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「財経」編集長の新雑誌は「財新」?

あの経済誌「財経」の名物編集長、胡舒立女史が9日、正式に辞任した。同誌のスポークスマンが発表した。10日朝から中文メディアがいっせいに伝え始めている。

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報道によれば、胡元編集長は広州の中山大学の新聞学部長になるのだという。それ以外にも、彼女が「財経新聞週刊(「新聞週刊はNewsweekの中国語訳」)を縮めた「財新」という出版物の発刊を目指していると、ニューヨークタイムズ紙は伝えている(筆者のジョナサン・アンズフィールドは元ニューズウィーク誌記者だ)。先月の時点で、彼女の辞職の前に大量退職した職員たちが「財新」の新しいオフィスで働き始めているという。

NYタイムズの記事によれば、同誌は3月4日に中央電視台ビル火災の内幕記事をウェブサイトにアップ→5時間後に共産党中央宣伝部が削除命令→数日後、財経が記事を再アップし、記事が掲載された非公認の雑誌を全人代委員に配布……と、一見無謀にも思える行動に踏み切っていた。

このほか7月のウイグル騒乱のときにも、当局の許可を得ていない記者をウルムチに派遣した◆他人の記者章を使っていたベテランの同誌記者楊彬彬がプレスセンターで当局の職員と「パソコンを見せろ!」「見せない!」でもめ、取っ組み合いになった……と、当局とのトラブルは枚挙にいとまがないほどだったらしい。

■□コマーシャリズムとジャーナリズム□■

(一応)フリーメディアの行き届いた西側では、ウェブの普及とともにコマーシャリズムとジャーナリズムの結びつきが弱まり、コマーシャリズムとセンセーショナリズム(例えば米FOXニュースの台頭)の結合が起き始めている。一方、フリーメディアがないはずの中国では、コマーシャリズムとかなり正統派なジャーナリズムが結びつきを強め、財経や南方都市報といった「まともな」メディアが成功を収めてきた。

自由がある国でジャーナリズムが衰退し、自由のない国で正しいジャーナリズムが花開くとは、何とも皮肉な話に思える。しかし本当は皮肉でもなんでもない。自由がないからこそ、ジャーナリズムは必要なのだ(今の西側諸国は、「“ジャーナリズム力”我に何かあらんや」という「鼓腹撃壌」状態なのかもしれない)。

NYタイムズの記事を読む限り、財経の当局との戦いっぷりはやや暴走気味にも見える。でも、新聞やテレビが権力と一体化してしまうよりはずっとましだろう。ジャーナリズムの潜在力は韓国や戦前の日本(あまり花開かなかったが…)でも証明済み。ベクトルとしては正しかったと、後世の歴史家は評価するはずだ。

「財新」の成功を願ってやまない(やや安易なネーミングだが)。

ネット中毒は「病気」なのか

ネット中毒は果たして精神疾患と言えるのか? 衛生部が4日に公表した<未成年が健康にネット生活を送るための指導方針(案)>がちょっとした騒ぎになっている。

まず海外の新聞を含むメディアが文書の最後にある「身体拘束や体罰でネット中毒を治療することを禁じる」という一文に飛びついて、「中国当局が体罰によるネット中毒治療を禁止!」と一斉に報じたのだが、その後南方都市報が『ネット中毒』を病気と認めない衛生部を批判した記事のコピペが始まり、同部サイト上で指導方針にアクセスできない状態が続いている(6日午前現在)。

ネット人口が総人口の27%に当たる3億6000万人に達した中国では、特に子どものネット依存問題が深刻で、今年8月には「中毒治療」のため送り込まれたキャンプで16歳の少年が教官に殴り殺される事件が起きていた(「体罰禁止」にメディアが反射的に食いついたのは、この事件ゆえだと思う)。

南方都市報によれば、「ネット中毒」が病気なのかどうかという論争は、人民解放軍北京軍区総合病院が昨年11月に「3カ月以上連続、1日6時間以上」という<ネット中毒臨床診断基準>を公表してから続いていた。

だが、衛生部は今回明らかにした方針の中で「ネット中毒という言葉の定義はあいまいで、『個人の健康や社会に損害を与える不適切なネット使用』の認定に使われるべきでない」という何ともお役所的な姿勢に終始している。南方都市報の批判の背後には、こんな衛生部の煮え切らない態度に対する人民の怒りがあるのだろう。

■□否定するほどドツボにはまる衛生部□■

医学的にどうかという問題は別にして、衛生部は「ごく一部の現象だ」と言えば言うほど「ネット中毒」の深刻さが浮き彫りになる、というドツボにはまっていないか。

中国の若者のネット依存は、一つは一人っ子政策の行き過ぎによる過保護、もう一つは就職難(やることも希望もないからネット、ということだ)という問題を内在している。特に就職難は、都市住民の経済力と中国の産業構造のミスマッチ(大学を出たのにタクシー運転手なんかできないよ!という話)に起因している。

昨秋の金融危機以降、内需拡大に懸命な中国がバブルなき構造改革を順調に達成できれば、「ネット中毒」もなくなるはずだが、そううまく行くかどうか。

ネット中毒が中国社会の「病気」であることだけは間違いなさそうだが。

民主の「壁」2009

日本在住の中国人民主活動家、馮正虎氏が3日夜、8回目の中国帰国を試みて失敗したと博訊網が伝えている。全日空機で上海・浦東空港に到着したが、中国の入管当局に2時間拘束された後、また全日空機で成田に引き返させられた。

馮氏は復旦大学卒業後、上海財経大学講師を務め、中国企業発展研究所会長だった89年5月、研究所が天安門の民主化運動を支持する声明を発表したことで「重過失行政処分」を受け、すべての役職を辞職。91年から日本に留学し、98年にいったん帰国するが、01年に出版事業にからんだ「冤罪」で有罪とされ03年まで服役した。以後、日本と中国を行ったり来たりしていたが、今年4月に来日したあと、帰国できなくなっているらしい。

6月4日の天安門事件20周年前に、帰国を試みた複数の民主活動家の入国が当局によって阻止されたのは記憶に新しい。その代表格が台湾在住のウイグル人、ウルケシ(吾爾開希)だ。

6月の厳戒態勢が今も続いているのは、10月の建国60周年以降、中南海で「政争」が続いていること関係あるのではないか。馮氏が入国しようとしていたのは江沢民の牙城である上海。面倒を避けようとするのは日本の役人も中国の役人も変わらないだろう。

■□「殲滅」から「無視」へ■□

20年間海外で漂流を続けているウルケシらと、わりあい自由に言ったり来たりしてきた馮氏を簡単に比較することはできない。ただ、海外に住む民主活動家に対する中国当局の対応が「殲滅」から「無視」へと変わったことは特筆に価する。

世界中を追い回して(民主活動家はこれまで逃亡先の中国大使館にマークされてきた)、帰ってきたらすかさず捕まえて牢獄に放り込む――というやり方から、民主活動家を防ぐ「壁」を築いてとにかく異見人士を近づけないようにする、という手法に転換した背景には、中国の国力とメディア管理への自信の高まりがあろう。

メディアにはたまに政府批判も出るが、党が主導してきた経済成長の実績に大半の人民は満足し、20年前の「6・4風波」など忘れかけており、多少のことでは社会変革を求める動きは起き得ない――と、中南海の人々は確信している。

ウルケシは6月、「20年間家族に会えていない。出頭という方法で帰省を勝ち取る。出張は20年前の行為が間違っていたと認めるものでは絶対ない」というメールを書きこのして突然、マカオに向かった。

嫌われる、というということは相手にされている、ということでもある。だが「無視」は自分に何の価値もない、と言われているのに等しい。逮捕もしてくれない、という事実は、ウルケシや王丹の贅肉よりもずっと、我々に20年という年月を感じさせる。