いである。江の治世は3大改革によって小さな政府づくりを目指した時代だった。トリックルダウン型経済成長を強く指向した「中国版小泉改革」の時代と言っていいかもしれない。
反対にその後の胡錦涛政権は、格差の是正をテーマに「大きな政府」型政策を打ち続けてきた。習が江を後ろ盾にもつのなら、経済政策においてもトリックルダウン型へと回帰するのだろうか。
習自身がいかなる経済思想の持ち主かは今ひとつはっきりしないが、アモイ市副市長や福建省長、浙江省・上海市書記(これは短かったが)といった過去の経歴を見ると、いかにも豊かな地域の代弁者(すなわちトリックルダウン型の支持者)に見える。
ただ河北省正定県副書記時代の映画セットを利用した観光振興策、アモイでの「すぐやろう」運動など、その経済政策(報道によると、だが)から判断するに、形にこだわらない柔軟な思想の持ち主であるらしい。
■□独裁国家の「民主主義」■□
そもそも、江沢民も胡錦涛もそれぞれ生まれもっての「小さな政府」「大きな政府」主義者ではないはずだ(個人の性格が影響している部分は多分にあるだろうが)。トップとして責任を負った「時代」の要請が、2人をしてそれぞれの経済政策を選ばしめたのだと思う。
そして、決して制度としての民主主義はないけれど、中南海の権力闘争も、確実に「時代」の要請を反映している。胡錦涛なり、江沢民が政治局で強気の発言ができるのも、13億人民のマジョリティを代表しているという確信があればこそ、である。
第二次大戦中、まったく好き放題していたかに見える日本の軍部は、憲兵や警察を使ってこっそり国内世論の変化を調査していた。国民という「地盤」が揺らげば、いかに法律や政策で(そして恫喝で)裏付けられた強権とはいえ、発動しようがないからだ。
今回の習の人事をめぐる綱引きでは、習を押し込もうとした江沢民がやや押し戻された。この結果(まだ厳密には出ていないが)を見れば、今後中国がとるであろう経済政策も自ずと予測できるだろう。基調としては、胡温体制がとってきた格差是正を目指す「大きな政府」型経済政策が続くはずだ。
そもそも「小さな政府派」は陳良宇事件で殲滅させられたし、本尊の江沢民もこの様子である↓。暴動が続く社会情勢、そして外的要因(金融危機の後遺症が残る世界経済の不安定さ)をも考えれば、習が胡、そして安定優先という時代の要請に逆らうだけの理由はない。きっと「柔軟」に対応するだろう。

Observingchinaは、中国では格差を是正することが、沿岸部から内陸部への健全な投資をうながし、結果的にバブルも防ぐと考える。中国バブルについては、また別の機会に改めて論じてみたい。

大慶油田は単なる資源というだけでなく、革命後の中国経済を正統的に象徴する存在だ。その党のシンボルといっていい巨大プロジェクトの記念大会に、主席が外遊中で不在とはいえ、首相でなく(もちろん経済担当の副首相でもなく)習近平が主賓として出席するのは、とりもなおさず「習後継」の念入りなアピールと見ていい。
一般に、習近平は江沢民が胡錦涛の後継者に押し込んだと言われている。胡と江の時代の違いといえば、それは第一に経済政策のベクトルの違いである。江の治世は3大改革によって小さな政府づくりを目指した時代だった。トリックルダウン型経済成長を強く指向した「中国版小泉改革」の時代と言っていいかもしれない。
反対にその後の胡錦涛政権は、格差の是正をテーマに「大きな政府」型政策を打ち続けてきた。習が江を後ろ盾にもつのなら、経済政策においてもトリックルダウン型へと回帰するのだろうか。
習自身がいかなる経済思想の持ち主かは今ひとつはっきりしないが、アモイ市副市長や福建省長、浙江省・上海市書記(これは短かったが)といった過去の経歴を見ると、いかにも豊かな地域の代弁者(すなわちトリックルダウン型の支持者)に見える。
ただ河北省正定県副書記時代の映画セットを利用した観光振興策、アモイでの「すぐやろう」運動など、その経済政策(報道によると、だが)から判断するに、形にこだわらない柔軟な思想の持ち主であるらしい。
■□独裁国家の「民主主義」■□
そもそも、江沢民も胡錦涛もそれぞれ生まれもっての「小さな政府」「大きな政府」主義者ではないはずだ(個人の性格が影響している部分は多分にあるだろうが)。トップとして責任を負った「時代」の要請が、2人をしてそれぞれの経済政策を選ばしめたのだと思う。
そして、決して制度としての民主主義はないけれど、中南海の権力闘争も、確実に「時代」の要請を反映している。胡錦涛なり、江沢民が政治局で強気の発言ができるのも、13億人民のマジョリティを代表しているという確信があればこそ、である。
第二次大戦中、まったく好き放題していたかに見える日本の軍部は、憲兵や警察を使ってこっそり国内世論の変化を調査していた。国民という「地盤」が揺らげば、いかに法律や政策で(そして恫喝で)裏付けられた強権とはいえ、発動しようがないからだ。
今回の習の人事をめぐる綱引きでは、習を押し込もうとした江沢民がやや押し戻された。この結果(まだ厳密には出ていないが)を見れば、今後中国がとるであろう経済政策も自ずと予測できるだろう。基調としては、胡温体制がとってきた格差是正を目指す「大きな政府」型経済政策が続くはずだ。
そもそも「小さな政府派」は陳良宇事件で殲滅させられたし、本尊の江沢民もこの様子である↓。暴動が続く社会情勢、そして外的要因(金融危機の後遺症が残る世界経済の不安定さ)をも考えれば、習が胡、そして安定優先という時代の要請に逆らうだけの理由はない。きっと「柔軟」に対応するだろう。

Observingchinaは、中国では格差を是正することが、沿岸部から内陸部への健全な投資をうながし、結果的にバブルも防ぐと考える。中国バブルについては、また別の機会に改めて論じてみたい。
習近平の「復活」と沈みゆく江沢民
中央軍事委員会副主席への就任が4中全会のコミュニケで発表されなかったことで、世界のチャイナ・ウォッチャーの注目を一身に集めていた中共ナンバー6、習近平の動向が明らかになった。4中全会終了翌日の19日に北京展覧館と中国科学技術館を訪問した様子を中国メディアが一斉に報じた。
北京展覧館の「中華人民共和国成立60周年展」は胡錦濤以下トップ9プラス江沢民、科学技術館の科学知識普及デー関連イベントは単独での出席だった。
この日に習の動向をあえて報じるのは、世界に流れた中南海権力闘争説を打ち消す狙いからだろう。それに、習が「科学知識」に関するイベントに参加することは、とりもなおさず習が胡錦濤の「科学的発展観」を引き継ぐ者であることを意味している。
上海・新民報のネット版がことさら習にフォーカスした記事をつくっているが、その写真を見る限り「病気」の様子も伺えない。

写真といえば、特筆すべきは江沢民の枯れ具合。あんなにこえ太っていたのに、何だか首筋の様子が故宮沢喜一サンの最後のほうみたいになっている。胡錦濤の次に名前が挙がるその序列は、彼が中共中央にいまだに隠然たる影響力を持っていることを必死に主張しているが、この写真は逆効果しかあげていない(胡錦濤と一緒に映っていないところも、2人の仲の悪さを裏付けている)。明らかに江沢民は中南海に沈みゆく太陽である。

今回の習の昇格をめぐる「闘争」があったとすれば、その本質はあくまで胡錦濤vs.江沢民であって、胡錦濤vs.習近平ではないと思う。少なくとも、習近平をひきつけるほど、江沢民の力はもう強くない。だからこそ、「習後継」という基本的ベクトルに変化はない。一連の写真が、そのことを雄弁に物語っている。
北京展覧館の「中華人民共和国成立60周年展」は胡錦濤以下トップ9プラス江沢民、科学技術館の科学知識普及デー関連イベントは単独での出席だった。
この日に習の動向をあえて報じるのは、世界に流れた中南海権力闘争説を打ち消す狙いからだろう。それに、習が「科学知識」に関するイベントに参加することは、とりもなおさず習が胡錦濤の「科学的発展観」を引き継ぐ者であることを意味している。
上海・新民報のネット版がことさら習にフォーカスした記事をつくっているが、その写真を見る限り「病気」の様子も伺えない。

写真といえば、特筆すべきは江沢民の枯れ具合。あんなにこえ太っていたのに、何だか首筋の様子が故宮沢喜一サンの最後のほうみたいになっている。胡錦濤の次に名前が挙がるその序列は、彼が中共中央にいまだに隠然たる影響力を持っていることを必死に主張しているが、この写真は逆効果しかあげていない(胡錦濤と一緒に映っていないところも、2人の仲の悪さを裏付けている)。明らかに江沢民は中南海に沈みゆく太陽である。

今回の習の昇格をめぐる「闘争」があったとすれば、その本質はあくまで胡錦濤vs.江沢民であって、胡錦濤vs.習近平ではないと思う。少なくとも、習近平をひきつけるほど、江沢民の力はもう強くない。だからこそ、「習後継」という基本的ベクトルに変化はない。一連の写真が、そのことを雄弁に物語っている。
続続・習近平は「失脚」したのか
博訊新聞網が19日、香港・明報が報じた「習近平の軍事委副主席昇格は原則決定済みで、発表が国慶節後の拡大中央軍事委員会に持ち越された」という記事に対して、「原則決定済みって何!?」と噛み付いている。
その根拠について、記事は「党章」3章22条の規定「党の中央軍事委員会を構成する人員は中央委員会によって決定されなければならない」を持ち出している。
記事は「明報の言うとおり『原則決定』したのなら、必ずコミュニケに反映されているはず。隠したり、発表を遅らせる理由はまったくない」「さもなければ、党を代表する中央委員会の権威に傷がつく」と、中央委員会スポークスマンのような主張をしている。
さらに、胡錦濤が習近平への権限委譲を嫌った理由として、
1)今年2月に中央軍事委が開いた民主生活会で、胡の叱責を幹部がのらりくらりとかわした。その後中央軍事委のメンバー変更は行われず、このまま習の昇格を認めると、習のもとにまとまった軍事委がさらに自分の指導に抵抗するようになると胡が考えた。
2)今年初めに起きた習のメキシコ事件。
3)リオ・ティント事件で李克強のオーストラリア訪問が妨害されたこと。
4)胡錦濤は権力掌握後、上海の江沢民の手勢を「始末」して、その「黒材料」を集めた。同様に習近平が軍権掌握後、団派の「後始末」をしてその黒材料を集めるのをみすみす黙認することはできない。
…という4つを挙げている。
1から4は習近平昇格前あるいは昇格後の「綱引き」の話なので、解決されていない「謎」とは直接関係はないと思う。ただ、軍事委人事が中央委員会マターであるという指摘はもっともだ。
しかし、中央委員会の決定事項について、一字一句漏らさずコミュニケに反映しなければならない、という規定はないはず。何せまだ大幅に「人治」の要素が残る国なのだから、必要によってコミュニケの内容が変わることは十分あるだろう。
まして「中央委員会に傷がつく!」という主張については何をか況やである。拡大中央軍事委員会で中央档案館の人事を発表するのはどうかと思うが、軍事委副主席の昇格である。それほど違和感があるだろうか。
結局、これも推測に過ぎない気がする。しかし、さすがに今回は確かな情報がほとんど漏れ伝わってこない。かなり微妙な部分があるのだろう。最近、情報公開がすごいスピードで進んでいたが、肝心な部分は「やはり中国」である。
その根拠について、記事は「党章」3章22条の規定「党の中央軍事委員会を構成する人員は中央委員会によって決定されなければならない」を持ち出している。
記事は「明報の言うとおり『原則決定』したのなら、必ずコミュニケに反映されているはず。隠したり、発表を遅らせる理由はまったくない」「さもなければ、党を代表する中央委員会の権威に傷がつく」と、中央委員会スポークスマンのような主張をしている。
さらに、胡錦濤が習近平への権限委譲を嫌った理由として、
1)今年2月に中央軍事委が開いた民主生活会で、胡の叱責を幹部がのらりくらりとかわした。その後中央軍事委のメンバー変更は行われず、このまま習の昇格を認めると、習のもとにまとまった軍事委がさらに自分の指導に抵抗するようになると胡が考えた。
2)今年初めに起きた習のメキシコ事件。
3)リオ・ティント事件で李克強のオーストラリア訪問が妨害されたこと。
4)胡錦濤は権力掌握後、上海の江沢民の手勢を「始末」して、その「黒材料」を集めた。同様に習近平が軍権掌握後、団派の「後始末」をしてその黒材料を集めるのをみすみす黙認することはできない。
…という4つを挙げている。
1から4は習近平昇格前あるいは昇格後の「綱引き」の話なので、解決されていない「謎」とは直接関係はないと思う。ただ、軍事委人事が中央委員会マターであるという指摘はもっともだ。
しかし、中央委員会の決定事項について、一字一句漏らさずコミュニケに反映しなければならない、という規定はないはず。何せまだ大幅に「人治」の要素が残る国なのだから、必要によってコミュニケの内容が変わることは十分あるだろう。
まして「中央委員会に傷がつく!」という主張については何をか況やである。拡大中央軍事委員会で中央档案館の人事を発表するのはどうかと思うが、軍事委副主席の昇格である。それほど違和感があるだろうか。
結局、これも推測に過ぎない気がする。しかし、さすがに今回は確かな情報がほとんど漏れ伝わってこない。かなり微妙な部分があるのだろう。最近、情報公開がすごいスピードで進んでいたが、肝心な部分は「やはり中国」である。