猫の絵を描いた。猫を飼ったことはないけど、猫好きの人は周りに多い。猫好きの人を好きみたいだ。野良猫たちがアトリエに出入りしてほしいと切実に思ってる。そういう猫は、まだいない。

実は8月公演、リュズタン以外にも物語候補がいくつかありました。ひとつは、見世物小屋から行方不明になった人魚の物語で、それもすごく気に入っていました。とても悲しい物語なのでこの夏は見送りました。観たいでしょ

これはほんとうのこと。描きたい。描きたい作品たくさんたくさんあるけど、芝居は企画からすると数ヶ月の時間が必要だし、一年は、12ヶ月しかなくあまりに短い。不服な気持ちにもなる。思いついても、やる時間がない。ほんとは、もっとやれる。仕事になる前は、思いついたらすぐ完成させて路上でやってた。あのくらいの方がほんとは向いてる気がする。今思っていることをいま表現したい、ほんとうは。

独り芝居やりたい。世界が無限に自由なのだ。そして気軽なのだ。なんだか、しばらく、何かに気兼ねしてやっていない。何にだろう?自分の都合だけで好きなことをやってる場合じゃないと思うようになったのかもしれない。誰も責任なんて負わしてないのに、勝手に責任を感じているのだろうと思う。自由でいたい。自由でいるための、不自由さを受け入れる勇気を持ちたい。

おぼんろシネマミュージアムを目前に、色々な作品について思いを馳せる。みんな、また会いたいな。なんだかんだ、たくまは毎日会場にいそうです。会いに来てくださいまし。

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選挙近いから、街中でみんなマイクで喋ってる。路上で独り芝居していたたくまは、なんか、気持ちもわかるよ。

自分の信じる政策を用いて世界を変えていくために選挙に勝ちたいのか、選挙で勝つために政策を考えるのか。

アーティストとお金の問題に似ているなって僕は思ったのでした。

ほんとのほんとに、おもうことを話せる自分でいたい。絶対に、それが一番の誠実さ。

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父の着ていたセーターを貰い受けて、着てる。母の前で試着して「あ、いけるいける!」なんて言って、着て、出かける。

母の食事が本当においしい。みなさんの予想に違わずものすごく不摂生な生き方している拓馬ですが、生まれてから母がすごくすごく、大切に栄養を与えてくれてる。早稲田にいたときに骨折して、病院で「栄養失調です」と言われたとき、母に怒られた。つくるから、くえ!と。マザコンて言葉は好きじゃないなあ。母を好きで大切にしたいし甘えたい気持ちに後ろめたさや恥じらいを感じさせる言葉なんてほんとにナンセンスだよ。母に限らずだけど、自分を大切に思ってくれた人を心から大冊に思っちゃいけない世界は好きじゃない。

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おやすみなさい。

やすみたくないあなたはやすまなくてもいいけど、やすんでいいよ、とはいいたい。

東京は雨が降っています。それも、なんか、悪くない。雨の音というのが、とにかく心地よい。いいなあ。いいです。

ぞんぶんに、ねんねして。
ねんねんころり、おころりよ

2021年の、10月も、あとちょっとだ。素敵に過ごしたいね、明日も。

そのために、今夜は、備えて、眠ろうじゃぁありませんか

おやすみなさい
おやすみ。


すごく、仲良しで信頼している演出助手の長町たずこさんが、「むしかむしろ君はたくまと合うよ」とパルコ劇場のスタッフ楽屋で紹介してくれた。という夢をみた。名前をんされないように彼の名前を脳内で連呼し続けながら目覚めた。「むしかむしろ君」を、Googleで検索したけど、今のところ見つかってない。Safariでも探してみよう。


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「とにかくインプットをしなさい」とはよくいうのだけれど、お腹一杯な時に何かを食べると吐いちゃうのとおんなじで、僕は自分の中がパンパンなことが一年の多くのタイミングにおいて、そうで、ある程度アウトプットやり切ってからでないと、なにも入ってこないし、むりやり入れたら壊れちゃうし、インプットするべきだからと自分の中に今あるものを消去して容量を空けることは、可能とは思うけどすごくすごく嫌で苦痛、

だってもう2度と同じ感情や思考は持てないことわかっているから。


いまやってるお芝居、友達のもの、観たいなあ、と思い続けていたのに、いまが、観れるタイミングではないこと、かなしい。観たかった。


ついにイヤホンを買った。ワイヤレス。初めて。Twitterに「買おうかな?」とか書いたら、あなたは無くすと思う、とリプライもらったりして、身の回りの人みんな同意見で、だから、右と左は線で繋がってるのにした。あと、見失わないように赤いのにした。


噂には聞いてたけど、電車で、アレをやってしまった。Bluetooth接続されてると思って動画を再生したら、接続されてなくて、車内に音が鳴り響く、ってやつ。劇団員さひがしジュンペイの声が車内に鳴り響いた。

https://twitter.com/obonro_new/status/1451904467650056203?s=21

 

 

だがしかし、鳴り響かせたいくらいに、いい、よ。うれしい。

『キャガプシー』は歴史的名作と思ってる。おぼんろや、末原拓馬の存在が忘れ去られた後も紡がれ続けて欲しい。そういうつもりで創った。再演もやった。まだまだやりたい。ひとにもやってもらいたい。

上記のツイートに誤字があったから、謝ろうと思ったら、想像が広がった。これはこれで、なんか、いい。


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おやすみなさいです。


クリスマスイブの、イブイブ月だったけれど、日を跨いで、なんだか、2ヶ月後の夜にサンタクロース飛んでる姿想像します。


おやすみなさい。

ごろごろしているうちに、ねむれますように。





おやすみなさい。






宗教はいろいろあるけれど、おそらく神様は同一のものであると考えるのがどう考えても妥当だ。では、宗教ってなんだ?というと、おそらく、参考書の違いみたいなものだ。


ひとつの科目を我々に噛み砕いて教えてくれるためにいろいろな講師がいるし、いろいろな参考書があり、そしてそのそれぞれは、みんな語り口がちがったりもする。


だがしかしだ、教え方が違ったとして、例えば「英語」なら、その言語体系が参考書によって変わったりはしない。


たぶん、神様というものは同じなのだが、それぞれ、そのお言葉やご意志をダイレクトに、もしくはうっすらと感じ取れる聖人が過去には何人もいて、だがおそらく、神様は超直接的に言語でコミュニケーションなどなさる方ではないもので


「わかった!でも、どう伝えよう!具体的に、どうやって、神様に対する正しい行動をさせよう??うーむ!」


て、ここで、色々、やり方が変わって行ったのだと思う。


演劇もそうだ。いろんなメソッドがあるし、ジャンルも、大きい声で喋るものから小さい声で話すもの、楽しいものからしんどいもの、各種取り揃えておりますし、それぞれ「あっちは偽物でこっちが正統だ」みたいなこと言っていがみあったりしなかったりだけど、


結局、突き詰めてみると、みんな同じこと言ってる。 


だもんで、僕は毎晩数時間散歩をしたりするものの、神社とお寺と教会をどれもスピリチュアルに訪問し、草木とか、月とか、いろいろ、ぜんぶに、神様を感じてる。


適当と言われたらそれまでだけど、はっきりわからないものについて断言的なこというほうが適当だとも思う。僕も僕で、かんぜんに言語化できないし、それを神様と呼ぶかどうかについては先延ばしにしているけれど、感じているよ、なにかしらの、答えというか、決まりのこと。

日記と言いつつ、アトリエにこもって物を創るばかり。頼まれてもいないのに相変わらず絵をたくさん描いてる。現在軸の人間の誰かには頼まれていないだけで、描くべきなんだろう、きっと、と思って、と惑わず、やりたいように、やる。締切、宿題が、大変なことになっては、いる。

左は、絵の具の筆洗い用のコップ。右は、飲んでいる飲み物のコップ。どうです?この勇気。間違うリスクギリギリのところで作業するあたし、かっこいいでしょ。かっこいいわけないでしょ。絵の具を飲んじゃうか、ウイスキーを塗っちゃうか。

「何かお探しですか?」


「声を録音したくって..」


「こちらがイチオシです」


「...お金足りないや」


「買取もしますよ?何かお売りください。」


「何も持ってません」


「その声は?素敵な声です。高く買いますよ!」


「...でも」


「大丈夫です、こちらの商品は、静けさも録音できます」


。。。。。

本当は「静けさを録音したいんです」から始まる物語を描こうとしてたのだけど、変わっちゃった。どっちが良かったかは、わからない。いっつもこういう選択で、すっごく迷ったりするけど、身を任せる。


色を塗らないでツイートして、それが良いと思ったけど、絵としては、塗られる体験もしてみたかった、て泣いてるかもな、って、すごくそのことが気になって

幼稚園のときかな。クーピーに白があることに納得がいっていなくて、無視し続けてた僕に、先生かな?もしかしたら木下さんちのおばちゃんだったかもしれないんだけど「白も色なんだよ、たくちゃん」て教えてくれた。それが、けっこう衝撃で。だからぼくは、無音も暗闇も表現ということ、すごく大切にしてる。


声が出なくなってしまったりした存在も、自分のその無音、静かさを、永遠に留めたくなるかもな、って


そういうのを描こうとした


描けばよかったかもな。アイロニックな展開を思いついてブレてしまった。ま、でも、それはそれ。

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夜中に散歩してたら、キャベツが堂々としてた。キャベツの生涯のクライマックスはどこなんだろあ。このときかな。「食べられる時だろう」て考えるのは、僕ら本位すぎない?なんか、キモいよね。男の人が描いた、女の人が、やたらに男の人に愛されることを願っていて献身的で幸福です、みたいに描かれている作品ぽさを感じる。

劇団員さひがしジュンペイの娘は生まれた時から知ってるしすごくすごく友達なのだけど今日運動会だったらしい。昨日までひどい天気だったのに、晴れてよかった。絵を贈った。

昨晩。いきなり怖くなった。さみしくなった。


。。。。

 

 

おぼんろの動画が、また池袋の大画面で流れ出した!!!!!!


ミーハーなこと言いたくないのだし、なんか、「はっ。そうなのかい?別に興味はないよ?」とか言いたいのだけど、でも、それ、嘘つきになるから、ちゃんと、ほんとに、うれしい、うれしいです、と、いま、かきます、ここに。うれしい!!!


おぼんろCINEMA MUSEUM開催できることが嬉しすぎて、たぶんたくまは全日程ずっと、いる。うれしいなあ、うれしい。ほんとにうれしい。


今日も、いろいろなグッズや、期間中のイベントについて数時間ミーティングや準備などした。


物語よ、愛されよ。うれしい。楽しみすぎて眠れない日々。

どれも観たいし観てほしい。大切なひとと、観てほしい。

『花火の空縛霊たちは今宵も成仏しそこねて、哀しい街の上で』


という名前の絵を描いた。花火の幽霊たち。地縛霊じゃなくて、空縛霊になって、ずーと、夏祭りのこととか考えながら、見えないように輝いてる。あの大きな音もまた鳴らしたいけど、それは、我慢。光は、星に紛れられるからギリセーフ。


花火の命については、前からよく考える。花火をみて大号泣したことあるけど、それは、なんか、そういう入り口の思考と感情だったようにおもう。

https://youtu.be/rD5PfzhKr0s

これ、みた?

シモシュとやった即興劇。観客からセリフや単語をお題としてもらい、打ち合わせは一切なしのヨーイドンで、物語を紡いでいくというルールでやった作品。どうしてこんなことできるのだろうねぇ。こんなの、神様がいないとしたらありえないな、と、たくまはおもう

。。。。



おやすみなさい。くそう。日が変わる前に、といつも思うのに。更新ができない時は、仕事中の夜です。夜中まで仕事なんかしちゃいけないのにね。9時以降に電話をするときは「夜分遅くにすみません」て言いなさいてママに教わったあの頃がなまら懐かしいよ。北海道関係ない身なのに北海道弁出るくらい懐かしいよ。


眠れますか。寒さが厄介です。寒さは心を寂しくします。でも、ワクワクします。ワクワクは寂しさと表裏一体という気がするのです、すごくすごく。


なんか、キラキラした夢みたいですね、今夜は


満月が何日か前で

綺麗だった


流星群が来るぞ

と言われたけど、曇りや雨で、見れなかった


でも、なんか、夜は、いっつも、いい

きれい。

かっこいい

すてき



なので、そこで眠るので



たぶんおそらく

かんぺきです


よい夢へ

おもむきましょう



おやすみなさい


ゆっくりのんびり


おやすみなさい