ヘッドレス毛沢東と昭和天皇コラージュ
ニューヨークタイムズが6日ウェブサイトにアップした記事で、中国の前衛アーティスト、ガオ・ブラザーズ(高氏兄弟)が秘密展覧会(開催場所は口コミ、しかも暗号で伝えられたそうな)で展示した「ヘッドレス毛沢東」について伝えている。

兄弟曰く、ヘッドレスな毛沢東像は自らの罪を告白し、後悔している人間的な毛沢東であり、そのリムーバブルな頭部は「毛の犯罪」と名付けられているのだという。
罪を悔いている人間の頭を落とす必要があるかどうかは別にして、従来の中国現代アートが踏み込めなかったタブーに切り込んだ意欲的な作品だと思う。アートとしても成立している。
■□当局の弾圧と自主規制の共通点□■
このニュースを見て、90年代半ばに日本であった「天皇コラージュ」裁判を思い出した。富山県立博物館が昭和天皇の写真をコラージュした映画監督の大浦信行氏の作品を非公開にし、表現の自由をめぐる争いが最高裁まで続いた事件である(結果は大浦氏敗訴)。

今年4月、沖縄県立博物館・美術館が大浦氏の天皇コラージュ作品展示を見合わせたことがニュースになっていた。
高氏兄弟が秘密展覧会しか開けないのは、当局の弾圧による表現規制を受けているから。対する天皇コラージュは自主規制だが、それぞれの規制を生み出しているその根っ子にあるものは同じだと思う。すなわち、「大衆が政治的タブーのパロディを客観的に受けとめる余裕がない」ということである。
■□「自分自身のパロディ」を受け止める力■□
もちろん、ヘッドレス毛沢東を当局が禁じるのは、放っておけば「中共の正統性」を毀損しかねないからである。ただ「中共の正統性」は13億人民に根を下ろしたものであり、毛沢東のパロディ(この毛沢東像は単なるパロディではないが)を許さないのは、13億人民のマジョリティの意思(多くは無意識だろう)を反映している。
また、沖縄県立博物館が自主規制したのは右翼の街宣車を恐れたからだと思うが(沖縄に街宣車がいるかどうか不明だが)、天皇コラージュを攻撃する街宣車が堂々と街を走れるのは、とりもなおさず日本社会と日本人の根っこの部分にその存在を少なくとも消極的には容認する意識があるからである。
それぞれ一義的に、毛沢東は反右派闘争・大躍進・文革で傷ついた中国人民にとってのタブー、昭和天皇は第二次大戦の戦傷者(およびその家族・遺族)にとってのタブーである。タブーと言うよりむしろ「(肉体的にも精神的にも)傷ついた『自分自身』のパロディ」と言ったほうが正確かもしれない。直接傷を負った本人だけでなく、中国そして日本民族全体の傷がまだ癒えていない、ということなのだと思う。
中国は文革アートがだいぶ受け入れられているから、ヘッドレス毛沢東が「地上」に出てくるのもそう遠くないように思えるが、沖縄県民が自主規制したのには正直驚かされた(おそらく現在の沖縄と本土の関係性を象徴しているのではないか)。
これが孫文なら何ら問題はない。「明治天皇コラージュ」も日本社会的にはもうOKな気がする(大正天皇は顔のイメージが湧かないのでそもそも成立しない)。

兄弟曰く、ヘッドレスな毛沢東像は自らの罪を告白し、後悔している人間的な毛沢東であり、そのリムーバブルな頭部は「毛の犯罪」と名付けられているのだという。
罪を悔いている人間の頭を落とす必要があるかどうかは別にして、従来の中国現代アートが踏み込めなかったタブーに切り込んだ意欲的な作品だと思う。アートとしても成立している。
■□当局の弾圧と自主規制の共通点□■
このニュースを見て、90年代半ばに日本であった「天皇コラージュ」裁判を思い出した。富山県立博物館が昭和天皇の写真をコラージュした映画監督の大浦信行氏の作品を非公開にし、表現の自由をめぐる争いが最高裁まで続いた事件である(結果は大浦氏敗訴)。

今年4月、沖縄県立博物館・美術館が大浦氏の天皇コラージュ作品展示を見合わせたことがニュースになっていた。
高氏兄弟が秘密展覧会しか開けないのは、当局の弾圧による表現規制を受けているから。対する天皇コラージュは自主規制だが、それぞれの規制を生み出しているその根っ子にあるものは同じだと思う。すなわち、「大衆が政治的タブーのパロディを客観的に受けとめる余裕がない」ということである。
■□「自分自身のパロディ」を受け止める力■□
もちろん、ヘッドレス毛沢東を当局が禁じるのは、放っておけば「中共の正統性」を毀損しかねないからである。ただ「中共の正統性」は13億人民に根を下ろしたものであり、毛沢東のパロディ(この毛沢東像は単なるパロディではないが)を許さないのは、13億人民のマジョリティの意思(多くは無意識だろう)を反映している。
また、沖縄県立博物館が自主規制したのは右翼の街宣車を恐れたからだと思うが(沖縄に街宣車がいるかどうか不明だが)、天皇コラージュを攻撃する街宣車が堂々と街を走れるのは、とりもなおさず日本社会と日本人の根っこの部分にその存在を少なくとも消極的には容認する意識があるからである。
それぞれ一義的に、毛沢東は反右派闘争・大躍進・文革で傷ついた中国人民にとってのタブー、昭和天皇は第二次大戦の戦傷者(およびその家族・遺族)にとってのタブーである。タブーと言うよりむしろ「(肉体的にも精神的にも)傷ついた『自分自身』のパロディ」と言ったほうが正確かもしれない。直接傷を負った本人だけでなく、中国そして日本民族全体の傷がまだ癒えていない、ということなのだと思う。
中国は文革アートがだいぶ受け入れられているから、ヘッドレス毛沢東が「地上」に出てくるのもそう遠くないように思えるが、沖縄県民が自主規制したのには正直驚かされた(おそらく現在の沖縄と本土の関係性を象徴しているのではないか)。
これが孫文なら何ら問題はない。「明治天皇コラージュ」も日本社会的にはもうOKな気がする(大正天皇は顔のイメージが湧かないのでそもそも成立しない)。
胡錦涛は朱鎔基なのか
博訊網が4日、「胡錦涛はなぜ鳳凰衛視の劉長楽に対して怒りを爆発させたのか」という記事をアップしている。前後関係をはしょっているので今ひとつ分かりにくい記事なのだが、4中全会前に博訊網の記者が得た情報によると、
・胡錦涛が香港にいる鳳凰衛視CEOの劉長楽を北京に呼び出して、「お前たちがもし同じことをやったら、閉鎖だからな」と声を荒げた。驚いた劉は香港に帰ってただちに「言論統制」にかかった。呼び出された香港メディアのトップは劉一人でなかった。
・胡錦涛がキレたのには、江沢民の「捲土重来」が関係している。後継者の可能性がある習近平、薄煕来は江の腹心。特にダークホースである薄の台頭は中央にプレッシャーになっている。
・薄が重慶で革命の伝統と「老同志」の功績の宣伝をしているとき、中央宣伝部に鳳凰を含む香港メディアに対する非難が伝わった。曰く、大陸の支持あるいは賛助を受ける香港メディアなのに、自由度が憚りのないレベルに達している。追及すべきなのは、その背後にいる黒幕。すなわち、香港・マカオ問題を主管する胡錦涛である。
・この件を胡錦涛は高度に重視した。なぜなら、彼自身がすでに「身の危険」を感じていたからである。危険の源は、自身が指名した後継者のトップ就任でマクラを高くして寝たい江沢民――。
博訊網はこの「事実」をマクラとして、この後「胡錦涛が鄧小平に選ばれたのは品格があって正直だからだが、この人品の良さが仇になっている。未だに人事に介入しようとする江沢民の押しの強さから見て、登場時に期待を抱かせた胡錦涛は、朱鎔基と同じ『過渡期の人物』で終わる」と結論づけている。
果たしてそうだろうか。
そもそも立場が異なる首相と国家主席・総書記を同じまな板の上で論じることはできないし、それぞれ期待された役割も違う。朱鎔基が求められたのは3大改革を実現する実務家としての活躍であり、国家全体の運営(およびその改革)ではなかった。いわば、朱鎔基は最初から「過渡期の人物」として終わるべく位置づけられた人物だった。
■□江沢民と胡錦涛の「正統性」■□
時の権力者が、その権勢を維持するためには「正統性」が不可欠である。毛沢東には共産中国を実現し、人々を奴隷状態から解放したという(その後、人民は別の意味で奴隷状態になるのだが)、鄧小平には改革開放を進めて人々に豊かさをもたらすきっかけをつくったという「正統性」があった。
すっかりヒール役が板についた江沢民だが、彼にももちろん正統性はある。すなわち、「天安門事件でガタガタになった共産党支配をとりあえず守り、経済発展できるよう道筋をつけた」という正統性である。
2004年に中央軍事委員会主席を辞めたあと、5年経ってもなお江が人事にあれこれ口出しをできるのは、少なくとも中共人士と中国人民がその正統性をなお認めているからに他ならない。何も持たない人間を、特に中国人は相手にしない(華国鋒を見よ)。
裏返せば、あるトップが権力の座を維持できていれば、彼は何らかの正統性を周りに認めさせることに成功している、とも言える。胡錦涛もおそらく「中共支配を維持しながら、右肩上がりの成長をキープする」という正統性を、そこそこのレベルまで育てることに成功している。
■□悪あがきする「沈み行く太陽」■□
要は「正統性vs.正統性」の戦いということなのだが、ここで「年齢」や「健康」という変数が勝敗に大きく関わってくる(「腐敗」は時と場合によってねつ造したりもみ消したりできるので、変数足り得ない)。江は今年83歳、対する胡は66歳。江は胡より17歳も年長である。胡の「健康」にイレギュラーなことがない限り、先に鬼籍に入るのは江だ。人は自然に逆らえない。繰り返すが、江が「沈み行く太陽」であることは誰にも否定できないし、中南海人士だってとっくにそのことに気づいているはずだ。だからこそ、江はこの後に及んであがきにあがいているようにも映る。
確かに博訊網のこの記事が言うように、自らの出身母体である団派にまで江派人士に入り込まれている胡は脇が甘いと非難されても仕方ないだろう。ただ、脇が甘いというのは、自らの正統性に対する自信の裏返しでもある。
China Digital Timesによると、建国60周年式典で天安門に登った朱鎔基の写真が1枚だけネットに流れたが、すぐ削除されたのだという(↓)。そして、5日付朝日Globeは、「朱鎔基答記者問」が中国のベストセラーランキング1位であると伝えている。

自らの正統性に自信があれば、そもそも人事や何やらを画策する必要もない。人々は何よりその正統性に強く反応するし、その反応は政治家にとって何よりの力の根源となる。
そういう意味では、確かに「胡錦涛=朱鎔基」なのかもしれない。
・胡錦涛が香港にいる鳳凰衛視CEOの劉長楽を北京に呼び出して、「お前たちがもし同じことをやったら、閉鎖だからな」と声を荒げた。驚いた劉は香港に帰ってただちに「言論統制」にかかった。呼び出された香港メディアのトップは劉一人でなかった。
・胡錦涛がキレたのには、江沢民の「捲土重来」が関係している。後継者の可能性がある習近平、薄煕来は江の腹心。特にダークホースである薄の台頭は中央にプレッシャーになっている。
・薄が重慶で革命の伝統と「老同志」の功績の宣伝をしているとき、中央宣伝部に鳳凰を含む香港メディアに対する非難が伝わった。曰く、大陸の支持あるいは賛助を受ける香港メディアなのに、自由度が憚りのないレベルに達している。追及すべきなのは、その背後にいる黒幕。すなわち、香港・マカオ問題を主管する胡錦涛である。
・この件を胡錦涛は高度に重視した。なぜなら、彼自身がすでに「身の危険」を感じていたからである。危険の源は、自身が指名した後継者のトップ就任でマクラを高くして寝たい江沢民――。
博訊網はこの「事実」をマクラとして、この後「胡錦涛が鄧小平に選ばれたのは品格があって正直だからだが、この人品の良さが仇になっている。未だに人事に介入しようとする江沢民の押しの強さから見て、登場時に期待を抱かせた胡錦涛は、朱鎔基と同じ『過渡期の人物』で終わる」と結論づけている。
果たしてそうだろうか。
そもそも立場が異なる首相と国家主席・総書記を同じまな板の上で論じることはできないし、それぞれ期待された役割も違う。朱鎔基が求められたのは3大改革を実現する実務家としての活躍であり、国家全体の運営(およびその改革)ではなかった。いわば、朱鎔基は最初から「過渡期の人物」として終わるべく位置づけられた人物だった。
■□江沢民と胡錦涛の「正統性」■□
時の権力者が、その権勢を維持するためには「正統性」が不可欠である。毛沢東には共産中国を実現し、人々を奴隷状態から解放したという(その後、人民は別の意味で奴隷状態になるのだが)、鄧小平には改革開放を進めて人々に豊かさをもたらすきっかけをつくったという「正統性」があった。
すっかりヒール役が板についた江沢民だが、彼にももちろん正統性はある。すなわち、「天安門事件でガタガタになった共産党支配をとりあえず守り、経済発展できるよう道筋をつけた」という正統性である。
2004年に中央軍事委員会主席を辞めたあと、5年経ってもなお江が人事にあれこれ口出しをできるのは、少なくとも中共人士と中国人民がその正統性をなお認めているからに他ならない。何も持たない人間を、特に中国人は相手にしない(華国鋒を見よ)。
裏返せば、あるトップが権力の座を維持できていれば、彼は何らかの正統性を周りに認めさせることに成功している、とも言える。胡錦涛もおそらく「中共支配を維持しながら、右肩上がりの成長をキープする」という正統性を、そこそこのレベルまで育てることに成功している。
■□悪あがきする「沈み行く太陽」■□
要は「正統性vs.正統性」の戦いということなのだが、ここで「年齢」や「健康」という変数が勝敗に大きく関わってくる(「腐敗」は時と場合によってねつ造したりもみ消したりできるので、変数足り得ない)。江は今年83歳、対する胡は66歳。江は胡より17歳も年長である。胡の「健康」にイレギュラーなことがない限り、先に鬼籍に入るのは江だ。人は自然に逆らえない。繰り返すが、江が「沈み行く太陽」であることは誰にも否定できないし、中南海人士だってとっくにそのことに気づいているはずだ。だからこそ、江はこの後に及んであがきにあがいているようにも映る。
確かに博訊網のこの記事が言うように、自らの出身母体である団派にまで江派人士に入り込まれている胡は脇が甘いと非難されても仕方ないだろう。ただ、脇が甘いというのは、自らの正統性に対する自信の裏返しでもある。
China Digital Timesによると、建国60周年式典で天安門に登った朱鎔基の写真が1枚だけネットに流れたが、すぐ削除されたのだという(↓)。そして、5日付朝日Globeは、「朱鎔基答記者問」が中国のベストセラーランキング1位であると伝えている。

自らの正統性に自信があれば、そもそも人事や何やらを画策する必要もない。人々は何よりその正統性に強く反応するし、その反応は政治家にとって何よりの力の根源となる。
そういう意味では、確かに「胡錦涛=朱鎔基」なのかもしれない。
「大閲兵」で見えたもの
ウソみたいに見事に晴れ渡った秋空の下、中華人民共和国建国60周年記念式典が挙行された。天安門の楼台には政治局常務委員9人プラス江沢民が序列通りに並び、李長春のグラサン以外は(挑戦的で、まるで葉剣英みたいだった)なべて世はこともなし、に見えたが、果たしてそうか。

天安門の並び順は<賀、習、賈、呉、胡、江、温、李長、李克、周>だった。実質ナンバー2の江を間に挟んで、中心から外側に向かって、きれいに<8、6、4、2、1、江、3、5、7、9>となっている。ただ、順番こそ序列どおりに並んでいたが、軍事パレードの生中継に差し込まれる彼らの映像を注意深く見ていると、その微妙な人間関係を垣間見ることができた。
□■胡の演説中に下を向く江□■
まず、胡錦濤と江沢民の関係である。先日の「60周年展」の様子を見ていると、当日天安門に並んで立つのかどうか危惧されたが、一応2人の間に防護壁を設けることもなく、何とか「民主集中制」の体面は維持することができたようだ。ただ、見ている範囲では2人の間に会話はまったくなく、胡錦濤の重要講話の間、江沢民は不機嫌そうに右斜め下を向いていた。
また、となり同士の習と賈が仲良さそうに話し込んでいる様子も見ることが出来た。2人は85年から96年まで同じ福建省で働いていたから当然といえば当然だが、賈とのつながりが習に暗い影を落としているようにも感じられた。
対する李克強は、となりの李長春にしきりに話しかけていたが、あまり相手にされていない様子だった。この2人はともに遼寧省と河南省で勤務経験があるが、時期は重なっていない。「60周年展」のときもそう感じたが、李克強、意外に軽い人物なのかもしれない。
あと細かいことだが、習と周だけが左胸に赤旗をデザインした党員バッジとみられる徽章を付けていた。
■□胡錦濤が気力充実?なワケ■□
式典を通じて強く感じられたのは、胡錦濤の気力の充実ぶりである。

唯一の中山服に身を包み(中共の正統な権力継承者を意味する服装だ)、閲兵車両(紅旗にみえたが、どうだろう?)に乗って長安街を走るときに発する「同志們好!」「同志們辛苦了!」という掛け声?も、なかなか堂に入っていた(しかし、閲兵で「同志の皆さんこんにちは!」「同志のみなさんお疲れさま!」とは、何とものんきな感じではあるが、これは農村で生まれた解放軍が本来持っている牧歌性を反映しているのだと思う)。
もし胡が力の高まりを感じているとすれば、それは国慶節前政局で江沢民を推し戻したことに理由があるはずだ。この10年に一度の大イベントでの堂に入った「主席ぶり」を見るにつけ、胡錦涛がただのヤワなリベラル派でなく、そこそこ腹の据わった人物であると感じさせられる。
さて気力充実の胡錦濤主席だが、8日間の国慶節休暇が終わればまた「政局」が待っているだろう。今日の様子を見る限り、江沢民もまだ「完全引退」するつもりはないらしい。今年の中秋節は国慶節休み中の10月3日だが、双方とものん気に月餅を味わっているヒマはないかもしれない。

天安門の並び順は<賀、習、賈、呉、胡、江、温、李長、李克、周>だった。実質ナンバー2の江を間に挟んで、中心から外側に向かって、きれいに<8、6、4、2、1、江、3、5、7、9>となっている。ただ、順番こそ序列どおりに並んでいたが、軍事パレードの生中継に差し込まれる彼らの映像を注意深く見ていると、その微妙な人間関係を垣間見ることができた。
□■胡の演説中に下を向く江□■
まず、胡錦濤と江沢民の関係である。先日の「60周年展」の様子を見ていると、当日天安門に並んで立つのかどうか危惧されたが、一応2人の間に防護壁を設けることもなく、何とか「民主集中制」の体面は維持することができたようだ。ただ、見ている範囲では2人の間に会話はまったくなく、胡錦濤の重要講話の間、江沢民は不機嫌そうに右斜め下を向いていた。
また、となり同士の習と賈が仲良さそうに話し込んでいる様子も見ることが出来た。2人は85年から96年まで同じ福建省で働いていたから当然といえば当然だが、賈とのつながりが習に暗い影を落としているようにも感じられた。
対する李克強は、となりの李長春にしきりに話しかけていたが、あまり相手にされていない様子だった。この2人はともに遼寧省と河南省で勤務経験があるが、時期は重なっていない。「60周年展」のときもそう感じたが、李克強、意外に軽い人物なのかもしれない。
あと細かいことだが、習と周だけが左胸に赤旗をデザインした党員バッジとみられる徽章を付けていた。
■□胡錦濤が気力充実?なワケ■□
式典を通じて強く感じられたのは、胡錦濤の気力の充実ぶりである。

唯一の中山服に身を包み(中共の正統な権力継承者を意味する服装だ)、閲兵車両(紅旗にみえたが、どうだろう?)に乗って長安街を走るときに発する「同志們好!」「同志們辛苦了!」という掛け声?も、なかなか堂に入っていた(しかし、閲兵で「同志の皆さんこんにちは!」「同志のみなさんお疲れさま!」とは、何とものんきな感じではあるが、これは農村で生まれた解放軍が本来持っている牧歌性を反映しているのだと思う)。
もし胡が力の高まりを感じているとすれば、それは国慶節前政局で江沢民を推し戻したことに理由があるはずだ。この10年に一度の大イベントでの堂に入った「主席ぶり」を見るにつけ、胡錦涛がただのヤワなリベラル派でなく、そこそこ腹の据わった人物であると感じさせられる。
さて気力充実の胡錦濤主席だが、8日間の国慶節休暇が終わればまた「政局」が待っているだろう。今日の様子を見る限り、江沢民もまだ「完全引退」するつもりはないらしい。今年の中秋節は国慶節休み中の10月3日だが、双方とものん気に月餅を味わっているヒマはないかもしれない。